ロクでなし魔術師たちの奇妙な冒険   作:焼き餃子・改

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第二十四話 「女王の眼前に『立つ』」

 魔術競技祭も終盤に差し掛かり、今、進行中の競技は『変身』。

 中央の競技フィールドに敷設された変身魔術実演用の円形舞台、既に盛り上がりが雑考長の競技場の、そのかたわらの選手待機用のテント内では、一人の女子生徒が緊張に震えていた。

 二組の出場選手、小動物系のリンだ。

 

『おおォ―――――――ッ!? ハーレイ先生の一組、セタ選手! 見事な竜に変身した―――ッ!? これは凄いぞォ―――ッ!?』

 

 その威勢のいい実況の声を聞き、リンがテントから恐る恐る顔を出して実演舞台に目を向けると―――そこには黒光りする鱗、雄々しく広がる翼、凶悪に光る爪牙(そうが)に、見る者を圧殺せんばかりの巨躯―――本物と見まがうほどの迫力に満ちた竜が出現していた。

 その再現度の高さにリンが言葉も出ないほどに怯え縮こまってしまっている。

 審査員の合計得点は37点。最高得点は40点だから、これはかなり高い数値だ。

 ここで自分が負けてしまったら、優勝は絶望的になる。ここでどうにか勝たなくてはいけないのだが、それでも足が動かない。どうすればいいのか思考がパニックになってしまう。

 

「あ、あわわ……ど、どうしよう……」

「おい」

「ひゃいッ!?」

 

 後ろから、無遠慮に投げかけられた言葉に、ビビり上がり、飛び上がって後ろを振り向く―――

 

「あ、えっと……ロートゥさんにアルベルトさん……」

 

 そこにいたのは、グレンの友人を名乗る謎の青年、ロートゥにアルベルトだった。そしてリンに言葉を投げかけたであろうロートゥがリンの顔を不思議そうに覗き込んでいる。

 

「どうしたよ、あんなのにビビっちまってよ~」

「で、でも……あんなに見事な変身……や、やっぱり私には無理なんじゃないかって……」

「ハァ? おいおい勘弁してくれよ。あの程度の変身が出来ないだって? 馬鹿いいなさんな」

 

 ロートゥはつまらなそうに目の前の竜の足を指さす。

 そこはどうやら変身が不完全で鱗がほんの少し禿げかけている部分だ。

 

「採点が最高得点じゃないのは、要所要所で変身が完全じゃないからだ。でかくて変身難度が高い竜をあそこまで再現できたのはいいが、あーいう細かいところまで手が回らなくて得点を落としちまってる。そんな変身にオタクが負ける? 大丈夫だ、もっと自信持てよ、どうせ失敗しても怒られるわけじゃあるまいしよォ~」

「で、でも、ここで私が負けたら優勝が……」

「おいおい、これは魔術競技祭。お祭りだぞ? 祭りに怒られるもクソもあるか。そんなみみっちぃこと言う奴がいるならすぐにでも鉄拳制裁してやるよ。だからま、楽しんでやればいいと思うぜ?」

「……」

 

 その言葉を聞いた途端、リンはロートゥの顔を覗き込んで目を丸くしていた。そして、しばらくして、リンはさっきまでの不安をかき消すように一つ深呼吸して―――

 

「分かりました! 精一杯頑張ってきます!」

「おう、完膚なきまでにぶっ潰してこい」

 

 そして、『変身』の競技はリンの順番となり、決意を込めて頷いたリンの背中をバシッと叩いて送り出した。

 

「へぇ、優勝狙うなら、ここで何よりも勝っておきたいのに負けてもいいなんて。ロートゥさん、なかなか剛毅なのね」

「はぁ? オタクさん何言ってんだ?」

「え?」

 

 リンが行った後でニヤニヤとやってきたシスティーナの言葉にロートゥは呆れたような顔を向けた。その反応が少し予想外でシスティーナは虚を突かれて。

 

「それはアルベルトの話だろ? 俺はそんな約束受けた覚えないから、純粋に楽しんでこいっつっただけだぜ?」

「え? えぇ?」

「それじゃーな。戻るからあとで結果教えてくれ」

 

 そう言って、そのままテントから出て二組の待機席に戻っていくロートゥにシスティーナは困惑を隠せなかった。

 次いで、戻る途中にすれ違ったアルベルトにも何も言わずに悠々と戻っていくロートゥの姿を見て、思わずアルベルト―――に変身したグレンは。

 

