ロクでなし魔術師たちの奇妙な冒険   作:焼き餃子・改

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第四話 「一騒動後に『鉄球』の謎」

 二組の決闘騒動の三日後。

 グレンはあの後もやる気のない授業を結局続け、グレンの地に落ちた評判が少しでも回復することは無かった。

 

「はーい、授業始めまーす」

 

 その日も大幅に遅刻してきたグレンがだらしない授業開始の宣言をする。

 それを皮切りにクラス中が自分の思い思いの教科書を広げ、勝手に自習を始めた。

 グレンの授業を受けても何も得られないと、自分自身で勉強してた方が有益だという判断だった。

 あの決闘以前には、小言ばかり言っていたシスティーナも、最早完全に諦めたのか、何も言わずに自習を始めていた。

 そんな中、ジョレンは肘をついて、軽くため息をつきながらも、教科書を広げなかった。

 チャンスは目の前にあるが、それをどうにも掴める気がしない―――そんなもどかしい感覚の中で元々少なかった、既存の勉強のやる気をも削がれてしまっていた。

 そして、グレンもそんなクラスの皆に対して、何も言わない。

 

「あ、あの……先生。少し質問があるんですけど……」

 

 実にいつも通りの授業風景の中、クラスメイトの誰かがおずおずと手を挙げていた。

 初日の時に、グレンに質問をしてあっさりあしらわれていた、女子生徒のリンだった。あんな目に遭ったというのに、まだグレンの授業をしっかりと聞いていたらしい、良い子過ぎて尊敬に値する。

 

「んー?なんだー?」

「え、えっと……その……先生が触れた呪文の訳がよく分からなくて……」

「無駄よ、リン。その男に聞いても」

 

 だが、システィーナがリンの質問に横から割って入った。

 

「あ、システィ……」

「その男は魔術の崇高さを何一つ理解していない。むしろバカにさえしている。そんな男から学べることなんて何一つないわよ」

「で、でも……」

「大丈夫よ、私が教えてあげるから。一緒に頑張りましょう? あんな男は放っておいて、いつか一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」

 

 そう言って、おろおろしてるリンに近づこうとするシスティーナだったが―――

 

「そんなに偉大で崇高か? 魔術って」

 

 無意識なのか、挑発のつもりだったのか。

 グレンがぼそりとそう問いかけていた。

 それを生粋の魔術師気質のシスティーナが聞き逃せるはずもない。

 

「何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう? もっとも、貴方みたいな人には理解できないでしょうけど」

 

 そうばっさりと切り捨てるシスティーナ。いつもだったらここで終わりだ。グレンが適当にシスティーナの刺々しい言葉を流して終わるだけ。

 だが、今回は様子が違った。

 

「何が偉大でどこが崇高なんだ?」

「え?」

 

 何故か食い下がってきた。いつもとは、また違う反応。

 それを聞いて、緊急停止寸前だったジョレンの意識が急速に覚醒しだした。

 

(先生にとって何か引っかかる言葉でもあったのか……? 今の)

 

 魔術は崇高で偉大。それはこの学院に通う生徒や講師のほとんどが思ってることだろう。

 ジョレンはあくまでもリリィの障害を治すための手段として学びに来ているだけだが、他のクラスメイトは、魔術の神秘やらに魅了されている節がある。

 別に珍しい考えでもなんでもないはずなのだ。

 

「魔術ってのは、何が偉大でどこが崇高なんだ、と聞いている」

「そ、それは……」

「ほら、知っているなら答えてくれ」

 

 その質問に対し、返答が遅れるシスティーナ。確かにどうして偉大で崇高なのか、その根本的な部分を考えたことは早々なかったのも事実だ。だが、決してないわけではない、と。システィーナは自分の考えをまとめて―――

 

「魔術は……この世界の真理を追究する学問よ」

「……ほう?」

「この世界の起源や構造、この世界を支配する法則。魔術はそれらを解き明かし、自分と世界がなんのために存在するのかという永遠の疑問に答えを導き出し、そして、人がより高次元の存在へと至る道を探す手段なの。だからこそ、魔術は偉大で崇高なのよ」

 

