少し未来のシンフォギア   作:竹流ハチ

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アリアの強い正義感とLiNKERの話

キャラがすれ違い曇れば曇るほど晴れた時は綺麗だって古事記にも書かれてる。


「君が泣かない世界に」

あの子は来てくれるだろうか。

 

昔の私はあの子に何もしてあげられなかった、それどころかあの子の親である事を恐れてあの子を見てあげられなかった。

誰から見ても将来は歴史に名を残す逸材、お金を出してでもあの子を教え子にしたいという誘いを幾度と無く受け、あの子はその全てを断った。

 

他にやりたい事があるのか聞いても『無い』。

何か欲しい物があるのか聞いても『無い』。

何かして欲しい事があるのか聞いても『無い』。

 

何でもできてしまうのに何もしようとしないあの子が分からなくて怖かった。周りからも何故才能があるのに何もさせてあげないのかと言われ、『何かさせてあげないと』と思ってもあの子はそれを受け入れてはくれなかった。

 

不貞なんて考えた事もないのに生まれてきた髪も目も色の違う娘、周囲からの奇異の目に耐えきれず私が選んだのはあの子を一人にしてあげる事だった。私という枷が無くなればきっと一人でやりたい事を見つける筈、そう信じて私はあの子を児童養護施設に預けた。

 

「お客様、ご注文は?」

「もう一人来るの、それからでもいいかしら?」

「畏まりました」

 

あの子はきっと私の事なんて覚えてはいない。私もあの子に関わらないように施設の院長に近況だけは教えて貰う生活を過ごしていると、偶然リビングで点いていたテレビのニュース番組に映った映像に目を疑った。

 

メキシコの遺跡で起きた怪事件を解決したシンフォギア装者としてインタビューを受けていた子があの子だったのだ。顔にモザイクが掛かっていても見間違うわけがない。綺麗な金髪に琥珀色の瞳、そして特別な力を使って人々を救う装者になれる子なんてあの子しかいない。

 

院長に事の次第を聞いても答えられないとばかり、だから直接会えないかと手紙を渡すように頼んだのだけどそれも届いてるかどうかは分からない。それでもあの子に会いたかった、あの子がようやくやりたい事が見つかったのなら私も直接会って応援したいと思ってしまった。

 

今日この日、あの子にとっては特別な日に会えないか打診すると一ヶ月が経ってようやく返事が返ってきた。するとあの子は私と会う事を約束してくれて、場所は公園のつもりだったけどあの子が手紙で公園の隣にあるカフェを指定してきたから当然其方に合わせた。

 

インタビューでのあの子はすっかり背も伸びて大人らしい子になっていた、きっと好きな子とかも居て楽しい生活を送っているに

 

『シャルロッテ・カヴァルティーナさんですね?』

 

あの子との再会を待ちわびていると私の向かいの席の椅子を引いて座った子は私の名前を呼んだが、その顔を見ても見覚えはなく肩ほどの銀髪のショートヘアには心当たりもなかった。

 

「貴女は?」

「クラウディア・カンターレ、アリアの同僚です」

 

 

 

折角の日曜日、普段なら騒がしくしている譜吹姉妹が研修に出ていると司令室も随分と静かなものだ。

 

朝起きてから司令室に来てみると既に譜吹姉妹は装者と一緒に欧州へ派遣され、アリアさんも有給を取っていて何処かは行ってしまい、行き先を誰にも伝えていないから数日は帰って来ないだろう。何かあればアリアさんならきっとすぐに帰ってくるだろうし、三人が留守の間は私と律さんで対応してこそ一人前だ。

 

なのだけど、肝心な律さんはオペレーターの席に座って頬杖を突きながら世界中の衛星の映像を眺めていて、オフとはいえだらしがない。

 

「うーん、ティナ見つからないなー」

「何してるんですか?」

「衛星使って世界中見て回ってるけど、ティナが全然見つからないの」

「GPSも切ってますし、ペンダントもアウフヴァッヘン波形を遮断するケースに入れてるみたいだから何処にいるかなんて分かりませんよ」

「だからこその衛星だよ。あっ、ライオンが欠伸してる」

「それで見つかる頃には帰ってきてますよ」

 

出動が無くても待機してないといけない最低人員に数えられてる律さんは衛星を使って遊んでるけど、アリアさんの事が気になるというのは本心なんだと思う。

 

これまで一度たりとも有給なんて使わなかったアリアさんが突然行き先も告げずに何処かに行くだなんて、余程の用事が入ったんだろう。最近はクラスメイトの人とも上手く付き合えてるみたいだし、帰って来てからも楽しそうに学校の事を話してくれるから変な事は考えていないと思う。

 

だけど司令達が考えてる通り、アリアさんの中にあるセイキロスは無茶を通り越して無理を通してしまう。あの力があればきっとこれまでアリアさんが諦めていた道も開けてしまう、それがどんな道でもきっと押し通れるくらいに。

 

「心配しなくていいよ、しずちゃん。ティナはちゃんと帰ってくるから」

「……だといいですが」

「私が帰って来れたんだよ?ティナなら大丈夫大丈夫」

 

