ロクでなし魔術師たちの奇妙な冒険   作:焼き餃子・改

23 / 28
第二十三話 「近づくための『一手』」

「兄さん……」

 

 リリィの心配する声が部屋の中でぽつりと不意に漏れた。

 時は少し過ぎ、ここはジョレンとリリィが住む家。だが、その様子は平時の時とは違う。窓の外を見れば、そこは虚空。何もなく、何もないところにこの家が浮かんでいるように見える。

 アルベルトが作った即興の異界。この件が終わるまで、万が一のために、と張ってもらったものだ。かなり高位の魔術師でも簡単には見破れない。王室親衛隊程度の魔術知識の持ち主なら、ほぼ確実に破れないらしい。また、重ねて防御結界を張ってあるため、見破れても侵入できるかどうかは別なんだとか。

 そこまで厳重に保護される中、その中に入っているのはリリィとミクリだけだ。もう一人―――一般人であるはずのジョレンは入ることは無かったし、自分から入ることを断っていた。

 それはジョレンが何か取り返しのつかないことに足を踏み入れているようで。そしてその覚悟をもう済ませているようだと、リリィは感じていた。

 

『リリィ、まだ待っていてくれるか? 絶対に戻ってきて、全部話すから……』

 

 保護される前にジョレンが残した言葉が脳内で反響している。今はその言葉を信じて待つしかなかった。待つしかないのだが―――

 

「心配ですか? ジョレンさんが」

「ミクリさん……」

 

 『バトルロワイアル』の競技を見てから、家に帰る帰り道でばったり出会ってそのまま意気投合して、折角なのでと家まで送ってもらっただけだったのだが、こんな状況にミクリも巻き込んでしまって、少し申し訳ない気持ちになっていた。

 

「その……本当にごめんなさい。ミクリさんまで巻き込んでしまって……」

「? 巻き込まれた、ですか? 何に?」

「そ、それは……送ってもらったばっかりに、ミクリさんもここに拘束されることになってしまって……さっきだって、兄さんと一緒にあんな怖そうな人と……」

「それは事故でしょう? 貴方が故意的に巻き込んだことなんて何一つないじゃないですか。謝らないでください」

「で、ですけど……」

「それに、私は何かジョレンさんの役に立ちたかったのです。あの時のジョレンさんには……何か決意めいたものを感じました。一時とはいえ、衝動的とはいえ、何かそれに役に立ちたかった。そう思ったのですよ」

「ミクリさん……」

 

 まだミクリのことについて、リリィはそう深くは知らない。ただ帰り道で世間話をした程度、知り合いというレベルでしかない。

 ただ、話している間、ミクリが浮かべていた笑みは、慰めようだとか心配をかけないようにだとかいう、気遣った笑みではなく、ただ事実、巻き込まれていないから心配することもなく笑っている、といった感じで、そんな飾っていない笑顔がリリィの心を少しだけだが軽くしていた。

 

「今はただ待ちましょう。ジョレンさんが戻ってくる時を」

「……そうですね。兄さんが戻ってくるのを……」

 

 ただ祈る。兄の安全を。この事件を無事に解決して、いつも通りの調子で帰ってくることを。

 今できるのは、祈ることと―――兄が何を告白しても受け入れる『覚悟』だけだった。

 

***

 

 さっきまで騒ぎがあった裏路地とは、また別の袋小路でグレン、ジョレン、ルミア、それに特務分室のアルベルトとリィエルはひっそりと集まっていた。

 沈黙がこの場を支配する中、アルベルトが少し顔をしかめながら、話を始める。

 

「あのスタンド使い……消えた二人は再補足できなかった。元々遠見の魔術は、一回見失うと再補足が難しいうえに、奴らは遠距離転送魔術を使ったわけではない。魔力の残滓もない中、観測も出来ないとなれば、見逃すのは必至だったな……とりあえず近くにいないことは確認した。今はスタンド使いの刺客については置いておこう。本題に入る」

