ロクでなし魔術師たちの奇妙な冒険   作:焼き餃子・改

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第十四話 「魔術競技祭の『開催』そして進行」

 魔術競技祭の練習初日の騒動から数日、グレンのクラス、二組はずっと練習を重ねてきていた。

 クラス全員で一個の目標に向かって、一致団結している二組は、この間、ずっと高い士気を保っていた。皆が、この一回きりの二年次生二組の魔術競技祭に向けて一生懸命だった。

 ジョレンも、一組から狙われることになるのを危惧すると同時に、この二組全体がもつ熱にも浮かされ、必死に練習を積んできていた。

 競技祭で使う、魔術の術式の調整も終わり、今日、初めて、呪文の一説詠唱をしようと、中庭に来ていた。

 

「すぅ……」

 

 規則的に息を吸い、集中力を上げながら、左手を構え、50メトラほど離れた木を狙う。

 

「《雷精の紫電よ》―――!」

 

 黒魔【ショック・ボルト】の一説詠唱―――それが、見る限りは問題なく軌道し、狙った木に向かって一直線に伸びていく―――しかし、直後に少しだけ左にずれ、狙いを外してしまった。

 

「ま、まだダメか……結構、上手く調整したと思ったんだけど……」

 

 見事に外れた【ショック・ボルト】を見て、ジョレンは苦い顔をするしかない。150~200メトラほど離れていれば、確かにかなり制御が上手くないと当たらないことが多いが、50メトラほどで当てられないとなると、実戦で使うには不安が残る。かといって、制御重視の三節詠唱では、不意の事態に対処が遅れてしまう。多対一の『バトルロワイアル』で、それはかなり致命的だ。

 

「『バトルロワイアル』のフィールドの直径は100メトラ……上手い人は端から端までの魔術狙撃だってやってくる……防ぐだけでじり貧になるのは避けたいところだな……」

 

 そのために、なんとか一説詠唱で、ちゃんとした制御をしたいところだが、練習しても、どうにも上手くいかない。そもそも、攻性呪文(アサルト・スペル)だけじゃなく、対抗呪文(カウンター・スペル)の方も一節詠唱を完成させないといけないのだ。

 

「こりゃ、あと数日以内に一人で完成させるのは無理か……」

 

 この手の悩みに一番頼りになるのは、やはりクラス最優秀生徒のシスティーナだろう。練習の間、彼女は他の生徒の競技祭用の術式の調整もやっていたし、少しアドバイスを貰おう、とジョレンはその姿を探しに一旦、校舎内に向かった。

 

***

 

 ジョレンが、一度二組の教室に戻ると、探していたシスティーナをあっさり見つけていた。と言っても、何故か教室に入らず、ルミアと一緒に扉から中を覗き見ているだけなのだが。

 

「お前ら、何やってるんだ?」

「あ、ジョレン。い、いや、別に……」

「ふふ、システィと一緒に、先生の横顔かっこいいなーって」

「な!? わ、私はそんなこと全然思ってないわよ!」

「あぁ、そうなの……」

 

 慌てているシスティーナに、曖昧な笑顔で返すしかなかった。

 前の事件で自分の知らない間に何があったのかは分からないが、システィーナの間でグレンへの感情にプラス的な変化があったようだ。もっとも、グレンの普段の態度のせいか、それを頑なに認めようとはしていないが。

 システィーナがこのところ、ずっとご機嫌なのは、グレンが珍しくやる気になっているからだろうと推測していた。

 

「ところで、ジョレン。先生日に日にやつれていってる気がするんだけど、何か知らない?」

「あー……うん。先生の名誉のために伏せとく」

「「?」」

 

 ジョレンの謎な返答に、システィーナもルミアも首をかしげるしかない。

 練習初日の騒動でグレンに巻き込まれた後、ジョレンはグレンがやる気になった理由を知ったが、ギャンブルで給料を全額スッて、魔術競技祭優勝クラスの担当講師に与えられる特別賞与を狙っているという、あまりにも酷いものだったので、口外しないことに決めていたのだ。

