ロクでなし魔術師たちの奇妙な冒険   作:焼き餃子・改

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第二話 「不真面目講師に『疑惑』の視線」

 本当に最悪の空気の中、現れた噴水飛び込みの男にシスティーナが思わず立ち上がり―――

 

「あ、貴方は―――」

「いや、人違いです」

「は!? ひ、人違いなわけないでしょ!?」

「いや、人違いですー」

 

 入ってきた男に対して、速攻で食ってかかるシスティーナだったが、全く相手にされていない。

 ジョレンもルミアも驚愕に目を剥いている。

 そんななか、男はマイペースにも自己紹介を始めた。

 

「えー、今回、非常勤講師となり、このクラスを受け持つことになった『グレン=レーダス』と言います。これから一か月間、皆様の勉学のお手伝いをさせていただきます」

 

 そんな様子のグレンと名乗った教師を見て、不服そうにしながらも再び席に着くシスティーナ。

 

「えっと、特技と趣味は―――」

「挨拶はいいので、早く授業を始めてもらえませんか?」

 

 若干、時間延ばしの意図も感じられる余分な自己紹介をシスティーナが切って捨てる。

 グレンも頭を掻きながらも、黒板に向かった。

 

「まぁ、そりゃそうだな……仕事だしな、と」

 

 そう言って、チョークを手に取り、黒板に大きく文字を書き始める。

 突如やってきた非常勤講師の初授業。大遅刻の後とはいえ、クラス全員がその様子に視線を向け、注目している。

 そんな中、ジョレンは別の場所で発せられた誰かの怒りの声を聞いた気がした。

 そしてたちまちグレンは黒板に文字を書き終わり―――

 

「今日の授業は自習にしまーす。眠いから」

 

 特大の『自習』の文字と共に教卓に突っ伏して寝息を立て始める、非常勤講師。

 最早クラス中が突然の理解不能な出来事を前に沈黙し、それをボケーッと見ている中、システィーナが勢いよく席を立ち―――

 

「ちょっと待てぇ!」

「あいてッ!?」

 

 次の瞬間には、全力投球で放られた教科書がグレンの頭に直撃していた。

 

***

 

「いて~」

 

 あの後、更にシスティーナからの怒りの鉄拳を喰らったグレンが書き綴っているのはよれよれの字による圧倒的にやる気のない授業の痕だ。

 

「んで、多分これがこんな感じになって―――」

「要領を得ない」

「はは……」

 

 システィーナの至極真っ当な意見にルミアは苦笑いで返すしかない。

 言葉による説明も分かりにくければ、解読不可能なよれよれの字から読み解くのはもっと分かりにくい始末。皆、一応はちゃんと先生の話に耳を傾けてはいるが、半分以上の人が既に呆れ果てている。

 そんな中、ジョレンの斜め後ろにいた大柄な男子生徒が話しかけてくる。名前は『カッシュ=ウィンガー』。

 

「こりゃダメだな……ジョレンはどう思う?」

「俺か……?俺は別に……」

 

 机に肘をつきながら、はぐらかすジョレン。

 本心は実は全然別だが、それをわざわざ言うこともない。と、判断したその時。

 

「あの……先生。少しいいですか」

 

 そう言って、立ち上がったのは小柄で大人しめの女子生徒『リン=ティティス』だった。

 

「おー、なんだー?」

「えっと……さっき教えてもらったルーン語の呪文の共通語訳がよく分からなくて……」

 

 案の定現れた分からない授業内容への質問に対し、グレンは頭を掻きながら、一通り教科書を流し見て―――

 

「あ、うん。俺も分からん」

「えっ!?」

「はは、すまん。自分で調べてくれ」

「ちょっと待ってください!」

 

 分からないの一言でばっさり片づけられそうになった時、横やりを入れてきたのはシスティーナだ。

 大分お怒りのご様子でグレンに向かって説教を始めた。

 

