私は甘かった。
捨てたと思っていた過去が目の前にやって来るとついその幻想に手を伸ばしてしまい、周りの人達に多大な迷惑をかけてしまった。
『残り20秒』
私一人でのセイキロスの連続稼働時間はたったの30秒、それ以上は私が制御し切れないから使わないようにしているけど、他の装者からシンフォギアを受け取れば時間を上乗せすることができる。
私の中にある歌の形をした完全聖遺物『セイキロス』がどういった経緯でこの身に宿ったのかなのかは分からないけれど、私に覚えがないという事は私が生まれる前にあの人が持っていたか、生まれる前の私に宿ったのかもしれない。
でも力の出所なんて大した興味も無い。あの人が私に一人で生きられるようにくれた力なら私はそれを使い熟せるようになるまで。
『残り15秒』
セイキロスの加護によって全身から溢れ出るフォニックゲインを足のプロテクターに回し、かつて響さん達が別次元にて葬ったネフリィムの完全体へ飛び蹴りを叩き込むと巨体のネフィリムは大きく蹌踉めき、プロテクター内部のギアが回転しながら蒼い電光を放つとその巨体を貫いてその背後に回った。
だがネフィリムはその場で再生を始めたから身体を翻し、息の根が止まるまで連続で飛び蹴りを繰り出してその身体を貫いていくと次第に再生が間に合わなくなっていき、最後に心臓を貫くとその身体は再生が止まり自壊を始めた。
『残り10秒』
「タイマーストップ」
ネフィリムはキャロル=マールス=ディーンハイムの翠色の獅子機やアダムといった人間のような意思を持つ兵器とは違い、目的を果たす為だけに動く昆虫に近しい行動原理だからサンドバッグ代わりには丁度いい。
セイキロスの稼働時間は全く伸びないけど、その使い方は少しずつ慣れてきて討伐タイムも縮んできてるから実戦で使っても然程問題はないだろう。余りある破壊力で周囲に影響が出るかもしれないけど、仕方がない犠牲もあるのが世の常だ。
全てを救うなんてのは所詮は夢物語でしかないのだから。
「履歴削除」
『お疲れ様でした』
シンフォギアを解除してから腕時計を確認すると短針は既に7時を回っていて、かれこれ3時間通しで続けていたみたいだ。S.O.N.G本部のトレーニングルームも錬金術、そしてテスラ財団の科学力を応用して決戦級のトレーニングも可能になってからは実戦とほぼ変わらない負荷を掛けることができる。
久し振りに疲れるまで身体を酷使したからシャワールームで汗を流し、制服に着替えてからS.O.N.Gの職員に学校まで車で送ってもらうと登校している生徒達は皆普通の生活を謳歌していて、その生活を守っているのだと思うと少しは役に立てているのだと実感できる。
でもまだ足りない、もっと成果を上げないと響さんには追いつけない。あの古代人達が私をフィーネと勘違いしているのを利用すればより多くの危険分子を排除できる筈。セイキロスの本当の使い方だって知ってるかもしれない。
セイキロスを際限なく永遠に纏い続ける方法だって知ってるかもしれない。
「………っ、止めてください」
「えっ?」
この世界を守る為に今すべきことを考えていると通り過ぎていく道を歩く人達の中にその姿が見えて思わず車を止めるように頼み、職員は半ば急ブレーキ気味に止まってくれた。
後ろではあわや追突しかけた車がクラクションを鳴らしているけど、ナンバープレートが外交官用の物と気付くや否やすぐに追い越していき、「あとは歩きます」と言ってから私も車から降りると職員もその場を去っていった。
突然のことで周囲の目を引いてしまったけど、車から降りたのが私だと気付いたその人は可愛らしい笑顔を咲かせてから駆け寄ってきた。
「今の車アリアちゃん家の!?」
「あれは、両親のです。大使館で働いているのでついでに送り迎えもして貰ってます」
「へぇー!あんな高そうなの乗ってる人初めて見たよ!」
3年A組、バスケ部主将『大和 奏』。
球技大会の練習をしていた時に私をバスケ部にスカウトしてきたのが最初の出会いで、練習の時や一人で食堂に居る時に声を掛けてくれる優しい先輩。
スポーツマンらしくショートヘアにヘアバンドしていて私よりも頭一つ分は小さいが、僅かな喜びを全身で表すその爛漫さは年上に失礼だが愛らしさも感じる。
そして私にあの手紙をくれた張本人でもあるから返事を考えないといけないのだけど、大和さんはそんな事を気にする素振りも見せずに振る舞ってくれるから私としても凄く接しやすい人だ。
それからは他愛の話をしながら一緒に登校し、下駄箱で別れてから教室に向かうとその途中ですれ違う多くの人は私に挨拶をしてくれる。私のような異質な存在も群衆の中では望まぬ主張が薄まって群でいられるのは心地良いし、何より不必要な反感を買う数も少なくて済む。
「はい、真田さん。此処答えられる?」
「うぇぇ……アリアさん分かる?」
「北里渋三郎」
「えっと、北里渋三郎です!」
「正解です。次はアリアさんに聞かなくても答えられるように予習をしてくるように」
「かしこまです!」
これまで競い合う為の道具でしかなかった知識と身体がクラスメイトとの友好を深めるのに役立っているんだ、静香の言う通りもっと早くに交流をしていれば私も少しは友人がいたかもしれない。
けど過去を振り返った所で反省しか出来ない、大切なのはこれからなんだ。やっと自分で何かを手に入れられるようになったんだから、次はそれを守れる位には強くならないと。
いつもと変わらない午前の授業が終わり、昼休みに入ると気が抜けた生徒達は各々仲の良い人達が集まって昼食を摂る中、私は食堂の端にある定位置に定食とデザートを乗せたトレイを持って来ると既に大和さんが先に来て座っていた。
「アリアちゃん遅いよー!」
「すみません、今日も早いですね」
「一番乗りだったよ!」
以前は空や海未に誘われた時は一緒に食べる位で一人でのんびりしていたが、大和さんが気に掛けてくれるようになってからはいつも同じテーブルを囲んで食べるようになった。
いつでも一番早く食堂に来て、私を待ってくれている大和さんの気遣いを無碍には出来ないし、私自身この何でもない普通の時間が居心地が良く感じている。
「アリアちゃんのお陰で今日のテストも完璧だったよ!」
「そうですか、お手伝いできてよかったです」
