ロクでなし魔術師たちの奇妙な冒険   作:焼き餃子・改

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第九話 「其の名は『スタンド使い』」

「う……ぁぁ……」

「―――ッ……痛ぇ……本当、死ぬかと思った……」

 

 学院の廊下の一角、そこには今までの戦いの痕がしっかりと刻まれていた。

 破壊された天井、そして落ちてきた瓦礫の山。様々な場所に刻まれた切断面。焦げ跡。そして、両腿と喉を撃ち抜かれ、息も絶え絶えに倒れ伏している男と、身体の至る所に傷跡をつけ、右腕に貫通した剣を刺されたジョレンがもっとも、それを雄弁に語っていた。

 しばらくして、ジョレンが右腕に刺さった剣をゆっくりと引き抜いて……

 

「《慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・癒しの御手を》」

 

 ジョレンが唱える、白魔【ライフ・アップ】。被術者の生命力を高めて傷を癒す法医呪文(ヒーラー・スペル)

 その力により、ゆっくりとだが、向こう側が見えそうなぐらいの穴が開いていた右腕が治癒していく。

 

「まさか……貴様のような子供に……殺される日が……来るとはな……」

「俺は殺す日が来るとは思わなかった……あんたみたいな人でもな」

「ふっ……その割には冷静だな……」

「……」

 

 沈黙……さっきまでの戦いの時にあった熱はどこかに霧散してしまい、ここには音も熱もない、静謐な空間が出来上がっていた。ただ時間が過ぎていく、過ぎていくごとに喉に穴を開けられた男から、生気が無くなっていく。

 

「……」

 

 それを察したジョレンは、男の身体に右手の人差し指を向け、ゆっくりと爪を回転させ始めた。これが発射されれ、そのまま狙い通りの場所に当たったなら、男は即死するだろう。

 

「待て……少年魔術師」

「命乞いなら聞かないぞ」

「違う……一つだけ、思い当たることがあったんだ……ッは……」

 

 止まらない血が、男の呼吸を妨げている。そんな中、途切れ途切れに紡がれる言葉に、ジョレンは黙って耳を傾けた。

 

「お前の……回転の技術は確かに知らなかった……だが、その……突如現れた死体の右足……そして、回転し始めた爪……私はその現象を聞いたことが……確かにあった」

「……それは?」

「『スタンド』だ……お前の爪が回転したのは、その『スタンド能力』というものに違いない……」

「スタンド……」

 

 男は不意に、服の袖を力任せに千切り捨てた。

 露わになった男の腕には、短剣に絡みついた蛇の紋が刺青(いれずみ)してあった。それをわざと見せるような体勢をとる。

 

「これは我が組織を示す紋……『天の知恵研究会』のな」

「……あぁ、それは知ってる」

「そして、天の知恵研究会の敵は、この帝国だけではない……貴様らは知らんだろうが、テロリストといえども、様々な組織が敵対・協力などをして、状況は刻一刻と変化している……その中の一つの組織に奇妙なものがある……魔術を基本使わない……そのくせに、魔術以上に不可解な現象ばかりを起こす……そんな組織がな。そして、その組織の連中は口々に自分たちのことをこう言う……『スタンド使い』とな」

「まさか、俺のも……?」

「その組織は我々が目的の物を追い求めるように、ある物を手に入れようと暗躍している……具体的なことは分からないが、奴らはそれを『聖なる遺体』と……」

「聖なる遺体……」

 

 ジョレンは自分の右足に視線を移す。自身の足に今も入っているであろう、ミイラ化した右足。もしそれが、男の言う『聖なる遺体』であるのだとしたら……

 

「もちろん、因果関係は分からない。だが、もしあの時、現れた足が聖なる遺体であり、貴様が突如発現した能力がスタンドであるのだとしたら……」

「……」

 

 もし、そうなら、この右足には確かな力があることになる。何を欲して、その組織が聖なる遺体を求めているのかは分からないが、これが本物の聖なる遺体だとするなら……

 

「俺は狙われるってことか?」

「……」

 

 男は無言でこくりと頷いて見せる。

 

「なんでそんなことを俺に言う? お前を負かした奴だぞ?」

「だからだ……我に勝利した貴様は間違いなく『強者』だ……魔術師としては絶対に私より劣る貴様がな……ただ、強者に対して敬意を払ったにすぎない……それに、敵対組織の情報を流したところで、不利益などあるわけあるまい……むしろ、潰し合ってくれれば、それほど喜ばしいこともない……」

「違いないな」

 

 敬意を払いながらも、自分の組織に有利になるかもしれない、という考えで話したという男に、ジョレンも逆に一種の尊敬の念を覚えながら、更に問いかけていく。

 

「じゃあ、最後に教えてくれ、その組織の名は?」

「組織の名は無いようだ……だが、我々の紋と同じように、その組織としての証を身体のどこかに刻んでいる……その形は―――」

 

 ―――べちゃり。

 

「……は?」

 

 呆気に取られるしかなかった。

 