「先生たちは今回のことについて、調べたんですよね……?」

「あぁ、お前たちを探しながらだったけどな」

 

 ポケットからグレンが取り出したのは半割れの宝石だ。

 

「俺が遠見の魔術や使い魔によって収集した情報によると、王室親衛隊は女王陛下を監視下に置き、独断でルミア嬢を始末するために動いているようだった」

「それで、この遠隔通信の魔導機でセリカに連絡を取ったが、あいつはどうも何もしていないみたいだった。そして、『俺にしかどうにもできない。どうにかして女王陛下の所まで来い』とだけ言って切りやがった。だから、俺たちはそれがこの状況を収束させるための目標とした。後はお前らを探すだけだってな」

「女王陛下の所まで、って……出来るんですか? 王室親衛隊が大量にいて、しかもその隣を総隊長のゼーロスさんが護っているんですよ?」

 

 王室親衛隊は確かにジョレンの爪弾や鉄球でもあしらえるが、実際は戦闘の達人であることに変わりない。数で押されてしまうと確実に負けてしまうだろう。それはグレンやアルベルトでも同様だ。そんな相手が密集している中を強行突破するなど出来るわけがない。

 しかも、その総隊長は40年前の奉神戦争で生き抜いた古強者のゼーロスだ。周りの兵士とは根本的に格が違う。どう考えてもこのルミア以外の4人だけでいける相手じゃない。

 そう考えていると、今まで聞くだけだったリィエルが急に口を挟んできた。

 

「大丈夫。4人いるなら突っ込んで全員斬ればいい」

「そう、ジョースターの言う通り、強行突破は論外だ」

「今、一人強行突破しようとしてる人いましたよね?」

「こういう奴なんだ、気にするな。とにかく、俺たちはグレンの作戦を実行することにした」

「先生の?」

「あぁ、【セルフ・イリュージョン】で入れ替わるんだよ、俺とルミアはアルベルトとリィエルに。アルベルトとリィエルは俺とルミアに変身して、囮になってもらうんだ。俺たちはその間に、会場に戻って、どうにか二組を優勝させれば、女王から勲章貰う時に警護の薄い隙を狙って突撃出来る」

「そっか……あれ? 俺は?」

 

 ジョレンは一瞬、納得しかけたが、そもそも自分が含まれていないことに気づき、抗議の眼を向けた。向けられたグレンは気まずそうに目を逸らして。

 

「だって、お前が最後まで関わりたいって言うなんて思わなかったしよ……」

「……それは」

 

 その言葉を受けて、今度は逆に俯くジョレン。

 グレンが思っていることは正しい。本来はジョレンのような一般人が関わっていいような案件ではなく、本当だったら、無理やりにでも保護され、ルミア達の安全を祈っているだけの立場だったはずなのだ。

 それなのに、ジョレンがここにいれる理由は、ここに残りたいというジョレンの意志をアルベルトが汲んだからに他ならない。

 

「でも、ここまで来て、指をくわえて見ているだけなんてできませんから」

「死ぬかもしれないぞ。相手は王室親衛隊。お前が思っているより戦闘が出来る奴らだ。それでも―――」

「それでも、です」

「……まぁ、テロ事件の時も勝手に突っ走ったお前にこれ以上聞くのもあれか」

 

 もう、大分前からジョレンが無茶する生徒だとは思っていたらしく、あっさり引くグレン。

 しかし、ビシッと咎めるような表情で人差し指をジョレンの鼻先に突きつけ。

 

「だが、今回は特別だからな? 次何かあった時は極力首を突っ込まないこと! 分かったな?」

「う……善処します」

「そうやって、逃げ道作っとく図太さは評価してやるよ」

 

 呆れたような声を出すグレン。話が終わったのを見て、今度はアルベルトが口を開く。

 

