ロクでなし魔術師たちの奇妙な冒険   作:焼き餃子・改

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第二十話 「逃げ惑う彼らに『皇帝』は迫る」

 ジョレンとルミアが王室親衛隊に剣を向けられている一方。

 ルミアを探しに出かけて、あっさりとジョレンにルミアのことを任せて戻っていったグレンは、今鼻歌を歌いながら悠々と魔術競技祭の競技場に戻る最中だった。

 

「いやぁ、青春だなぁ」

 

 なんて19歳にして既にそんなおじさんじみたことを考え始めているグレンはたったかと中庭を突っ切り、もうそろそろ競技場の観客席の入り口が近づいてこようかという時。

 

「グレン、見つけた」

「あ?」

 

 グレンからして見れば、聞いたことのある懐かしい声が自分の右後ろ斜めから聞こえてきた。しかし、ありえねぇしなぁ、なんてぼんやり否定して、そのまま走り去ろうとしているところに。

 

「《万象に(こいねが)う・我が腕手(かいな)に・剛毅なる刃を》」

「おおい!? ちょっと待て!?」

 

 流石にその嫌という程知っている呪文を聞いては立ち去ることなんて出来ない。慌ててバッと振り返ると、そこには十字架型の大剣(クロス・クレイモア)を両手で握っている少女と、もう一人、鷹のように鋭い目つきをこちらに向けている青年が立っていた。二人とも黒を基調とした揃いのシーツと外套に身を包んでいる。その衣装が示すのは―――

 

「帝国宮廷魔導師団!? リィエルにアルベルトだと!?」

 

 それはかつてのグレンの戦友、帝国宮廷魔導師団特務分室の二人、《星》のアルベルトに《戦車》のリィエルだった。

 なんで魔術競技祭中にこんなところに? なんて考える暇もなく、リィエルは自身の得意技、高速武器錬成で作り上げた大剣を振りかぶりながら、グレンに突貫してくる。その速度に距離、既にリィエルはグレンの呪文が括られるよりも確実に先に大剣を振り下ろせるまでに近づいていて。

 

(う、嘘だろ……!? 本当に何が起こってんのか、全く分からねぇんだが……!?)

 

 そんな混乱で飽和した頭をどうにか冷静に戻す間も当然なく。そのまま圧倒的な力で振り下ろされた大剣がグレンを―――

 

「きゃん!?」

 

 その寸前にリィエルの後ろから飛んできた黒魔【ライトニング・ピアス】が見事にリィエルの後頭部に撃ち放たれていた。その威力と電気でリィエルはどさりと倒れ伏し、地面でぴくぴくと痙攣し始めた。貫通してないところを見るに、威力は手加減されていたらしい。

 

「久しぶりだな、グレン」

「あ、あぁ……? いや本当、どうなってんだ……?」

 

 【ライトニング・ピアス】を撃った張本人であるアルベルトが、どこか咎めるような冷たい声音で挨拶してくる。それもあるが、本当に急転直下の展開過ぎて、グレンは困惑していて。

 

「場所を変える。俺についてこい」

 

 アルベルトはリィエルを引きずりながら、一番近くで人の少ない迷いの森の方へ歩いていく。

 状況が読めず、グレンは頭を掻きながら、とことことついていった。

 

***

 

 そして、迷いの森の奥。アルベルトは念のためと言って音声遮断結界までつけて、遅れてついてくるグレンを待ち構えていた。リィエルは【ライトニング・ピアス】の威力が手加減されていたことや、生来の頑丈さも手伝ったのか、もうすっかり回復して感情の起伏に乏しい表情をこちらに向けていた。

 

「おい、一体どうなってんだ? なんでお前らがいる? リィエルが襲ってきたのは、一体なんでだ?」

「落ち着け、グレン。リィエルがお前を襲ったことについては俺は何も知らん。俺は俺の知っていることだけ話すぞ」

 

 そして、アルベルトは淡々と今起こっている事実をグレンに伝える。すると、グレンの表情が瞬く間に驚愕のものに変わっていった。

 

「なんだと!? 王室親衛隊が暴走!?」

「本当だ。俺が遠見の魔術や使い魔によって収集した情報によると、王室親衛隊は女王陛下を自分たちの監視下に置き、お前の教え子―――ルミア嬢を始末するために独断で動いている」

「な……!?」

 

 どんどんと出てくる自分が全く知り得ない危機にグレンは青ざめていた。あまりの大事に思考がパニックになりかけるが、ハッと思い出した事実にグレンは不意に駆けだして。

 

「待て、どこに行く?」

「グッ!? やめろ、アルベルト! 止めるんじゃねぇ!?」

 

 表情一つ変えず、腕をぐいっと引き留めるアルベルトにグレンは思わず叫び散らした。

 

