ロクでなし魔術師たちの奇妙な冒険   作:焼き餃子・改

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第十五話 「魔術師+『α』の大乱戦」

 魔術競技祭、午前中最後の種目『バトルロワイアル』。その準備が着々と進み、出場選手も出揃い始めた頃、一番先に来ていたジョレンは一つ、他の事を考えていた。

 

(そういえば、ミクリはどの種目に出るんだろうか……)

 

 練習初日の日に遭遇した、自称宇宙人の青年、ミクリ=ハザード。彼も魔術競技祭に出ると言っていた以上、どこかの種目で二組のうちの誰かが彼と戦うことになる。

 

(特に可能性が高いのは……リンかぁ)

 

 恐らくだが、出場するのは『変身』。魔術ではない不思議な手段で完璧な擬態が出来るミクリは『変身』の種目に出場するんだろう。というか、それ以外が思いつかないほど、まだ彼の事を分かっていないだけなのだが。

 となると、対決するのは、二組で『変身』にでるリンということになる。彼女には頑張ってほしいところだ。

 

『さぁ、午前最後の種目『バトルロワイアル』! 準備が整いました! これより開始致します!』

 

 アナウンスが会場中に響き渡り、大歓声が巻き起こる。ジョレンが考え事をしている間に、どうやら出場選手も全員集まったようだ。

 そして、それを合図に集まった選手が一斉に持ってきた非殺傷武器を取り出す。

 ジョレンも、緊張感を身体に走らせながら、右手に持った鉄球を力強く握っていた。

 

***

 

「ジョレン、本当に大丈夫なの?」

 

 二組の待機用観客席で、舞台の方の見ながら言っているのはシスティーナだ。視線の先には、鉄球を持ったジョレンがいる。

 そして、視線を動かせば、様々な武器を持った他クラスの生徒が見える。9人中5人は木製の細剣(レイピア)、言ってしまえば木刀で、木製の槍を持った生徒が二人、どうやら格闘戦をすると思しきグローブを付けた生徒が一人いる。残り一人はどうやら無手のようだ。なんというか立ち姿からも覇気のようなものが感じられない、ただの棒立ちをしている。

 

「あんなにたくさん……しかも武器を持ってるのに……」

 

 ジョレンが申請した武器はもちろん鉄球だ。しかし、どう見ても、他の武器に見劣りする。投げて使うのだろうが、攻撃を防ぐことも出来ない。

 

「まぁ、この『バトルロワイアル』で問題になるのはそれだけじゃないだろうけどね」

「? どういうことよ?」

 

 そこに口を挟んできたのは、眼鏡男子のギイブルだ。腕を組み、非常に真剣な様子で舞台を見ている。

 

「さっきの『精神防御』で勝ち二位に上がった……というのもだけど、今、僕たちには敵が多いだろう? 先生が暴れたおかげで賭けをしている一組、最初の『飛行競争』で因縁をつけてきた四組……そして、ここで勝つことが出来れば再び二位に返り咲ける五組……少なくともこの三クラスは確実に彼を狙ってくる……もしかしたら他にもね。この『バトルロワイアル』に関しては、事前にどれだけ敵を作らないかが鍵になる……が」

 

 いつも涼しい顔をしているギイブルが、少し忌々し気な顔をして。

 

「それははっきり言って矛盾している。だって優秀な成績を取っていれば、狙われないわけがないからね。敵を作らないということは、目立つような成績を取ることを避けるということ。だが、それでは優勝なんて出来るわけがない。簡単に言えば、優勝に近いクラスほど上位に食い込むことが難しい競技っていうことだ。だから、『バトルロワイアル』は終盤である午後ではなく午前に行われる。とはいえ、それでもここで躓けば、優勝を逃すということも多い……つまり、優勝を狙うとしたら一番ルール的な意味で厄介になるのが、『バトルロワイアル』っていうことさ」

「そっか……でも、避けては通れない……確かに難しいわね……」

 

 システィーナも三人の相手を同時に相手取る場合を考え、それが厳しい状況だというのは、容易に想像ついた。魔術戦の多対一は不利極まりなく、また『バトルロワイアル』は『決闘戦』には出れなかったけど、優秀、という生徒が揃う。ということは実質四番目に優秀な生徒たちが戦う場、ということだ。実力の差も少ないとなれば、更に勝ち目が薄い。