「でも何でアリアちゃん三年の範囲まで分かるの?スイスってやっぱり勉強も進んでる感じ?」
「そうでもないですよ。元々勉強が得意で進めてたらそこまで勉強していただけです」
「ひゃあ……偉いなぁ。私なんてバスケ以外てんでダメだから補修ばっかりだよ」
「でも大学からの推薦を貰ったと聞いてますよ」
「ダメダメ、バスケじゃ食べていけないからちゃんと勉強しなきゃ」
「夢を追う人生も悪くないと思いますよ?」
「大きな夢を追うだけの人生よりも、小さくても願いを叶える人生を送るのが私の哲学。カッコいいでしょ?」
「ええ、とても」
どんなに私よりも小さく見えても人生の先輩でもある大和さんはちゃんと自分の事を考えて、しっかりとした人生設計の元でも生きている。無謀な夢だけを追ってきた私とは正反対、自分の為の努力を怠らない大和さんならきっと多くの願いを叶えていく事だろう。
そんな人がどうして。
「どうして私にあの手紙を?」
「ぶっ!?」
あの手紙の事を尋ねるとうどんを食べていた大和さんの口から麺が飛び出し、大和さんもすぐに飲み込んだけどその口元が汚れてしまったからすぐに手持ちのハンカチで大和さんの口を拭った。
「す、すみません……」
「大丈夫。いきなりぶっ込んでくるから致命傷で済んだよ」
「あまりこういう会話は得意じゃないので……」
「アリアちゃん、向こうでは彼氏とか居なかったの?」
「興味が無かったのと、忙しくて考える暇もなくて」
「そっか。そうだねぇ……最初はそんなつもりはなかったんだけど、話してると『一緒に居てあげたいなぁ』って思ったの」
どうして私を選んだのかという質問に『一緒に居てあげたい』と答えた大和さんの目はとても優しくて、変な意図はなく言葉のままに受け取ると言葉を続けた。
「バレーボールをしてる時も、皆と話してる時も、何でかアリアちゃんが凄く焦ってる様な気がしたの。何でも上手にこなしてるのにそれを怖がってるみたいだった」
「そうでしたか」
「弟が居るからさ、そんなビクビクしてるの見てるとほっとけないよ。それで気にしてたらいつのまにか好きになっちゃってたかな」
どんなに上手く隠しているつもりでもそれに気付く人はいる、そしてそれを大和さんは気にしてくれていたからこうして一緒に居てくれたという事か。
自分の心の内を照れ臭そうにしながらも明かしてくれたんだ、私もそれに応えるべきだろう。
「私も貴女を好きになりたい」
「………」
「大和さん?」
「あっ、ごめん。心臓止まってた。もう一回言って」
「私も貴女を好きになりたい。でも今の私には沢山の障害がある、それが片付くまでは答えを待って貰えませんか?」
「待つ!いつまでだって待つよ!」
「良かった。必ず障害を全部取り除きます、その時に良い返事ができるようこれからもこうして一緒に居て貰えますか?」
「勿論、大丈夫!おはようからさよならまでお供するよ!」
「良かった。それじゃあ冷める前に食べましょう」
私が今伝えられる想いを伝えると大和さんは尻尾があればブンブンと振り回さんばかりに喜んでくれていて、その様子に私の胸の中も温かくなったから多分これが人を好きなるという感情なんだろう。
昼休みが終わる前に食堂で別れてから午後の授業も受け、1日の授業が終わると勉強から解放された生徒達は一斉に部活動や家路に着いたりする中、私は校門前で進学室から呼び出されている大和さんを待った。
空に一緒に帰るかと誘われたけど今日は約束をしているから断ってから待っていると、色んな大学のパンフレットを持った大和さんが走ってやって来るや否や「ごめん!遅くなっちゃった!」と謝ってきたけど、気にしていないから一緒に歩き出した。
「それは?」
「私が推薦を貰える大学!」
「沢山ありますね」
「まぁ、バスケだけが取り柄だったからね。滅茶苦茶頑張ったし、褒めて貰えるのは嬉しいんだけどプロなら私レベルなんてごまんと居る。そんな中に飛び込んでも無謀だよ」
「意外と守りが固いんですね」
「バスケと一緒、攻める時と守る時を見極めなきゃ。今は全力で守る時だよ」
そう言いながらも大和さんは少し寂しそうな表情をしていて、本心とは違うというのは分かる。出来ることならその道で生きていたい、でも将来の全てを賭けても大成出来るなんて保証の無い道だ。
弟が居るらしいから迷惑の掛からない道を選びたいというのも本心なんだろう。私には何の助言もできないけど、せめてその道を支えることはできる。
「それなら今から一緒に勉強しますか?高校の勉強なら間違えずに教えられますよ」
「ホント!?持つべきは秀才の後輩だね!」
「それじゃあ駅前の
勉強なら私にも補助できるから手助けをしようと言い出したその時、私のポケットに入っている端末が非常事態で緊急招集を知らせるブザーが鳴り響いた。
その音で緩んでいた心が一気に引き締められたけど、隣に立つ人を見ると心に迷いが生まれてしまった。この人だけには心配を掛けてはいけない、絶対に守らなきゃいけない人なんだ。
「どうしたの?電話に出なくて大丈夫?」
「………すみません、急用が出来たので明日でもいいですか?」
「うん、大丈夫だけど」
出来る限りの笑顔を見せて勉強会を明日にずらして貰っていると、一台のバイクが車線や信号を無視して一直線に私の隣で止まると大和さんは驚いた様子で私の陰に隠れ、バイクを運転している空はアイガードを外してから早く乗るように言ってきた。
けど、私は先に後ろに向き直ってから大和さんの手を両手で掴むと大和さんは目を丸くしていた。
「やっぱり、今日勉強会しましょう」
「えっ?でも」
「駅前のハンバーガー店で待っててください。必ず行きます」
必ず行く、そう約束してから手を離して空の後ろに乗ると空は本部へとバイクを走らせていった。
私は必ず大和さんの元に戻ってくる。自分が大切にしたいと思えている今の日常も、その日常を守る為の力も私は手放すつもりはないのだから。
確か、あのバイクに乗ってた子はアリアちゃんと同学年の譜吹空って子だ。
手芸部で妹の海未ちゃんと一緒に学校で派閥を作って遊んでいる不思議な子達で、あまり人と話さないアリアちゃんとも仲が良いのは知っていた。けど私が知ってる空ちゃんはあんなにハキハキ喋るタイプじゃないのだけど、急いでいたからなりふり構ってられなかったのかな?
