ロクでなし魔術師たちの奇妙な冒険   作:焼き餃子・改

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第十七話 「限界講師に『弁当』の誘惑」

「この大馬鹿が!」

「いててて! は、反省してますって!?」

 

 『バトルロワイアル』が終わった後の二組の待機用観客席から怒声と悲鳴が上がっていた。

 グレンがジョレンに法医魔術(ヒーラー・スペル)をかけながら、ダメージを受けているところをギリギリ、と抓ったりして、ジョレンはその痛みで悶えていた。

 ジョレンがどうにか身体中を痛ませながら観客席に戻ってきてから、ずっとこんなやり取りが続いていた。

 

「わざと呪文を暴走させる奴がいるか!? それで死んでたらどうするつもりだったんだ!」

「いや本当、あれしか思いつかなかったんですよ! もうやりませんって!?」

 

 その言葉を聞いたからか、もうかれこれ十分以上はこんなことをやっていたからか、グレンは諦めたかのように大きく嘆息して。

 

「全く、前々から無茶する奴だとは分かっていたが、あれほどとは思わなかったぜ……とにかく、これからは気をつけろよ? 【エア・スクリーン】だったから、まだよかったものの、あれが軍用魔術だったりしたら目も当てられないからな」

「は、はい……」

 

 珍しいグレンのガチ説教に、少し誤魔化すように苦笑しながらも―――

 

(やっぱり、優しい人なんだよな……)

 

 なんて、また少しグレンの事を見直していて。

 グレンの方は、集まっていた二組の皆に振り返って。

 

「んじゃ、お前ら。これから昼休みの時間だからな。今のうちに十分休んだりして午後の部に備えろよ? んじゃ、各自解散だ」

 

 そんなグレンの音頭で、それぞれが別々の場所へと散っていき、グレンもどこかふらふらとどこかに行って。

 

「俺も、昼飯食べないとな……」

 

 一人取り残されたジョレンも、法医呪文をかけてもらったとはいえ、まだ痛む身体を引きずるようにして置いてきた弁当を取りに、自分が座っていた席まで歩いて行った。

 

***

 

 魔術競技祭、午前の部は全て終わり、今は午後の部の前の昼休みの時間となっていた。小一時間ほどある、この時間で昼食を取るために、学食に行ったり、学院街の飲食店に行ったり、持参した弁当を食べるために、それぞれの場所へ移動し始めていた。

 この中で弁当派であるジョレン=ジョースターも、『バトルロワイアル』で受けたダメージで身体中を痛めながら、どこか食べるところをさがして、競技場内を右往左往していた。

 

「あ~、腹減った~、死にそ~」

「……さっきまで、あんなにかっこよかったのに」

 

 そんな折に聞こえてきたグレンの情けない声に、今度はジョレンが嘆息するしかない。

 

「馬鹿野郎、お前……俺がかっこいいのは周知の事実だが、それじゃ腹は膨れねーんだよ」

「はぁ……はいはい、そうですね……」

「呆れたような返答しないで……」

 

 そんな痛ましいグレンを見て、ジョレンは少しだけ悩んだ後、手に提げていたバスケットをパカっと開けて、中身を見せ。

 

「まぁ、一つだけなら食べてもいいですよ」

「え、マジか!?」

「食いつき半端ないですね、先生……」

 

 グレンが所持金を全て散財して、このところ碌に食事も出来ていない事は知っていたが、まさかそこまで追い詰められていたとは知らず、少し引いてしまう。

 中身はなにやら、パンのようなもので色んな具材を挟んだサンドイッチのようなものが三つなのだが、どこかそれとは違う。

 

「これ、なんつー料理なんだ?」

「えっと、確かバーガーとか聞きました。今日ぐらいはまともな昼食じゃないとダメって妹が言うものだから、ちょっと奮発してみたり……」

「お前ってやっぱりシスコンの気があるよな」

「ほっといてください」

 