「…………」

 

 ジョレンが自分の顔を触ると、べちゃべちゃしたものがついていた。それは赤色をしていて、目の前から飛び散って、顔についたのだった。

 

「おい……?」

 

 何かが飛んできた。一瞬だった。それは目の前のダークコートの男の脳天に真っすぐ飛来し―――

 

「おいッ……返事をしろ!天の知恵研究会ィィ――――――ッ!?」

 

 ジョレンの叫びも虚しく、さっきまで致命傷を受けながらも、まだ生きていた男は―――脳漿をぶちまけ即死していた。

 音もしなかった、何が飛んできたのかも把握できなかった。だが、それを受けた男は確かに目の前で、死んでしまったのだ。

 

「……」

 

 ゆっくりとそれが飛んできたと思しき方向を見る。

 ゆっくりと、ゆっくりと。その不安と、今起きたことが夢幻(ゆめまぼろし)か何かだと思いたいがために。

 だが、その儚い願いは無残にも打ち砕かれることになる。

 

「ッ!?」

 

 倒壊した天井が落ちて出来上がった瓦礫の山―――その向こうに確かに人影が見える。

 黒のフードを被り、顔を隠した男が、こちらに『拳銃』を向けていた。

 その拳銃はリボルバーともオートマチックとも見えるような特殊な形状をしていた。それが硝煙のようなものを上げて、銃口をこちらに向けていたのだ。

 そして、男は何も言わずに照準を今度はジョレンに向けて修正して―――

 

「ッチ―――」

 

 すぐに我に返ったジョレンは、射線を遮るようにして、瓦礫の山へと近づき、それを背にして、鉄球と爪と回転させる。

 射線が遮られれば、銃で狙撃は出来ない。必ず近づかなければいけない。そこを返り討ちにする―――

 

(来い……来いッ―――)

 

 シルシルシルシル……と聞こえ慣れた回転の音だけが響いてくる。

 足音がしない。近づいてきていない。

 

(馬鹿な……射線は通っていない。そこからじゃ俺は撃てないぞ……?)

 

 そこまで考えて、そもそもの不自然さにジョレンはようやく気付いた。

 先ほど撃たれた男は倒れこんでいて、瓦礫の山の向こう側から見れば、それこそ今のジョレンのように、射線は遮られていたはずだ。

 だというのに、男の脳天を撃ち抜かれた―――しかも一発で。それに、なんで発射されたはずなのに銃声がしなかった?

 切っ掛けから芋づる式のように溢れ出る疑問点の多さに、ジョレンの中に不安が湧き上がっていく。本当にここに隠れているだけで防げるのか―――

 

「ッガァ!?」

 

 その疑問を裏付けるように。同時に逡巡しかけた思考を無理やり引き出すかのように、ジョレンの身体に激痛が走る。衝撃が身体を、そして脳を揺さぶった。

 見れば、腹部に穴が開いてしまっていた。どくどくと流れ出す血と共に激痛が駆け巡り、無くなっていく血によって脳の思考が妨げられていく。

 

「な、なんで……? 位置を移動されたわけでもない……跳弾反射で飛んできたわけでもないのに……ッ!?」

 

 血を止めるために傷口を抑えてうずくまりながら、ゆっくりと瓦礫の山から離れていく。

 どんな手段を用いて狙撃しているのかなど、まるで分からないが、同じ場所に留まるのはまずい……その考えでもって、這いつくばり、床に血をまき散らしながらも、移動していく。

 次の瞬間、相手の様子を伺うために振り返った時に、ジョレンは襲ってきた攻撃の正体を目の当たりにした。

 

「なッ……?」

 

 なんと、音もなく発射された銃弾が瓦礫の山の横を通り過ぎたところで、急激にカーブを描き曲がり、さっきまでジョレンがいたところを抉ったのだ。

 魔術でも跳弾でもない、物影に隠れていたジョレンの狙撃方法―――それは、まるで弾丸自体がそんな機能を持つかのように、不自然に軌道を曲げていたのだった。

 

「そんなことが……!?」

 

 目の前で目撃しても、まだ信じることが出来なかった。あんな単純で、かつ不自然な現象がこの世にあるのか、と。

 しかし、自分だって今さっきそれを発揮したばかりなのだ。そう、おそらくあれが―――

 

(『スタンド能力』! そういうことなのか!? あれがスタンドなのか!?)

 

 だが、それを分かったところでなんだと言うのか。どうやってアレに対処すればいい?

 相手はあの位置から動かずに、弾道を操作して自分を狙撃出来る―――それは逆に、自分の方が爪弾や鉄球の射線を遮られている構図だということだ。自分から不利な地形へと移動してしまった。もっと早くに気づいて、距離を開けるか、詰めるか出来ていればまた変わったかもしれない。

 

(な、なんてミスを―――ッァ!?)