(あいつ、なんであそこまで完璧にロートゥを演じ切れてんだよ、完全にあいつそっくりじゃねぇか……)

 

 昔の同僚の姿を幻視しながら、疲れたように嘆息するしかなかった。

 一方、ロートゥ―――に変身したジョレンの方は。

 

(全然だめだ。本物のツェペリさんはこんなんじゃなかった……)

 

 演じることが出来るのは上っ面だけだ。上っ面の言葉だけ。そこには内容が伴っていない。自身の人生によって積み重ねられた、言葉の重みが無かった。絶望の淵から自分を救ったのがそれだっただけに、ジョレンにはそれの有無がよく分かっていた。

 

(やっぱり、自分はまだまだあの人には届かないんだな……)

 

 飄々と戻ってきて、悠々と自信ありげに壁に背を預けて、競技を見ている間も、ジョレンの中はそんなことばかり考えていた。

 それと同時に一つの感情―――絶対にあの人に追い付きたい、と強く焦がれながら。

 

***

 

 『変身』の競技はロートゥのアドバイスが功を奏したのか、時の天使ラ=ティリカに完璧に変身して、最高得点をゲット。それを機に士気を取り戻したのか、『使い魔操作』、『探知&開錠』の競技でも次々と二組は高得点を出していく。

 続く『グランツィア』の競技でも、高等戦術『サイレント・フィールド・カウンター』を完璧に決め、一組に逆転勝利。残りは魔術競技祭最大の目玉『決闘戦』のみ。これに勝てば二組は優勝し、逃せば恐らくは一組が優勝してしまう。最後の勝負が始まろうとしていた。

 

『さあて、いよいよ魔術競技祭、二年次生のブも大詰め! とうとう本日のメインイベント『決闘戦』の開催ですッ! ルールは例年通り三対三の団体戦。銃の参加チームによるトーナメント! 見事、頂点に輝くのは果たしてどのクラスか―――ッ!?』

 

 競技場の中央には円形の決闘場が構築され、その周囲に参加チームが集まっている。

 

『集うのは各クラス最強の三人! 皆、クラスの名誉を背負って正々堂々と戦ってくれることでしょう! なお、皆様ご注目のグレン先生が率いる二組は、この『決闘戦』で見事最後まで勝ち残れば、現在総合一位のハーレイ先生の一組に逆転勝利が可能です!さぁ、どうなるのでしょうか!? 目が離せません!』

 

 これですべてが決まる。

 裏では混沌を極めつつあった魔術競技祭でも、最後はシンプル。この競技で勝ったものが優勝。

 そんな単純な目標を達成するために、二組の『決闘戦』メンバーは準備を始め、その様子をグレンが連れてきたゲスト三人は、そのすぐ傍でその様子を見ているのだった。

 

***

 

 決闘戦は進む。どんどん進んでいく。進むごとにクラスが一つ一つ敗退していく。

 苛烈を極める魔術戦が続き、その中でも二組は勝ち星を重ねていく。五組と八組を下し、なんとか決勝戦まで勝ち進み、戦うことになった相手は―――

 

『決勝戦の相手は―――これが運命というものでしょうか、なんと因縁の相手、ハーレイ先生率いる一組! 真っ向勝負! この勝負を制した方が今魔術競技祭の優勝クラス! なんとも分かりやすい構図となりましたあぁぁぁ―――ッ!』

 

 絶好調な実況の声につられ、観客席も会場のボルテージも最早マックスだ。太陽に照らされるのと同時にその熱気を浴び、体温が徐々に上がった気もする。

 そんな、まるで灼熱のような会場の中でも、選手は動きのペースを崩さない。いや、むしろ熱気に押されてよくなった気さえする。

 最初の先鋒戦は二組カッシュVS一組エナ。互いに死力を尽くした戦い、魔術戦技能では一歩劣るカッシュも、どうにか喰らいついていたが―――エナの唱えた錬金【痺霧陣(ひむじん)】がカッシュを行動不能に追い込み、カッシュは惜敗。これで0-1となる。

