グレンの授業はいつのまにか大人気となっていた。
連日のように、殺到する他クラスの生徒たち。その授業の内容や、魔術理論の勉強のために他の講師まで授業を見に来るレベルだった。
今となっては、昔のグレンの面影は―――若干は残っているが、もうほとんど気にしている人はいなかった―――はずだったが。
「……遅い!」
今日は学院の講師や教授たちは帝都で行われる魔術学会に出るために、学院は休校日になっていた。
しかし、グレンのクラス―――2組だけは、前任の講師であるヒューイがいなくなった際に授業が遅れたために、その穴を埋めるために臨時で授業が行われることになっていた。が、その当日の授業時間が過ぎても、グレンは現れなかった。
「まさか、今日が休校日だと勘違いしてるんじゃないでしょうね!?」
「あはは……まさかグレン先生でも、そこまでは……ないと思うけど」
「俺は全然あり得ると思うけどな」
机に肘をついて眠たげに何も書かれていない黒板を見ながら、ルミアとシスティーナの会話に入るジョレン。
眠気を誤魔化すためだったが、不意にグレンを話題にしたことで、ハッとなった。
「しまった、今日の授業でちょっと道具使うから、授業前に持ってきておけって先生に言われてたんだった」
「貴方も色々忘れるのね」
「そうなの? 私も一緒に行こうか?」
「いや、別に大変でもなさそうだったし、今のうちに取りに行くから、気にしないどいてくれ」
昨日、授業が全て終わった後の眠気まじりの時に、グレンから頼まれていたことを思い出し、そそくさと教室を出て、道具保管室へと向かうジョレン。
他のクラスの生徒も講師も教授もいない、閑散とした学院は、かなり新鮮だった。
「えっと、ここだっけ」
別段なにもトラブルは起きず、道具保管室の扉を開けるジョレン。
中には、掃除道具から、魔術的な実験のための道具まで至れり尽くせりであり、ざっと見渡すだけでも、眩暈がしそうな程に数が多い。
「この中から探せって拷問に近いよな……」
そうぼやきながらも、部屋の奥まで入って、グレンから頼まれていたものを探し始める。
呪文をかけて効果を見るための、魔導人形の類だ。30cmもないぐらいの大きさで、耐久性に比べて若干軽く出来ている。また、かなりゆっくりではあるが自動修復機能もついていて、何度でも再利用できるらしい。
「しかし、色々な物が置いてあるな……」
確かに高級なものは置いていないが、まだ学生の身分でしかなく、かつ貧乏なジョレンにとっては目新しいものもチラホラ散見される。ここに滞在してるだけで、1週間は勉強になってしまいそうだった。
「まぁ、早く帰らないと先生も来ちゃうし……と」
そう呟きながら、もっと奥へと入っていくジョレン。奥の方の棚には魔術的な加工がされた物品がいくつかあった。おそらくはそのあたりにあるはずだ、と思い、地面に倒れ込んでいる掃除用具なんかを押し分けながら進んでいって―――
「……? なんかある?」
ジョレンが視線を向けた場所。扉から見て、奥。更にそこから右の隅に何か細長いものが落ちている。
若干暗く、輪郭しか分からないが、何か他の物とは違う異質さを感じる。
好奇心か、もしくは他の感情か……自分でもよく分からなかったが、それに突き動かされるようにして、ジョレンが手を伸ばし、触ってみる―――
「な、なんだこれ!?」
ざらざらとした感触。だがそれだけじゃない、何か本能に訴えかけてくるような嫌悪的な感触。
それを我慢して、外の光が当たるところまで持ってくると、それの全容が明らかになった。
「……あ、足……か? 人間の……」
そうにしか見えない。足だ。人の遺体の足がそこにあった。何年何十年、いや何百年放置されていたのかミイラ化した人の足が、今ジョレンの手に握られていた。握ってしまっていた。
「うわぁぁ――――――ッ!?」
大声を出して、即座に離すジョレン、しかしその声を聞いてやってくる人は誰もいない。
そんな中、すぐに後ろに飛びずさり、離した遺体を一瞥する―――
「あ、あれ……?」
しかし、目を向けたところには、既に人の足の遺体なんていうものは無かった。
何もない、様々なものがごった返しになっているような道具保管室でしかなかった。
しかし、さっきまで遺体を握っていたと思っていた右手には―――確かな感触が残っていた。
嫌な感触だ。この感触が残るだけでも、気分が悪くなる。もしずっと握っていたら、どうかしていたかもしれない。
いや、というよりも、遺体の幻覚などを見る時点で、どうかしていたのかもしれない。
「疲れてたのか……? 最近、結構勉強詰めだった……気もするし」
グレン先生の授業は一秒だった欠かさずに聞いていたし、その後はルミアと
