腹が減った。
ありあさんの企画にて執筆
目を開けてまず、感じたのは寒さだった。
ボーとした頭で布団に潜り込み、手だけを出してスマホを探す。
ペタ、ペタと手を彷徨わせ何とか触れたスマホを手繰り寄せ、時間を確認。
-AM 3:00-
深夜だ……このまま温かい布団に包まっていれば、また眠れるだろう。そう思ったが
くぅぅ~
胃が自己主張を始める。
そういえば、晩御飯は軽めだったんだよな。
今週は激務だったため、帰ってそうそうに布団に入り眠ってしまっていた。残業中に簡単な夜食は食べていたが、それも二十時程だったはずだ。
暖房のリモコンを探り、ボタンを押す。
ボゥーと、音が聞こえた。
暖房が動き出したのだろう。
部屋が温まる迄の二十分程、何を食べようか想像をして時間を潰した。
「なーんもない」
待っていたのは、空っぽの冷蔵庫だけだった。
よく考えれば、ここ最近残業のせいで買い物に出る暇が無かった。買い貯めていた食材も殆ど使いきってしまっていて、作り置きや何か作れる材料もない。
いつもならここで諦めて寝ることを選ぶのだが、想像によって刺激された空腹は自制出来るレベルでは無くなってしまっていた。
「寒っ」
適当な上着を着、外に出た身体を襲うのは深夜の冷気だった。
身体が縮こまり頭の片隅に、飯なんて諦めて温かい家の中に戻れ。という考えがよぎる。
くぅぅ!
しかし、胃の主張とう圧倒的食欲によって直ぐにそれは流されてしまう。
鍵を閉め、近所のコンビニに向かって歩を進める。
「しゃーせー」
やる気のない店員の声を聞きながら訪れたコンビニで抵当に物色をする。
三色ご飯の弁当、スパイスのきいたカレー、個性のあるパン達、レジ横の中華まんやおでん。
様々な食べ物があり、どれも日常的に食べるものであり間違いなく旨い物だ。
でも、どれもピンとは来なかった。
三食ご飯はインパクトが足りない。カレーは家で作った様な具沢山の物ではないし、パンは小腹ならいいが、ガッツリと食べたい今では一つ当たりの満足感が足りない。中華まんやおでんも似た理由で求めている物では無かった。
俺も贅沢だな
頭の中は食べ物の事ばかり出ているのに、目に映った食べ物はどれも食べたくない。
とりあえず、近くに他の系列のコンビニがあったと思いそちらに向かう。
何が食べたいのだろう。
そんな事を考えて彷徨う自分は、まるで胃の奴隷の様だ。
胃が満足いく物を献上するために、歩き、探し彷徨う。
「兄ちゃん。腹減った顔してんな」
そんな時に声をかけてきたのは、年老いた爺さんだった。
「そう、見えますか?」
「おう。腹減ったのに食いてーもんが見つからねぇ、そんな贅沢もんの顔だ」
「はは、分かります? 俺自身、この我儘な胃に何を献上すればいいか分からなくて」
「満足してくれるか分からねぇが、今日はもう人が来ねぇだろうし、一杯どうだ」
正直、期待はしていなかった。
コンビニで何も見つからなかったのだ、たぶん、屋台でもやっているのだろう爺さんが何を出したところで、胃のお眼鏡にかかるとは思えない。
「ほら、どうだ?」
出されたのは、一杯のラーメンだった。
具は、小口切りにされたネギ、薄っぺらいチャーシュー、半熟で切られた卵、海苔、めんまといったオーソドックスな物。
醤油ベースなのだろう。美しさを感じる黒色のスープだった。
立ち上がる湯気と共に、食欲を刺激する匂いが食欲を刺激する。
胃が、「行け」と叫んだ。
麺をズズーっと吸う。
「あふっ、あふっ」
勢いに回せて啜った麺は、スープと共に熱で口内を襲った。
口を開け、冷えた空気と混ぜて噛みしめる。
しっかりとしたコシを持った麺、麺に絡んだ優しい醤油味を味わい飲み込む。ぽかぽかと体が内から温まっていく感覚とともに、胃が喜んでいる事が分かった。
そこからは無言だった。
ズズッ、ズズッと麺をすする音が鳴り、ゴクッゴクとスープを飲む。
最後にドンッ、と丼を置いた。
「……旨かった」
シャキシャキとしたネギは、食感のアクセントになり飽きが来なかったし、チャーシューは薄かったが肉の旨味が凝縮していた。薄い一枚でも、満足感は十分だった。
「そうか。旨かったか」
「はい、ありがとうございました。こんなに旨いラーメン食べたのは初めてです。」
そう伝えると、爺さんは「そうか、そうか」と涙を流しながら何度も頷いた。
「今日は、ありがとうな。今日の一杯は俺の驕りだ!」
代金を払おうとすると、爺さんがお題を受け取ることを拒否してくる。
なんでも、屋台は殆ど片付けてしまったため、つり銭を払うことが難しいらしい。困ったことに、財布の中は大きな物しかなかった。
「なら、また後日払います」
そう言って、その日帰宅した。
後日、屋台をやっている時間を聞いていなかったため、一週間後の同じ時間に屋台のあった場所に訪れたが、そこに爺さんは現れなかった。