 だが次の中堅戦、二組ギイブルBS一組クライス。時間が経つにつれて、表れてきた二人の実力の差により生まれた隙を突き、ギイブルが召喚【コース・エレメンタル】の呪文によって、アース・エレメンタルを召喚。クライスをその両腕で捕らえ、クライスが降参。これで1-1のタイに戻された。

 残り大将戦。二組の命運は大将システィーナに託されることになった。

 

「……やるわね、ギイブル」

「ふん、この僕がタイにまで戻してやったんだ。無駄にしてほしくはないね」

 

 システィーナがかけた一応の賞賛もスルーし、そんな釘を刺しに行くギイブルにシスティーナは呆れたように嘆息するしかない・

 

「それじゃ、最後行ってくるわね」

「あぁ、任せたぞ」

 

 意気揚々と戦いへと臨もうとするシスティーナにアルベルトは短くそう言葉をかけて―――

 

「どうやらグレンはこれで優勝できたら、グレンの金で好きなだけ飲み食いさせてくれるらしいしな」

「えッ!?」

「……急に何を言い出すんだ、ロートゥ」

 

 唐突に口走ったロートゥの発言に、二組の生徒たちはにわかに浮足立ち、アルベルトは冷ややかな目でロートゥを睨みつけているが、当の本人はそんな冷たい視線にも動じていなかった。

 

「いやだって、俺たちだって向こうから呼ばれたのにこんなことになってるわけだしよォ~~~。これぐらいはまぁ、当然だよなぁ? 見返りがあった方がやる気も出るだろうしよ」

「……まぁ、そうだな」

 

 内心、アルベルトに扮しているグレンは冗談じゃないとマグマのような怒りを爆発させる勢いだったが、それをした瞬間、計画そのものすらぶっ壊しかねなかったので、どうにか思いとどまり―――それが通じているのか、システィーナはアルベルトとロートゥの二人を見て、吹き出していて。

 

「なら、頑張るしかないわね! 任せておいて!」

 

 先ほど以上に意気揚々と舞台に上がり、システィーナは左手の手袋を外した。

 魔術師の伝統的な決闘礼式に従い、互いに一礼。そして―――

 

『それでは大将戦―――始めッ!』

 

 試合開始合図と共に、システィーナと一組のハインケルが同時に動いた。

 

***

 

「…………」

「アリス……」

 

 決勝戦で、魔術競技祭が最高潮の盛り上がりを見せる中、貴賓席は不自然にあわただしく、そして重苦しい空気が漂っていた。

 物々しい王室親衛隊の幹部衛士たちが貴賓席や、その周囲を固めていて、はた目から見ても何かがおかしいと気づくほどに刺々しい雰囲気だ。そんな中、アリシアはただただ祈るような面差しで、セリカは物憂げな表情で、決勝戦の様子を見守っていた。

 そんな中―――

 

(あの青年は―――)

 

 王室親衛隊総隊長ゼーロス。やや白髪交じりの黒髪にひげ、あちこち肌に刻まれた古傷がただならぬ気配を否が応にも感じさせる。その鋭い眼光は目がさらに鋭く狭められ、より威圧感を増している。そんな彼がいつになく気になっているのは、二組の待機席付近でやる気なさげに立っている語ゴーグルを乗せた、つば付き帽子を被った青年、ロートゥだった。

 

(……やはり)

 

 その視界にロートゥが腰にホルスターで吊っている『鉄球』を収めると、さらに一段とゼーロスの緊張感が増す。

 

(まだ、何かあるな―――)

 

 彼がここにいるということが、どれだけ不自然なのか―――ゼーロスはこの中で一人それを理解していた。

 

***

 

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》―――ッ!」

 

 互いに手の内の魔術をほぼほぼ尽くしたかという時にシスティーナが、聞きなれない呪文―――先の事件の時に独自に編み出した改変呪文、黒魔改【ストーム・ウォール】を唱えた。

 

「なッ……!? なんだ、この呪文は―――ッ!?」

 

 そんな予想外の切り札にハインケルは咄嗟に【エア・スクリーン】を張るのが精いっぱいで、広範囲で動きを制限してくる、風の壁に対処できるほどの余裕もなく―――

 

「《大いなる風よ》―――ッ!」

「う、うわぁぁぁ――――――ッ!?」

 

 ダメ押しとばかりに唱えられ、【ストーム・ウォール】に上乗せされた黒魔【ゲイル・ブロウ】がギリギリで【エア・スクリーン】の防御を貫通し、ハインケルの体を場外まで弾き飛ばしていた。