バイクだって通学で使っちゃダメな筈なのに普通に乗ってたし、信号とか完全に無視してたけどアレ大丈夫なのかな?
「電話……したら迷惑かな」
球技大会で優勝した時にノリに任せて聞いたアリアちゃんの電話番号を携帯電話に打ち込み、後はボタンを押すだけで発信する所までいったけど結局押さずにテーブルの上でひっくり返した。
忙しそうにしていたから今掛けてもきっと迷惑だ、必ず来てくれるって言ってたから多分大丈夫だ。
イヤホンで音楽を聞きながら解けない問題を前に現実逃避をしてみたけど、やっぱり私は頭を使うのは得意じゃない。やってみて駄目そうなら次の道を、他に道がないなら次の手を。そうやって最善の道を選ぶのが得意だったから私はバスケでも不動のフォワードでいられた。
もう間違えたくない、小さい頃からずっとそう考えてきたのが評価されたって嬉しくも何ともない。
「……駄目、今は勉強に集中しなきゃ」
大して良くない頭を使って考えても駄目だ、今は志望の大学に受かる為に頑張らなきゃ。既に出遅れてるんだから努力で取り返さなきゃ。
アリアちゃんを頼ってばかりではいたくないから参考書と教科書を見ながら一つずつ問題を解いていき、店員に睨まれないように適度に注文もしながら勉強をしていると時計を見る度に短針が動いていき、机に向かう時間が遂には初の3時間の大台に突入した。
一旦休憩しようとイヤホンを取って周りを見回すと他のお客さんは1人も居らず、違和感も感じるけど9時を越しているから平日ならこんなものかとため息を吐いた。
数学も分かってくると結構楽しいから使った頭を冷やそうと思って一階のフロントに降り、注文しようとレジの前に立つと初めて違和感の正体に気付いた。
いつもなら忙しそうに働いている店員は一人も居らず、振り返って外を見てみると車もそこら中に止められたまま信号は赤色で点滅していた。
これまでも何度も見てきた光景、思い出したくない状況に慌てて携帯電話を取りにニ階に上がって携帯電話の画面を確認すると、アラームを切っていた避難指示のメールとお父さんから心配するメッセージが幾つも入っていた。
「やっちゃった…ごめんお父さん……!」
すぐに返信はしたけど返事はなく、とにかく目立たない場所に隠れようと考えていると遠くから爆発音が聞こえてきた。
あの赤い色のお姉さんか、はたまた有名な立花響さんか。あんな滅茶苦茶な戦いに巻き込まれるのは二度とゴメンだから私はトイレに逃げ込み、個室に入ってから音楽を聴いて無理矢理平静を装うとしたけど手の震えが止まらない。
何とか無事に終わるように祈っていたけど、私の願いをいつだって神様は聞いてくれないからこの建物が大きく揺れる程の爆発音が響き、足元にも破片が飛び散ってくると思わず悲鳴を上げてしまった。
どうして私ばかり、どうしてこんなに呪われているんだと自分を恨みたくなる程の凶運を嘆いていると近くでは金属音が鳴り響いているが、その中に人の声も聞こえてくると隠れる以外の選択肢が脳裏を過ぎった。
そうだ、また助けて貰おう。S.O.N.Gの人ならきっと助けてくれる筈、きっと私の事も命懸けで助けてくれる筈だ。S.O.N.Gの任務なんて知らない、私は私が助かる事を優先しなきゃ。
「助けて…此処で戦わないで…!」
急いで個室から飛び出るとトイレの出入り口は粉々に吹き飛び足元にはガラスが飛び散っていて、怪我をしないように足場を選んでトレイから出ると、突然大きな物体が外から飛んでくると目の前の椅子や机を薙ぎ倒しながら壁にぶつかった。
その衝撃で私も腰を抜かし、その物体はシンフォギアを纏った人だったけど憎らしそうにしているその横顔に私は唖然とした。
『いったぁ……ぜぇぇったい許さないか…ら…』
水色の鎧を身に纏っていたのは腰の高さくらいまである長い水色の髪を機械みたいな髪留めで首元で止めている譜吹海未ちゃんで、いつもと変わらない喋り方で誰かと喋っていたけど横で尻餅を着いている私と目が合うと数秒見つめ合ってしまった。
そして暫くしてから海未ちゃんは私の前で跪いて口元で人差し指を立てると「しー、だよ〜」と小声で言い、私も頷くと近付いてきた海未ちゃんは持っていたチェーンソーを手放して私を抱き抱えると割れた窓から外へと飛び出した。
「いやぁ、危なかったね〜。駄目だよ〜、ちゃんと避難しなきゃ。『ごめん、ちょっと抑えてて〜』」
たった一跳びで反対側の建物に移り、何度体験しても人とは思えない力だと感じていると、海未ちゃんは誰かと通信を始めようとしたけど遠くのビルで何かが煌めいた。
凄くマズい気がしたから海未ちゃんの腕を叩いて知らせると、海未ちゃんもそれに気付いてすぐにその場から跳ぶと私達が経っていた場所は飛んできた光によって爆発し、またビルから煌めいたけど今度は向こうで水色の光が現れると光は飛んで来なくなった。
「先輩ナイス〜」
「海未ちゃん、だよね?」
「正解〜。だけどごめんね〜、今ちょっと忙しいんだよね〜」
『海未ヘルプ〜!?』
「ちょっと忙しくて行けな〜い!白色ちゃんよろしィッ、ガリィパ〜ス!?」