私が真面目に心配してると律さんも心配しなくていいと言ってくれるけど、天使の一件の後でもケロっとしている律さんと違ってアリアさんはナイーヴな面があるから、誰かが見ていないと無理をするに決まってる。

 

アリアさんを信頼してるからこそ誰かが側で支えていないといけないんだ、私達は一人で戦ってる訳じゃないんだから。

 

時間を持て余していた私も開発も最終段階に入った私専用の哲学兵装『魔弾の射手』の進捗状況を確認していて暫くしていたその時、司令室内に災害発生を報せるアラームが鳴りモニターに発信源が表示されると日本国内の湾岸が映し出された。

すぐにオペレーター達が現地との連絡を始め、私と律さんもすぐに現場へ急行できるよう扉の前で待機した。

 

「船ですか!?」

「いや、海底トンネルで爆発が起きたようだ!装者は現場に急行するんだ!」

「「了解!」」

 

司令からの指示を受けた私達もすぐに司令室から出て切歌さん達のお蔭で完成した『転移室』に入った。

 

日本各地で災害が起きた際に迅速に対処できるよう開発された最先端技術と錬金術の結晶、壁に備え付けられたタッチパネルで場所を選択する事でそこに対応した錬成陣が部屋の中央に現れ、其処を踏むだけでその場所に飛ばされる画期的なシステムだ。

帰りが徒歩になるという点とマーキングは人力で行う必要がある所為で海外は主要都市しかマーキングできていない点は欠点になるが、それを補い上回る利便性があるから1秒を争う今回こそ使い所だろう。

 

現場に一番近い福岡の消防センターをマークした錬成陣を選択し、私達が足を踏み入れると身体は一瞬で消防センターの屋上へと飛ばされ、一瞬遅れて意識も付いてくると思わずふらついたけど作戦行動に支障はなさそうだ。

 

「《enjerr Ichaival tron(灰色の世界を音色で燃え上がらせよう)》」

「《floreas Amenohabakiri tron(天上に裂き誇れ、無垢なる刃よ)》」

 

現場まで数キロ、時間は少しでも惜しいから消防センターから飛び降りながら聖詠を歌い上げると全身を光の粒子が包み、胸の底から歌が込み上げてくるとそれと同時に力も湧いてくる。

 

歌で世界を救う為に手にしたイチイバルの力、顔も覚えていない私の両親を殺した破壊兵器だって使い方を考えれば人を救えるんだ。

 

シンフォギアの装着が完了し、両腰に付いているアームドギアの箱型火薬庫から小型のドローンを大量に掴んでから空中に投げた。

地上に落ちる前にドローンを足場にして着地して次に飛び移る瞬間、ドローンを爆発させる事で跳躍力を更に向上させて二人で繁華街のビルの隙間を高速で駆けていき、海が近づいてくると現場の方角から黒煙が上がっているのが確認できた。

 

「しずちゃんミサイル出して!」

「はい!」

 

ドローンでの加速有りとはいえ跳躍では遅いから火薬庫から新たに小型ミサイルを数本取り出し、空に放り投げるとそれを律さんがアームドギアを変質化させたピアノ線で縛りあげ、私も律さんに掴まった瞬間ロケットを点火させると強力な推進力を得た私達は空を勢い良く飛んで行った。

 

そして目的地上空に着いたらミサイルを上方へ軌道修正させ、水平軸への慣性を殺してから地面に跳び降りると、現場で作業していた消防士や警察官はこれまでの到着予定時間を大幅に短縮出来ているから驚いているようだが今は説明している時間はない。

 

「状況は?」

「と、トンネルの中央で玉突き事故が起きて車が炎上し爆発したようです。怪我人も多く、場所が場所なので救助が困難な状況です」

「そうですか。対岸も同じ様子ですか?」

「はい。我々は何をすれば?」

「私達は要救護者を探してきます。皆さんは出来る限り安全な場所から避難誘導と怪我人の手当も。それと野次馬も近過ぎます、離してください」

「了解しました!」

 

端的に必要な情報を聞き出し、必要最低限の指示を出すと現場の人達もそれに従ってくれたから私達は黒煙で視界の悪いトンネル内へと駆け出していった。

 

黒煙が充満する中で被害を免れた人達が命辛々に横を通り過ぎて行き、怪我人は未だ見えないから車の上を跳び歩いていくと次第に腕を抑えている人や足を引きずっている人が増えてきた。

 

「まだ怪我人はいますか!」

「あっ、あっち!」

「ありがとうございます!」

 

下り坂になっているトンネルの奥へと進んでくると段々すれ違う人が少なくなっていき、下り坂が終わり事故現場が見えてくると、玉突き事故を起こして炎上している車達の中央には今は見たくなかったタンカーが両車線に跨って止まっていた。

 

運転席に取り残されているタンカーの運転手も外傷は少なくその中で気を失って取り残されているのが見え、タンカーが爆発したら私達でも一溜りもないから上の判断を待っていられない。

 

「律さん、後どの位人が残ってるか確認お願いします」

「了解、タンカーの人は任せたよ」

「はい」

 