 そこで、ジョレンは本来の目的を思い出す。

 

「それはそうとさ、ちょっと一説詠唱時の魔術制御が難しくて、ちょっと相談したいんだけど」

「あ、そうなの? 分かったわ、一緒に調整しましょ、ほらルミアも」

「うん、分かった。私も手伝うよ」

「二人とも、ありがとう」

 

 こうして、システィーナとルミアの二人も交えて、改めて術式の調整や魔術制御の練習をすることになった。ジョレンは、グレンの体調の件から二人の興味を逸らせて、一石二鳥とも思っていた。

 そして再び、練習の日々が過ぎていく。三日、四日経っただろうか、遂に魔術競技祭の日を迎えようとしていた―――

 

***

 

 魔術競技祭、当日の朝。

 

「兄さん? レン兄さーん」

「ん? んぁ……」

 

 夜遅くまで、魔術制御の練習と回転の技術の復習をしていて、少し起きるのが遅れたらしい。車いすに座った状態の妹のリリィに、ゆさゆさと揺らされて、ようやく目が覚めた。

 

「ようやく起きましたか? 今日は魔術競技祭なんですよね? 早く準備しないと遅刻しちゃいますよ」

「あぁ……もうそんな時間か……ありがと、リリィ。ふぁ~」

 

 欠伸をしながらも、ベッドから降りて、ささっと着替え、顔を洗い、朝ご飯を作り始める。

 ほぼ毎日、このように、ずっと同じリズムで登校するまでの時間を過ごしている。学生とはいえ、自分が、今のジョースター家を支えていかなければならない立場になった以上、支障が出るほどに生活リズムを崩すわけにはいかなかった。

 

「今日はシンプルにベーコンフライドエッグにトーストだ」

「わぁ、美味しそう……! いただきます!」

 

 下半身不随の身とはいえ、リリィはそれでも明るく振る舞う。障害があるなんて微塵も感じさせないほどに。それが、ジョレンにとっても大きな救いの一つとなっている。

 ただ―――

 

「あ、そうだ。レン兄さん、今日は私も競技祭見に行きますからね」

「えッ!?」

 

 唐突な宣言に、あやうく飲みかけた水をこぼしかける。

 こういう時、リリィは本当に自分に障害があるなんて微塵も感じさせないほどアグレッシブに動こうとするのだ。それに救われている反面、それがある意味一番恐ろしかった。

 

「もー、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」

「いやだって、一人じゃ危ないだろ!? 段差だってたくさんあるし、変な人がいたら……」

「ふふ、心配性ですね。大丈夫ですよ、女王陛下だってフェジテにいらっしゃって、警備の人も張り切ってるみたいですし、こんな時に事件なんて起きませんから、後は私がこけないでいるだけですから」

「悪いけど、それが一番心配なんだけど……」

「ひ、酷いです、兄さん!」

 

 ジョレンの言葉で、半べそをかいて、拗ねてしまったリリィに、微笑まし気な笑みを浮かべながらも、どうしようかと少し真剣に考えていた。

 確かに、こんな人目が大量にある、このタイミングでテロだとかが起きることもないとは思うが、それを差し引いても、おそらく自分は敵組織の一つに狙われているのだ。このタイミングで無暗な外出は危険だと言わざるを得ない。

 あと、リリィは少々やつれていて細身だが、それ故に何か小動物のような可愛さがあるし、その綺麗な銀の長髪は目を引くし、その儚げな顔は実際、とてもよく整っていて、総合的に凄い美人なのだ。故に、大きなイベントごとの時に限って現れるナンパ男に遭遇しないかも地味に不安だった。

 

「やっぱりやめといたほうが……」

「嫌です! 兄さんの雄姿絶対見に行きますからね!」

 