 

 その瞬間、一瞬だけだが、会場中を沈黙が支配して―――

 

『き、決まった―――ッ!? 場外だぁぁぁぁぁぁ――――――ッ! なんと、本当に! あの二組が優勝したぁぁぁぁぁぁ――――――ッ!」

 

 次の瞬間、会場は、もはや敵も味方もなく総立ちで拍手と大歓声を送っていた。

 この場にいる人間のほぼ全てが例外なく沸き立つなか、アルベルトとロートゥはその様子を静かに、極めて冷静に眺めていた。

 

「ようやくだなァ? アルベルト」

「あぁ。あいつもよくやった」

 

 届くはずもないが、心からの賛辞をシスティーナに送るアルベルトは、ゆらりと貴賓席に目を向ける。

 もう間もなく、閉会式が始まる。

 

***

 

 ―――魔術競技祭閉会式は粛々と進んだ。

 競技場に学院の生徒たちが整列し、開式の言葉から始まり、国歌斉唱、来賓の祝辞、結果発表……つつがなく、なんの滞りもなくその工程を消化していく。

 いつも通りの閉会式、しかし今年だけ違うのは、二組の番狂わせによって、生徒のほぼ全員がまだ興奮冷めやらぬということと、今日は女王陛下がこの式に立ち会っていることだ。

 そして、いよいよアリシアが表彰台に立った。その背後にはゼーロスとセリカが控えている。王室親衛隊総隊長と大陸最高峰の第七階梯(セプテンデ)。今、この瞬間に、この二人を出し抜いてアリシアを害せる者は存在しない。

 

『それでは、今大会で顕著な成績を収めたクラスに、これから女王陛下が勲章を下賜されます。二組の代表者は前へお願いします。生徒一同、盛大な拍手を』

 

 進行者の放送が会場中に届くと同時に、拍手が上がる。

 たった一名の敗北者を除いて、綺麗に皆がしていた拍手がしばらくして、次々に途絶え始め、続いてざわざわと会場が沸き立ち始めた。

 

***

 

「……あら? 貴方たちは……?」

 

 表彰台に立ったアリシアは、生徒たちの間を縫って自分の前に現れたその人物たちを、目を(しばたた)かせながら見つめていた。

 本来ならここは二組の担当講師であるグレンが出てくるはずである。しかし、現れたのはグレンではなかった。

 

「アルベルト……? リィエル……? それにロートゥも……?」

「……来たか」

 

 知っている人物が急に現れたことに戸惑うアリシアをよそに、セリカはぽつりと期待していたことが当たった時のように不敵に笑った。

 その時。

 

「やはり来たな。ロートゥ=ツェペリ。いや、誰だ? 貴様は」

「「!?」」

 

 核心を突いてきたのは―――アリシアの背後に控えていたゼーロスだった。その眼光にはあふれんばかりの殺気が漲っており、どう考えても普通の事態ではないことを示していた。

 瞬間、ゼーロスの身体は既に爆ぜるかの如き速度で動いていた。抜いたことすら気づかぬ程の抜刀、ただ致命的な剣圧のみがロートゥに一直線に向かっていく。

 

「ッグゥ……!?」

「おい、()()()()!?」

「ッ……!?」

「貴様……!?」

 

 あまりにも予想外の展開にアルベルトとリィエルが息を呑む。

 間一髪ゼーロスの斬撃を『鉄球』で防いだロートゥは―――その姿が不意にゆらりと、まるで幻影のように揺らめいて―――瞬く間にそれはジョレンの姿へと変わってしまっていた。

 ゼーロスも流石に化けていたのが学院生徒だったとは読めなかったらしく、変身が解けた瞬間に目を見開き、シュバッと距離を取り、もう一つの細剣(レイピア)を抜刀し、隙無く構えている。

 その様子を見ていた、学園の生徒や講師陣は驚きを隠せない。誰も何が起こっているのか正確に把握できないでいた。

 

「ということは貴様らは……!」

「ッチ、まさかバレるとはな……でも、ここまで来たら関係ないぜ」

 

 ゼーロスがいら立ち交じりの視線をアルベルトとリィエルに向けると、二人もすぐさま姿がスーッと霞んでいき―――その姿はグレンとルミアへと、変わっていた。

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