障害物を気にせずすり抜けられるアームドギア『位相差障壁』を持っている律さんに残る怪我人の確認を任せ、私はまずは一番危険な場所にいるタンカーの運転手の方へ向かうと周囲は怪我人以外にも亡くなっている人も少なくはなく、此処から連れ出してあげれないのは申し訳ないけど今は生きている人達が優先だ。

 

なんとかタンカーまで辿り着けたからドアを引き剥がして脈を測るとやはりまだ生きていて、私が担ぎ上げると律さんが隣で姿を現したけど表情は芳しくなかった。

 

「タンカーの向こうに10人、けど殆どの人が起きなかった。こっちは7人で意識はあるけどドアが開かなくて動けなかっただけの人が多かった。タンカーの限界まで時間も残ってないし、選ぶしかないよ」

「司令聞こえてますか?」

『ああ。何方の方がより多く助けられる、直感でいいから教えてくれ』

「私は7人の方かと。逃げられるように車体は切り刻んで私達が補助しながら走れば間に合います」

『分かった。その通り動いてくれ』

 

司令から律さんの判断を採用するように伝えられると律さんも素早く行動に移り、悔しいけど現実は変えられないから私も天井に杭状の爆弾を撃ち込んでから車から逃げ出せた人達の後を追って走っていると、背後でガソリンが気化したのか更に爆発が起きた。

 

その爆風で車の破片が飛んできたけれど律さんが壁に仕掛けていた動体センサーが作動し、短剣を雨のように降り注がせる『鳳仙落花』が自動で発動し破片は地面に撃ち落とされた。

 

だが安心したのも束の間、火の手は更に強まりタンカーの周囲は既に火の海と化していた。

 

「律さん、交代して下さい」

「……了解、すぐ戻るよ」

 

このままではタンカーに火が点いてシンフォギアを纏っている私達は大丈夫でも助け出した人達は熱と煙で死んでしまう。

 

助けられる命と見込んで選択した7人の命は譲れないから運転手は律さんに任せ、私は出口までの登り坂の手前で振り返ってから火薬箱の中からクリスさんの見様見真似で作ったリフレクターを取り出した。

 

クリスさんは銃器という形でエネルギーの扱いに長けていたからリフレクターという応用を効かせられた、対して私はエネルギーを爆発させる物理攻撃でしかないからあれ程綺麗には出来ないし出力も足りない。

 

出力を上げるなら薪をくべるしかない。

 

「《Gatrandis babel ziggurat edenal》

 《Emustolronzen fine el baral zizzl》

 《Gatrandis babel ziggurat edenal》

 《Emustolronzen fine el zizzl》」

 

実戦では初めて単独での絶唱を歌い切り、堰を切ったようにフォニックゲインが私の制御を無視して増大を始めると私が手に持っていたリフレクターが煌き始め、空中に放るとスタンドグラスのように薄い結晶体へと姿を変えてトンネル内を分断した。

 

そして錬金術の障壁まで混ぜ込むと結晶体は黄金色に輝き出し、これだけのフォニックゲインを生み出してもまだ吸い尽くそうとしてくる。一人での絶唱は身体に毒だと分かっていたけど、全身を貪られる様なブックファイアと口の中に感じる血の味は確かに心地良いものではない。

 

タンカーに火が点けば爆風で両方の入口が吹き飛んでしまう、対岸はカバーのしようがないし此方が塞いだからその勢いの分だけ対岸が危険に晒される。

装者の攻撃で崩落というのは体面上悪いから念の為のつもりだったけど、7人の命には変えられない。

 

せめてタンカーの爆発は回避する為にタンカーの真上に仕掛けていた杭状の爆弾を起爆すると、本来は岩盤を砕くような爆弾で前方に威力を集中させているから厚いトンネルの外壁も簡単に打ち砕き、爆発で出来た大穴からは滝のように凄まじい勢いでトンネル内に水が入り込み始めた。

 

それなりに離れているのにものの数秒で足元まで水が上がってくると障壁が防いでくれたけど、次第に水嵩が増してそれに応じで水の圧力も増してきた。

時折流されてきた車が障壁にぶつかると一瞬ヒビが入ったけれどすぐに修復され、リフレクターの性質を理解した私は障壁に手を付いてフォニックゲインの供給を怠らないように身構えた。

 

自動修復、イチイバルらしい能力ではあるけどフォニックゲインの供給が止まると恐らくは割れてしまう。けど律さん達は坂を半分も登れていないし、これ以上は私だけじゃ保ちそうにもない。

 

『しずちゃん大丈夫?』

「私は気にしないでください。自分で何とかします」

 

だけど此処で弱音を吐いちゃダメだ。私は雪音先輩からイチイバルを引き継いだんだ、雪音先輩なら絶対に弱音なんて吐いたりしない。力が足りないならもっと歌えばいい、命は燃やすためにあるんだから。

 

「《Gatrandis babel ziggurat edenaッ、ゲホっゲホっ!?」

 

絶唱の重ねがけで更にフォニックゲインの制限を外そうとすると歌うだけでも肺に激痛が走り、頬に生温い液体が伝ったけどその程度歌わない理由にはならない。

 

早く歌い切るんだ。私にはアリアさんみたいに特別な力も、律さんみたいに類稀なセンスも、譜吹姉妹みたいな強力なユニゾンも、ガリィみたいな圧倒的な経験値もない。もっと強くならないと、もっともっと出力を上げて皆を守らないと!