 自分としては、そんな気は一切無いのだが、やはり他の人からはそう見えるのだろうか。などということを考えている間にも、グレンは涎を抑えきれずにそ~っと中のバーガーに手を付けようとしていた。

 

「一つだけですよ」

「うっ……わ、分かってるって」

 

 二つ以上食べる気だったのか……とまた内心呆れながら、自分もここで食べようか、とそのあたりに座ろうとしていると。

 

「あ、あの……先生……?」

 

 ふと、聞こえた声に二人が振り向くと、そこにはどこか小動物的な雰囲気のある小柄な女子生徒―――二組の生徒の一人、リンが立っていた。

 

「んぁー? どうした、リン? 今、俺、飯を食いたくてめちゃくちゃ忙しいんだけども」

「そ、その……ちょっと相談したいことがあって……その……」

「相談?」

 

 グレンがジョレンの持っているバスケットに、ちょいちょい視線を奪われながら周囲を見渡す。

 

「その相談ってのは、ここじゃダメな感じか?」

「え? その、はい……できれば、人の少ないところで……」

 

 そう言われて、グレンは実に嫌そうな顔をして。

 

「しょうがねぇ、んじゃ場所を移すか……おい、ジョレン。戻ってくるのめんどくさいから、お前も途中までついてこい」

「はいはい、分かりましたよ」

 

 そうして、三人は競技場を後にし、中庭の方へ向かうのであった。

 

***

 

「しかし、リンの相談か……」

 

 ジョレンの視界に入っているのは、青々と広がる芝生や、端の方で色とりどりの花を咲かせる花壇など、おなじみの中庭の風景だ。

 そして、奥の方で、グレンとリンが何やら話し込んでいる。

 

(もしかして、ミクリの変身を見て、自信を失くしちゃったとか、そういうのなのかな……)

 

 『バトルロワイアル』でジョレンが戦ったミクリの変身。戦闘中でありながら、多彩なものへと変化し、ジョレンを攪乱し続けた。

 あれがスタンド能力と言われているものなのか、それともミクリが言っているように宇宙人の能力なのかは未だに分からないが、そんな魔術以外の不可思議な力を知らないリンにとっては、あれがとても高度な変身魔術のように見えただろう。

 もしミクリが『変身』の種目にも出るんじゃないか、と考えれば、少し気分が落ち込むのも分からない話ではない。ミクリ本人は『変身』には出ない、と言ってしまっているのだが。

 

(リンに伝えた方がいいのかなぁ……)

 

 なんて、一人勝手に葛藤していると。

 

「あ、ジョレン」

「ん……システィーナか」

 

 ジョレンと同じようにバスケットを持ったシスティーナが中庭を訪れていた。

 

「どうしたんだ? 皆、競技場の方で昼食とってるみたいだけど」

 

 そう言って、中庭を見渡してみると、他にはほとんど誰もいない。今日は競技場が解放されているので、そのまま競技場で弁当を食べている生徒が多かった。なので、わざわざ中庭まで来る人はそうそういない。

 

「あーうん……ちょっとルミア……と、あいつを探しててね」

「あいつって誰……?」

「そ、それは……」

 

 思わず、そう聞くと、システィーナは気まずそうに視線を逸らした。

 それを見て、ジョレンは不思議そうに首をかしげて。

 

「誰か分からないと教えるのも探すのもできないんだが……」

「うっ、そ、それは……」

 

 それを聞いて、システィーナはもじもじと悶えていた。

 もう何を言えばいいのか全然分からず、ジョレンはガリガリと後頭部を掻いて。

 

「こっちには、グレン先生とリン以外にはいないぞ?」

「え……えっと……」

「それ以外の人を探してるなら、多分他の所だぞ」

「うぅ……そ、その……実は先生になんだけど……」

「あぁ、そう……」

 

 とても恥ずかしそうに暴露するシスティーナを若干生暖かい目で見ることしかできない。

 このところ、システィーナのグレンへの好感度が結構高まっているように傍目からは見える。本人は全く認めようとしないが。

 しかし、バスケットなどと弁当をわざわざグレンに持ってきてる時点で意識はしてるんだろうが。

 