「だが、ジョースター。お前は誰に変身する気だ?」

「え?」

「俺とリィエルは王室親衛隊の陽動。危険が多いのはまずこっちだ。お前はグレンと一緒に女王陛下の前まで行く方がいいだろう。元々、お前もそっちに行くつもりだっただろうしな」

「う……」

 

 完全に自分の思考を見抜かれて、驚愕と困惑に塗れているジョレンにアルベルトは淡々と話しかける。

 

「だからそれはいい。お前の安全確保はお前の教師たるグレンの仕事だ。だが、それはそれとして、お前は誰に変身する気だ? 俺たちに関連する人物なら話もつけやすいし、怪しまれないだろうが、お前にそういった知り合いはいたりするか?」

「アルベルトさんたちに関連する知り合い……」

 

 記憶からさらう必要もない。一人だけいる。一人、この人しかいないと一瞬で確信できる人物が。

 

「……います。一人」

「ならばいい、あとは作戦を実行するだけだ」

 

 もう用は無いとばかりに、早速【セルフ・イリュージョン】を唱え、グレンの姿へと化けるアルベルト。傍目から見ると、本物と遜色ない、見事な変身だ。こういうところでも何か格が違うと思わせられる。

 そんなアルベルトの様子をぼんやりと見ていると、今まで隅っこで邪魔をしないようにと黙っていたルミアが歩み寄ってきて。

 

「レン君……」

「ん……?」

「ありがとう、一緒に来て欲しいって約束……守ってくれて」

「……当然だ。言ったことは守るよ」

 

 何より、この人に変身するなら、泣き言なんて一つたりとも言えるわけがない。

 それほどの人なのだから。本当ならそんな人に化けるなど、おこがましいったらありゃしない。

 でも、やらなくてはいけない。自分はその人を演じなくてはならないのだ。

 

「行くぞ……!」

 

 感情の制御は魔術師の基本。今まで教わった基礎中の基礎を使い、ゆっくりと精神を落ち着かせながら、ジョレンは【セルフ・イリュージョン】の呪文を唱えた。

 

***

 

 魔術競技祭もそろそろ佳境。終盤に差し掛かっている。でも、その会場は未だ衰えぬ熱気に包まれ、所々で一喜一憂のドラマが生まれ、その度に会場全体がヒートアップしていく。

 だが、その中で少し弛緩した空気が二組の間で流れていた。グレンがいなくなってからも奮闘を続けたが、今の二組の成績は下がり気味の四位。ルミアとジョレンが一位で獲得した点数のおかげで、まだ総合一位を狙える位置はキープ出来ているものの、相当に厳しい状態になっていた。事ここに至って、他のクラスとの地力の差が見えてくる結果となっていた。

 

「やっぱり先生がいないとダメなのかしら……」

 

 二組全体の士気が落ちていく中、システィーナさえもそんな思考に囚われ始めていた。

 そんな中、唐突にシスティーナは背後に、覚えのある気配を感じて反射的に振り返った。

 

「ちょっと何やってたの!? 遅いわよ、先生、じょ―――」

 

 つい、グレンとルミアとジョレンが帰って来たのかと思ったが、そこにいたのは見知らぬ三人組だった。

 長髪、鷹のように鋭い目つきをした少し大柄な男。

 帝国では珍しい青髪に、感情が消滅したかのような無表情の少女。

 それに肩まで無造作に伸ばした白髪、がっしりした体格で、何やら飄々としてそうな、それなのに厳格そうな雰囲気を漂わせている不思議な青年だった。

 前者二人は黒を基調とした上下のスーツにクラバット、白い手袋と帝国式の正装に身を包んでいるが、最後の三人目は皮のつば付き帽子にゴーグルを乗せ、旅人が着るような動きやすそうな服装に、マントを羽織っているなど、どうにも他二人と比べて自由な恰好をしている。

 そんな奇妙な三人組の登場に、二組の生徒たちは動揺を隠せずにいた。

 