 

『おっ、生き急いでんねー』

『姉さん、早く手当てしてあげて』

 

全身が爆発しそうなくらい悲鳴上げても二回目の絶唱を歌い切ろうとしたその時、後ろから突然知らない人の声が聞こえると背後から抱き締められ、代わりに私と大差ない位の女の子が障壁に手を当てた。

 

どうやって此処に来たのか、そこを考える余裕なんてないけど生身で触れていいものではないから早く振り解こうとしても私を抱き締めている人の力はとても生身とは思えず、顔を見上げると灼髪のショートヘアの女の人は私の額に手を当てて緑白色の光を放ち始めた。

 

すると次第に思考能力が障害が出るほどの痛みが引いていき、女の人の手が少しずつ下がってくるとそれに従って触れている箇所の痛みも取れていった。

障壁に触れている女の子も触れている箇所から私が作った障壁を再構築を始め、取り敢えず混ぜ込んでいただけの錬金術とエネルギーの障壁を完全に固定化してみせた。

 

「完成、これで割れない」

「貴女達は……」

「んー、人を助けるのが目的の古代人ってところかな?」

 

 

 

 

「あの状況で7名も助け出したんだ、最善を尽くした結果だろう」

 

海底トンネルでの救助活動を終えて本部に帰還してから活動報告を翼さんに提出すると、しずちゃんがメディカルチェックで居ないからか率直に本心を語ってくれた。

 

あの状況では私だけだったら七人も救い出せるかは怪しかった。しずちゃんが爆発を阻止していなかったら私達でも危うかったし、水を止めてくれていなかったら何人かは間に合わず溺れ死んでいただろう。

全員を救い出せなかった事をしずちゃんは気にするかもしれないけど、これが現実的な救助活動の限界なのだから翼さんの言う通り十分誇っていい成果だろう。

 

「それで、その三人は帰ったのか」

「はい。自ら先史時代の古代人と名乗り、トンネルを出てからは少し話した程度で去って行きました」

「先史時代の古代人、無関係と考えるのは流石に無いな」

「フィーネと同じ先史時代の巫女達、一人は男性でしたが恐らくは同等の力を持っているかと」

 

しずちゃんが二回目の絶唱を使おうとした時、突然しずちゃんの後ろに現れた二人の巫女とトンネルの反対に現れた男はトンネル内に飲み込もうとする水を止めれるだけの障壁を張った。

 

そして一人は絶唱のバックファイアでダメージを負っていたしずちゃんの身体を触れるだけで治し、メディカルチェックの進捗を見るに極度の疲労以外は問題もなさそうだ。

 

短時間での二度の絶唱は今の所誰も試したことはない。というよりも、試すまでもなく身体が保たないのはしずちゃんも分かっていた筈だ。それでも命を救う為に自分の命を使おうとした。

七人の命としずちゃんの命、それを冷静に判断できてない時点で私も気付くべきだった。

 

「フィーネと同等なら確かに徒党を組まれると厄介だな」

「私はフィーネを見たことがないので分かりませんが、話している様子はそこまで不審には感じませんでした。ただ、此処に連れてくるのは危険だったのでそのまま帰しました」

 

『アンタ達がシンフォギア装者って奴ね。面白いもん着てるなー、ちょっとアタシに見せてよ』

『寄らないでください』

『おっと、物騒なもん向けないでよ』

 

トンネル内から生存者を運び出すと消防隊の人達がすぐに後を請け負ってくれたからしずちゃんを助けに行こうとすると、二度も絶唱を歌おうとしたのにトンネルから自力で戻ってきたしずちゃんの隣にはさっきまでトンネルに居なかった正体不明の二人が立っていた。

 

今回の事故を引き起こした犯人かと思って剣を構えると背の高い方は両手を挙げたけど、錬金術師なら手を使わなくても攻撃できるから警戒しているとしずちゃんが私が構えていた剣先の前に立って首を横に振った。

 

『この人達は私を助けてくれました。古代人、そう名乗ったのでまず間違いなくメキシコの件で目覚めた人達です』

『おっ、チビちゃん賢いね』

『しずちゃんが洗脳されている可能性もある。今のしずちゃんの言葉を鵜呑みにはできない』

『……そうですか。それじゃあ後でまた…はなしを…

『しずちゃん!?』

 

私が見てない所でしずちゃんに何かされている可能性を捨てれなかったから剣を下ろさずにいると、しずちゃんは少し寂しそうな表情を浮かべた。

 

するとすぐに糸が切れたように倒れそうになったからすぐに抱き留め、同時にしずちゃんに触ろうとしていた女に剣先を向け直すと女は呆れたように手を下ろした。

 

『自分の仲間よりコッチの心配とは、笑っちゃうよ。ドルチェ、ラルゴ、早く帰ろ』

『うん。貰ったパソコンの説明書を読む』

『ドルチェは真面目だな、感心感心』

 

早くもスポンサーを見つけたのか、身寄りもない筈の古代人が私への興味無くしてそんな事言いながらその場から忽然と消え去った。

錬金術以外の転移手段があるとは思っていなかったから私も詳しい話を聞け出せなかったけど、しずちゃんの状態の方が最優先だと考えて切歌さんに連絡してから本部に帰ってきた。

