ロクでなし魔術師たちの奇妙な冒険   作:焼き餃子・改

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第三話 「求める『理由』に、決闘の行方」

「ただいま」

「おかえりなさい、兄さん」

 

 グレンがやってきた初日の授業が終わって、帰宅したジョレン。

 帰ってきた穏やかな声の方を向けば、ベッドに横たわりながら、分厚い本を読んでいる少女が目に入る。

 

「何を読んでるんだ?『リリィ』」

「推理小説です。魔導探偵ものはとても面白いですよ?」

 

 鞄を置いて、ベッドに腰かけるジョレンに向かって、はにかむリリィ。

 その様子を見て、ジョレンは申し訳なさげに目を閉じて―――

 

「悪いな、もうちょっと稼げれば新しいのも買ってやれるんだが……」

 

 そう言って、ジョレンはリリィの足をかかっている布団の上から撫でた。

 しかし、リリィには足を撫でられている。ひいては触られているという感触が無い。

 下半身不随だった―――触られたという認識は脳に到達しないし、脳からの電気信号も足には届かない。故に動かせない。

 昔、負ったケガによって患ってしまった後天的な障害だった。

 そのために滅多なことでは一人では外に出られないうえに、ジョースター家はかなりの貧乏でジョレンがアルバイトでお金を稼いでいるものの、本などの嗜好品に回せるほどの余裕がなかった。

 医療で治す方法もなし、魔術的な方法である法医呪文(ヒーラー・スペル)なら可能性はあるかもしれないが―――当然、そんな魔術治療を受ける金銭的余裕は皆無に等しい。

 法医呪文(ヒーラー・スペル)も軍用魔術の一種。それには守秘義務が発生し、一般人にはその利益が還元されないのだ。

 それでも法医術研究の大家は研究のために施術対象を求めているため、一般人に対する治療も受け付けてはいるが、受けるには通常の医療よりも更に多くの資金がいるのだ。例え、ジョレンが何百年と仕事をして稼ごうと決して稼ぎきれる量じゃなかった。

 治療を受けさせることも、退屈を紛らわすための嗜好品を買ってあげることも出来ない。

 何年も経ったとはいえ、定期的に苛んでくる無力感がジョレンの表情を暗く変えていると。

 

「ううん、大丈夫です。推理小説っていうのは、何回も読むとまた新しいことに気づけるんです。まだまだ読み足りないぐらいなんですよ?」

 

 それを察してか、慰めるように穏やかな声で話しながら、本のページを開いて見せてくるリリィ。

 

「そう、なのか……推理小説はよく分からなくて読んだことないんだが……」

「ふふ、兄さんはトリックとか騙されやすいですからね」

 

 とても楽しそうに笑うリリィを見ていると、心の中の暗い部分が吹き飛ばされていくようで。

 それと同時に、リリィに対して固く誓った。

 

「いつか、俺がお前を治してやるから」

 

 そう、それがジョレンが高い入学費を払ってまで、アルザーノ帝国魔術学院に通う理由。

 リリィの足を治すために、自分自身が魔術師に―――ひいては法医師になること。

 

「はい。いつまでも待ってますから、兄さん」

 

 それから、二人の間に穏やかな時間が流れていく。

 リリィが自分が面白いと思ったページをめくり、ジョレンに見せて、ジョレンがそれを見て、興味深そうに唸っている。

 1時間2時間と過ぎた頃、ジョレンが我に返ったかのように時計を見て。

 

「あぁ、もうこんな時間か……さっき材料買ってきたから、今日はシチューでも作ろうかな」

「本当ですか?私、兄さんが作るシチュー大好きです」

「普通のシチューだと思うが……まぁ、作ってくるよ」

 

 例え、貧乏と言えども、食事ぐらいはまともに食わせてやりたくて、学院に持っていく昼食はパンだけという謎の縛りプレイをしているが―――リリィの無邪気な笑顔を見てると、それも苦じゃなかった。

 ジョレンが買ってきたシチューの材料を鞄から取り出す時、ちらりと見えた教科書を見て思う。

 

(グレン先生をどうにかしないと……やっぱり、しょうがないよな……)

 

 法医師になる―――その目標は当然変わらない。

 でも、既存の法医呪文(ヒーラー・スペル)じゃ、完全に治しきれない―――恐らくだが、長期的かつ実験的な手段も用いなくてはならなくなるかもしれない。リリィの下半身不随はそれほどまでに深刻だった。それにもう何年も前の事だ。ケガをした直後に対処していればこうならなかったかもしれず、時間が経てば経つほど治療が困難になっていくのは、どの病気や障害でも変わらない。

 要は既存の手段だけを勉強していても、自分が望む力が手に入らないのだ。

 そして、今のアルザーノ帝国魔術学院は、詰め込み式―――習得呪文数の多さを競っているような風潮がある。

 今のジョレンが欲しているのはそういった知識や力ではなく、もっと応用すべき根本的な理屈だった。

 じゃないと新しい魔術治療を研究するのに、学院から卒業して独学でやらなきゃいけなくなる。

 元々何年かかるかも分からない治療をするために法医師になるのだ。早いうちから研究のために使える知識を蓄えておきたかった。

 そして、ジョレンが思うに、グレンはそういった授業が出来るはずなのだ。

 鉄球のことを知っていると思われる反応を示したグレン。だが、この鉄球のことを知る者は限られているはずだということを、ジョレンは知っている。

 

