終わりからの始まり   作:神信陸

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11話 化物の皮

「大分絶望的な状況だな。お前は何もしなくていいのか?」

 

 ソーヤーがオレルスにそう尋ねるが、オレルスはさも当然のことのように、いいんだよ、と返す。

 

「ゆっくり時間を掛ければアイツらだけでもどうにかなるだろ。傷を治して、頭数揃えて、そうやって持久戦に持ち込めば、まあギリなんとかなるだろ。回復役(ヒーラー)もいるみたいだし」

 

 興味がない故の適当さではなく、冷静な分析を孕んだ上での返答だったらしいが、ソーヤーが聞きたかったのはそういうことではないだろう。

 このままでは(形式上とはいえ)仲間のギルドが滅ぶというのに、放っておいてもいいのか、とソーヤーの質問の意図はそういうことだろう。

 尤も、それを伝えたところで、オレルスの態度や意見が変わることはなかった。

 別に仲間じゃねえし、とぶっきらぼうな返事がやってくるのみ。

 

「じゃあ、ゼロって奴は放っておいていいのか?」

 

 純粋に疑問に思って聞いてみる。

 詳しい事情は聞いた。

 オレルスが何をそこまでブレインを憎んでいるのかを。

 らしいといえばらしい理由だった。

 それや、オレたちとの関わりを聞くにあたって、オレルスがこれまで送ってきた人生も粗方理解することになった、その中でコイツは、オレルスは、自分のために生きているという点が決定的に欠如していたのだ。

 誰かのために行動して、誰かのために頭を働かせて、誰かのために怒っていた。

 ブレインに対する憎悪もまた然りで、オレルスは自分が何かされた怒りではなく、大切な人物を傷付けられた怒りがその原因だった。

 まあオレルスにこんなことを言おうものなら、また誰かのためなんてものはありはしないとでも返されるのだろう。

 

──誰かを想った行動なんてありはしない。相手に幸せな人生を謳歌してほしいと思って行動したなら、それはその相手を想った行動ではなく、その相手が幸せを感じることを望む、単なる自己満足にすぎない。或いは、生存理由を他人に求めなきゃいけない程に他者に依存しているのか。オレがそうさ。自分を理由に生きられない。死んでしまいたくてしょうがない。

 

 だったか。

 その台詞の裏──だからオレを殺してくれて構わないんだよ、という意図は無視しておく。

 そんなことはさておいても、結局のところオレルスにとってブレインが恨み骨髄に徹する相手というのは確かな事実だ。

 そんな奴を放っておくのかと問うてみると、オレルスは溜め息を溢した。それに呆れたというニュアンスが含んでいるのを汲み取るのは、そう難しいことではない。

 

「多重人格ってのは肉体を共有してるだけだ。別人だ、他人だ。人格の変動が、身体的特徴にも変化を及ぼすケースもあるから『肉体を共有している』ってのも一概に正しいとは言えないくらいには違う。人格の変化に伴って、体付きや用いる言語、利き手、感性などの"自己統一性(アイデンティティ)"までも変わることがあるそうだ。探せば類似点の一つや二つあるかもしれないが、それで同じだってなら、世の中に同一人物ってのはどれだけいるんだか」

 

「つまりは、ゼロには興味がないってことカ」

 

「要約するとそういうことだ。ゼロを(なぶ)ってその苦痛がブレインにも伝わるってなら一考の余地はあるんだけどな。捕縛しておこうにも、容姿自体は似通っているモンだから、それによって生ずる怒りが『コイツはブレインじゃないんだから』っていうのを理由に暴走しないとも限らないし。ブレインと違って、別にゼロの生命(いのち)には興味ねえからな。死んでもいいけど、ブレインにも死なれたら困る」

 

 そんなもんなのか。

 いや、そんなもんか。

 多重人格がどうとか、実生活に関わりを持ったことがない以上、今一ピンとこないが、少なくとも赤の他人として認識して然るべしなんだろうと、オレルスの話を聞いて思った。

 だからこそ、ゼロに興味を向けず、あくまでもブレインであることに拘るんだろう。

 まあ、ゼロとブレインを他人として割り切っているのなら、ゼロを嬲って満足するのは変な話。誰だっていいって訳だ。約十年経っているんだ。その間に適当に見繕って発散して、それで済んでいる話か。