 それに戦うのはジョレンなのだ。ジョレンは最近まで、呪文の一説詠唱が出来ないほどの腕前だった。ハッキリ言って、周りはその格上なのだ。そんな相手が三人となって、普通なら勝てるなんて考えられない。

 だが―――

 

「まぁ、あいつなら大丈夫だろ」

「そんな楽観的でいいんですか!? ジョレンだってケガしちゃうかもしれないのに……」

 

 眠そうに欠伸しながら、そんな呑気なことを言っているグレンにシスティーナが食って掛かる。

 

「ねぇ、ルミアもなんとか……ルミア?」

「……」

 

 ルミアはいつも以上に真剣な表情で舞台の方を凝視していた。そこには確かにジョレンへの心配もあるのだろうが、それ以上に、ジョレンへの信頼が見て取れた。

 勝てない可能性は確かにある。でも、それでも何かやってくれるという確かな期待が。

 それを見たシスティーナも、これ以上口を出すのを控えることにしたらしい。すっと静かになって、始まった『バトルロワイアル』の方に目を向けた。

 

「まずは『準備時間』か……」

 

 アナウンスを合図に始まった『バトルロワイアル』だが、場にいる誰も攻撃をしていない。

 舞台を歩き回り、最適な位置を探していたり、辺りに魔術罠(マジック・トラップ)を仕掛けていたりしている。

 『バトルロワイアル』の最初の一分間は『準備時間』として、攻性呪文(アサルト・スペル)や武器による攻撃が禁止となっている。この間に、位置取りを済ませたり、罠を張ったりして、本当の開始である『戦闘時間』に備えるのだ。

 しかし―――

 

「ジョレン、何やってるの……!?」

 

 当のジョレンは魔術罠(マジック・トラップ)だったり自己強化魔術を自身にかけていない。舞台の上をうろちょろして、一定の間隔で思い出したかのように、地面に膝をつき、何やら床を手で触っているように見える。

 

「この『準備時間』で色々な対策をしないと負けるわよ!? やる気あるの? ジョレンは!」

「おい、白猫。どうせこっからじゃ聞こえないんだから、キンキン騒ぐな」

「だって、あれじゃ―――」

「あいつはあれでいい。俺が保証してやる」

「え……?」

 

 よく見れば、グレンもルミアに負けず劣らずの真剣な表情をしている。それほどまでグレンに言わせるジョレンのあの行動の意味がシスティーナも、言葉は発しないがギイブルもよく分からなかった。

 

「よく見ろ、ジョレンが床につけてる手を」

「え?」

 

 グレンにそう言われて、見てみれば、ジョレンは床に手をつけているのではなく、手で持っている鉄球を床に押し付けている。ジョレンは、舞台のあちこちを移動して、それを繰り返しているのだ。

 

「あれに何が……? あの鉄球って魔道具ってわけでもないですよね……?」

 

 ルール上、武器は非殺傷に限られ、魔道具を持ち込むことは禁止されている。あの鉄球も審査を通って許可されたものである以上、特殊な効果を持つものであるのはあり得ない。

 

「そう、別にあの鉄球は何も特別じゃねぇよ」

「じゃあ、どうして……?」

「どうしてっつーか、お前ら多分勘違いしてるから、言っとくけどさぁ」

 

 グレンがめんどくさそうに後頭部を掻きながら。

 

「あいつの武器はそもそも鉄球じゃねぇよ」

「「は?」」

 

 そんな意味不明な言葉に、システィーナもギイブルもポカンとしてしまっていた。

 

***

 

(あれ……? おかしいな)

 

 舞台の上で床に鉄球を押し付けながら(まわ)っていたジョレンが違和感を覚える。

 

(なんで『八人』しかいないんだ……?)

 

 よく見てみると、自分以外の選手が八人しか舞台上にいない。二年次生のクラスは全部で十クラスなので、自分以外は九人いないとおかしい。

 

(いつの間にか棄権しちゃったんだろうか……?)