「で、それじゃ、あいつはどこにいるのよ?」

「ん……あそこに先生が―――」

 

 と言って、グレンとリンの方を振り向けば―――

 

「―――あれ?」

 

 そこに確かにリンはいたが、グレンの姿がない。

 というか、何故かそこにルミアがいて、リンと話している。

 

(あ、あれって……)

 

 だが、ちょっとよく見てみれば、ルミアの仕草がどことなく男っぽい。というよりもいつものグレンの仕草にぴったりだった。

 

「あぁ、あれ先生のへんし―――」

「あれ、ルミアじゃない? ちょっと行ってくるわね!」

「え? た、多分違うんだけど。ちょっと待て!」

 

 二人の元に向かうシスティーナを慌てて追いかけるジョレン。

 そんなこっちの様子に、さっきまで相談をしていたリンがいち早く気づいて。

 

「あ、システィ。どうしたの?」

「あはは、私、ルミアの方に用があってさ」

「あ、いや、俺は……」

 

 ちょっと焦る、ルミア(?)に気づかず、システィーナは笑いかけながら言った。

 

「早くお弁当食べよう? ルミア。言ったでしょ? 今日のお昼は私がルミアの分まで作っておいたって」

「え……? 弁当……?」

 

 その言葉に急に眼の色を変えたルミア(?)を見て、ジョレンはこれがグレンだと確信していた。

 そして、冷ややかな目を向けていると、不意にグレンと目が合って。

 

「うぐッ……うぐぅぁぁ……」

「え? ちょっとルミア? 何か苦しそうよ? どうしたの?」

 

 この時。グレンの中では一つの葛藤があった。

 このまま変身を解かずにシスティーナの弁当を掠め取る場合。その場合は変身がバレるかもしれないという多大なリスクを負わなくてはいけない。ジョレンは確実にそれを看破しているし、後ろにはさっきまで相談に乗っていたリンがいる。この二人から真実が暴露されれば終わりだし、この間に本物のルミアがやってきたら、その時点でアウトとなる。やるにはリスクが大きい。しかし、上手く行けば、自分が望む量まで食べることが出来るかもしれない。

 そして、二つ目は変身を解いて、前からの予定通りジョレンの方の弁当をいただく場合。この場合はリスクがほとんどない。システィーナを少し驚かせてしまうかもしれないが、十分に弁明が可能だ。貰えるのはバーガーと呼ばれる料理が一つだけだが、安心安全確実にご相伴にあずかることが出来る。

 グレンの脳内でこの二つのルートの可能性が比較されていく。そして、メリット、デメリットを身長に計算する。

 その時のグレンの脳の活動速度はまさに光速。那由他の彼方にあるものを観測するかのようにまで研ぎ澄まされた感覚と合わせ、今だけはグレンは人類史上最高の頭脳を持った個人に違いなかった。

 そして、コンマ一秒にも満たない時間。グレンの中で答えが導き出される―――

 

「あ、あれ……?」

「わ、悪いな、白猫。残念ながら、俺はルミアじゃない」

 

 ゆらり、と纏っていた【セルフ・イリュージョン】の幻影が薄れていき、出てきたグレンに、システィーナは目を丸くし、その後、我に返り、早速グレンに食って掛かる。

 

「ちょ、ちょっと!? あんた、ルミアに変身して何してたのよ!?」

「誤解だ! 俺はリンに変身の特別講義をしていただけで、別にやましいことは何一つない!」

「え……? それ本当?」

「う、うん、自信なかった私に、イメージを固めればどうにかなるって……ちょっと例としてルミアに変身してただけで……」

「そ、そうだったの……」

 

 今回ばかりはシスティーナの方が一歩引いた。正直に白状した効果が目に見えて現れて、グレンは内心ガッツポーズをしていた。が、システィーナの方は何やらいつもと様子が違う。

 