 しかしそうしてみるとゼロの奴が憐れでならない。

 アイツが言ってた白髪のガキってのは、多分オレルスのことだろう。

 今は黒いが、ブレインを甚振(いたぶ)った時、オレたちを被害者とそう称したその時、確かにコイツの髪は白かった。

 オレが倒れた後。

 オレがコイツに拾われる前。

 その間にブレインがゼロへと切り替わり、オレルスは白い髪となり、相対し、そして結果は変わらずオレルスが一方的に蹂躙したんだろう。

 それでも尚怒りを滾らせ、報復せしめようと思えるゼロには素直に尊敬の念を覚えるが、オレルスにとっては眼中にないらしい。

 

「待った」

 

 オレルスは突如としてそう言うと、歩みを進めるルートを変える。

 ニルヴァーナから降りるために、最も近い縁の方へ向かってオレたちは歩いていたところを、オレルスは左手に進路を変更した。

 何のためにと疑問に思ったオレは、少し耳を(そばた)ててみた。

 すると聞こえてきたのは話し声や呼吸音。数は三···いや、四人か···? あの猫みたいな生き物を一人と数えるのならばだが。方向はさっきまで進んでた方向のやや右手。距離は直線で結んで二十数メートルといったところか。

 あれを()けた、ってことか。

 関わりたくないというスタンスと取っているんだからそりゃそうか。下手に接触して、万が一にも協力を求められるのが嫌なのだろう。

 さっきの念話だが、ゼロがジャックしている間だけだがオレたちにも聞こえていた。

 それは恐らく、その前後の念話が特定の対象に対して使っていたのに対して、ゼロが範囲で相手を指定していたからだろう。

 その間の会話内容で粗方の状況は把握できたが、その状況が状況だ。

 断るのには骨が折れるだろうし、何よりオレたちがいる。ついさっきまで敵だったオレたちと一緒にいて、何事も起きないというのは難しいだろう。

 そう考えると英断だな。

 オレ自身、もう戦う気はないが別に反省や改心をした訳じゃない。下手に関わるのはオレも御免(こうむ)る。

 全員同じ想いだろうが、一人だけ例外がいた。

 ニルヴァーナの影響を受け、善性の部分が強く出ている、リチャードだ。

 

「オレルス、現在の戦況がどんなモノか、どれ程掴んでいるデスカ?」

 

「あ?」

 

 と凄むように応えるオレルスだが、態度に難があるだけで、普通に答える。

 

「ナツ···あー、正規ギルド共で集まったのは計十二人と二匹。内倒れたのは九人と一匹。不明なのが一人。残ってるのは妖精女王(ティターニア)と戦闘能力皆無の青髪のガキと白猫、後はジェラールもかな。対する六魔側は残りゼロのみ。ニルヴァーナの動力源の各魔水晶(ラクリマ)の位置関係から六つ全部を同時破壊しようと思ったら六人必要だな。アイツらの中にそれだけの広範囲攻撃や時限式の攻撃できる奴いねえし。仮にジェラールが加勢しており、安否不明の一人が動けるとした場合、必要なのは残り半分。揃えられたところでゼロって障害がいる。その障害がでかいってことは言わずもがなだろ、『絶望的な状況』ってことは理解してるみたいだしな。以上、終了」

 

 締め方こそぶつ切りにするようにバッサリいっていたが、オレルスは要点のみをまとめて懇切丁寧に解説する。

 ジェラール以外の個人名を出さなかったのは、オレたちが個々人の名前を把握していないのを見越してか。気遣いの方向がズレている。

 まあ、事実名前を言われたところでオレが解るのはナツ、ジュラ、エルザ、後は天空の巫女とかいう、名前は確かウェンディだったか、そんなところだ。

 

「そうデスカ···。オレルス、近くにジュラの仲間たちが居るのなら何処か教えて下さいデス」

 

「あ?」

 

 リチャードの突然の発言に、今度は難のある態度という訳ではない、凄むべくして凄んで、オレルスは話を聞く。

 

「どういうつもりだよ」

 

「ニルヴァーナを止める一助になりたい。それだけデスヨ」

 

「そういうことじゃねえ。オレの能力で治せるのは身体機能のみだ。ただでさえお前の魔法は破壊に向いていないのに、そんな消耗しきった魔力で何かしようなんて、どういうつもりだよって聞いてんだ」