海未ちゃんは私を抱えたまま戦場から離れていこうとしたその時、さっきまで戦っていた場所から鎖が飛んでくると海未ちゃんの足に絡まり、咄嗟に私を空中に投げ出すと海未ちゃんは引き戻されるように建物に叩きつけられていた。
けど普通の人間は10mくらいから落とされて生きられる訳ないから早く誰か助けてと祈ると今度は私の隣に水色の光が現れ、そこから腕だけが出てきたかと思えば同じくシンフォギアを纏った肌の白い女の子が中から現れて地面に着地してくれた。
「ちっ、アンタ何で此処に居んのよ?」
「ワタっ!?」
「ったく、あの馬鹿が攻撃するから……アンタ走れる?」
「ちょっとなら…」
「そう、じゃあ全力で走んなさい。アレはアタシ等にしか興味が無いからアンタなんか無視される筈」
「た、助けてくれないの?」
「はぁ?助けてんでしょうが。助かりたいならさっさと行きなさいな」
女の子は私を地面に落とすや否や、面倒臭そうに舌打ちをしたり走れるかどうかを聞いてきたり、挙げ句の果てには邪魔そうに追い払われたりと装者とは思えない態度で私を追い返そうとしてきた。
でも文句を言える立場じゃないし、私も命は惜しいからすぐに立ち上がって走り出すと女の子はまた何処かに消えてしまい、何が何だか分からず道路を走り続けると遠くからあの時みたいに歌が聞こえてきた。
歌って人を助けるシンフォギア装者、その歌をまたこんな近くで聞くことになるなんて。昔とは違ってノイズが居ないからいいけど、あんな人も装者になれるだなんて意外だ。
『お姉さん、誰?』
「きゃあ!?」
『ごめんなさい、驚かせた』
とにかく逃げようと走っていると突然車の影から女の子の声が聞こえて跳ねるように驚き尻餅をついた。灼髪の女の子は特に気にした様子もなく近付いてきたけど、その手に持っている武器が目に入らないほど私の目は節穴ではない。
ボウガン、小さな女の子に不釣り合いな大きさの武器を地面に引き摺っているけど、アスファルトの方が削れてるなんてどう考えてもおかしい。だけど女の子からは敵意は感じられず、何故だか胸がポカポカするような感じまでした。
「お姉さん逃げそびれたの?」
「う、うん……」
「ごめんね。此処は危ないから逃してあげる」
そして女の子の手が私の頭に触れようとした瞬間、女の子は何も無い筈の後ろから胸を剣で突き刺され、その剣先は私の目の前で止まったけどその血が私に掛かると思考能力がノイズが走り、次第に私は意識を手放した。
いつもと変わらない荒れた街を歩き回る夢、夢と分かっていてもどうやってもこれ以上深くも眠れないし何かを見つけることもできない夢。
でも、今日は少しだけ違っているのに気付いた。ただ歩き回っているだけなのは一緒だけど、何処からか歌が聞こえる。とても穏やかで子守唄のような、優しい歌。
歌の聞こえる方へ走っていくと少しずつ景色が白くなっていき、
『気がつきましたか?』
パッと目が覚めるとそこは知らない白い天井だった。
数秒間何が起きたのか頭の中を整理してから勢いよく起き上がると、隣には白衣を着た金髪のお姉さんが座っていて、ニコニコと笑っていたけど笑い事じゃ済まないことが起きているんだ。
「此処はどこですか!?装者は!?あの女の子は!?」
「全て順を追って説明します。付いて来てください」
装者が命懸けで戦っているのにどうしてこんなに穏やかなんだと思ったけど、付いて来るように言われて何が何だかといった感じだけど靴を履いて付いていくと、部屋の外の雰囲気からしてS.O.N.Gの本部というのは分かった。
昔とは少し雰囲気が違うけど、相変わらず近未来的な装いなのは変わらない。
「大和奏さん、秘密保護の決まりは知っていますね?」
「はい……といっても前の事はあまり詳しくは覚えてないですけど」
「今回貴女は少し深い部分まで関わったので、手っ取り早く話せる部分は話して詮索されないようにしようかと」
「はぁ……」
「題して、『S.O.N.G本部見学ツアー予行練習編』です!ガイドはこのエルフナイン、此処の専属研究員です!」
「はぁ……」
妙にテンションの高いエルフナインさんに連れられてS.O.N.Gの中を歩いていくと実験室だったり、会議室だったりと色々な部屋を説明されながら廻って行った。
時折カンペも見てるから『練習台にされてるんだな』ってのは感じたけど、エルフナインさんも楽しそうに説明しているから野暮な事は言わないようにした。
「そして此処がS.O.N.Gの司令室になります!」
「おお、凄い部屋……」
『ん?どうしたエルフナイン、何故その子を連れてるんだ?』
部屋の奥にある大画面には装者達が戦っていた道路が映され、その手前には沢山の人達が空中に浮かぶディスプレイを前に仕事をしていて、ここまで色々見てきたけど此処が一番SF映画っぽい。
まさに近未来的な施設に思わず声が出ると、部屋を見下ろせる位置に立っていた女の人が振り返って不思議そうな顔をしていた。だけどその顔には私も見覚えがあり、若い頃とは違って髪を切ってはいるが見間違うわけもない。
「か、風鳴翼!?本物!?」
「本物だが……指を差すのは感心しないな」