 目に涙を溜めながらも、頑として言うことを聞かない態勢のリリィにジョレンはため息をついて。

 

「俺が出るのは午前の最後だから、その競技見たら、早めに帰るようにな」

「!」

 

 その言葉を聞いて、リリィの顔が太陽みたいな満面の笑みに変わって。

 

「はい! 分かりました!」

「全く……」

 

 そんなちょっとした調子の良さにちょっと呆れながらも。

 とても心穏やかに朝食を終え、ジョレンは魔術競技祭の準備が整った学院へと向かうのだった。

 

***

 

 魔術競技祭開催式が終わり、遂に競技祭の種目が始まった。

 最初の競技は『飛行競争』。学院敷地内に設定されたコースを一周事にバトンタッチしながら、何十週もする競技だ。

 そして、そのラストスパート。その時、その場にいる全員にとって予想外の展開になっていた。

 

『そして、さしかかった最終コーナーッ! 二組のロッド君がぁ、ロッド君が抜いたッ! そのままゴォオオ―――ルッ! なんと、『飛行競争』はあの二組が三位だ! 誰が、誰がこの結果予想出来たでしょうかァアアアアアッ!?』

 

 その結果に、周りから大歓声が巻き起こる。その発生源は主に、今回の競技祭に参加できなかった他クラスの生徒たちだ。どうやら、出ることは出来ずとも、こういった結果に何か共感できるものがあったらしかった。

 それに、その結果を信じれなかったのは、他クラスだけでなく、二組も同じだった。勝って当たり前だという感じの一位の一組はあまり歓声は上がっていないが、二組の残りメンバーはそれはもう、喜びの渦中にあった。

 そして―――

 

(うそーん……)

「先生も信じてなかったですね……? この結果……」

「うっ……」

 

 『スピード向上はいいから、ペース配分の練習だけしてろ』、なんていう指示を下していたグレン自身も、三位という好成績を残すことをどうやら欠片も信じてなかったらしく、呆然としていた。

 ジョレンがそれを指摘すると、図星と言わんばかりに顔をしかめて。

 

「幸先いいですね、先生! もしかして、この結果も先生の予想通りですか?」

「……と、当然だな」

 

 だが、そんなことは露ほども知らないシスティーナにそう聞かれれば、ぎこちないドヤ顔を浮かべながら、最初から知っていた風な雰囲気を出すしかなく。

 

「今回の『飛行競争』は一周5キロスのコースを計二十週する……確かに一周だけなら瞬発的な速度が重要だろうが、この長丁場じゃそうはいかない……飛行魔術はただでさえ、集中力が大事なんだしな……だから、俺が言ったのはただ一つ。ペース配分は死んでも守れってな……じゃねーと自滅するぞ、って。ふっ、楽な采配だったぜ」

 

 そんなグレンの後付け講釈を聞いた二組の生徒たちは、すっかり勘違いをしてしまっているようだった。

 そして、少し遠くの方で、どうやら『飛行競争』でギリギリのところで二組に抜かされてしまった四組の生徒が、その二組の生徒と言い争っているようであり―――

 

「クソッ、まぐれで勝てたからって調子に乗りやがって!」

「まぐれじゃない! これも全てグレン先生の策略なんだ!」

「んだと!? おのれ二組、いきがって……ッ!? これから四組は率先して二組を潰すからな、覚悟してろよッ!」

 

 なんて、不穏極まりない言葉もチラホラと聞こえてきて、グレンもジョレンも苦い顔をするしかなかった。

 とはいえ、初っ端三位という高順位を叩き出した二組。これにより勢いがついたようで―――

 

『あ、()てた―――ッ!? 二組のセシル君、三百メトラ先の空飛ぶ円盤を見事に【ショック・ボルト】で撃ち抜いた! これにより四位以内は確定! これも大きな番狂わせだぁああああ―――ッ!』