 長々と得意げな顔をして、それを語るシスティーナ。それを言ってやった、としたり顔で見ているクラスメイトと、そもそも急展開すぎて間抜けな顔をしているクラスメイト、そして若干冷めた顔で見ているジョレン。

 そんな中で、グレンが返した言葉が、その場にいる全員に不意打ちを与えた。

 

「……何の役に立つんだ? それ」

「え?」

「いやだからさ、世界の秘密を解き明かして、それが一体なんの役に立つんだ?」

「だ、だから言ってるでしょう!? より高次元の存在に近づくために……」

「より高次元の存在ってなんだよ? 神様か?」

「……それは」

 

 すぐに返せない悔しさ故か、遠目から見ても震えているシスティーナ。

 だが、グレンは、そんなシスティーナに追い打ちをかけていく。

 

「そもそも魔術が人に何の恩恵を齎す? 例えば医療は病から人を救う。建築術のおかげで人は雨風凌げるし、農耕技術が無けりゃ、満足に飯も食えねぇ。だが魔術は? 何の役にも立ってねぇって思うのは俺の気のせいか?」

 

 その言葉はほぼクラス中に、そしてジョレンにも突き刺さった。

 何故なら、魔術の力が一般人に還元されないからこそ、今こうして自分はここにいるのだから。

 グレンの言葉がある意味真実であることを、ジョレンは身に染みて分かっていた。

 

「魔術は……人の役に立つとか……そんな次元の低い話じゃない。人と世界の本当の意味を探し求める……」

 

 システィーナが搾りだした言葉も、ジョレンの中には大層深く染み込んだ。

 自分がここにいる意味を、今まさに次元の低い話だとして、切り捨てられたような気がしたからだ。無論、システィーナは悪気があったわけじゃないことは知っている。そもそもシスティーナはジョレンの事情など知らないのだから。

 それでも、ジョレンが内心、気を悪くしていると。

 

「悪かった、嘘だよ。魔術は立派に人の役に立っているさ」

 

 グレンの唐突な手のひら返し。それは一体どういうことだと、固唾を呑んで見守っていたクラスの生徒一同が目を丸くした。

 

「あぁ、魔術はすごく役に立ってるよ……人殺しにな」

 

 そのグレンの昏い瞳と、薄ら寒く歪んだ笑みにクラス中がぞっとしている中、ジョレンだけは合点がいったと、その言葉に納得していた。

 

(つまり……先生が魔術を避けるのってそういうことなのか……?)

 

 グレンは少なくとも、魔術を人殺しにしか役に立たないものだと思っていて。それと関わるのが嫌で、今となって魔術を避けている。

 多少極論ではあるが、グレンからしたらそれが全てなのだと、ジョレンは納得していた。

 無論、その言葉の裏で何がグレンをそうさせたのかまでは、推察しきることは出来ないが。

 それでも、ジョレンは―――このクラスの中で唯一、必死になってまでグレンと交流、観察してきたジョレンはそれを見抜いた。

 

「魔術はそんなのじゃない! 魔術は―――」

 

 そしてグレンがまくし立てていた言葉に、システィーナが大声を出して、反論の言葉を紡ごうとするが―――

 

「お前、この国の現状を見ろよ。魔導大国なんて呼ばれちゃいるが、他国からしたら、そりゃ一体どういう意味だ? 帝国宮廷魔導師団なんて物騒な連中に多額の国家予算が突っ込まれている理由は?」

「―――っ」

「ほら見ろ、今も昔も魔術と人殺しは切っても切れない腐れ縁だ。魔術は人を殺すことで進歩してきたろくでもない技術だからな!」

 

 ここまで来ると、ジョレン以外にも、グレンが魔術を憎んでいると察することが出来た生徒が何人かは出てきたらしい。

 しかし、そんな様子を知らないグレンはヒートアップしてきたのか、更に言葉をまくし立てていく。

 

「全くお前らの気が知れねーよ。こんな人殺し以外に何の役にも立たない術を勉強するなんてな! こんな下らんことに人生費やすならもっとマシな―――」

 

 更に酷い言葉が出てくるのだろうか、と皆が身構えていた中、パシン、と乾いた音が鳴った。

 システィーナが涙を流しながら、グレンに歩み寄って頬を叩いていた。

 