 

 なんて考えていると、視界の奥に大きな砂時計が目に入る。

 それはもう少しで全ての砂が落ち切ってしまうところだった。これは丁度一分の時間を計るための競技用の砂時計で、これが落ち切った時が『準備時間』の終わり。『戦闘時間』の始まりだ。

 

(そろそろ勝負に集中するか)

 

 そうして、そんな小さな違和感を頭の奥に押し込め、立ち上がる。

 どこにどうやって魔術罠(マジック・トラップ)が仕掛けられているのか、肉眼では把握しようがない。そして、周りを見てみれば、二人ほど、こちらの方を警戒しながら、近づいている生徒がいる。一組と四組だ。彼らが一番最初に飛び掛かってくるだろうことは、見れば分かった。

 そして、先に防御するために鉄球を回転させ始めたところで―――

 

『砂時計の砂が落ち切りました! これから『戦闘時間』の始まりですッ!』

 

 そんなアナウンスと共に、舞台上の全生徒が駆けだした―――その瞬間。

 

「「「なッ!?」」」

 

 『準備時間』中に仕掛けられた魔術罠(マジック・トラップ)が全て―――誤爆した。

 

***

 

「な、何が起こったの……!?」

 

 その様子を二組の待機観客席にいた皆は目を丸くして見るしかない。ルミアもこれは少々予想外過ぎたようで、周りと同じ反応をしてしまっている。この中で唯一平静を保っているのはグレンしかいない。

 

「やっぱ、やりやがったな、あいつ」

「ど、どういうことですか? 先生」

「ジョレンは回転の『振動』を『準備時間』中に辺りにばらまいていた。『戦闘時間』が始まると同時に仕掛けられた魔術罠(マジック・トラップ)全てを誤爆させるようにな」

「は、はぁ!?」

 

 そんな荒唐無稽な説明に、システィーナはもう呆れたような声を出すしかない。

 

「おそらく、場に仕掛けられていた魔術罠(マジック・トラップ)のほとんどが、人が近くに来た時に起動する『条件起動』だったはずだ。つまりそれは衝撃を感知する方式。それを振動……波紋を送り込むことで誤起動させたんだ」

「そ、そんなことが……?」

「出来るんだよ。それがあいつの使っている『回転の技術』だ」

「回転の……技術?」

「そう、技術だ。決して魔術ではない。それがあいつの武器だ。決して鉄球ではなく、あの『回転の力』そのものが武器なんだ」

 

 そう説明しながら、グレンは試合様子を見ながら、二ッと不敵な笑みを浮かべていた。

 

***

 

「くたばれ、《冬の嵐よ》―――!」

「二組め、《大いなる風よ》―――!」

 

 『戦闘時間』開始直後、誤爆した魔術罠(マジック・トラップ)に皆、呆然としていたものの、すぐに我に返り、一組と四組の生徒がジョレンに向かって面制圧系の呪文を同時に放つ。

 

「《光り輝く護りの障壁よ》」

 

 それを一説詠唱で起動した対抗呪文(カウンター・スペル)【フォース・シールド】で完璧に防ぐ。それと同時に右手のひらで鉄球がシルシル……と回転を続けている。

 

「「うぉおおおお―――ッ!」」

 

 【フォース・シールド】を展開して防いだのを見て、チャンスと思ったのか、二人が武器を構えて、挟み撃ちの形で突っ込んでくる。【フォース・シールド】の呪文は万能で強固であるが、展開している間、動くことが出来ない。それ故に、解除される前に武器で叩こうと突進してくる。

 

「ふッ!」

 

 しかし、全く焦らず、右から来た一組の生徒に鉄球を放つ。しかし、それは見切られたらしく、難なく木刀で受け止められる。

 

「!」

「ふん、こんな玉如きが何だって―――な、なんだ……?」

 

 しかし、木刀で完全に受け止めたはずの鉄球は叩き落されない。力を入れても、全く落ちない。むしろ刀に込めた力と拮抗しているのだ。ギャルギャルギャルギャルッと回転している鉄球が少しずつ押していき―――

 

「なぁッ!?」

 

 遂に木刀を逆に粉々にしてしまった。

 それを見て、四組の生徒が驚き、足を止めてしまったことで、ジョレンの【フォース・シールド】の解除が攻撃される前に間に合う。同時に、目にも止まらぬ速さで一組の生徒に近づき、粉々にした後、床に落ちても、まだ回転を続けていた鉄球を思いっきり蹴り飛ばし、一組の生徒の顔面にぶち当てていた。

 

「がふっ……!?」

 

 しかし、倒れない。『準備時間』中に白魔【ボディ・アップ】をかけて、身体を頑強にしていたらしい。戻ってきた鉄球に再び回転をかけながら、次のアクションを仕掛けようとしていると―――