(もし知っているなら……ある組織と関係を持ってるはずなんだ。だったら、本当は凄い魔術師でもあるはず……)

 

 だが、グレンのやる気のなさはもうどうしようもない気がする。

 それでも、明日からどうにかグレンとそこそこでもいいから関係を持っていきたい。

 グレンが非常勤講師として働く一か月間の間に、少なくとも連絡を取れるまでには。

 例え、グレンが講師であるときに何も教えてくれなくても、もしもの時に相談できる人を増やすためにも。

 

(急に振って湧いたチャンスなんだ……掴み逃したくない……)

 

 明日から、どうやってグレンと交流していこうか、シチューを手慣れた様子で準備しながら、考えもまとまらぬまま、真面目に考え続けていた。

 

***

 

 が、そんなジョレンの努力の甲斐もなく。

 グレンは、やる気の欠片もなく、一般的にロクでもないと思われるような授業ばかりしていた。

 最初は一応、解読不可能であったとはいえ、ちゃんと要点を黒板に書きだし、要領を得ないとはいえ、教科書の内容を説明はしていた。ギリギリとはいえ授業の体裁を為していた。

 しかし、少しずつなけなしのやる気も削がれていったらしく、教科書を黒板に丸々写すだけになり、そこから教科書を千切り、黒板に貼り付け始め、遂には釘で教科書を直接黒板に打ち付けるようになった。

 行動も成績も優等生なシスティーナは毎日のように小言を言う始末。それ以外の生徒は最早グレンに対してなんの期待もしないようになってしまっていた。

 

「今日も昼寝ですか?」

「あぁ、食ったら寝る……これが至福なんだ」

 

 今や、グレンと他愛のない話なんてのをするのはジョレンだけになっていた。

 と言っても、特別に仲がいい。とも言えなくて。

 グレンはどうしてか、魔術的な話を避けようとしている節がある。あるいはあやふやにして誤魔化すか。

 おそらく何かがあって、魔術に対して何らかのマイナスイメージを持っていると思われるが、それがどんなものかも分からない以上、ジョレンにはどうしようもなかった。

 が、そんな具合で一週間が過ぎた時、遂に事態が動き始めた。

 

「いい加減にしてください!」

 

 最早、クラスの中では当然のように上がるようになったシスティーナの怒号だ。

 それが響いて、もう講師から日曜大工に転職したような見た目になっているグレンが教科書を打ち付けていた黒板から目を離して振り向いた。

 

「んだよ、だから言われたとーり、いい加減にやってるだろ?」

「子供みたいな理屈をこねないでください!」

 

 肩を怒らせながら、システィーナはずかずかと教壇に立つグレンに近づいていく。

 

「そんな授業を続けるというのなら、私にだって考えがあります」

「ほう? どんなだ?」

「私はこの学園にそれなりの影響力を持つ魔術の名門フィーベル家の娘です。私がお父様に進言すれば、貴方の進退を決することもできるでしょう」

「え……マジで?」

「本当です! 貴方が授業に対する態度を改めないというのなら、こうするしかないんです!」

 

 ぎょっとするグレンだったが、実際にそれ以上に驚いていた―――というより慌てていたのは、一連の流れを見ていたジョレンの方だった。

 

(ちょ……そ、それは洒落にならん!?)

 

 確かにグレンの態度は講師としてあるまじきものだ。だが、まさかこんなに早く、このような事態になるとは思ってもみなかった。

 ジョレンにとって、グレンが今のところ一番のチャンスなのだ。こんなつまらぬことでチャンスを潰されちゃ溜まったものではない。それに―――

 

「ならば、お父様に期待してますと、よろしくお伝えください」

「―――な」

 

 そもそものグレンが乗り気だった。これが最も致命傷。

 

「いやー、脅されて嫌々引き受けて見たけど、やっぱ無理でさー」

 

 が、そのノリノリなグレンが、逆に更にシスティーナを怒らせたらしい。

 

「痛ぇ!?」

 

 いつの間にかシスティーナは、左手に嵌めていた手袋を取り、グレンに投げつけていた。

 

「貴方にそれが受けられますか?」

 

 不意に静かになった教室の中で、システィーナはグレンを指さし、力強く言い放った。

 システィーナが手袋を投げた行為は、魔術師の中では常識である、魔術決闘の申し込みだった。

 

「マジか、お前」

「私は本気です」

 

 珍しく真剣な顔つきで、床に落ちた手袋に視線を向けるグレンに、躊躇わずそう宣言するシスティーナ。

 

「ダ、ダメ、システィ! 早くグレン先生に謝って、手袋を拾って!」

 

 ルミアがそう叫ぶも、システィーナの意志は固いようだった。頑として動く気配がない。

 