「いって……てめっ!?」

「違う……魔術はそんなんじゃない……大嫌いよ、貴方なんか」

 

 そう言い捨てて、システィーナは荒々しく扉を開けて出て行ってしまった。

 圧倒的な気まずさと、それに伴う沈黙が教室中を支配していた。

 

「……本日の授業は自習にするわ」

 

 そう言って、ため息をつきながら、グレンも外に出て行ってしまった。

 その日、グレンが教室に帰ってくることはなかった。

 

***

 

 放課後、ジョレンは魔術実験室の前に立っていた。そのすぐ目の前では、ルミアが扉の鍵を開けて、中に入ろうとしている最中だった。

 授業中の騒動で、グレンが抱えていることについて、ある程度は察せたものの。

 だからどうすればいいのか、全く見当もつかなかったジョレンは、またさっさと帰ろうとしていたが、その時、すぐ近くにいたルミアに引き留められていた。

 そして、方陣構築の復習がしたい、というルミアの頼みを、ちょっとした気分転換のつもりで了承したのだが―――

 

「なぁ、ルミア。その鍵どっから持ってきた?」

「え、えへへ……じつはちょっと事務室に忍び込んで……」

 

 ぺろっと小さく舌を出しながら、鍵を見せてくるルミア。

 この瞬間、ジョレンはちょっとだけ安請け合いしたことを後悔していた。

 

「あ、大丈夫。もしバレた時は責任は全部私が負うから……」

「ここまで来て、そんなダサい真似はしない。さっさと終わらせちゃえば大丈夫だろ」

「そ、そうかな……じゃあ、早速始めようか」

 

 そうして、二人での方陣構築が始まった。

 しかし、ジョレンも別に方陣構築が上手いという訳でもなく。

 二人で四苦八苦しながら、どうにかこうにか、流転の五芒―――魔力円環陣を組み終えた。

 魔力円環陣とは、方陣に流れる魔力の流れを視覚的に理解するための、いわゆる学習用の魔術だった。

 

「それじゃ……《廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円環にて・(みち)を為せ》」

 

 出来上がった方陣を前にして、ルミアが方陣起動の呪文を唱える。

 ―――しかし、方陣は起動しない。何の変化も見られなかった。

 

「あ、あれ? レン君、何か間違えてたかな……?」

「いや、そんな風には見えないけども」

 

 記憶に間違いが無ければ、方陣の形も触媒を置く位置なども合っているはずだ。

 原因が分からないトラブルに、ルミアが首をかしげて、ちょこっとだけ方陣の端を手直しして、また呪文を唱えた。しかし、結果は変わらず。

 

(このまま、何もしないで、これを続けさせるのもあれか……)

 

 なんというか、かっこ悪い。

 そう思ったジョレンは、不意にホルスターから鉄球を手に取り―――

 

「ルミア、ちょっと待ってろ」

「え?」

 

 ジョレンの方を向いたルミアが見たのは……

 

「そ、それは……?」

「シッ……ちょっと静かにしててくれ」

 

 シルシルシルシル……そんな音を立てながら、ジョレンの手のひらの中で『回転』している鉄球だった。

 指も動かしていないのに、まるで中に何かが入っているみたいに、鉄球が回転していた。

 驚いて声も出ないルミアを後目(しりめ)に、目を閉じて集中しているような表情をしているジョレン。

 しばらくの間、何の音もしていない魔術実験室に回転している音だけが静かに鳴り……

 

「……水銀が足りてないな」

「え?」

「振動の反響でなんとなく分かった。魔力線が断線しちゃってるんだ、だから多分、水銀を足せばなんとかなるはず、ほら早く」

「う、うん」

 

 ルミアが鉄球について問いかける前に、方陣修正を急かすジョレン。

 ちょっと意地悪だとも思ったが、かなり時間を食ってしまったので、早く終わらせないといけないことも確かだったので、ちょうどよかった。が―――

 突如、魔術実験室の扉が乱暴に開かれ、ルミアとジョレンが一瞬ビクッとしながら、その方向を振り返る。

 開かれた扉の向こうでは、グレンが仏頂面で立っていた。

 