「リンの質問に対しての態度。教師としていかがなものかと思います」

「だーかーらー、俺にも分からんって言ってんだろ?」

「分からないなら分からないなりに、明日までに調べて返答するのが普通だと思いますが」

「でもそれなら、自分で調べた方が早くねーか?」

「な……そういう問題じゃ―――」

「あ、もしかしてお前ら、ルーン語辞書の引き方まだ教わってねーの?それじゃあしょうがねーよなぁ、じゃあ俺が調べて来るかぁ」

「な……辞書の引き方ぐらい知っています!もう結構です!」

 

 結局のところ平行線をたどるばかりだった、非生産的な口論もシスティーナが怒って切り上げたところで終わりとなった。

 その後も誰も理解できないだらしなさの塊のような授業は続いたが、それを真面目に聞いていた生徒はほんの一握りしかいなかった。

 

***

 

 そして次の授業は錬金術実験。担当監督は先ほどと同じグレン=レーダス先生。

 ……だったのだが。

 

「んで、何やったんですか」

「いや、ちょっと若気の至りでな……」

 

 食堂前で傷だらけでボロボロな状態で歩いていたグレンをジョレンはジト目で見ながら問いかける。

 

「ちなみに、どっかの錬金術の担当監督になるはずだった講師の人があろうことか女子更衣室に堂々と入り込んでボコボコにされた挙句、人事不省に陥ったんで、その授業は中止になった、って俺の耳には入ってますけど」

「あそこは昔、男子更衣室だったんだよ……マジで悪気は無かったの。悪気は」

「そういうことにしておきますよ」

 

 ジョレンは歩いてコックがいる注文カウンターに向かうグレンについていきながら、恩を着せるようなこと言った。

 ジョレンが気にしているのは、初めて会った時に、グレンが『鉄球』に視線を向けたことだった。

 

(もし、俺の鉄球のことをグレン先生が知っていて興味を示したなら……先生は俺が求める授業をしてくれる講師なのかもしれない……)

 

 無論、グレンのやる気のなさは筋金入りであり、もし本当にそういう授業が出来る人であっても、やってくれる可能性は限りなく低いだろうが―――とにかく今はどうなのか確かめなくてはいけなかった。

 

「ところで……もしかしてお前の昼飯って手に持ってるそれか?」

「え?」

 

 グレンが視線を向けているのは、ジョレンの右手が掴んでいる、袋に入った食パン一斤だ。

 ジョレンは見たところ、それしか持っておらず、おかずどころか、ジャムみたいな付けて食べるものも無いようだった。

 

「まぁ、そうですね。俺の家、貧乏なもんで。多く食おうと思ったら、パンだけで我慢するしかないですよ。学食なんて利用してられません」

「ふーん……んじゃなんか奢ってやろうか」

「は!?」

「そこまで驚かなくてもいいだろ……」

 

 目の前の人物のクズさと態度はちょっとの間だが、今まで見てきて嫌という程に思い知っていたので、その提案に驚愕して目を剥くジョレンだったが―――

 

「―――ん、そう。キルア豆のトマトソース炒めは二つだ」

 

 その間にグレンはジョレンの分まで注文してしまっていた。

 

「先生って意外と優しいとこあるんですね」

「意外とは余計だ、と言いたいところだが、実際そんなもんじゃねーよ?気まぐれさ」

 

 そう言って、一つ多く頼んだキルア豆のトマトソース炒めを渡してくる。

 ジョレンが持ってきたパンの多さに比べると、大分少ないがそれでもいつもパンだけたくさん食べていたジョレンの食卓が少し豊かになった。

 

「空いてる席は、と」

 

 ジョレンがちょっと感動してる間に料理を乗せたトレイを持って、丁度空いてる席の方向へ向かうグレン。

 それと同時にジョレンがその席の向かい側に座る人物を見て、まずいと思ったが、一足遅かった。

 

「失礼」

 

 忠告する前にその席に座ってしまっていた。

 ため息をつきながらも、グレンを追って、その隣に座るジョレン。

 まだ望みの情報は得られていないのだから。

 