「や、やった……動く的に狙いをつけるんじゃなくて、動く的が狙いをつけている空間にやってくるのを待ってろっていうグレン先生の言うとおりだ……!」

 

 成績が平凡な生徒たちは、予想外の奮闘によって、そこそこの順位を取り。

 

「『騎士は勇気を(むね)とし、真実のみを語る』、ですわ!」

『いった――――――ッ! 正解のファンファーレが盛大に咲いたァ―――ッ! ウェンディ選手、『暗号早解き』圧勝ッ! 文句なしの一位だァ―――ッ!」

「ふぅ……いきなり神話級の言語が出たら、いきなり共通語に翻訳するのではなく、いったん新古代語あたりに読み替えろっていう先生のアドバイス、ドンピシャでしたわね……これには感謝しませんと」

 

 成績上位者は安定して好成績を取っていく。

 観客席の方も、二組が出場する競技では特に盛り上がっていた。やはりレベルが近い者が多く出場している二組の時は、見ていて熱が入るからだろう。また、どういう形で番狂わせが起きるのか楽しみにしている、というのも大きい。

 結果として、今の順位は三位。賭けをしている一組は当然の如く一位に君臨しているが、まだそこまで点差は開いていない。とはいえ、じりじりと離されているのも事実だった。

 ジョレンもグレンもそれを感じ取っていて、二組の待機席から、少し離れた場所で二人、壁に背を預け、相談していた。

 

「流石にこの辺りで一つ上の順位を取っとかないとマズいか……」

「先生、どうするんですか?」

「そうだな……次の競技はなんだった?」

「『精神防御』ですね……次に午前中最後の『バトルロワイアル』があります」

「ふむ……お前が万が一失敗した時のリカバリーも兼ねて、一発大きく取りたかったが、こりゃいけそうだな」

「? そうなんですか?」

 

 思わず、ジョレンは聞き返していた。

 何故なら、『精神防御』は魔術競技祭中トップクラスに危険な競技として有名だ。唱えられる精神汚染呪文を白魔【マインド・アップ】の呪文で耐えていく、という形式の競技なのだが、その呪文に耐えきれないと、最悪三日間ほど寝込む羽目になる。というか高確率でそうなってしまうのだ。

 そして、その『精神防御』に出る二組の選手はルミア……グレンの采配を初期から信じていたジョレンと言えども、この選出にはちょっと難色を示していたのだ。

 そんなジョレンに、グレンはちょいちょいと手招きして、顔を自分の方に寄らせ、コソコソと耳打ちする。

 

「あぁ、実はな―――」

「……そういうことだったんですか」

 

 説明を聞き終え、感嘆したような反応をするジョレンを後目にグレンがぐったりと壁に預ける体重量を多くしていると。

 

「ねぇ、先生……」

「んぁ?」

 

 その時、さっきのジョレンと全く同じことを考えていそうなシスティーナがグレンに近づいてくる。

 

「やっぱり、今からでもルミアを変えない……?」

「はぁ……?」

「だって、ルミアが出る競技は『精神防御』なのよ……!? 見てよ、舞台の方! 他のクラスは男の子ばかりよ!? やっぱりあんな過酷な競技、ルミアには無理よ!」

 

 そう、システィーナは指摘するも、グレンは全く意に介さない。

 そんな様子を見て、システィーナの後ろから皮肉げな冷笑を浮かべたギイブルもやってくる。

 

「ははっ……あなたも酷い人だ、先生」

「ギイブル……?」

「彼女を出したのは捨て駒ですか?」

 

 そう言いながら、ギイブルがグレンの顔をチラリと見るが、グレンに動揺してる様子はない。

 

「そ、それ、どういうことよ、ギイブル……?」

「ふん、彼女の隣を見てごらんよ」

 

 そう言って、指さす先には、周りの生徒よりも二回りも三回りも大きい、日焼けした浅黒い肌に赤く染めた髪の強面で筋肉質な男が腕組みをして立っていた。

 