 

 言い草は相も変わらず厳しいものだが、オレルスの言ってること自体は、リチャードへの配慮がありありと見てとれる。

 確かにリチャードの魔法は破壊行為には向いていない。

 地面を柔らかくし、操るその魔法は、あくまでも対人戦闘において遺憾なくその力を魅せる。

 地面を柔らかくする。リチャードの魔法はそう説明するのが最も分かりやすいのだが、実際は少し異なる。液状化させる、とでも言えばいいか、大地に泥のような粘度を与えつつ、岩石の持つ硬さをそのままに操るのだ。

 相手の立つ周辺の地面をグニャグニャにしてしまえばバランスを崩せ、そのまま包み込めば凶悪極まりない。硬さがそのままなので防御にも使える。

 戦争において地の利が勝敗を分かつ大きな要因の一つであるように、同じく人と戦う時にこそ、リチャードの魔法は真価を発揮するのだ。

 また、それ故に『破壊力』という性能(スペック)は著しく低い。

 そんなことはオレたち他人が兎や角言うまでもなく、当人であるリチャードが一番理解していることだ。

 

「私は、弟に逢いたいデス」

 

「···それで?」

 

「私はとても酷いことをしてきたデス。ブレインに利用されていたから、それで済まされる一線を越えてしまった程に。このままではとても弟に顔向けできないデス」

 

「······」

 

 ニッコリと浮かべる微笑を消して想いを吐露するリチャードに、オレルスは何も言わない。

 くだらないと笑い飛ばしも、気にするなと励ましも、そして分かったと納得することもせず、沈黙を貫く。

 数秒黙りこくって、オレルスははあっ、と溜め息を吐いて沈黙を破った。

 続く言葉は、相も変わらず回りくどくて思い遣りに満ちている。

 

「オレは、お前らがオレの助力を拒絶しない内ならば手を出し続けるぞ。国だろうが評議院だろうが敵に回そう、当てがないんだったら無条件でだって匿ってやるし、何だったら金ズル程度に思ってくれても結構だ。そして、それは頼られたら応えるって意味でもある。『弟に顔向けできない』ってなら、記憶を弄くってやったり、ニルヴァーナを再度掛けたり、いっそオレの持つ腕力と権力と財力と知力と人脈をフルに使って公的にお前らの罪を消してやれる。それじゃあダメか?」

 

「ええ、ダメデス」

 

 前者二つは兎も角として、最後に呈示された魅力的にも思える案にも、リチャードはノーと答える。

 

「『償い』だと言うのは、本心であっても理由の一つに過ぎないのデスヨ。ただ私は、友たちを助けたい、その想いに従っているだけ、デスヨ」

 

「友···ねえ···」

 

 オレだから聞こえた小声で漏らすその言葉には、何を馬鹿なことを、という感情が込められていたのが透けて見えたが、オレルスはそのことを追求はせず、完全に話題を変える。

 

「ホント、『兄』ってのは馬鹿な生き物だよな。深く考えすぎ、格好つけたがりすぎ。なあリチャード。負い目引け目を感じて、会うことに抵抗があるのは分かるけどさ、その弟は、(テメエ)に会いたいんじゃねえの? オレが言えたことじゃねえけどさ、今回の件が終わったら、一目会うくらいはしてやっていいんじゃねえの? ···行くぞ」

 

 それ以上は何も言わず、リチャードについて来るようにジェスチャーをしてオレルスは進行方向を変えた。

 無言で振り返りもせずにさっさと歩いていくオレルスに、リチャードは追従する。

 リチャードが追い付いた辺りで、オレルスは一度止まった。

 

「後でリチャード連れて行くから、お前らは好きにしてろよ」

 

 チラッと振り返って、思い出したようにそれだけ言ったオレルスは前に向き直って歩んでいく。

 遠ざかっていく二人の足音を聞きながら、オレは残った二人に面と向かう(マクベスはオレの背で眠ってる)。

 これから先の生活の目処は立っていないが、ここで待つのか、それとも移動するのか。取り敢えずこのどちらかくらいはさっさと決めてしまおうという腹だ。

 万能でも全能でもない、化け物染みているだけの人間とは分かっているが、オレルスならばそれこそオレたちが逃げようとしても、オレたちの下に辿り着くだろう。

 そして逃げるというのは仮定の話。

 リチャードも一緒にいるし、避ける理由はない。

 ニルヴァーナから降りて広大な樹海に身を潜めるにしろ、今回の一件から評議院共がここに集まって来ていることを危惧してさっさと逃げるにしろ、再開は容易いだろう。

 とはいえ、オレがオレルスのことを過大に、過剰に、実力以上に評価を下して見誤っている可能性は僅かながらある。それを考えるとここで待つべきかとも思ってしまう。

 さてどうしたもんかと思案して、無意識の内に耳を澄ませていたらしいオレは、聞く気なんてさらさらなかったオレルスとリチャードの会話を聞いて、

 