 

話を通しても交戦の意思は感じなかったから恐らくは本当にシンフォギアを見に来たのだろうけど、ああも簡単に立ち去られては現状では決め手に欠けてしまう。

 

「戦って勝てそうか?」

「………司令がそう望むなら」

 

相手にその気があるなら打つ手は思い付くけど、翼さんに戦う場面を考えていると見透かされしまい、笑われると気恥ずかしくなって顔を背けた。

 

「確かにカ・ディン・ギルを造ったのならば危険な存在である事には変わりない。だがフィーネと同じ目的ならばそれは既に終わった事だ。バラルの呪詛は完全に破壊し、フィーネの魂も宿願を叶え輪廻から解き放たれた事を伝えれば共存の道もあるだろう。現に静香は身体を癒され、脳波にも異常は見られない」

「そうですけど……」

「それにS.O.N.Gは戦う為の組織ではない。世界の調和を守り、正義と信念を貫き通す組織だ。本拠地を置く日本、世界中で活動する為に必要な名前を与えた国連、双方からの圧力も我々は成果で捻じ伏せてきた。今後私達の跡を継いでいく百合根にもそこを理解して欲しい」

 

S.O.N.Gは翼さんや立花本部長達の命懸けの努力と汗で世界中からの信頼を集めた組織で、矛盾しない平等な信念があるからこそどの地域においても相応の対応をして貰える。

 

これが私みたいに戦いを前提に考えている人間ではいずれ不和が起きる、それを翼さんは危惧しているし私に普通の幸せを手に入れる機会として教えようとしているんだろう。

 

「翼さんなら味方が操られている可能性がある時、剣を向けますか?」

「静香に向けたのか」

「凄く寂しそう顔をしてました。私が疑う理由は分かってくれてる筈だけど、あの表情はそう何度も見たくはないので」

「そうか。だが私でも剣を向けただろう、それが装者としての責務だ。個人の感情を優先する訳にはいかないからな」

「……そうですよね」

「だが、その後ちゃんと謝罪もする。背中を預ける友に剣を向けたのだ、それが人としての礼儀というものだろう?必要な事だったからと言っても、それは礼を欠いていい理屈にはならない」

 

これまで特に必要としてなかった人とのコミュニケーション能力の欠如がこんな形で出てくるとは、上手く溶け込めてる気はしてたけどどうやら甘かったみたいだ。

 

人を斬って謝るだなんてした事がないから確かにその考えはなかった。お互い役目を果たしただけなのだから気にしないと思ってたけど、しずちゃんも意外と職務に感情を持ち込むタイプだったようだ。

 

「百合根にもいつか剣に迷いが現れる日が来るだろう。その時にどうしたいと思うのか、どう道を斬り開くかで百合根も自分の在り方を見つけられるだろう」

「剣に迷いなんて出ませんよ。今回の件は私が鞘走っただけのこと。障害は斬って捨てるだけ、それが私の在り方です」

「そういう所も昔からすれば大きく変わった所だ。今はそれでもいい、だが大事な時に見誤るなよ」

 

幼い頃から風鳴家の障害になり得る存在を片っ端から闇に葬ってきた私が今更躊躇う事なんて有り得ない。そう言っているのに翼さんは朗らかに笑うとどうも調子を崩され、特段他の用事もないから司令室から退出すると丁度しずちゃんと鉢合わせた。

 

「さっきはごめんね」と翼さんに言われた事を早速実践するとしずちゃんも特に気にした様子もなく「あの状況なら仕方ありません」と横を通って行き、一安心した私も自室に戻っていった。

 

 

 

「アリアの同僚の……アリアがお世話になっています」

「いえ、ご存知かと思いますがアリアはかつてない程の逸材ですので私も助けられています」

 

アリアと同い年くらいの印象を受ける少女から発せられる言葉はそのどれもが公務員の様とでも言うべきか、行儀の良い言葉ばかりでシャルロッテも困惑しながらも言葉を返すとクラウディアは話を続けた。

 

「貴女を見つけるのに随分と時間が掛かりました。髪の色も目の色も違う、背丈も一回り貴女の方が小さいので代理の方かと」

「いえ、仕方がありませんよ。私自身、あの子とは似ても似つかないと感じているので」

「アリアは養子なのですか?」

「信じては貰えないでしょうが正真正銘私の娘です。父も茶髪なのにあの子は綺麗な金色の髪をしていて、それが元で別れました」

「それは、大変だったでしょう」

「ですが、そんな中でもあの子は強く生きてくれていたのが幸いでした。きっと自分の置かれた環境を理解していたのに文句の一つも言わず、私を気遣ってくれていた」

 

誰よりも頭の良いあの子は誰よりも私に優しかった。家族からの信頼すらも失った私にはあの子しか居なかった。

だけど、あの子を育てられる程私は頭も良くないし身体も強くはない。あの子が本当の意味でやりたい事を見つける為には私が手放すしかなかったんだ。

 