についての勉強を一緒にしていた。グレンが真面目に授業をしてくれるようになってから、非常勤講師をやめるまでの間に、出来るだけ勉強を進めたくて、若干無理をしていた自覚はある。
「だからって、今のは……」
今日ぐらいは、早く帰って休もうか……と密かに思いながら、再び道具保管室に入って、目的の魔導人形を手にして、せっせと教室に戻っていった。
***
魔導人形を持って教室に戻ってくると、何やら教室内が騒がしくなっていた。
グレンが帰ってきたのだろうか? と思い、扉を開いたジョレンが見たのは……
「《ズドン》」
「……え?」
「は……?」
誰かが口から出した適当な擬音のような言葉。それが呪文だと分かるには、とてつもなく不似合いでふざけたものだった。
しかし、その直後に放たれた光―――空気が切り裂かれる音と、その光が通った後から聞こえてきた、何かを穿つ音がそれが魔術であり、さっきのが呪文であったことを思い知らせてきた。
「《ズドン》《ズドン》《ズドン》」
更に三閃。我に返ったジョレンが見ると、知らない男が二人立っており、システィーナに向けて男の一人が指を向けている。
そして三連続させた呪文を唱えた直後、男の指から、またも光が三連続で続いてシスティーナに向けて発射された。それら全ては直撃はせずにシスティーナのすぐ横を通っただけのようだったが―――その後ろの壁には撃たれた数分の穴が開いていた。完全に貫通しているようで、穴から向こう側の景色が見えそうであった。
「そんな……まさか……い、今の術は……【ライトニング・ピアス】!?」
その呪文をあと少しで喰らいそうだったシスティーナが呻くように呟いた。
黒魔【ライトニング・ピアス】。
指さした相手を一閃の電光で刺し穿つ、軍用の
「これで分かっただろ?俺たちがテロリストだって。この学院は俺たちが占拠しましたー、君たちは人質でーす、大人しくしててくださいーい。あ、そうそう逆らう奴は今のうちに頼むわ、殺しとくから」
しかし、男はそう言うが、ここにいる全員が束になっても、この二人に勝てない、とこの場にいる皆が悟っていた。
そして、今この場に来たジョレンには状況が全く飲み込めない。
テロリスト? 人質? 色々と聞きたいことはあるが……
「おっと、道具取りに行ってくれてたの? サンキューサンキュー、はい手上げといて、んで動かないでねー、君も」
「……」
何か言葉を発する前に、男二人に見つかり、今度は自分に向けて、その左手の人差し指が向けられた。
黙って魔導人形を投げ捨て、手を上げてその場に立つジョレン。
声は出さないが、心配そうに見てくるルミアの姿もここから見えた。
(手を上げた状態から鉄球を取っても、先に撃ち抜かれるだけか……)
ジョレンが持っている物の中で、相手に対抗できるとしたら、鉄球しかない。
しかし、その鉄球はホルスターに入れて腰に下げて吊るしてある状態だ。この体勢からでは必ず、相手の方が先んじて動けてしまう。
(今は耐えないと……ここぞというタイミングで……)
そう覚悟を決めている中で、男はクラス中に向かって―――
「こんなかでさ? ルミアちゃんって女の子いるかな? いたら手を上げてほしいなぁー、もしくは教えてくれてもいいんだけどなー?」
(ッ!?)
その言葉にジョレンは驚愕に目を剥いた。というよりも、皆そうなのだろう。誰もが困惑を隠しきれていない、無意識のうちにルミアの方に視線を動かしてしまっている生徒たちもいる。
「おー?ルミアちゃんはこの辺りにいるのかー。 うーん、どこだろ」
そう言って、ルミアがいる一角にやってくる男。
「君がルミアちゃんかな?」
「ち……違います」
顔を覗き込まれた女子生徒―――リンは、涙目になりながら、否定した。
「じゃ、誰がルミアちゃんか知ってる?」
「し、知りません……」
「ふーん、本当? 俺、嘘つきは嫌いなんだけど」
蛇に睨まれた蛙のように、涙を流して震えていることしか出来ないリン。
その奥では、ルミアとシスティーナが目配せをしていた。どうやらルミアが今にも自分から手を上げそうで、それをシスティーナが止めているらしい。
「あ、貴方たち、ルミアって子をどうするつもりなの?」
「ん?」
再び突っかかってきたシスティーナに、男は面白そうに笑って近づいていく。
「お前、ルミアちゃんを知ってるの? それともお前がルミアちゃんなの?」
「私の質問に答えなさい! 貴方たちの目的は一体何!?」
「ウゼェよ、お前」
次の瞬間、男のへらへらした顔が冷酷な顔へと変わり、すっとシスティーナの頭に指が突きつけられ―――
「私がルミアです」
その時、ルミアが席を立っていた。
「へぇ?」