「五組のジャイル。彼は前魔術競技祭の『精神防御』優勝者。それも他の追随を許さないほど圧倒的にね……他のクラスのいくつかは、彼が出ると知っただけで勝負を捨てにかかっている。ハーレイ先生の一組も同様だ」

「た、確かに気合入ってそうな人だしなぁ……」

「ま、彼の事はさておいて……そんな競技に彼女を放り込む……白魔術以外はそれなりにぐらいしかこなせない彼女を? どう考えてもおかしいでしょう、なら捨て駒しか考えられない」

 

 そのギイブルの遠慮ない物言いに、システィーナの顔が強張った。ジョレンも少しばかり、睨むようにギイブルを見る。しかし、ギイブルの言葉は続いていく。

 

「まぁ、今回の種目に白魔術が使えそうなものが無い以上、ここで彼女を捨て駒として使うのは実に合理的ですね? 吐き気するほど大した戦術眼だ」

「先生……嘘ですよね? まさか先生がそんなこと……」

 

 しかし、当のグレンは無言。何の弁解も言い訳もない。それが肯定の沈黙にしか見えず、システィーナがグレンを揺さぶろうと、手を伸ばすと―――

 

「やめろ、システィーナ」

「じょ、ジョレン……」

 

 それを隣で聞いていたジョレンが言葉で止めていた。そして、その理由を聞こうとするシスティーナに先んじて―――

 

「先生、今寝てるから」

「「は?」」

 

 その言葉にシスティーナとギイブルがポカンとした顔をした後に、グレンの顔を覗き込むと、確かに既に鼻提灯を垂らしてすやすやと眠りこけていた。ギイブルの話など、一ミリも聞いていなかったのだ。

 

「まぁ、でも今さっき先生から話を聞いた限りじゃ、大丈夫だと思うけど」

「え、ジョレン、先生から話聞いたの?」

「あぁ……とりあえず今は種目の方に集中しよう」

 

 そんなジョレンの言葉に、ひとまず種目の様子を確認しようと、システィーナもギイブルも舞台の方に目を向けた。

 

***

 

 競技開催までのわずかな間、皆に心配されている当人のルミアは、周りの様子を見て時間を潰していた。

 自分のクラスメイトが座っている観客席の方を見れば、システィーナとギイブル、そしてジョレンがこちらの方を凝視していた。

 

(まだ種目始まっていないのになぁ……)

 

 なんて思いながらも、少し自分に残っていた緊張が消えていくのが分かった。

 そして、向こうに大丈夫だと伝えようと、手を振ろうした時。

 

「……おい、そこの女」

 

 その言葉に振り向けば、仏頂面をしたジャイルがこちらを睨んでいた。

 

「悪いことは言わねえ。今からでも棄権しな」

「!」

「この競技はお前みてえな女子供に務まる競技じゃねえよ、三日間寝込むことになりたくなきゃ、とっとと失せろ」

 

 そんなジャイルの威圧的な恫喝だが、ルミアはそんなジャイルにもいつもと変わらない様子で笑いかけ。

 

「えっと、確か……五組のジャイル君だったよね? ふふ、心配してくれてるんだ」

「……あぁ?」

 

 そんな反応はジャイルも流石に予想外だったようで、一瞬目を丸くして。

 

「大丈夫だよ。クラスの皆も頑張ってるから……私も何か頑張りたいんだ」

「そうかよ。後悔しねえようにな」

「それに、ジャイル君の五組は今二位……私の二組は三位……もし、私がジャイル君に勝ったら……順位、入れ替わっちゃうね?」

 

 そう言って、ルミアは立てた人差し指を口元に当て、いたずらっぽくウインクした。それは誰にでも分かる『挑戦』の表れだ。それを見たジャイルはまるで獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべ。

 

「……面白ぇ」

 