 

「《雷精の紫電よ》―――!」

 

 

 これ幸いと背中を向けているジョレンに四組の生徒が【ショック・ボルト】を放つ。

 だが―――

 

「捉えているぞ」

「ぐぁあああ―――ッ!?」

「なっ!?」

 

 背後から迫る電光を後ろを見ずに躱し、その目の前に立っていた一組の生徒に当たってしまう。【ボディ・アップ】をかけていたとはいえ、二連続で強烈な攻撃を喰らってしまっては、流石に耐えれずに倒れてしまう。

 その光景に一瞬唖然とするも、すぐにマナ・バイオリズムを整え呪文を放つ。

 

「クソッ、《雷精の紫電よ》ッ!」

「遅いッ!」

「ぶっ……!?」

 

 しかし、二発目の電力弾も回転する鉄球で受け止められ、上へと弾かれてしまう。それを信じられないとでも言いたげな驚愕の顔で見ていると、すぐに投げ放たれた鉄球が四組の生徒の顔面に炸裂する。

 こっちは【ボディ・アップ】などを使っていなかったようで、すぐに気絶した。

 二人を同時に相手して、なお無傷のジョレンに周りの注目は集まっていく。見れば、他にも二人倒れ、残りはジョレン含めて五人の状況。『バトルロワイアル』は更に盛り上がりを増していく―――

 

***

 

「す、凄い……何よあれ……」

「言ったろ? 回転の力だって。あいつが鉄球にかける回転は魔術をも弾く。あの呪文がもしも【ライトニング・ピアス】であってもな」

「そ、それって……」

 

 グレンの言葉に、システィーナは見ていないが、それには思い当たる節がある。それは前に起こった自爆テロ事件で、テロリストたちにジョレンが【ライトニング・ピアス】で撃たれた時のことだ。

 システィーナやルミアを含めて、その場にいた生徒の全員が直撃したものだと勘違いしていたが、本当は回転させた鉄球で受け止めていたのだ。だから、致命傷にはならなかった。

 

「回転のかけ方は常に調整され、床に落ちたりどっかに飛んでった後も、回転の力で自動的にあいつの元に戻っていくし、回転によって生じる空気振動の反響を読み取って周りの状況を把握できる。背後から撃たれた【ショック・ボルト】を躱したのもそれだ」

「本当に魔術じゃないんですか……? そんなの人間技には見えない……」

 

 しかし、そんな説明を急にされても、すぐに信じることが出来ないほど、目の前で起こった現象は常軌を逸している。そのために、システィーナは何度も質問してしまう。

 

「本当は別の一族に伝わる秘伝なんだ。それも、『医療』ともう一つ、その一族の家業のために編み出されたな。あいつが自分で言っていたことだが、あれはそれを見様見真似で何年もかけて再現したものらしい」

「あ、あれ本当は『医療技術』なんですか!?」

「そう、れっきとした医療のための技術だ。俺も何度か本家本元の方を見たことあるしな……その本領は文字通り人体に及ぼす作用にある」

「人体に……」

 

***

 

(あと四人……! ここは一気に押し入る! 倒す!)

 

 開始前に大量に張られていた罠もほぼ全て誤爆させ、関与し得ないトラブルの危険は極限まで削った。それが、ジョレンの行動を更にアグレッシブにしていく。

 舞台の端の方で、2、2で分かれて戦っている中、右の方の二人……六組と九組の方に駆けて行き―――

 

「《駆けよ風・駆けて抜けよ・打ち据えよ》―――!」

 

 同時に、三節詠唱で括った、黒魔【ゲイル・ブロウ】を放つ。風の鉄槌が細剣(レイピア)による剣術の応戦をしていた二人目掛けて向かってきて、ぎょっとして泡食ったように離れて回避した。それを見逃さず、そのうちの九組の生徒に向かって、更に肉薄していく。

 

「《雷精の紫電よ》ッ!」

「《災禍霧散せり》ッ!」

 

 追撃にと、唱えた【ショック・ボルト】だが、相手も流石に成績優秀者の一人。冷静さを取り戻し、三属性呪文を打ち消す対抗呪文(カウンター・スペル)、黒魔【トライ・バニッシュ】の呪文を唱え、雷弾を打ち消した。