アリアと生活についてはシャルロッテも院長に話をした事がなく、クラウディアも初めて知る話を興味ありげに聞いていて、シャルロッテが答えられる事は全て答えるとクラウディアはメモを取るわけでもなくシャルロッテの目を見つめていた。

 

そしてシャルロッテが知っているアリアの過去を伝え終わるとクラウディアは何を言うわけでもなく窓の外に視線を向け、シャルロッテも釣られて視線を向けると其処には元々約束をしていた公園のベンチで座るアリアの姿が見えた。

 

「アリアは私が此処に来ている事を知りません。今日は私の独断で来ました」

「アリアの話を聞きに来たのではないのですか?」

「ええ。私は貴女にアリアと会う資格があるかを確認しに来ました」

 

アリアに会う資格、そう告げられたシャルロッテは胸の奥まで氷柱で突き刺されるような寒気と恐怖を感じた。

 

アリアは国連が管理している組織の重要な存在、今まで関わっていなかったのにこのタイミングで声を掛けた事がどう捉えられたのか。アリアの生みの親といえどシャルロッテは母親としての資格ならとうに無くなっていると思っていたからだった。

 

「施設に預けた事情は先程の話で理解しました。女手一つでアリアを育てるというのは当時の家庭環境では金銭的にも大変だったでしょう。ですが、それは今と何か変わっているのですか?見る限り、まだ独り身のようですが」

「……何が言いたいんですか?」

「貴女がアリアがS.O.N.Gにいると知ったのは恐らくあのインタビューでしょう。S.O.N.Gは立花響の活躍によって公になった国際組織、給料も決して安くはありません。貴女は」

「もしそれ以上言ったらたとえアリアの同僚だとしても叩きます」

 

だがクラウディアがその言葉を言い切る前に、シャルロッテは声を震わせ込み上げてきた怒りを理性で抑えつけながらクラウディアを睨みつけ、クラウディアはその様子を見て言い出そうとしていた言葉を飲み込んだ。

 

決して良い母ではなかった、けど自分で遠ざけた娘に生活費の打診をする程落ちぶれてはいない。アリアを手放した事をどんなに貶されようとも受け止めるつもりだったけど、その想いまで踏みにじるようなら話す事なんて一つもない。

 

シャルロッテに残っている母親としての自覚が侮辱とも取れる発言を遮り、クラウディアもその様子に少し安心してから頭を下げた。

 

「アリアの母親である事、そして今の態度から私の発言が無礼であった事はお詫びします。ですがそうでなかった場合、貴女が罪悪感からアリアとの再会を望んでいるのなら私は貴女を止めるしかない」

「何故ですか?」

「『英雄にならないといけない』、アリアは以前私にそう言いました。最初はその強い正義感から言葉かと思っていましたが、最近のアリアを見ていると根本から違う事に気づきました」

「違う?」

「『誰かに愛されたい』、その想いが今のアリアの原動力になっていると私は考えています」

 

S.O.N.Gに入って人助けをしているアリアを誇りに思っていたシャルロッテがその言葉を聞いた瞬間、シャルロッテの思考は止まってしまった。

 

「アリアは父に見捨てられ、貴女だけが頼りだった。誰よりも賢いアリアは貴女にだけは迷惑をかけまいと余計な習い事は避け、貴女を支えようとしたけど結果として貴女はアリアを手放した。今は多少感情を表に出す事もありますが、アリアも相応に甘えたい時期に甘えられる相手を失い、自分の感情にも疎くなってしまったんでしょう。私も同じ頃に両親を失い妹と二人で生きてきたので、支えがないと人は歪んでしまうと理解しているつもりです」

「………」

「アリアは自分の想いの正体にも気づかぬまま誰かに必要とされたくて、誰かに愛されたかった。無償でなくともその身で出来る事なら何だってしようとした。そして、貴女も知っての通り私達の小さい頃は皆に愛されるヒーロー、まごう事なき英雄が毎日のようにテレビに映っていました」

 

世界の崩壊を救い、欧州の救助活動で活躍する立花響がテレビに映らない日は無かった。アリアの目には命を救う尊さよりもいつも誰かに囲まれているその姿が羨ましくて仕方が無かった。

 

その歪んだ感情を植え付けたのが自分自身だと理解したシャルロッテは顔を落としたが、クラウディアはそのまま言葉を続けた。

 

「誰かに愛されたい、そんな小さな願いを叶える為にアリアは誰かを救う英雄になりたいと願い、そして自分でも分からない内に手段が目的へとすり変わっていった。愛されたいという自分でも分からない強い感情を抑えつける為に誰かを助け続ける、アリアの異常なまでの正義感はそこが所以でしょう」

「……私に、どうしろと?」

「アリアは貴女から手紙を受け取り、場所を憚らず泣いていました。きっとアリアは今でも貴女に愛されたいと願っているし、当然貴女もアリアを愛している筈です。ですが今のアリアが誰かに愛されたいという欲求を無くせば、S.O.N.Gからも抜けて貴女との生活を望むでしょう。今まで手にした地位も名誉も投げ捨て、失った貴女との時だけを願うでしょう」

「………」

「貴女に、その覚悟がありますか?」

 