 そして、その直後にアナウンスが入り、ようやく『精神防御』の種目が始まる。

 今回はルミアが参加していることで、精神操作系呪文の権威、ツェスト男爵の変態的趣味が明らかになったり、その男爵が放つ精神汚染呪文が下心満載であったりと、別の意味でルミアが心配になってきてくる『精神防御』。

 しかし、紅一点のルミア。見事に精神汚染呪文を耐えきっていく。しかも割かし余裕に。

 それを見て、最初はジャイルの優勝を疑わなかった人たちも、少しずつ期待を胸に秘め始める。

 そして、ルミアを心配していた二組の三人も、これには驚くしかなかった。

 

「こ、ここまで強かったのか……彼女」

「す、すごい……」

 

 流石のギイブルも、これには動揺を隠せないようだった。

 隣で見ているシスティーナも、目を丸くしてしまっている。

 

「白魔【マインド・アップ】は素の精神力を強化するだけの魔術だ。だから元の精神力が強いほど……要するに肝が据わっているほど高い効果がある」

 

 そんな二人に声がかかる。さっきまで寝ていたグレンがようやく起きて、混乱している様子の二人に説明し出した。

 

「んで、二組の中であいつほど肝が据わっている奴はいない。だからルミアを出した。割と楽勝にいけるだろって思ってな」

「そ、そういうことだったのね……」

「でも、あのジャイルって生徒も大概みたいですよ」

「あぁ……こりゃ、もしもの時を考えておいた方がよさそうだな……」

 

 そんな密かな決意をグレンが抱く中、『精神防御』はまだまだ続いていく。

 そして、二十七ラウンド目から、精神を破壊する、最高峰に危険な精神汚染呪文、【マインド・ブレイク】が唱えられる。この時点で生き残っていたのは、ジャイルとルミアのみ。完全に一騎打ちの形になっていた。

 最初の【マインド・ブレイク】は二人とも耐えた。そして二十八、二十九、三十、と徐々に威力が上げられていく。

 そして三十一ラウンド目。遂に膠着した状況が崩れる。

 

「……ッ!」

 

 ぐらりと、揺れる身体。

 遂にバランスを崩し、がくりと片膝をついたのはルミアの方だった。

 

『つ、ついにルミアちゃんがよろめいたぁあああ―――ッ! それに対してジャイル君は全く動じていません! これは勝負あったかぁあああ―――ッ!?』

「大丈夫かね……? ギブアップするかね?」

「……いえ、まだいけます」

 

 ツェスト男爵がギブアップを提案するも、ギリギリながら立ち上がって続行の意志を告げるルミア。その姿に会場は大いに沸き立っていた。

 しかし―――

 

「棄権だッ!」

 

 突如挙がった宣言に、会場はしん、と静まり返った。見れば、グレンとシスティーナとジョレンが、いつの間にか舞台に上がっていた。

 

『……えっと? なんとおっしゃいましたか、二組担当講師のグレン先生』

「棄権だっつってんだ。二組は三十一ラウンドの時点で棄権だ、何度も言わせんなよ」

「な……?」

『な、なんと、二組はここで棄権……なんとも、あっけない幕切れになってしまいました……』

 

 それに対し、ボルテージがマックスになっていた観客席からブーイングの嵐になったが、グレンはどこ吹く風だ。

 

「よくここまで頑張ったな、ルミア」

「せ、先生! わ、私はまだやれます……!」

 

 はっと我に返ったルミアがグレンに抗議するが―――

 

「何言ってんだよ、ルミア。もうギリギリだったじゃないか。本当に三十二ラウンド目終わって立ってられたのか?」

「そ、それは……」

 

 ついてきていたジョレンの指摘にルミアがしゅんと俯いた。どうやら図星だったらしい。

 

「悪いな、ルミア。お前なら余裕で勝てると思ってたんだが、こんな化物がいるとは思わなかった。辛かっただろ、マジですまん」

「ううん、そんなことないです、先生。楽しかったです。負けちゃったのは悔しいけど、私も皆のために戦えているんだって気持ちになれましたから」

「……そうか」

 

