ロクでなし魔術師たちの奇妙な冒険   作:焼き餃子・改

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第十八話 「女王と邂逅し、家族の『思い出』を見る」

 学院中庭の端の方に位置するベンチで一人、バスケットを開け、自分で作った手作りバーガーを食べようとしていたジョレン=ジョースター。

 置いてきたグレンとシスティーナは上手くやっているのだろうか、などと考えながら、自分も初めて作った料理に若干のワクワクを感じながら、いざ一口目……と大きく口を開けようとしていたのだが。

 

「……なんでいるんですか、先生」

「いや、白猫が意地になってくれなくて……」

 

 ボロボロになりながら、糖分を含むとされるシロッテの若枝を咥えたグレンとバッタリ鉢合わせてしまう。この時、ジョレンはシスティーナの頑固さと好意が無意識だということを考慮していなかったことを後悔していた。

 

「大体お前のせいだろ!? あんな状況であげないなんて言うから!?」

「いや、システィーナがあげたそうにしてたんで……」

 

 しかし、すぐにぐったりとしてしまうグレン。どうやら、もう怒る気力もないようだった。

 そんな時だ。

 

「あ、先生~。レン君~」

 

 遠くの方から、ルミアが何かを大事そうに抱えながら、こっちに走ってきた。

 

「どうした、ルミア……何かあるなら15文字程度で頼む」

「えっと……先生に差し入れを届けに来ました」

「差し入れ?」

 

 訝しむように構えるグレンと、興味深そうに覗き込むジョレンに、ルミアは布包みを見せて。

 

「これ、サンドイッチの包みです。先生、最近はずっとお腹が減っているようだったので―――」

「ありがとうございます天使様! 喜んで謹んで頂戴いたしますゥ―――ッ!?」

「よ、よかったですね、先生」

 

 その救いを得た信仰者のようなグレンの姿に、ちょっと引きながらも、バクバクとサンドイッチを食べている様子を後目に自分のバーガーを一口頬張った。

 挟んだ具材はハンバーグ、チーズ、レタス、トマトなど、図書室の本に書いてあった一般的らしいものだけだったが、初めてにしては上出来なんじゃないかと思えるぐらいには美味かった。ただちょっとだけ、入れたマスタードが利きすぎてるな、と感じ、密かに修正ポイントに頭の中で書き加えた。

 

「ねぇ、レン君。それは?」

 

 そんなことを考えていると、ルミアが隣にちょこんと座って、バーガーを見ながら聞いてきて。

 

「ん、これはバーガーっていうものらしい。図書室の料理本の中にあったんだ」

「そうなんだ、とても美味しそうだね?」

「まぁ、美味しかったけど、ちょっと改善必要かなって。初めて作ったから」

 

 そう答えながら、ジョレンはふと、グレンが食べているサンドイッチとルミアを交互に見て。

 

「そういえば、ルミアはちゃんと食べたのか?」

「え、私?」

「だって、あのサンドイッチって―――」

「あ、ダメだよ、レン君」

 

 ―――システィーナが作ったのなんじゃ……と言おうとした時。

 ルミアの指がジョレンの唇に触れて。

 

「先生には秘密。本人の希望だから……お願いね?」

「……わ、分かった」

 

 いたずらっぽくウインクするルミアとの顔の近さに若干ドキドキしていると、唇に触れていた指が離れて……それが少しだけ名残惜しいような、恥ずかしさが前面に出てくるような。なんとも言えない気持ちになっていると。

 

「んーでも、食べたには食べたけど、ちょっと少なかったかな……なんて」

「そ、そうか……」

 

 様子が変わらないルミアを見て、少しずつ元の調子を取り戻しながら、バスケットの中に入っている残り二つのバーガーを見て。

 

「よかったら、一つ食べてもいいぞ」

「え? でも……」

「今後作る時の反省点が欲しいんだ。感想くれる人が多い方がいいから」

「そういうことなら……一つ貰おうかな」

 

 ルミアは渡したバーガーをしずしずと受け取って、小さくかじるようにバーガーを食べて。その直後、とても目を輝かせるようにして。

 