「お前たちが二組の連中だな?」

「そ、そうですけど、貴方たちは……」

「俺はグレン=レーダスの古い友人、アルベルト。同じくこの女はリィエルだ。そして―――」

 

 アルベルトと名乗る青年がすっと視線を向けると、三人目の青年はクラス全体を見渡すかのように、くいっと帽子を上げて。

 

「ロートゥ=ツェペリだ。ま、よろしく頼むぜ、オタクさんら」

「今日は魔術競技祭の後、旧交を温めようとグレンの奴にこの学院へ招待されてな。この通り、正式な入院許可証もある」

 

 アルベルトの懐から、学院の校章である梟の紋が銀で箔押しされたカードを取り出して見せた。結界に包まれた学院内に入るには、その魔術符となるカードが必要不可欠なのだ。

 

「だが、奴は今、突然の用事に少々取り込んでいるようだ。……で、だ。唐突なことで戸惑うとは思うが、あの男は今しばらく手が離せないらしい。故に俺はこのクラスのことをグレンから頼まれた。今から俺がグレンの代わりにこのクラスの指揮を執る。そして―――優勝して欲しい」

 

 もう、アルベルトたちが来た時点でかなりざわついていた二組だったが、そんな訳の分からない申し出に、全員困惑してしまっていた。

 この学院に招かれざる客を弾く結界が張ってあり、それを通る正式な入院許可証を持っているということは信頼のおける人物ではあるのだが、どう判断すればいいのか、システィーナも手をこまねいていると、アルベルトの隣にいた小柄な少女がゆっくりとシスティーナに歩み寄って、その手を取って。

 

「お願い、信じて」

 

 その言葉と共に、システィーナはハッとしてアルベルトとリィエル。それにロートゥを代わる代わる見て。やがて、驚愕したような表情を見せ―――

 

「貴方たちは……」

 

 十数秒は経っただろうか。ようやく落ち着いた様子のシスティーナが意を決したようにアルベルトの眼を見て。

 

「分かったわ、アルベルトさん。貴方にこのクラスの指揮代行をお願いするわ」

 

 そんなことを決めるシスティーナにクラスの困惑の視線が一気に集められる。だが、システィーナは物怖じせずにクラスの皆に向き直って。

 

「大丈夫よ、この人たちは多分信頼できるわ。それに誰が指揮を執っても、私たちがやることは変わらないでしょ? 皆で優勝を目指す、それだけよ」

「で、でも……やっぱり先生がいないと俺たち……」

 

 そんな揃いも揃って弱気になってしまっている生徒たちに、ロートゥが静かに近づいて発破をかけるように言葉を連ねた。

 

「おいおい、オタクら。そんなんじゃグレンが帰ってきたらバカにされるぜ? いいのかァ? そんなこと簡単に許しちまってよォ~。恥ずかしくねーのかねェ? なぁ、アルベルト?」

「俺に振るな」

「それじゃ、しょーがねぇなァ。あいつがどんなこと言うかモノマネしてやろうか? 『お前らって俺がいないと全然ダメダメなんだなぁ? ごめんn」

「「「いえ! 脳内再生余裕なので結構です!」」」

 

 初対面のはずなのに、めちゃくちゃ遠慮のないロートゥの物言いといかにもグレンが言いそうな言葉と展開の予想は二組の闘志に火をつけたらしい。優勝できなかったら、グレンにバカにされるのはもちろん、下手したらこの全く知らない青年にも馬鹿にされる可能性があると感じ取ったからだろう。

 そんな様子を見て、ロートゥは一瞬、安心したように微笑んだが―――それを見た人はいなかった。

 

「さて、やるかァ、アルベルト?」

「ふん、言われなくても分かっているぞ、ロートゥ」

 

 青年二人が見据える先。女王陛下に近づくための一手を打つために。

 静かに、状況は動き出す。五つの幻を抱えて。

オリキャラの設定集の投稿は必要?

  • いる
  • いらない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。