「ルミアは南西端の方で今は他の生徒と二人でいるんだ!? このままじゃ手遅れになる!」

「ッ……」

 

 グレンから告げられたルミアの現状に、アルベルトも一瞬顔を強張らせた。

 

***

 

 ルミアはいついかこんな日が来るんじゃないかと常々思っていた。

 元々、三年前に死ぬはずだった自分が今、こうやって生きられていたことはただ幸運だっただけで。その幸運が切れた時、こうなるのだろうとルミアは理解していたのだ。

 市井(しせい)のの赤き血の一人に落ちたとはいえ、ルミアという存在自体がアルザーノ帝国にとって爆弾のようなもので。国を支える女王である母が、いつかなんらかの事情で、やむを得ず処分することを決意する日が来る。そう理解し、覚悟していた。

 このあまりにも突然な処刑宣告は、つまり―――そういうことなのだろう。

 そう、これは仕方のないこと。言ってしまえば、これは『運命』と誰もが呼ぶものなのだろう。

 だから、自分がやりたいことは―――もう出来ない。

 

(嫌……だな)

 

 こんな自分に本当の姉妹(しまい)のように接してくれたシスティーナ。本当の両親のように愛してくれたシスティーナの父母、仲の良かった学院の学友たち―――そして、グレン。先生にもっと色々なことを教わりたかったし、システィーナと色々なことをやってみたかった。三年前助けてくれた時の事を、思い出してほしかった。そして何より―――

 

(……そうか……最後だから、あの人は私に会いに来たんだ……)

 

 せめて最後に一度だけ、本当の母親に―――

 そんな自分の『本音』。分かり切っていた心に今更気づいて。

 もう後の祭りだ。『運命』は決まった。自分は大罪人として処刑されて―――それで全てが丸く収まる。

 

(でも……)

 

 だというのに。

 

「…………」

「貴様……」

 

 目の前の少年は。ちっともそうとは思っていなくて。

 いや、本当は思っているのかもしれない。これが私、ルミア=ティンジェルの『運命』なんだと。彼も本当は理解しているのかもしれない。

 でも、認めたくないのだ、彼は。彼は抗おうとしている。必死に。例え無力であっても。決まりきった『運命』に抗っている。そんな少年が目の前に立っている。自分を護っている。

 ジョレン=ジョースターはまだ諦めていなかった。

 

「去勢はよくないな、学生風情が」

 

 さっきまでジョレンが背後からの攻撃を完全に防いだことや謎の威圧感に圧されていた衛士たちが冷静さを取り戻し、次の瞬間、五閃の銀光に風切り音が唸った。

 気づけば、目にも止まらぬ早業で五振りの剣が、四方からジョレンの首筋や喉元に突きつけられていた。

 

「……」

 

 ジョレンは無言でその剣先を見つめている。動揺しているような感じはしない。が、この五人の衛士は確かに相当の練度の上に連携が完璧。この状況をひっくり返せるのは、大陸中を数えても数少ないだろう。

 

「この間合いで魔術師が何か出来ると思っているのか? そもそも、我らは耐魔術装備に身を固めている。我々には、お前たちお得意の三属攻性呪文(アサルト・スペル)も精神汚染呪文もそう簡単には通らん。それでもやるのか? 己が身一つで、我ら五人の精鋭と?」

「……」

「それに我らはここにいる五人だけではないのだぞ? 今はその娘を探すために方々に散っているが、総兵力は、さらに上だ。ここで一人で突っ張ってどうする気なのだ?」

「装備も人数も関係ないんだよ」

「何……?」

 

 風の音しか聞こえないと思っていたその場に、シルシルシルシル……という音がする。そして、すっと自然に上げられた右手から―――

 

「魔術は下手でも、俺には回転がある」

「「「がッ!?」」」

 

 何が起きるのかと身構えた瞬間、ジョレンの右手の五本の指全てから、一斉に回転していた爪がドン、と射出される。真っすぐ飛んで行った爪弾が五人の衛士の甲冑部分に命中し、甲冑にヒビを入れながら、衝撃によって後ろに吹っ飛ばした。

 

「な、なんだ……それはッ……!?」

「スタンド能力……っていうのらしいぜ? アテが外れたな? 魔術じゃなくて」

 

 甲冑部分への命中であるため、そこまでのダメージは無かったらしく、すぐに全員起き上がろうとしてくる。それを見越していたと、ジョレンが手に持つ鉄球の回転が加速し。

 

「走るぞ、ルミア!」

「え? う、うん……!」

「ま、待て……!」

 

 ガシッとルミアの腕を掴み、一目散に逃げていく二人を追おうとする衛士たちだが―――

 

「巻き上がれ……!」

「ッ!?」

 