「凄く美味しいね……やっぱりレン君、お料理上手だなぁ……あ、でも、マスタード? かな……ちょっと多いかも……」

「やっぱりマスタードだよな……ありがとう、今度はもう少し調整するよ」

「でも、本当に美味しいよ。ありがとうね、レン君」

 

 はにかむルミアに、こちらも晴れやかな気分になっていると、その後ろからただならぬ気配を感じて。

 

「あ、ジョレンお前、俺にはくれなかった癖に!?」

「先生はルミアから貰ったサンドイッチ食べたじゃないですか!? それでいいでしょう!?」

「うっさい、俺の気分の問題なんじゃ! 俺にも一つよこせ!」

「それじゃ、サンドイッチ二枚ほどと交換しましょうか!? んー!?」

「うっ、く、クソ……!」

「ふふ……」

 

 もう食べ切ってしまって綺麗にたたまれた布を睨みながら呻くグレンと、取られないようにバスケットを大事そうに抱えて口論するジョレンを微笑まし気に見ているルミア。

 少しうるさくも、とても優しい時間が過ぎていく。

 しばらくして、ジョレンとルミアでバーガーも食べ切り、そろそろ帰ろうとしていた、その時。

 

「そこの貴方はグレン、ですよね? あの……少しよろしいですか?」

 

 そんな三人に不意に女性の声がかかる。

 

「はいはーい、全然よろしくありませーん、俺たち、今、すっごく忙し―――って、えぇぇぇぇぇぇぇぇェェェ―――ッ!?」

 

 グレンが女性の声が聞こえてきた方向に振り向くと、すぐに素っ頓狂な声をあげて。

 

「じょ、じょ、じょ、女王陛下―――ッ!?」

「えッ!?」

 

 ジョレンも見れば、そこにいたのはアルザーノ帝国女王アリシア七世そのものだ。魔術競技祭の開会式でも、その貴賓席にいた人物そのままであった。

 

「ど、ど、どうして貴女のような高貴なお方が、下々の者のたむろするこのような場所に護衛もなしで!?」

 

 突然現れた女王を前にして、グレンはいつもの傍若無人な態度がすっかり消えて、畏まって片膝をついて、その場に恭しく平伏していた。

 ジョレンも、突然のことで頭が完全にパンクしていたが、グレンの姿を見て、つられて同じように平伏して。

 

「あ、あの、その、さっきは無礼なことを言って申し訳ございませんでした……!」

「そんな、お顔を上げてくださいな、グレンも、生徒さんも……今日の私は帝国女王アリシア七世ではありません。帝国の一市民、アリシアなんですから、さぁ、ほら」

「いや、そうは言ってもその……し、失礼します……」

 

 アリシアの言葉にグレンは恐る恐る立ち上がるも、ジョレンの方は未だに頭がパンクしていて、平伏したままだった。

 それを見て、アリシアは、ジョレンの前でしゃがみ込んでくる。そんな、帝国の中でも一般人であるジョレンが体験することが一生出来ないだろう、と思っていた体験を今しているという事実を再確認させられていると、より近くから、アリシアの声が聞こえてきて。

 

「ほら、貴方も。先ほども言いましたが、今の私は帝国の一市民です。それに、魔術競技祭でも私的な訪問であるうえに、ここに足を運んだのに至っては更に個人的な要件なのです。立ち上がってくださいな」

「う……は、はい……」

 

 このまま平伏し続けているのも、やはりダメなのではないか。かといって、本当に立ち上がっていい者なのだろうか? 既に思考停止に陥りかけている頭の中で、そんな二択が延々とグルグル回っていて―――最終的に言われた通りに立ち上がることを選択。恐る恐るアリシアの顔を見た。すると、アリシアの方がジョレンの顔を見てハッとして―――

 

「……もしかして、貴方がジョレン=ジョースターですか?」

「えっ!? あ、は、はい……えっと、何か……?」

「先日の事件の時はありがとうございました。貴方は守ろうとしてくれていた……そう伝え聞いていますよ」

「守ろうとしていた、って……」

 