「ご、ごめんなさい!?でも本物、しかもS.O.N.Gのお偉いさん!?」
「翼さんがとっても頼れる今のS.O.N.Gの司令官です」
「やっぱりあの時の人は見間違いじゃなかったんだ!」
「あの時?」
「9年前、テスラ財団の時です」
思い出したくもない9年前の災害、そう聞いた風鳴翼は合点がいった様子で頷き、近付いてくると私の頭を撫でてくれた。
「そうか、めげずに頑張ったんだな。偉いぞ」
「その……あの時は本当にありがとうございました」
「人を助けるのがS.O.N.Gの役目だ。気にしなくていい」
『そうだよカナちゃん!私達は人を守る立派な仕事をしてるだからね〜!』
あのスーパー歌手の風鳴翼に撫でられるという超絶ファンサービスにテンションが上がっていると後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。すぐに振り返ると其処にはS.O.N.Gの制服を着た海未ちゃんが腕を組んで立っていたのだ。
シンフォギアを纏ってたし当然S.O.N.Gに所属しているのだろうけど、呆れた様子の風鳴翼が近付くと今度は拳を振り上げてから海未ちゃんの頭を思いっきり叩いて鈍い音を立てた。
「いったぁぁぁ!?何で叩くの〜!?」
「出て来るなと言っただろ!」
「でも顔見られちゃってるからいいじゃん!?」
「見られていようがいまいが、S.O.N.Gの隊員と一般市民の接触は厳禁だと言っているだろ!」
「司令のケチ〜!」
「ケチもヘチマもあるものか!」
昔テレビで見ていた風鳴翼は変わった喋り方をする歌ってバラエティのできる歌手というイメージだったけど、こうしてお偉いさんになっている姿を見るとその喋り方にも納得がいく。
どんな経緯かは知らないけど歌う事に関しては風鳴翼の右に出る者は居ないから、きっとそんな感じの理由でS.O.N.Gに居るんだろう。
「まぁまぁ、海未さんにはお願いする事もありますし、一緒に聞いてもらいましょう」
「全く、エルフナインは甘過ぎるぞ」
「僕が厳しくしなくても風鳴司令が居ますから」
「あの……」
「すみません、置いてけぼりにしちゃって。今回の件ですが当然ですが内密に、そして貴女は敵に顔を見られたので護衛として海未さんを付けます」
「えぇ!?何でっ、分かったから叩くのは無し〜!?」
三人の話を側から聞かされているだけだった私から声を掛けると、エルフナインさんも思い出したように話を戻すと私の護衛として海未ちゃんを付けると言われ、それは何となく分かるけど府に落ちなかった。
「見られたら良くない相手だったんですか?小さな女の子でしたし、私を助けようとしてくれてた気がするんですけど……」
「今日君が偶然目撃したのは我々にとっても未知の相手だ。何を目的にしているか分からない間は君を守る、危害が及ばないと分かればすぐに手を引こう」
「そゆこと〜。まぁ仲良くしようね〜」
「そうですか……その、変な事を聞くかもですけど、あの女の子は無事なんですか?」
「……ああ、生きているだろう。だからこそ君を守らなくてはいけない。目撃者を消そうとする相手なら」
「それは無いと思います」
私は海未ちゃん達みたいに戦える訳じゃないから守って貰えるのは嬉しいけど、あの女の子が私を殺そうとしてくるとはとても思えなかったから反論すると風鳴翼は少し意外そうに眉を上げていた。
そして腕を組むと私の意見を頭から否定せずに聞こうとしてくれたから私も思い付く限りの言葉を続けた。
「本当に殺すつもりならあの場で出来たと思うんです。私逃げてるだけだったし、最初に会った時も私がすっ転んでたから当てれただろうし……それに人を驚かせて謝るような子が人を殺そうとするなんて思えません」
「そうか……貴重な意見だ、参考にしよう。だがそれでも君を守る為の護衛は必要だ。海未もこんなではあるが腕は立つし、君の事を助けようと努力したのは知っているだろう?いざとなれば全力で君を助けてくれる」
「こんなで〜す」
風鳴翼の拳にこめかみをグリグリされている海未ちゃんが本当に助けてくれるのかはさておき、あの女の子の事を話すときに風鳴翼が苦虫を潰すような表情をしていたのが気になる。
あまり踏み込んだ事を聞いても答えてはくれないだろうし、私の周りにいる事になるのなら約束だけはして貰おう。
「その、友達といる時だけは2人きりにして貰えませんか?」
「友達?構わないが名前と顔を教えて貰えるか?」
「携帯の待ち受けになってるんですけど……あっ、変な意味じゃないですよ!?」
「特に気にしてないが……」
「その、リディアンの2年a組のアリア・カヴァルティーナちゃんです」
念の為に釘を打ってから携帯の待ち受けにしているアリアちゃんがスパイクを打つ瞬間のベストショット写真を三人に見せると、三人が三人とも目を見開いて驚いていてお互いの顔を見合うとエルフナインさんは何処かへと走り去って行った。
確かにアリアちゃんは超が付く美人だし、新聞部の部長に頼み倒して撮って貰った秘蔵の写真ではあるけどそんなに驚かれるものなのかな?