 そんな二人のやり取りが終わり、どうにかルミアを観客席へと連れて行こうとシスティーナが肩を貸そうとしている中。

 

「なぁ、ルミア」

「? ……どうしたの? レン君」

「後は―――」

 

 やはり、まだ落ち込んでいる雰囲気のルミアを励ますために、ジョレンが何かを口走ろうとした時―――

 

「た、立ったまま気絶している……」

「「「「ん?」」」」

 

 立ったまま気絶しているとは誰の事だろうか? ルミアはまだ気絶はしていないし、その前に崩れているから、立ったままというのもおかしい。そう舞台に上がった二組が考えていると。

 

「ジャイル君が立ったまま気絶してしまっているね、完全に、これは」

『えーと? ということは……』

「ルミア君の勝ちだろうね。棄権したとはいえ、直前の三十一ラウンドを彼女はクリアして、ジャイル君はクリアできなかったのだから」

 

 そのツェスト男爵の言葉から、数瞬の間を経て―――

 

『……な、なんとぉおお―――ッ!? まさに大どんでん返し! 『精神防御』優勝は、紅一点、ルミアちゃんに決定したぁあああ―――ッ!」

 

 そのアナウンスを皮切りに、爆発のような大歓声が渦巻いていた。

 

「……マジかよ」

「こ、こんなことあるんですね……」

 

 そのあまりにも突然なことに、グレンもジョレンも呆気に取られるしかなくて。

 でも確実に言えることは、これで二組と五組の順位が入れ替わり、二組が二位に躍り出たということだ。

 

「おい、ジョレン。こりゃ責任重大だぞ」

「この二位を午後に繋げるためには負けられないってことですか」

 

 そう、ルミアのおかげで、最高潮にまで上がった二組の士気を午後に入る直前に落とすわけにはいかない。

 ジョレンの出場する『バトルロワイアル』には、それほどの意味があるのだ。

 

「期待してるぞ」

「えぇ、期待しててくださいよ」

 

 グレンの釘差しのような言葉に、自信をもって返答するジョレン、

 そして、『バトルロワイアル』の準備に入る舞台。ジョレンは丁度良く、一番早くその場で待機していた。

 グルグルと観客席を見渡して、おそらく来ているであろう、妹のリリィを探す。

 

(あ、いたな……)

 

 見れば、車椅子に座って大きく手を振っているリリィが見えた。その笑顔はここからでもとても活力のあるように映るほど明るい。それを見るだけで、こっちも元気が溢れてくるようだった。

 

「ねぇ、レン君……もしかして、妹さんってあの人?」

「あ、ルミア……」

 

 そうしていると、まだ観客席に戻っていなかったルミアが、ジョレンと同じ方の観客席を見ながら話しかけてくる。

 

「あぁ、あの銀髪のが、妹のリリィだ」

「ふふ、とても元気そうな妹さんなんだね」

「元気過ぎて、ここまで来ちゃったけどな」

 

 なんて呆れたように言うが、その声音に嬉しさを隠しきれていなかった。

 

「ねぇ、レン君」

「なんだ?」

「さっき、私に何を言おうとしてたの?

「あぁ、あれは……」

 

 別になんてことない。ただ、次は自分の番だったから言おうとしただけだ。

 準備もどんどん進み、他のクラスの出場生徒も舞台に上がってくる中、ジョレンはそんな相手たちを見据えながら。

 

「『後は任せろ』って言おうとしただけだ」

「! ……うん、頑張ってね!」

 

 ホルスターに留めていた鉄球をバシッと右手に持ち、相手に向かって立ったジョレンに、ルミアもリリィに負けず劣らずの笑顔で、応援して。

 

「おう!」

 

 それに応じる掛け声をあげながら、ジョレンも自分の戦いへと足を踏み入れた。

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