「あ、貴方は―――」

「違います、人違いですー」

 

 着いた席の向こう側にはシスティーナとルミアがいた。

 システィーナはあからさまに嫌そうな顔をしており、ルミアはその様子を見て苦笑いしている。

 しかし、グレンはそれらの周りの反応を全く気にせずに一人でバクバク取った料理を食っていた。

 その量は、パンだけとはいえジョレンと同程度。グレンは所謂痩せの大食いと呼ばれるものなのだろう。

 

「わぁ、先生とレン君、凄いたくさん食べるんですね」

 

 このまま、沈黙に包まれたまま昼食が終わると思っていた最中、ルミアが会話を投げてきた。

 

「まぁな、食事は俺にとって数少ない娯楽の一つだからな」

「俺は単純にお腹が空くから……」

 

 元々ジョレンはいつも安物のパン一斤だけを買って中庭で一人寂しく昼食をしていたため、食堂のテーブルに座って食事すること自体が初めてだった。

 何を言ったらいいのか、若干迷ったが、とりあえず質問には返答して―――

 

「でも、レン君、パン一斤に炒め物だけって……」

「いつもはパンだけだったけど、先生が奢ってくれたんだ」

 

 多分、問題はそこじゃないんだろうが、ジョレンはいつもはもっと酷いラインナップなのを暴露しながら、炒め物をちびちび食べて、その間にパンを大きく千切って、口の中をいっぱいにしながら食べている。

 

「いつもパンだけなの……?大丈夫?」

「パンだけなのは昼食だけだし、大丈夫だ。家だと野菜とか肉とかも食べてる」

 

 そうは言うものの、ルミアがジョレンを見る眼は心配だということをガンガン伝えてくる。

 ジョレンがその視線に対し、若干の申し訳なさを覚えていたところ―――

 

「そういえば、お前、その鉄球はなんだ?」

「!」

 

 唐突に食いついた。ジョレンが聞きたかった、ことを向こうから。

 恐らく、グレンの方も噴水広場の時から気になってたのだと思うが、実に好都合だった。

 

「そういえば、ジョレンっていっつもその鉄球つけてるわよね、ホルスターなんかに入れちゃって。ファッションなの?」

 

 更に芋づるのように食いついてきたのは、さっきまでグレンを睨んで黙りこくっていたシスティーナだった。

 ジョレンの鉄球は入学当初からずっとついてたので、有名ではあったのだが、誰も聞きに来なかったので、いつの間にか忘れられるように話題に上がらなくなったという経歴がある。

 それでも、ずっと気になってはいたのだろう、無意識のうちにグレンに乗っかる形でシスティーナも話題に乗ってきた。

 

「別に大層なもんじゃないですよ。俺の尊敬する人が使ってて、俺もそれを真似してるだけで」

「尊敬する人って?」

「名前は知らないんだ。俺も会ったのは一度だけだし」

 

 ごとりと音を立て、鉄球をホルスターから外して机の上に乗せながら、説明した。

 嘘ではない。そして反応があるかと、ジョレンがグレンの表情を伺う。

 その間、数秒。グレンは置かれた鉄球を見ながら、ジョレンの話を聞いて―――

 

「ふーん」

 

 自分から聞きに来たくせに、そんなそっけない返事をしながら―――一瞬だけ、何処か複雑な表情をしていた。

 

(グレン先生……やっぱり……)

 

 やはり先生は、この鉄球のことを知っている―――ジョレンはその表情から、自分が求めていたことについての確信を得た。

 

(でも、それじゃあなんでだろうか……)

 

 きっとグレン先生は望む授業をしてくれる……少なくともそんな授業内容が出来るほどの力、知識はあるはずなのに。

 そこまでやる気が無いのは何故か。その疑問が食事中、頭から離れず、その後起こったグレンとシスティーナの喧嘩もそれほど耳に入ってこなかった。

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