「……聞いてなかったな。あの場に居たのは偶然なのか?」
「はい……アリアちゃんと待ち合わせをしてたんですけどあんな事になっちゃって。海未ちゃんもお姉ちゃんは大丈夫?」
「空の事!?大丈夫大丈夫、ピンピンしてるよ〜!?」
「海未、空がそろそろ心配するだろう?いつも遊び歩いてるとはいえ、警報が鳴った日くらいは早く帰って安心させてやるんだ」
「は〜い、それじゃあ明日からよろしく〜」
海未ちゃんと風鳴翼が捲し立てるように話を進めて海未ちゃんも何処かへ行くと私と司令が残る事になり、何を聞けばいいのか戸惑っているといつの間にか背後に立っていた黒髪のスーツを着た女の人に「家まで送る」と言われた。
そのまま流れるように車に詰め込まれると、警報明けの静かな街へと走り出したけど運転をしているこの人も見た事がある、あの時は私と変わらないくらいの身長だったけど背も伸びて大人びている。
「大きくなった」
「へ?」
「あの時の子でしょ?司令も驚いてたけど、貴女もツイてない」
「ホント、運が悪いんですよね……」
「海未の事なら心配しなくていい。私の後任として仕事はちゃんと出来るし、同じ歳の時の私よりも強い。必要なら私を呼んでも構わない」
隣で運転をしながら話し掛けてくるこの人は確かヨーヨーで戦っていて、その人が世代交代をして海未ちゃんにシンフォギアを渡したって事なのかな?
あの時助けてくれた人達も今では戦わなくなって、代わりに同い年の子達が戦っているだなんて非日常としか言いようがない。シンフォギアなんてどんな人生を歩めば関係してくるのか、一般人の私には知りようもない事だ。
「お名前は?」
「『緒川調』、仕事場では月読調の方が通ってる」
「結婚されてるんですね」
「だから最近まで離れてて今は復帰の最中。それで奏ちゃんは?」
「私?」
「好きな子居るの?」
大人しそうに見えて意外といきなりぶっ込んでくる人だな。けど今日は色々あり過ぎてもう驚かないぞ。
「居ますよ」
「そう、その子の事は大切にしてあげてね」
「勿論です、って言っても付き合ってないんですけどね。一方的に好きって言っただけで返事も貰えてないし」
「それでも大切にしてあげて」
「……あの、皆さんアリアちゃんの事知ってるんですか?何だかアリアちゃんの話になると皆驚いてるっていうか」
「あの子はS.O.N.Gもマークしてる世界有数の成績優秀者。卒業後にS.O.N.Gへ引き抜きしたいから今から目を付けてる。そんな子と関係のある子が偶然襲撃に巻き込まれて、偶然前にもS.O.N.Gに助けられた事があるだなんて確率はかなり低い。けど本当に偶然なのは分かってるから皆驚いてる」
月読さんの説明はこれまでの人達よりも筋道が通っていて、確かに全て偶然起きた出来事なのだから風鳴翼がビックリするのも無理はないし、アリアちゃんは凄く頭が良いからS.O.N.Gにだって余裕で入れてしまいそうだ。
しょっちゅう学校を抜け出している海未ちゃんだって成績だけはかなり良いって噂だし、S.O.N.Gってやっぱり頭が良くないと務まらない仕事なんだろう。一生安泰だろうし私も入れるものなら入ってみたいけど、私みたいな馬鹿は相手にもされないだろうなぁ。
高給取りでしかも福利厚生がしっかりしてるS.O.N.Gに私も勤めてみたいなんて考えていると外の景色は見慣れたものになり、「はい、着いた」と何故か私の家を知っている月読さんは家の前で車を止めた。
「ありがとうございます」
「何かあったらいつでも本部に来ていいよ。これ見せたら通れるから」
そう言って調さんに携帯電話みたいな端末を渡されたけど、この端末には見覚えがある。アリアちゃんもこの端末を持ってたからきっとS.O.N.Gから既に声が掛かっていて、だからこの端末に電話が掛かってきて驚いてたんだ。
……あれ?なら迎えに来た空ちゃんもこの端末を持ってる筈だよね?でもそれだと風鳴翼の言い方が何だか不自然な気が……
「あの、アリアちゃんって今日本部に呼ばれたんですか?」
「どうだろう、忙しくて気付かなかったけど居たかもしれない。それがどうかした?」
「いえ、ただアリアちゃんが無事ならそれで」
「大丈夫、皆の日常を守るのが私達の役目。だから貴女は安心して日常生活に戻っていい」
「そう、ですね。送ってくれてありがとうございます」
「それじゃあお休み」
助けて貰ったり、本部を案内して貰ったり、今日だけで沢山の事をしてもらったから改めて頭を下げてお礼を言うと月読さんは淡く微笑んでから車を走らせていった。
今日は色々あって疲れたから休もうとアパートの二階にある家の鍵を開けると、家で待っていたお父さんはすぐに駆け寄ってきて怪我が無いか聞いてきたけど「大丈夫」と答え、居間に入ってから待ってくれていた二人にも挨拶をした。
「お母さん、紡、ただいま」
二人が眠る仏壇の前に座り、手を合わせてから写真の中で笑っている二人にも無事に帰って来れた事を報告してから今日の晩ご飯は支度を始めた。
仕事で忙しいお父さんに代わって家事は私の領分、9年前のノイズ災害で二人を失った私達は2人が居なくても残った私達だけで生きてきた。だから私は何度襲われたって生き延びる、生き延びる為なら何だってする。
二人が生きられなかった分は私達で取り戻すんだ。
「アリア・カヴァルティーナ。お前には黙秘権がある、答えたくない事があるのなら答えなくていい。ただし、それが審問会での印象を悪くする事も忘れるなよ」
「分かってます。今回は私の判断ミスです」
「判断ミス?ハンッ、話も聞かずに開幕蹴り飛ばすのが判断とは恐れ入るな」
私の両手を縛っていた拘束具を外したクリスさんは椅子に座って大柄な態度を取りながら尋問の常套句を述べ、私も今回のミスの原因を伝えたけどクリスさんには鼻で笑われてしまった。