そして、システィーナには興味を失ったと言わんばかりに、今度はルミアの方に近づいていく。
「そう、君がルミアちゃんなんだ……はは、実は知ってた」
「え?」
「実はゲームやっててねぇ、ルミアちゃんが見つかるまで何人殺せるかゲーム。いやぁ、一人も殺してないのに、自分からバラされるとは思ってなかったよ、でもまぁ、ファインプレー!」
「外道……!」
ぱちぱちと拍手するチンピラ男に、ルミアは普段見せないような怒りの籠った眼を向けている。
「おい、遊びはその辺にしておけ、ジン」
これまで黙っていたダークコートの男の方が突如口を開く、そしてルミアの方にゆっくりと歩いていく。
「私が娘を連れていく。お前は手筈通り、ここにいる全員に【スペル・シール】を付けてから拘束魔術で捕らえておけ」
「へいへーい、めんどくせーな」
言葉通り、面倒くさそうに頭を掻きながら、チンピラ男は近くの生徒から手あたり次第に【スペル・シール】をつけていった。
「ご足労願えるかな? ルミア嬢」
「拒否権は……ないんですよね?」
「理解が早くて助かる」
その様子を、一人だけ教室の扉のすぐそばで見ていたジョレンは、少しずつ動き出していた。
(今だ……今、あの二人は両方とも、俺の方に注意を向けていない……今のうちに……)
そう思い、ゆっくりとジョレンは腰に吊るしてある鉄球の方に右手を―――
「おい、何やってんだ?」
「ッ!」
「え!?」
その時、偶然か分かっていたのか―――チンピラ男が真っすぐこちらに指を向けて、歪んだ笑みを浮かべていた。
それを見たルミアがその表情を青く染めるのと、男が次の言葉を吐くのは同時だった。
「あぁそう、抵抗する気なのかぁ?なら仕方ねーよなー、《ズ―――」
呪文だ。たった三文字で放たれる【ライトニング・ピアス】を撃たれる。
それを悟った時、ジョレンはすぐさま反射的に左手を男の方に向けていた。
「《雷精よ・紫電の―――」
「―――ドン》」
当然、先に完成するのは男の呪文だ。その指から放たれた電光がジョレンに向かって行き―――
「―――衝撃以って―――」
「あ?」
しかし、それはジョレンに当たらず、近くの壁を穿っただけだった。
システィーナの時と同じ脅し。だが、ジョレンはそれを意に介さずに呪文を紡いでいる。男がまだ本気でないと見抜いていた。
「―――・打ち倒せ》ッ!」
そして完成する、ジョレンの【ショック・ボルト】。確かに殺傷力は低い、学生用の呪文だが、少しでも相手を気絶させることでも出来れば、まだ勝機がある。
「よっと」
「なッ……」
しかし距離が開いていたためか、放たれた電気は少し身を捻られただけで躱されてしまう。
そして、男はその異様な笑みを更に深く深く歪めて。
「《ズドン》」
「ッ―――ァッ!?」
もう一度放たれた雷閃が、今度は完全にジョレンに対して直撃した。
その衝撃によって、ジョレンの身体が後ろに吹っ飛び、壁に打ち付けられ、重力に従い、ぐったりとうずくまるようになってから……動かなくなった。
「う、嘘……?」
「れ、レン君ッ!?」
「あーあ、骨のある若者だったのに、ここで人生の道が閉ざされちまうなんて悲しーことだなぁ?」
その現実を直視できそうにないシスティーナに、思わず悲鳴のような声を出してしまったルミア、そして、何のショックも受けてないかのように、うわべだけの言葉を吐く男。
しかし、どの言葉に対してもジョレンは反応を返さなかった。
「しかし、もしかして魔術的防御構えてて、実は生きてたーってなってても困るし、もう一発撃っとこうかな?」
「やめてくださいッ!」
軽い調子で倒れ込んでいるジョレンに向けて、再度指を向ける男に対して、ルミアはすぐに我に返って一喝した。
「もし、そんなことをするのなら……私は舌を噛んでここで死にます」
「……ふーん、同級生君の死体でも、傷つけることは許さないってわけだ。はいはい、分かったよ、ルミアちゃん」
しばらくして、全生徒に対する拘束措置も終わり、ルミアはダークコートの男に連れていかれ、システィーナもチンピラ男に強引に連れていかれた。
「レン君、ごめんね……?」
連れていかれる直前に、ルミアがジョレンの横を通った時に、囁くように謝罪の言葉を発するルミア。
だが、ルミアもシスティーナもダークコートの男もチンピラ男も気づくことは無かった。
ジョレンのすぐそば……死角になっているところで。
シルシルシルシル……と鉄球が回転していたことを。
オリキャラの設定集の投稿は必要?
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いる
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いらない