 

「何ッ!?」

 

 しかし、その雷弾の後ろに隠すように放たれていた回転鉄球がそのまま飛んでくる。追加で対抗呪文(カウンター・スペル)を唱える暇もなく、咄嗟に腕を交差させてガードする。

 

「うぐぐッ……」

 

 鉄球の直撃を受けた左腕がみしみしと音を立てるが、若干遠くから放たれたからか、さほど威力がない。すぐに叩き落して、反撃の呪文を唱え始める。

 

「《白き冬の嵐よ》!」

 

 黒魔【ホワイト・アウト】。相手の四肢の感覚を奪い、行動不能にする冷気の衝撃。それが呪文詠唱により放たれる―――

 

「一手早いな、あんた」

「? 一体何の……?」

 

 ジョレンの言葉に疑問符を浮かべた瞬間、自分の身体に起きている異変に気が付いた。見れば、鉄球を受け止めた腕に、何やら渦巻いたような痕がついており―――

 

「なッ!? あぁッ!?」

「『筋肉には悟られるな』」

 

 その痕が今もエネルギーを持って、腕に残留していたのだ。回転のエネルギーが。それが、力を発揮し、腕をぐるんと巻き込むように勝手に動かし、左手を自分の方に向けてしまった。それと同時に【ホワイト・アウト】の呪文が解放され、自分自身に向かって冷気が迸った。その超至近距離の直撃を受けた生徒は、即戦闘不能に追い込まれてしまった。

 

***

 

「い、今……自分に呪文を……」

「あいつの回転の力は肉体に……『筋肉』に作用する。回転のかけ方次第で腕の筋肉を自在に操作できるってことだ」

 

 グレンの視線はピッタリと戦っているジョレンを追っている。その姿を見て、自分の元同僚そっくりだと、嘆息していた。

 

「で、でも、魔術的な力じゃないなら、本人が力を入れるだけで抵抗できるんじゃないですか……?」

「普通はな。でもあいつの回転の力は決して悟られない。筋肉は気づけないんだ。全ては回転の振動による反射的な行動であり、本人の意志とは無関係に行われる。例えるなら、めちゃくちゃ熱い鍋に気づかず触って、びくっと手を離すのと同義……分かっていたからといってそう簡単に抗えるもんじゃない。んなの、自分の神経弄ってないと無理だ」

 

***

 

「おぉぉ―――ッ!」

「ッ―――!」

 

 生徒の自滅と同時に、もう片方、六組の生徒が細剣(レイピア)を構え突っ込んでくる。簡単に呪文で攻撃すれば、今の筋肉操作を使われると思ったらしい。その動きに呪文を交えてこようとかの考えが一切見られない。

 それを見て、すぐさま戻ってきた鉄球を再び放る。凄まじい回転がかかった鉄球が真っすぐに相手へと向かって行く。

 

「ハァッ!」

「!?」

 

 それを細剣(レイピア)で受け止めた瞬間、六組の生徒は細剣(レイピア)を捨てた。細剣(レイピア)はまたも砕かれたが、ジョレンは無手。今なら呪文での攻撃が出来る。

 

「《残響為る咆哮よ》―――!」

 

 黒魔【スタン・ボール】。音と衝撃によって相手を無力化する圧縮空気弾を放つ攻性呪文(アサルト・スペル)が、猛烈な勢いで迫ってくる。

 

「《光り輝く護りの障壁よ》ッ!」

 

 【フォース・シールド】で受け止めた【スタン・ボール】が炸裂し、余波でジョレンの身体に圧力がかかる。しかし、それを意に介する暇はない、とばかりにすぐさま魔力障壁を解除し、次の呪文を唱え始め―――

 

「《雷精の紫電よ》ッ!」

 

 再び一説詠唱で放つ【ショック・ボルト】。今回の『バトルロワイアル』のためにジョレンが一節詠唱を出来るようにしたのは、【ショック・ボルト】と【フォース・シールド】のみ。これ以外の呪文は未だに三節詠唱のままだ。そのため、魔術戦に関しては、この二つの呪文を軸に戦うしかない。だが、何度も、この二つばかり使っていれば、流石に相手も感づいてしまう。

 

「《守人の加護あれ》―――」

 