私達がS.O.N.Gに召集されてから装者候補生が全員司令室に集まると、部屋の画面にはかつて響さん達が破壊したカ・ディン・ギル周辺にフォニックゲインの共鳴反応が示されていて、初めて此方から古代人に接触する機会が得られたのだと理解した。
『相手は古代人とはいえ現代の技術にも長けているだろう。決して油断せず、此方から手を出すような事はするんじゃないぞ。可能ならば対話での解決を進めるんだ』
『対話?相手は月を破壊しようと
『フィーネがまだこの世に存在していると誤解していたからだ。その誤解を解き、相手の出方次第で我々も対応を決める』
『何故相手を生かす必要が?』
『ティナに賛成です。過去から蘇ったのであればそれは異端の技術、死者の蘇生なんてこの世界に広めるだけでも脅威になる存在です。後手を取れば不利になるのは此方です』
『これは命令だ、従うんだ』
『……了解、善処します』
古代人の存在は百害あって一利無し、今更その技術を得た所で人類にとって過ぎた力になる事は目に見えているけれど、司令に命令と言われれば実働隊の私達はその命令に絶対だ。
念には念を込めたガリィも含めた全員での出動はヘリでの輸送で始まり、S.O.N.Gの前身たる特機二課本部は今や廃墟として崩れた瓦礫等は端に寄せるだけで対した整備もされていないように見えた。
監視カメラは起動しているが反応が無かったという事は乗っ取られているか、もしくは地下に隠れているのか。何方にせよ対話での解決を求められている以上は不用意な戦闘は避けるべきだった。
だけど面が割れていてフィーネと思われている私が古代人と戦い、万が一逃すとその対話の道も完全に閉ざされてしまう。S.O.N.Gとしては失敗しても私という切り札だけは残しておきたかった。
『ねぇティナ、何でバイクのヘルメット被ってるの?』
『顔を見られたら面倒だからよ』
『え〜、なら私も被ってくればよかった〜』
『そういうの早く言ってよ〜』
『アホくさ、チャチャっと片付け早く帰りましょうよ』
対策として空のバイクのヘルメットを被って顔を隠しながら任務を遂行する事にし、ヘリから降りて荒れた跡地を離れないように歩いているとまだ新しい足跡を幾つか見つける事ができた。
その足跡はカ・ディン・ギルの残骸が撤去されて出来ている大穴に続いていて、私達は通信が途切れる可能性も考慮してガリィと静香を地上に残して地下へと跳び降りていった。
「そこまでは通信で聞いてたよ。それで、何で話も聞かずに蹴っ飛ばした?」
「相手に対話の意思が無かったからです」
「アタシが他の奴から聞いた話じゃ、お前フィーネって呼ばれたらしいな」
「向こうが勝手にそう呼んでいるだけです」
「何でその時点でアタシや司令に言わなかった?」
「黙秘します」
特機二課の本部の中は既に電力供給がストップされているから薄暗く、持ってきていた懐中電灯で足元を照らしながら歩いているとやはり整備はされていないが誰かが頻繁に通っている形跡があり、その足跡は時折曲がったりしながらも殆どが旧司令室へと伸びていた。
特に罠の類も無かったから難無く旧司令室前にたどり着き、その時点であの三人には明確な交戦の意思は無かったように感じていた。
でもそんな事はどうでもよかった。
「黙秘か、不利になるって分かってんのか?」
「構いません。私の考えはS.O.N.Gの意向にそぐわない、その考えをそのまま伝えるよりも心証は良い筈です」
「お前、何言ってんのか分かってんのか?」
「理解してます」
旧司令室の扉を手で開けると其処は現司令室とさほど変わらない造りの空間が広がっていた。
古代人は分析官達が座る椅子や机を退かした代わりに自分達で調達した発動機が動かしていて、生活に必要な明かりや家電の電力を賄っている三人組が呑気に部屋の中央でテーブルを囲みトランプで遊んでいた。
その姿に全員呆気に取られているようだったけど連中は初めから私達に気付いていて、敢えて逃げなかったのだと察すると律も剣先を三人に向けた。
『また会ったね』
『うぃーす、あの子元気?』
『お陰様で。逃げなかったんだね』
『アタシ等何も悪い事してないしねー。はい上がりー!』
『姉さんばかりジョーカー引いてズルイ』
『アタシの運は折り紙付きよ。そっちも混ざる?』
『遠慮するよ。それよりも貴女達に幾つか聞きたい事がある』
『まぁそう遠慮しなくていいって。ほら其方のヘルメットちゃんも』
『敵の交戦の意思を確認、交戦マニュアルに基づき応戦する』
『えっ!?ティナッ!?』
そう言って灼髪の姉の方、フォルテが立ち上がった瞬間それを臨戦態勢と判断した私はその場で足と腰のスラスターで高速で接近しながらフォルテに飛び蹴りをすると、油断していたフォルテはそのまま部屋の壁へと叩きつけられた。
他の二人もすぐに何かをしようと動き、それを封じる為に回転蹴りで二人纏めて蹴り飛ばそうとしたが、壁に叩きつけられたフォルテは鎖の様な物を伸ばして私の足に絡めると力任せに引っ張って私との距離を詰めてきた。
『お返しだッ!』
『ッゥ!?』
何とか空中で体勢を変えたもののフォルテの蹴りを防ぐので精一杯で今度は私が反対側の壁に叩きつけられそうになったけど、機械仕掛けのエネルギー翼を開いてそれを防ぎ体制を立て直した。
相手からの応戦もあったから今度は全力で開放しようとすると背後から空に羽交い締めにされ、海未も私達の間に立つと戦闘の邪魔をしてきた。
『ストップ〜!?怒られちゃうって!?』
『ウチの子がごめんね〜!?悪気はないの〜!?』
『あん?喧嘩ふっかけてきたのそっちっしょ?買ってやってもいいんだけど?』
『フォルテ、止めるんだ。彼女達にも守るべき立場があるんだ、尊重しよう』
『すぐに頭に血が上るのが姉さんの悪い癖』