 

 悔やむジョレンだったが、今度は足から激痛が走る―――見れば、曲がった弾道が這って動くジョレンの左足を撃ち抜いていた。痛みで脳からの命令が誤魔化され、左足が全く動かない。

 絶体絶命だ。相手は決して近づいてはこない。今の位置から一方的に攻撃出来るのに、わざわざジョレンの間合いに入ってくる理由はない。だというのに、こっちの機動力をどこまでも削がれてしまっていて、近づくことも離れることもままならない。

 

(こ、殺される……ここまで来たのに……!?)

 

 音はしないが、今まさに撃鉄を下ろして、引き金に指をかけようとしている雰囲気が、見えなくてもよく分かった。自身を殺すために、ゆっくりと準備しているのが、否が応にも伝わってくる。

 

(運がない……クソ……)

 

 どうしようもない。対処のしようがない―――

 

「《猛き雷帝よ・極光の閃槍以って・差し穿て》ッ!」

 

 その時、前方から矢継ぎ早に唱えられた呪文が耳に入ってくる。

 三節詠唱ではあるが、これはれっきとした、黒魔【ライトニング・ピアス】の呪文で―――

 直後、放たれた雷閃が瓦礫の山の横を通過し、拳銃を構えていた男のすぐ横の壁を抉っていた。

 

「ッ……」

 

 そして、それを発射した人物を確認するや否や、男は廊下から窓を割って下へと飛び降りて去っていった。

 助かったのか……?と思ってすぐに、ジョレンもその人物の正体を見て。

 

「危なかったな……ジョレン、大丈夫か?」

「ぐ、グレン先生……はは、これが大丈夫に見えますか...?」

「全然見えないな、どれ……《慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・癒しの御手を》」

 

 咄嗟に減らず口も叩けて、ジョレン自身も安堵していた。まだ余裕がある証拠だ。

 

「じょ、ジョレン!? 貴方、なんでここに……!?」

 

 グレンがジョレンを治療している中、遅れてシスティーナがやってきて、驚愕に目を剥いている。教室でジョレンが【ライトニング・ピアス】で撃たれているのを見ただけで、起き上がったところを見てないので、無理からぬことだった。

 

「俺も驚いたぞ……敵に【ライトニング・ピアス】で撃たれたって聞いたんだが……」

「ちょっとした裏技で防いだだけですよ……と」

「お、おい!?」

 

 ジョレンは撃たれた足と腹部の傷が動くのに問題ない程度に治癒すると、震える膝をこらえて立ち上がり、ふらふらとどこへ向かうともなく歩き始めた。

 一瞬虚を突かれたが、それをすぐにグレンが手を引っ張り止めて―――

 

「どこに行くつもりだ」

「まだ……終わってないでしょう……」

「お前は休め」

「治してもらったんだから行けますよ。まだ……ッ」

 

 苛立ち交じりにグレンの制止を振りほどく。しかし、次の瞬間には、身体が前のめりになっていて……

 

「うぐッ……な、なんで……?」

 

 そのまま力が入らず倒れ伏す身体に、耐えきれずに疑問を投げかけていた。

 

「それほど、さっきまでの戦いがお前にとって限界を超えてたってことなんだろ」

 

 グレンは呆れたようにため息を一つつき、ジョレンの身体を引っ張り、壁にもたれかけさせるような体勢にして―――

 

「休め」

「ま、まだ俺は―――」

「後は俺に任せて、休むんだ」

「……」

 

 ゆっくりと、そして今まで一度も見たことないような真剣な顔で、言い聞かせるように。

 そんな見下ろすグレンの姿に、ジョレンは朧気に、過去の記憶の中の人影とそれを合わせて―――

 

「……後は任せました」

 

 目を閉じて、確かにそう言っていた。

 まだ敵がいるのに。それも別の組織の敵が。それがスタンド使いだというなら、ただの魔術師にはどうにもならないかもしれないのに。

 それなのに、なんで今、自分は動けないでいる? 何故行かせられるのか?

 

「あぁ、任せとけ。行くぞ、白猫」

「う、うん……分かったわ」

 

 そんなジョレンの胸中を知らない二人は、ルミアが連れていかれた場所を探すために、その場を離れていく。

 訪れる静寂。その中に一人、ジョレンは動けずに、それでも意識を保ち、静かに、ただ静かにそこにいた。

 

(まだ……ダメだ……)

 

 周りの全てが変化のない背景になった瞬間、限界を悟った肉体が、その機能を回復させるために、意識を無理やりにでも切ろうとしてくる。少しでも集中が途切れた瞬間、過剰な疲労のせいで意識を飛ばしてしまいそうだった。

 

(まだ敵がいるかもしれない……)

 

 一時撤退しただけで、また戻ってくるかもしれない。どこかから曲がる弾丸で狙撃されるかもしれない。

 

(まだ、意識を……)

 

 そんな途切れるか否かの境界に浮かぶ、曖昧な意識の中、10分……20分……30分と時間は過ぎ―――

 

(まだ……俺は……)

 

 ジョレンの奮闘も虚しく……遂に限界の壁に阻まれ……誰にも気づかれず、意識を暗闇に堕とした……

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