「ぐ、グレン先生!?」

「……まさかグレン先生だったとは」

「おい、ルミアの反応はさておき、なんでお前は俺が来てること知ってたみたいな言い方してんだよ」

「今さっき、ついでに分かっちゃっただけですよ」

 

 回転を止めた鉄球をホルスターに再度しまい込みながら、こともなげに言うジョレン。

 さっき魔力円環陣を調べた際に、廊下から近づいてくる人の存在もついでに入ってきたのだ。

 そんなことは知らないグレンとルミアは訳が分からない、と首を捻りながらも、それにはこれ以上の追求はせず。

 

「ど、どうしてここに……」

「それはこっちのセリフだ。魔術実験室の生徒の個人使用は原則禁止だったはずだが」

「ご、ごめんなさい……実は私、方陣構築が苦手で、復習をしておきたくて……あ、でもレン君は私を手伝ってくれただけで、お叱りは私だけに……」

「おい、だから俺は……」

 

 ルミアが自分だけで責任を取ろうとしているなかで、ジョレンがそれを止めようとしていると―――

 

「別にお前らがここで何してようが、俺は構わねーよ。つーか、もうあとちょっとだろ、最後までやっちまえよ」

 

 そんな二人を見て、グレンは肩を竦めて、めんどくさそうに提案した。

 

「え、えっと……やっぱり、水銀が足りていない……んですか?」

「お?気づいてたのか、そのまま気づかないで終わるかと思ってたぜ」

「レン君が教えてくれて……」

「ふーん、お前って方陣構築上手いんだな」

「ルミアとどっこいどっこいだと思いますけど」

 

 実際はほぼほぼ裏技のようなことをして調べただけなのだが……まぁ、今はいいだろう、とジョレンは口を噤んだ。

 

「まぁいい。お前らがさっさとやらないなら、めんどくさいから俺がやるからな」

 

 そんなジョレンを無視して、グレンは水銀の入った壺を手に取って、手慣れた様子で方陣に水銀を継ぎ足していく。動かす手に震えもなく、まるで機械のような正確さで各ラインをなぞっていく。継ぎ足し終わったら、床に落ちていた手袋をつけて、方陣の綻んでいた部分を修正していく。

 しばらくして、修正が終わったらしい、何も言わずに立ち上がって、手袋を投げ捨て。

 

「んじゃ、起動してみろ。横着して省略すんなよ?ちゃんと五節でな」

「は、はい」

 

 ルミアは再び方陣の前に立つ。深呼吸をして、(うた)うように涼やかな声で呪文を唱えた。

 

「《廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円環にて・路を為せ》」

 

 その瞬間、方陣が白熱し、視界を白一色に染め上げた。

 やがて光が収まり、鈴鳴りのような高温を立てて駆動する方陣が見えた。方陣のラインを七色の光が縦横無尽に走っている姿は魔力が通っている証拠だった。

 

「綺麗……」

 

 その単純に幻想的で美しい光景にルミアが思わず声を出す。

 ジョレンもその様子を一歩退いた位置から、黙って見ていた。一回見たことのある光景のはずなのに、今回のはまた一段と綺麗なような気がしたからだ。

 グレンはそれを冷めた目で一瞥した。ジョレンからしたら実にグレンらしい興味のなさだと思った。

 しばらくして、外の夕暮れの様子を見て、早く帰らないと夕飯が遅れると思ったジョレンは床に置いていた鞄を取って。

 

「俺は帰ろうかな」

「あ、レン君。今日はありがとう、おかげで助かったよ」

「別にそんなことはないと思うけど。それじゃあな、ルミアも気を付けて帰れよ。あと先生も気を付けて帰ってくださいね」

「俺は心配されるような子供じゃねーが、またな」

「うん、またね、レン君」

 

 二人の言葉を背中で受けて、ゆったりと手を振ってジョレンは魔術実験室をあとにした。

 状況は何一つ進展しなかった―――というよりも、もっと授業を受けれる可能性が減ったように感じたが。

 

(なんていうか、やっぱ根は優しい人だよな)

 

 ロクでなしでやる気が無くて、魔術が嫌いではあるけども。

 決して悪い人ではないグレンを見ていると、まだ可能性はあることが再認識できて。

 

(『できるわけがない』……わけじゃないもんな)

 

 そう確信できただけでも、今日は満足していた。

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