アリアが独りで生きてきた時間が、アリアが愛を望んでいた時間が生み出した業とも呼ぶべき強い感情を受け止められるのか。

世界でも数人しかいない装者になってまで誰かに愛されようとした娘の想いをたったと1人で受け止められるのか。

自分を捨てたと理解していた相手からの手紙ですら涙を流して喜ぶ娘を抱き留める資格があるのか、シャルロッテは想いを巡らせると涙を零し出した。

 

愛しているのに、愛していると伝える事が何よりも娘の人生を妨げると知ったシャルロッテは返す言葉が見つからなかった。

シャルロッテが苦悩する様子を見つめるクラウディアもその姿を見て、心の奥底では『羨ましい』と思ってしまっている自分を戒め、制服のポケットから名刺を取り出すとシャルロッテの前に差し出した。

 

「アリアの近況が知りたいのであれば、私が個人的にお伝えします。アリアもいつかは装者を辞める日が来る、その時に貴女がずっと見守っていたと知れば穏やかな気持ちで再会もできると思います」

「はい…っ…」

「帰る場所があるアリアの事は何があろうと全力で守ります。それがアリアへの贖罪であり、今を諦めて貰った貴女への償いです」

 

両親から捨てられたクラウディアが新たな家族と決めた名前、『譜吹 空』と書かれた名刺を置いてから席から立ち去るとシャルロッテは外で待つ娘を見つめ、そして今できる最大の愛情表現としてその場から後を追うように去っていった。

 

 

 

「うぇ〜ん!司令がぶった〜!」

「大うつけ者共!二人して視察から抜け出すとは何事だ!」

 

イギリスとイタリアに視察で向かっていた二人が視察を終えて揃って帰ってくると、視察期間中に抜け出した事を報告された司令はいつも通り二人を怒鳴り散らしていて、懲りない二人は正座をさせられながら泣き言を言っているがそれ等を無視して私達は報告書を眺めていた。

 

「やっぱりカ・ディン・ギルはそこら中にあるみたいだね」

「起動コードさえ入力しなければ大丈夫とはいえ、いつ古代人達が使うかと分からないのでやはり中核は破壊すべきですね」

「お二人の言う通り、充填型のカ・ディン・ギルは一発限りとはいえ世界中にあると同時起動された際の対処は困難を極めるので破壊すべきです」

「また世界遺産ぶっ壊すんデスか。響さんが書く報告書が増えまくりデスよ」

「世界の平和の為、仕方ない。ちょっとは手伝おう」

 

切歌さん達が調査した結果、新たなカ・ディン・ギルはそれぞれ似通っているものの細部は異なり、製造年代も成分分析から資料が残っている通りらしく、幾つかは時間が足りず発射する為のエネルギーまでは賄えていないらしい。

 

確実に月を壊すにしても少しおざなり、というよりも月を壊すつもりが無いようにも感じる。壊す以上に何かを示そうとしてカ・ディン・ギルを造る事自体が目的だったとしたら?

 

『んぁー、そっち片付けといてー。ミカちゃんはゴミ捨てよろしくー』

「ガリィ、掃除しながら会議に参加しないで」

『あのね、アタシ忙しいの。アンタらとは違って家の掃除もやらなきゃいけないし、バカ飼い主の送り迎えまであんの。アンタらがしっかりしてたらアタシはこんなに忙しなく働かなくていいの。ったく、こんな話受けるんじゃなかった』

 

普段はかつてアガートラームの装者であったマリア・カデンツァヴナ・イヴの従者を務めているガリィが生活音を鳴らしながら会議に参加してるけど、本来その素性故にS.O.N.Gの切札でもあるガリィが会議に参加してる事自体異例ではある。

 

人の身では危険な作戦もガリィなら容易にこなせるから便利ではあるけど、本人にまるでやる気がないから何処まで頼れるのかは未だ疑問が残る。

 

「ちゃんと手柄取ってきたのに〜!」

「手柄?また何か壊してきたのか!?」

「古代人のパソコンに発信器付けたの〜!」

 

カ・ディン・ギルを壊すとして何処から壊すのが手っ取り早いかを模索していると、私達の後ろで怒られている海未さんが涙声でそう叫んだ。

 

一瞬聞き間違いかと思って振り返ると司令も目を丸くしていて、聞き間違いではないのだろうけどどうやって古代人とコンタクトを取ったんだ?

 

「本当か?」

「本当だよ〜!何か凄っごい変な雰囲気がしてて〜、一応付けとこ〜って思ってたら、しずちゃん達が会った古代人がパソコン持ってたなら多分合ってる筈でしょ〜!」

「な、何でそれを早く言わない?」

「言う前に司令が怒った〜!」

「す、すまない。悪かったな」

 

その凄い変な雰囲気というのが偶然合っていたのなら、その違和感の正体が分かれば探知できるかもしれない。根っからの野生児の海未さんならではの功績だ。

 

「その違和感とは?」

「えっと〜、グルグルしてる感じ?」

「どういう意味ですか?」

「何で言えばいいかな〜?その、普段は大人しいのに、あの子に近付いているとグルグルってしたの」

「……共鳴?」

「それかも〜!」

 