 その直後、捨てるように放られた回転鉄球が地面に落ち、回転による気流によって凄まじい土煙を巻き上げ、衛士たちの視界を塞いだ。すぐに置いてきた鉄球が回転の力で戻ってくるが、土埃はそう簡単には収まらない。その隙にジョレンとルミアはどんどん距離を離していく。

 

「れ、レン君……なんて、ことを……王室親衛隊に手を上げるなんて……」

 

 ジョレンの勢いに呑まれて、思わず一緒に走り出していたが、思わず我に返って、徐々にことの重大さを把握し、ジョレンに固く震える声で問い詰める。すると、ジョレンは奇妙な程に静かな声で返答した。

 

「関係ない。そんなことは本当に関係ないんだ、ルミア。俺はやりたいことをやっただけだ。罪に問われるより、俺はそれが大事なんだ」

「で、でも、このままじゃレン君も殺されて……」

「だからって、あんなところで見過ごしたら……その瞬間に俺は死んでいた」

「え……?」

 

 そんなことを言い始めるジョレンにルミアは目を丸くして―――

 

「今の俺は……あの人に勇気を教わった。覚悟を教わった。俺を生かしてくれた……俺を見捨てずに助けてくれた……俺はもう、あの人に顔向けできないことなんて二度としたくない……したらあの人に助けてもらった今の俺は死ぬ……ゆっくりとゆっくりと何にもやる気のない人間に成り下がる……そんなのにはなりたくないんだ、俺は……あの時死ぬより、生きるか死ぬかの博打に賭ける方がマシだった、それだけだったんだ」

 

 それはさっきまでの王室親衛隊に見せていた威圧的で不敵な表情ではなかった。泣きそうで不安そうで……冷静そうな声に似つかない、とても弱ったような表情をしていた。きっと今も怖くて仕方ないんだろう。諦めることが。

 

「……レン君」

 

 どこまで似た者同士だったんだろうか。

 どっちも我儘だったのだ。助けたいから自分の命を差し出すなんて言う方も。助けたいから本来勝てない相手に立ち向かうなんて言う方も。どっちの意見も実は対立しているから、どうしてもそれが我儘へと変わってしまう。それも両方とも分かっていたのだ。

 どちらもたった一人の人に助けられて、ここまで生きることが出来たのだ。命を救われただけでなく、大切なことを教えてもらったのだ。

 そして、それだけは蔑ろにすることは出来ない。してしまったら、きっとそれは取り返しのつかないことで―――ジョレンは再び、後悔することも出来なくなってしまうのだろう。だから我儘を言ってしまうのだ。

 本当に―――色んなところが似ている。

 

「分かったよ……」

「え?」

「どうにかしよう、二人で」

 

 だから、せめて二人で。戦闘において自分は力になれないかもしれないけれど。とにかく自分も一緒に戦いたい。この少年と一緒に。

 そんな想いと共に発した台詞(セリフ)を聞いたジョレンはしばらく呆けたような顔になって、すぐに表情を真剣なものに戻してから。

 

「……あぁ、絶対にどうにかしよう、二人で」

 

 自分にも相手にも言い聞かせるようにルミアの言葉を繰り返した。

 しかし、そんなことをしている間にも、背後から土煙の煙幕から飛び出した五人の衛士たちが近づいてくる。

 

「見つけたぞ! 罪人ども!」

 

 前方の方から更に大量の王室親衛隊の衛士たちが突っ込んでくる。完全に挟み撃ちの形へと追い詰められてしまった。

 すると、ジョレンは学院を囲む鉄柵の方に目線を向けて。

 

「ルミア、【グラビティ・コントロール】で鉄柵の外に逃げるぞ、いけるか!?」

「う、うん!」

 

 二人同時に鉄柵の方へと駆けだして。

 

「「《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》」」

 

 唱えられた【グラビティ・コントロール】の効果で自身にかかる重力を一時的に弱めて、鉄柵を大きく飛び越えて、そのまま学院の外―――市街地の方へと向かって行った。

 

「に、逃げたぞ!?」

「追え! 逆賊を逃がすな―――ッ!」

 

 背後から聞こえてくるそんな声から必死に逃げるために、二人はそのまま複雑に入り組んだ裏路地へと入っていった。

 

***

 

 ジョレンはルミアを引っ張るように駆け、裏路地を猛然と進んでいく。

 鉄球によるエコーで短い範囲ながら、地形を先回りするように把握し、どうにか追っ手を撒けたと確信したところで、休憩のために立ち止まった。

 

「こ、これからどうするの……?」

 

 そんな折に、ルミアから不安そうに問いかける声がかかる。

 ジョレンは少しだけ目を覆うように手を顔に当てて、考えこんで。

 