「そ、それじゃあ別にいいわ。ねぇ、あの……」

「な、なんだよ、白猫……」

「~~~っ! ふ、ふん……ねぇ、先生。昼食どうするの?」

「え?」

 

 そんなシスティーナに、思わず身構えていたが、直後に聞こえてきた言葉に間抜けな顔を晒して。

 

「も、もし、予定ないなら……分けてあげてもいいんだけど……」

「え、えぇ?」

 

 いかん、計算外だ。突如現れた不確定事項にグレンの頭がオーバーヒートしそうだった。

 そこにシスティーナがバスケットを開けて中身を見せてくる。そこにはとても綺麗にカットされたサンドイッチが一面に詰められていて―――

 

(よ、よく考えろ。グレン=レーダス。ここは冷静になれ)

 

 確かに予想外の出来事ではあるが、ここはそう複雑な場面ではない。二つの可能性があるが、それはシスティーナから貰うか、ジョレンから貰うかの二択である。言ってしまえば、そこまでの違いはない。あるとすれば、中身の違いである。

 システィーナが持ってきたのは別に何か特別なものなど入ってなさそうなサンドイッチだ。システィーナとルミアと恐らく三等分になるだろうから、その量は割かし多い。

 が、量に関してはジョレンのバーガーも同じと言っていい。三個ある中の一つを貰えるのだから。だというのなら、判断基準はハッキリ言って質ということになる。

 グレン的には食べたことのないバーガーというものへの期待は凄く大きい。ジョレンがどの程度料理出来るのかも分からないが、それはシスティーナに関しても同じこと―――とすれば……

 

「あーすまん。実はジョレンから分けてもらえることになっててな」

「え……」

「ま、お前はルミアと一緒に食ってな。それじゃあな」

 

 見た目的にあっさりとシスティーナの誘いを断るグレン。よく考えれば、システィーナがわざわざ弁当を持ってくるという時点でおかしかったのだ。何か狙いがあるに違いない。なんて考えつつ、ジョレンの方に目を向けて。

 

「あー……うーん……」

「? どうした、ジョレン」

「い、いや……」

 

 何故かジョレンがとてつもなく気まずそうな、なんというか今すぐにでも逃げ出したいと思っていそうな表情をしていて―――

 

(ま、まずい……先生、それはまずいって……)

 

 一方この時、ジョレンの方も葛藤の真っ最中であった。

 見れば、システィーナがとんでもなく不機嫌そうにこっちを睨んでいる。本人としては無意識だと思われるが、こっちとして見れば、とてもいたたまれない気持ちになる。

 そして、それにグレンが気づいていないのが致命傷だった。いつも説教されているグレンからしたら、ここでシスティーナが不機嫌になる理由も見当がつかないことだろう。

 

(かくなるうえは―――)

 

 決心した後のジョレンの行動は早かった。

 バスケットを両手で抱え持って、グレンとシスティーナを背にして、森に向かって全力疾走した。

 

「は!? え、ジョレン!?」

「あ、すみません、用事思い出しました! 先生はシスティーナの分貰っといてくださいッ!?」

 

 ポカーンとした顔のグレンとシスティーナを置いて、疾風の如き速さで森の中へ消えていくジョレン。

 

「え、えっと……あ、先生……ありがとうございました……それでは……」

 

 端の方でそれを見ていたリンも気まずさのあまり、感謝の言葉だけ置いて、どこかへ逃亡してしまい―――

 

「「……」」

 

 二人とも、ことの流れについていけず、沈黙して立ち尽くすしかできず。

 

「あ、あのぉ……白猫さんや……?」

「あ、あげないわよ、馬鹿! さっき余裕ありそうに断った癖に!」

「そ、そこをなんとかお願いします! 一生のお願いだからッ!?」

「うっさい! 自分でなんとかしなさい!」

 

 もうどうしようもなくなったグレンが懇願するが、システィーナは頑として聞き入れず―――

 

「えっと……何がどうなってこうなったんだろ……」

 

 遅れてシスティーナを探しに来たルミアは、苦笑してその様子を眺めているしかなかった。

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