 それを聞いて、ジョレンは思い出す。前の自爆テロ事件の時に分かった事実のこと。恐らくアリシアが言っていることはそういうことなのだろう、とジョレンは思い至った。

 

「あれは……自分は結局何もできていませんから。そのことのお礼ならグレン先生にするのがよろしいかと……」

「いえ……謙遜することはありません。それに、守ろうとしてくれたことが嬉しいのです」

「そ、そうですか……その、ありがとう、ございます……」

 

 ジョレンは、終始軽い調子であるアリシアに困惑しっぱなしであった。絶対的に目上の立場であるのに、その本人は凄く気さくに話しかけてくるものだから、なんと言えばいいのか、こっちは常に混乱してしまっていた。

 そして、ジョレンの言葉を聞いて、ニッコリと笑うと、今度はグレンの方を向いて。

 

「グレンもその節はありがとうございました……会うのは一年ぶりですね、お元気でしたか?」

「い、いえ、とんでもないです。こちらはそりゃもう。へ、陛下はお変わりないようで……」

「……貴方にはずっと謝りたいと思っていました」

 

 ふと、アリシアは目を伏せた。

 

「あ、謝る……って、そんな……」

「貴方は私のために、そして、この国のために必死に尽くしてくださったのに……あのような不名誉な形で宮廷魔導師団を除隊させることになってしまって……本当に我が身の不甲斐なさと申し訳なさには言葉もありません……」

「いえいえ、全然、気にしてませんって! いや、ホントです! ていうか、俺ってぶっちゃけ仕事が嫌になったから辞めたってだけの単なるヘタレですから! マジで!」

 

 ぶんぶんと頭と両手を左右に振りながら、グレンはアリシアの謝罪を固辞して、周囲を見渡していた。誰かに見られたらどうなることやら、と思っていたが、都合がいいことに誰もいなくてホッとしていた。

 

「で、陛下……その、今日はどういった御用向きで……?」

「ふふ、そうですね。今日は……」

 

 グレンにそう言われ、アリシアは視線を横にずらす。

 その視線の先には、呆然と立ち尽くしていたルミアがいて。グレンもジョレンも、それにつられて、ルミアに視線を移していた。

 

「……お久しぶりですね、エルミアナ」

「………………」

 

 ルミアは無言でアリシアの首元に視線を彷徨わせている。そして、しばらくそうしていると、何故か不意に目を伏せて。

 

「元気でしたか? あらあら、久方見ないうちに、ずいぶんと背が伸びましたわね、ふふ、それに凄く綺麗になったわ。まるで若い頃の私みたい、なぁんて♪」

「…………ぁ……」

「フィーベル家の皆様との生活はどうですか? 何か不自由はありませんか? 食事はちゃんと食べていますか? 育ち盛りなのですから、無理な減量とかしちゃダメですよ?」

「…………そ、その……」

「あぁ、夢みたい。またこうして貴女と言葉を交わすことができるなんて……」

 

 そして、感極まったアリシアは、ルミアに触れようと手を伸ばす。

 だが―――

 

「……お言葉ですが、陛下」

 

 ルミアはアリシアの手から逃げるように、片膝をついて平伏した。

 

「陛下は……その、失礼ですが人違いをされておられます」

 

 そうぼそりと呟いたルミアの言葉に、今まで嬉しそうだったアリシアの表情は凍り付いた。

 

「私はルミア=ティンジェルと申します、恐れ多くも陛下は私を、三年前にご崩御なされたエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下と混同しておられます。日頃の政務でお疲れかと存じ上げます。どうかご自愛なされますよう……」

「…………」

 

 慇懃に紡がれるルミアの言葉に、アリシアもグレンもジョレンも押し黙るしかない。

 

「……そう、ですね」

 

 そして、アリシアは寂しそうに、そして諦めたかのように、そう言って。

 

「あの子は……エルミアナは三年前、流行病にかかって亡くなったのでしたね……あらあら、私ったらどうしてこんな勘違いをしてしまったのでしょう? ふふ、歳は取りたくないものですね……」

 

 哀愁漂うアリシアの言葉に、グレンは複雑な表情で頭を掻いている。ジョレンは何か不安のような誤魔化すためか無意識に鉄球を力強く握っていた。

 