「ぶっははっ!」

 

 盛大に吹き出した。

 

「うぉっ! どうしたエリック、急に笑いだして」

 

「いや、悪い。リチャードの奴がとんでもねえことを言ってるのが聞こえたからよ」

 

 確かにさっきオレルスは言っていた。

 オレたちが拒絶しない内は手を貸してくれると。

 オレたちが頼れば応えると。

 だからって、あんな態度を取っていたオレルスにニルヴァーナの魔水晶(ラクリマ)の破壊を頼むとは、とんでもねえこと考えるな。

 

「何だかさっきから様子が可笑しいゾ。エリック」

 

「ああ、いくら何でもオレルス(アイツ)を気に入りすぎじゃねえか? らしくもねえ」

 

「そうか?」

 

 ハッ、そうかもな。

 ソラノとソーヤーに言われて、漸くオレはそのことに気付いた。

 こういうことは自分で言うことじゃねえだろうが、六魔の中で一番疑り深いのはオレだろう。

 それは生い立ちが原因か、人の心の声が聴こえるからか、それは分からねえが、今のオレの気持ちくらいは、まあ何となく分かる。

 

「別に、アイツを信じた訳でも(ほだ)された訳でもねえよ。ただ、不幸自慢でオレたちの上を行く奴がいるとは思ってなかっただけさ」

 

 そう、オレがアイツに抱いていのは、強いて言うのなら『同情』なんだろう。

 或いは自分よりも下にいるアイツへの優越感か。

 まあ、少なくとも碌な感情ではねえが、オレは嘘か真かも分からないというのに、話を聞いて、この短い間とはいえ付き合いを持って、とても『信じる』ことが出来ないとはいえ、『疑う』ことまで出来ないって思った。ただそれだけだな。

 

「まあそりゃそうだが···」

 

「でも私は少しムカつくゾ」

 

 オレの意見に全面的でなくとも賛同する様子のソーヤーだが、ソラノはとてもそうではないらしい。

 ああ、そういやあ何時だったか、ソラノは妹がいるとか言ってたな。

 

「別に理解はしているゾ。嵌められただけで、アイツが故意でやった訳じゃないんだって。そのことに深く後悔しているんだって。でも、自分の妹を殺した(・・・・・・・・)ような奴に、私はどうやっても好感は持てないゾ」

 

「オレは一人っ子なもんだからその気持ちはよく分かんねえが、兄弟姉妹ってのはそんなに大事なもんなのかねえ」

 

 あのオレルスでさえも、兄だとか妹だとかを相当気にしてたみたいだしよぉ。

 

「この気持ちはエリックには一生共感できないゾ」

 

 だろうな。

 オレにはとても、兄弟姉妹に会いたいとは思えない(そもそもいねえが)。

 そのくせ、今の、犯罪者としては会いたくないだとかで不安になる気持ちも分からねえ。

 嫌われるも拒絶されるも、他人を貶め、傷付け、利用してきたオレたちにとっては、ありふれた日常のような存在だというのに、そこまで気にするのか。

 まあオレルスの方はなんとなくは共感──いや、理解はできるが。

 そりゃそいつにとっても妹だし、妹を殺した後、兄貴に嫌われてるんじゃと不安なるのは、まあまだ分かる。

 尤も、そんな感情を抱くのも、挙げ句逃げ出すのも、アイツの人物像とは掛け離れているとは思うが。

 案外、オレたちに色々と吐露した時の、弱々しい姿がアイツの素なのかもな。化けの皮、いやいっそ、化物の皮でもいいだろう。化物の皮を被って、化物ぶって、怪物性を曝け出して、そうして周囲を威嚇してるだけなのかもな。

 ふん、アイツも所詮は人間ってことか。

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