 唱えられた黒魔【トライ・レジスト】。炎熱、冷気、電撃の三属性への耐性を得る付呪(エンチャント)呪文。【ディスペル・フォース】などの魔力相殺の呪文を唱えなければ、三属での攻撃は軍用魔術ならともかく、学生用の非殺傷系攻性呪文(アサルト・スペル)では、ほとんど通らないだろう。

 しかし、ジョレンは【ディスペル・フォース】を一節詠唱することが出来ない。呪文で攻撃するためには、どうしても【トライ・レジスト】を解呪(ディスペル)しなくてはいけない。となると、残りの攻撃手段である鉄球に重点を置いてくるはず、その立ち回りの隙をつくことが出来れば―――そんな思惑で、次なる呪文を唱えようと、六組の生徒が左手を構え治すと同時に―――

 

「勘違いしているみたいだけど―――」

「?」

「回転はあんたに底が測れるほど、浅い武器じゃないんだ」

 

 【ショック・ボルト】を放つ左手が不意に明後日の方向を向き、そのまま雷弾を撃った。それはすぐそこに回転しながら落ちていた鉄球にかすり、衝撃で鉄球がポーンと打ち上げられ、とすっと六組の生徒に当たり―――

 

「あがッ!? あがが……!」

「回転で足が捻じれるだろ? 初めから【ショック・ボルト】をまともに攻撃するために練習してなかったよ……! 鉄球に当てて、跳弾させたり、今みたいに鉄球を跳ね上げたりするのに使うつもりだったんだから……!」

 

 回転のエネルギーが身体を伝わって、足に到達し、その足が捻じれ、バネみたいになって固定されてしまう。そして、そのままバランスを崩して、元々舞台の端で戦っていたことも相まって、場外へ倒れ込んでしまった。

 そして、見れば、もう片方の戦いも終わり、あと一人。タイマンの構図へと変化した。

 しかし、残った一人……三組の生徒は、ジョレンの戦いぶりを見て、既に委縮しきってしまっていた。

 それでも、勝利するために向かってくる相手に向かって、ジョレンは右手のひらで鉄球をゆっくり回転させて構えた。

 

***

 

「もう一対一……これで二位以内は確定になっちゃった……」

「実質的に倒した数は四人。もう一人倒せれば五人。はは、暴れ過ぎだぜ、あいつ」

 

 観客席で行く末を見守っていたシスティーナとグレンも、その様子にホッと一安心したようだ。四人もほぼ真正面から打ち破ったジョレンなら、後一人も同じように倒せるだろう。一位通過はほぼ確定的なものだった。

 だが―――

 

「おい、ルミア? いつまで怖い顔して見てるつもりだ?」

 

 ルミアだけは、いつまでたっても観戦している最中の緊張感が抜けていない。

 まだ終わりじゃないと、思っているかのように。

 

「先生……私、見たんです……」

「ん? 何をだ?」

「実は―――」

 

 小声でルミアが告げた言葉に、グレンが驚愕するのと、全体の観客席から歓声が起こるのはほぼ同時だった。

 

***

 

『決まったァアアアア―――ッ! 二組のジョレン君、三組のウェル君も討ち取り、完全勝利を決めたァアアアアア―――ッ!』

 

 舞台を見ていたアナウンスが響き渡ると同時に、巻き起こる大歓声が、ジョレンを包む。

 少し間違えば、途中でやられていただろう死闘だった。そして、それを乗り切ったと感じた瞬間に乱れ始める息を整えながら、辺りを見渡す。最後にもう一度、リリィに手を振ってやろうと、観客席を見渡していると。

 

『ん? なんだ? おっと!? 『アレ』はなんだァ―――ッ!?』

「は……?」

 

 何かを見たのか、アナウンスの言葉を聞いた後に、舞台の上を端から端まで見渡すと。

 舞台を構成している石畳の一つが何やらうにょうにょ動いていて―――

 

「ま、待て……あれ、どっかで見たことあるんだが……?」

 

 ジョレンの嫌な予感は見事に的中した。

 そして、石畳は不意に帯状の何かを一気に放出して―――それが重なり、形作った人型が―――

 

「ふぅ……作戦成功ですね。ではジョレンさん。お手合わせ願いましょうか」

「み、ミクリ!? お前なんで、こんなところにいる―――ッ!?」

 

 あまりにも急展開過ぎて、ジョレンは驚愕しながら、悲鳴のような声を上げてしまうのだった。

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