「勘違いとはいえ、このような卑賤な赤い血の民草に過ぎぬ我が身に、ご気さくにお声をかけていただき、陛下の広く慈愛あふれる御心には感謝の言葉もありません……」

「いえいえ、こちらこそ。不愉快な思いをさせてしまって申し訳ありません」

 

 しばらくの間、重たい沈黙が周囲を支配する。

 ルミアはもう何も言わなかった。アリシアは何かを言おうとはするが、口を開きかけて、とうとう口を閉ざした。

 そして―――

 

「……そろそろ、時間ですね」

 

 何もできないまま、未練を振り切るように、そう切り出して。アリシアはグレンとジョレンの方に振り返った。

 

「グレン。エル―――ルミアを、よろしくお願いしますね? ジョレン君も仲良くしてあげてください」

「……分かりました、陛下」

「……はい、分かりました」

 

 グレンが何か物言いたげな表情で見送る中、アリシアは静かに去っていき―――やがて、中庭から見えなくなって。

 ジョレンはその場に恭しく平伏したままのルミアを見ていたが、去っていくアリシアの背名に目を向けることはついになかった。

 

***

 

 魔術競技祭、午後の部が始まる。

 午後の部最初の競技は、念動系の物体操作術による『遠隔重量上げ』だ。白魔【サイ・テレキネシス】の呪文で、鉛の詰まった袋を触れずに空中へ持ち上げる競技だ。

 ジョレンはアリシアとの密会の後、グレンと一緒に消沈したルミアをつれて競技場に戻ってきていた。

 しかし、どうしても競技の観戦に集中することが出来ない。どうしても、ルミアとアリシアのことについて考えてしまうのだ。

 ジョレンは先のテロ事件の折に。ルミアの正体とその身の上の複雑な事情を帝国政府上層部から極秘に聞かれていた。

 わざわざ危険を冒してまでルミアに会いに来たアリシアのことも分かるし、そんなアリシアを拒絶したルミアのことも分かる。だが―――

 

(でも、それじゃ……)

 

 ジョレンは手に持った鉄球を見ながら、ぼんやりと思い返す。昔、外道魔術師に襲われる前のジョースター家の日常を。

 あの頃は何もかもが優しくて、何もかもが幸せだったように感じる。

 父が厳しかったのは、自分を立派に育てたいという一心であったことが、幼かった自分でも理解できた。文武両道じゃなきゃダメだ、と勉強も修練も父が教えてくれた。あの時はやっていた修練は剣術で、その経験は今も生きている。今は鉄球を使っているけれど、平凡よりも運動が出来るのは、父のおかげだった。

 母が優しかったのは、自分を本当に大事にしてくれている証拠だと、実感していた。迷子になった自分をあまり強くない身体だったのに走って探し回ってくれていた。見つけてくれた時に、自分に泣くことを許してくれた。母の作るかぼちゃコロッケはとても美味しくて、自分が料理に興味を持ったのも母が教えてくれたからだった。

 一つ一つがとても眩しくて。そして何一つ、絶対にもう返ってこない。

 父も母も、もう会うことは出来ない。どれだけ焦がれようと、どれだけ願っても。

 ルミアはまだ母は生きている。例え、今は立場に天と地の差があって、過去に追放されていようと。まだ生きている。なら、まだ会える。会えるのに何もしないなんてこと、あってはいけない。

 

(それじゃ……やっぱり、ダメだろ……)

 

 そして、ルミアを探そうと決心した刹那、ジョレンの横を何か人影が通ろうとしていて―――

 

「あ……」

「…………ぇ……」

 

 咄嗟にその人の腕を掴むと―――びっくりしたような顔をしてるルミアで。それに気づくと、ゆっくり掴んだ手を離して。

 

「なぁ、ルミア」

「な、なにかな……」

「ちょっと話……しないか?」

「……うん」

 

 少し寂し気な表情ながら頷いたルミアと一緒に、ジョレンは騒がしいこの場を離れた。

 どこでもいい。ただ、少しだけ話しやすい静かなところを探して。

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