海未さんが天然ボケをかまさない内に詰め寄って聞き出そうとすると余りにも抽象的な例えに戸惑ったけど、律さんがそこから答えを引き出すと海未さんもそれに納得した様に頷いていた。

 

古代人にペンダントが反応している?探知機能なんて付いてはいないけれど、長い時間の中で人々のフォニックゲインに変化があったのならば原初の者達の力は確かに聖遺物を用いたシンフォギアに共鳴するのかもしれない。

 

その答えを元にエルフナインさんも私達が出会った時のデータを分析し始め、思わぬ成果を挙げていた海未さんは得意げに立ち上がると空さんもそれに乗じて立とうとしたが司令に頭を手で抑えられていた。

 

「海未は自分なりの行動だと分かった。空は何か弁明はあるか?」

「ありませ〜ん」

「私には言えない事をしていたんだな?」

「知りませ〜ん」

「全く、お前達が意味も無くそういう事をしないというのは分かってる。だが過度な単独行動は組織の分裂を招く。個である前に群である事も忘れるな、いいな?」

「「は〜い」」

「エルフナインの分析が終わり次第、捜索にあたる。全員今から待機しているように」

 

古代人を見つけ出す手段が見つかった事で此方から手が打てるようになり、待機命令を出された私達は司令室から出ようとすると「静香は残れる」と言われ、律さん達とは別れると司令は少し不安げな表情を見せていた。

 

何となくだけど理由も察する事ができた。

 

「アリアが休んでからもう4日だが、まだ一度も連絡が来ない。申し訳ないが、静香にはそっちを頼みたい」

「構いませんが、行方が分からないので何処から探せば?」

「ローマのスペイン広場だ。そこで人と会うと聞いている」

「知っていたんですね」

「アリアは詮索を嫌うからな。聞かれるよりも最低限言っておく方がいいと思ったんだろう」

「分かりました。それじゃあ切歌さんと行ってきます」

「頼んだぞ」

 

アリアさんが連絡も無し、そして休みを勝手に延ばしているのは司令も気掛かりなのか私に頼んできたから私も了承した。

 

切歌さんに頼んでローマに飛んで貰うとイタリアは雨季に入っているから大粒の雨が降り注いでいて、持ってきていた傘を差してから切歌さんと夜のローマを歩き出したけど、正直私が選ばれた理由はきっと喜べるモノじゃないから内心複雑だった。

 

アリアさんは何があろうと規則を守るし、守れないのならそれを事前に言う位の常識も当然持ち合わせている。なのにこんな事になるなんて余程の事だ。司令は何かに巻き込まれたのではなく『そこから動いていない』、そう予想してその場合の最適解として年下の私を行かせた。

 

少なくともアリアさんは私に弱みを見せたりしないから、何が起こっていても帰ってくるだけの気力は湧くと判断したんだろう。

 

「うぅ、寒くないデスか?」

「もう11月ですよ。何で半ズボンなんですか?」

「お洒落デスよ。チャチャっと連れて帰るデスよ」

「分かってます。早く見つけましょう」

 

もう11月だというのに薄着の切歌さんが寒そうにするから早く見つけようと足を急ぎ、スペイン広場に着いたから公園の中を見回してみると私達はすぐにアリアさんを見つける事ができた。

けど、暗い雰囲気にならないように会話をしようとしていた切歌さんも絶句して言葉を途切れさせ、私もアリアさんの様子に心情を察したから切歌さんにはその場で待って貰った。

 

雨が降り頻る中、たった一人でベンチに座って俯いているアリアさんの側に寄り、傘を閉じてからその隣に腰掛けるとずぶ濡れのアリアさんは少しだけ顔を動かして私を横目で一瞥するとまた視線を落とした。

 

「風邪をひきますよ」

「……そうね」

「……きっと、何か用事が出来たんです。アリアさんは悪くありません」

「……そうね」

「まだ残りますか?お供しますよ?」

「………………帰るわ」

 

恐らく四日間何も飲まず食わずで此処で座って待っていたアリアさんは長い逡巡の後、私の方をしっかりと見て微笑んでいたけど張り付いている笑顔の痛々しさに私の方が涙を溢してしまった。

 

ずっと逢いたかった人と逢えると信じたアリアさんの喜びも、裏切られた悲しみもその笑顔からは見て取れない。だけどいつも笑顔の奥に悲しみを隠してきたんだとしたら、アリアさんにとって今は隠せない程に動揺しているんだ。

 

誰よりも優しいアリアさんが報われない事なんてあってはいけない。だから私がその手をしっかり掴んで歩き出すとアリアさんは弱々しい足取りで歩いてくれた。

 

誰と会おうとしたかなんて私は興味がない。でもアリアさんがこれだけ真摯に待っていたのに現れもしないだなんて、そんな人にアリアさんが振り回される必要はない。たとえどんな過去があろうとアリアさんは私達の家族、今更過去を振り返る必要なんてない。

 

「今度授業参観があるんです。アリアさんが良ければ来て貰えませんか?」

「……駄目よ、私は保護者じゃないもの」

「でも家族です。親じゃないとダメなんて書いてませんでした」

「……そうね、時間が空いていれば」

 

何があろうと私がアリアさんを守るんだ。アリアさんが帰る場所は私達が居る場所なのだから。


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