「まず……グレン先生と連絡を取ろう。グレン先生なら多分アルフォネア教授との連絡がとれると思う。貴賓席にいるアルフォネア教授にまで繋がれば、なんとか出来る可能性があるかもしれない」

「そ、そっか……じゃあどうにかして学院の方に戻らなきゃ……」

 

 今も王室親衛隊がうじゃうじゃいるだろう学院内だが、どうにかして戻ってグレンに事情を説明しないといけない。それが出来て初めて、何かしらの可能性が見えてくるはずだ。

 

「あぁ、安全を確認できたら、早速戻ろう。魔術やらなにやらを使って逃げに徹すれば……」

 

 その時。

 ザっという足音が背後から聞こえ、ジョレンは咄嗟に振り向き、ルミアもそれにつられて、その先を見た。

 そこに立っていたのは、フード付きのローブを被った青年だった。目元はフードに隠れ見えず、不気味な雰囲気を漂わせている。こちらに敵意があるようにも見えるが、明らかに王室親衛隊ではない。かといってチンピラという感じでもないのだ。

 訳が分からず、ジョレンとルミアが顔を見合わせていると。

 

「『皇帝(エンペラー)』」

 

 そう呟くと同時に―――

 

「ッ!? そ、それは!?」

 

 メギャンッという音と共に青年の開いた右の手のひらに瞬時に『拳銃』が生成された。そしてそのリボルバーともオートマチックともとれない奇妙な造形。まさにそれは―――

 

「れ、レン君?」

「ッ!」

 

 先日の学院自爆テロ事件の時に天の知恵研究会の口封じに来た男が持っていたスタンドと思しき拳銃と同じ形であった。そして、ルミアはそれが見えていないように不審げな声で。

 

「ルミア、下がれッ! あいつは―――」

 

 ジョレンがその続きを喋る前に男は神速の如き素早さで、拳銃を構え、流れるような手つきで四発撃ち放った。

 ほぼ無いような発砲音と共に放たれた四発の弾丸がジョレンに迫ってくる―――

 

(か、回転をッ!)

 

 回転させた鉄球でどうにか急所を撃ち抜かれるのは避けようと、鉄球を構えるが。

 

「なッ!?」

 

 その四発の弾丸は、すっとジョレンの横を通り過ぎて。ジョレンはすぐさま反射的に振り返って。

 

「ぇ……ッ……」

「馬鹿なッ……!?」

 

 何が起こったか全く理解できないという顔のルミアの両肘、両膝を―――正確無比に穿っていた。一つ間をおいてから思い出したかのように流れ出す血を見て、ルミアはようやく自分の身に何が起こったかを理解した。

 

「あ、あぁ……!」

「い、一体何を……―――ッ!?」

 

 次の瞬間、痛みに呻く声と同時に力が入らなくなった両手両足のせいで、崩れ落ちそうになるルミアの身体。それを必死に抱きとめようとジョレンが腕を伸ばそうとする最中。

 更にジョレンの横を通り過ぎたものが、そんなルミアを横抱きに攫った。

 ルミアを撃ち抜いた張本人が、ルミアを腕に抱え、ジョレンに対して正面に対峙する形になっていた。

 

「お、お前、一体……なんなんだァ――――――ッ!?」

「…………」

 

 たまらず叫ぶジョレンの言葉に呼応したように裏路地に一陣の風が吹き―――男のフードをばさりと取り払った。

 そこにいた青年は漆黒の髪に漆黒の鋭い眼。そこにギラついた殺意やら悪意やらはないが、その分、静かに濃密な程の殺気が漲っているのはルミアでも分かった。風貌はワイルドだが、雰囲気は至って物静か。そんな男だった。

 

「……俺の名は『チェック』。お前の知るスタンド使いの組織のメンバーだ」

「ッ!? す、スタンド使い……」

 

 ミクリのものとは違う、明らかなスタンド能力を持った相手。その確信がジョレンの身体を必要以上に緊張させる。

 

「さて、ジョレン=ジョースター……お前のことは色々と調べさせてもらったぞ……色々とな」

「……それは一体何のためだ」

「決まっている、貴様を殺し、我らが聖なる遺体を奪取する。奇跡を(もたら)す『聖人』の遺体をなッ!」

「奇跡……聖人だと……!?」

 

 くだらない言い合いをする気はない、質問なども受け付けない、とばかりに問答無用で拳銃をジョレンに向けながらチェックは宣言する。

 

「貴様を始末させてもらう。タロットカード『皇帝』の暗示を持つ、俺のスタンド『皇帝(エンペラー)』でな!」

 

 チェックの殺意が一層高まる。王室親衛隊から逃げながら戻らなくてはいけない状況で、決して退くことが出来ない戦いが今始まった。

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