「何が望みだ?」

「私が勝ったら、その野放図な態度を改め、真面目に授業をしてください」

「辞表を書け、じゃないんだな」

「貴方がそれを望むなら、そんなことをしても無駄ですから」

「おいおい忘れてねーよな? お前が俺にそうやって要求する以上、俺が勝ったら、お前は俺の要求を呑まなきゃいけないんだぜ?」

「承知の上です」

 

 どうしても退く気がないらしい、システィーナを見て、呆れたような顔をするグレン。

 その一方で、ジョレンはどうやらグレンが辞めることにはならなくてホッとしていたが。

 

「やれやれ……こんな古臭いカビが生えたような儀礼を吹っかけてくる骨董品が未だに生き残ってるとはな……いいぜ?」

 

 そう言って、グレンはしゃがみ込んで、システィーナの手袋を拾い上げてしまった。

 

「その決闘受けてやる」

 

 そうして前代未聞。生徒対講師の魔術決闘が成立してしまった瞬間だった。

 

***

 

 ルールとして、使用できる呪文は、黒魔【ショック・ボルト】のみ。微弱な電気線を飛ばして、相手を感電させる、この初等呪文だけでの勝負となった。

 対抗呪文(カウンター・スペル)も使用不可なこの決闘において、最も重視されるのは詠唱速度だ。詠唱する呪文をどれだけ切り詰め、いかに早く唱えられるか。

 システィーナが勢いによって吹っかけたこの魔術決闘。2組の生徒のほとんどはグレンの勝利を疑っていたなかった。

 いくら講師としてダメダメでも一応は、この学院に所属する大陸最高峰の魔術『セリカ=アルフォネア』の推薦によってやってきた魔術師なのだ。かなりの実力があってしかるべきだった。

 

「システィ……」

 

 ルミアも心配そうに、これから始まろうとしている魔術決闘の様子を見ていた。

 その隣に、ジョレンがいるが、かなりぼんやりした様子で視線を決闘の方に向けているだけだ。さっき内心かなり焦ってから、ホッとしたので、この緊迫した状況で力が抜けてしまっていた。

 

「ねぇ、レン君……どっちが勝つと思う……?」

「え?」

 

 そのため、不意にルミアが話しかけてきて、すごく間抜けな声を出して、その横顔を覗いた。

 憂いの表情でシスティーナを見つめるルミアは、殺傷力のない【ショック・ボルト】のみのルールとはいえ、本気で彼女の事を心配しているようだった。

 

「まぁ……そうだな」

 

 ジョレンもグレンが勝つ……と思っている。いや、他のクラスメイトよりもグレンの実力に関しては信じていた。

 だが―――

 

「……五分五分?」

「え?」

 

 今度はルミアの方が間抜けな声を出した。

 確かに傍目から見れば、実力差はやる前からはっきりしているようにも見える。

 

「多分、グレン先生、やる気ないから」

「そ、そうなの……?」

 

 自分が真面目に授業をしなければならないかもしれない魔術決闘にやる気なしで応じるなんてことは普通ない。普通ないからこそルミアも訝し気にしている。

 だが、ジョレンから見て、グレンは魔術に関する敬意というのが全く感じられない。それを扱う魔術師に対しても。

 魔術決闘は確かに魔術師の中では歴史の古い儀礼だ。でも、それは所詮―――

 

「多分、魔術師的な話はあの人には通じないよ。普通の人から見て、魔術決闘はただの口約束だ。グレン先生は負けても、あーだこーだ言うだけで終わると思う」

「……グレン先生のこと、よく知ってるんだね」

「まぁ、皆よりは若干多く話したし」

 

 それは、実際には必死になってグレンと交流していたジョレンが分かった、数少ないことの一つだった。

 グレンはとにかく、魔術だとか神秘だとかに対しての敬意も好奇心もない。むしろ、それらを避けている、そんな人だった。

 そして遂に決闘が始まり、グレンが余裕ぶってシスティーナに先に呪文詠唱を譲った。

 ―――その後の結果は、おおよそジョレンが予想した通りだった。

 まさかの斜め上―――【ショック・ボルト】の一節詠唱が出来ず、システィーナの圧勝に終わるという点でジョレンの読みは外れたものの。

 グレンは子供っぽい言い訳をかまし、あまつさえクラスメイトの前で「だって俺、魔術師じゃないし」とまで言ってのけ、魔術決闘の要求を反故にして逃走した。

 この結果に、生徒たちはもう完全に呆れ果て、グレンに対して酷評するようなことを話し合っていた。

 ルミアは決闘が終わってすぐに、システィーナの方に向かい、システィーナはシスティーナで、もう完全にグレンに失望したらしい。

 

(まぁ、確かにあそこまでとは思ってなかったな……)

 

 グレンはまだ講師として残ることにはなったが、グレンから何かを教わることは絶望的になったとも言える。

 あそこまでやらかしてしまう人をどうにかできる気はジョレンにはなかった。

 どうしようもないと思いながらも、諦めきれない。そんな中途半端な気持ちを抱えながら、今日は帰ろうと、鞄を取りに一人だけ先に教室に戻るのだった。

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