『アタシが最初に蹴られたのに……ったく、ならヘルメット取ってちゃんと謝んなさいよ』
司令からの指示を守ろうと空達は何とか私を収めようとし、フォルテも怒りを剥き出しにしながらも二人に宥められて手に持っていた鎖を消失させると私に指を差して謝罪を求めてきた。
『ティナ、命令には従おう。今は司令達に合わせないと』
『………そうね、ヘルメットを取ればいいのね』
私と同意見だった律も今は司令達を無視してまで相手をする時じゃないと諭してきたけど、先にヘルメットを取れと言ったのは相手だ。私はあくまでも友好の証としてその通りにしてあげるだけ。
空も私が一時的に交戦の意思を無くしたと分かると話してくれたから三人にもよく顔が見えるよう階段の側に立ち、ヘルメットを脱いでからその場に落とすと私の顔を見た三人は目の色を変えたのが分かった。
そしてフォルテはその顔色も怒りに染め、再び鎖を召喚すると勢いよく回し始め、敵に明確な交戦意思が現れると律は困惑しながらもすぐに剣を構えた。
『ほら、これが望みなんでしょ?フォルテ』
『フィーネ、どういうつもりだ!』
『どうもこうも、初めからこのつもりよ』
『どうしてそんなに一人で無茶するの!?』
『ラルゴ、ドルチェ……悪いけどフィーネはアタシがぶっ潰すッ!』
「で、そのまま交戦。被害は街にまで広がり、危うく一般人を一人巻き込む所だった」
「申し訳ありません」
「それをアタシに謝ってもしゃーねーだろ。アタシはお前から事実を聞いて上に報告するだけだ。ただな、どうも歩に落ちないのはお前が交戦を急いだ理由だ。いつもなら冷静なお前が初めから戦う事しか考えてなかった、何でなんだ?」
旧特機二課本部内でケリを着けられず飛び出してしまったから街全体に警報を鳴らし、フォルテ達の相手をしたが三人はそれぞれ現代の武器を持っていたけれどその性質は大きく異なっていた。
無限に伸びて確実に狙った相手を捕らえる鎖、矢にしては破壊力が異常なボウガン、そして海未のチェーンソーですら傷が付かなかったライオットシールド。
何かしらの哲学兵装によってその概念を補強されていたのかもしれないけど、近代武器に付与するなんて話は初めて聞いた。
それに静香の『魔弾の射手』ですら長い年月を掛けて開発しているのに、現代に蘇ってものの数日で哲学を武器に付与するだなんて理屈が通っていない。異端技術といえばそれまでだが、それ以上に相手は何かをまだ隠している。
「黙秘します」
「黙秘って、感情剥き出しだったってのは分かってんだ。それ以外の書き方は無いんだ、理由くらい教えてくれたっていいだろ?」
「………」
「お前が変わったのはイタリアに行ってからだ。アタシはあまり本部に居られないから悪いけど何も分かっちゃやれねぇし、お前もそんな奴を頼りにはしたくないだろ。だから『アタシには言いたくない理由』がある、そう捉えていいんだな?」
「………」
私の事情聴取なのだから戦闘に関する事だけ答えを用意していたけど、クリスさんは戦闘に関しては殆ど質問をしてこないで私が戦いを選んだ理由だけを尋ねてきて、クリスさんも今回の件を不問にするつもりなのは理解できた。
別にクリスさんだから答えたくないという話ではない、ただ受け入れて貰えないのは分かっているから答えるだけ無駄なんだ。
私が煮え切らない回答しかしないからクリスさんも手詰まりといった様子で椅子にもたれかかっていると持っていた端末に連絡が入り、それを読んだクリスさんはマジックミラー越しにそれを伝えた人を見ると随分と驚いている様子だった。
「どうかしましたか?」
「大和奏、その名前に聞き覚えあんだろ?」
「っ……私の、先輩です。ですがそれは個人的な
「今回の件で巻き込まれたの、ソイツだ」
再び姿を消したフォルテ達の行方でも掴めたのか、そう考えているとクリスさんから知る筈のない大和さんの名前が出てきて、何故そんな事を聞かれるのかと思っていると今回の件に巻き込まれたと聞くと思わず立ち上がってしまった。
「怪我は!?無事ですか!?」
「ああ、もう調が家に帰した」
「保護はどうするんですか!?もしフォルテ達の顔を見てたら…!」
「お前、此奴と会う約束をしてたんだってな」
「それは今回の件とはァッ!?」
大和さんを巻き込むつもりなんて微塵も無かった。警報だって鳴らしたのだから一般市民は全員避難している筈だったし、ましてやあの場所にまで戦闘区域が伸びたのは戦いの流れであってあの三人の意思があったとは到底思えない。
それでもあの三人に顔を覚えられたのなら口封じをされる可能性があるから保護体勢について訊ねようとしたその時、クリスが机越しに私の胸ぐらを掴んでくると無理矢理顔を引き寄せられその怒りに満ちた顔が視界一杯にまで広がった。
「テメーの無責任なやり方の所為でテメーの大切な人を無くしそうになったらその態度か。いい身分だな、人の命を選べるなんて」
「選ぶなんてつもりは……」
「何で彼奴があの場に居たか教えてやる。彼奴は電子ノイズの災害で母親と弟が死んで、トラウマになったアラーム音を切ってたからだよ。その時小さかった彼奴を助け出したのはこのアタシだッ!」
ノイズ災害で母親と弟を失った。
家族に迷惑を掛けたくないと言っていた大和さんの言葉の意味が分かると自分の所為で取り返しのつかない事態になり掛けていたと気付き、膝に力が入らずまた椅子に座るとクリスさんも手を離してくれた。
だけどこれまでのどんな言葉よりも私が巻き込んだのが大和さんだったという事実に胸が痛み、その様子はクリスさんから見ても情けなく見えたのか哀れむような視線を向けられていた。
「ティナ、少しの間休んだらどうだ?今回の件はアタシ等が上手く言いくるめてやるから、少し整理をつけてこい。もし胸ん中の想いがS.O.N.Gと合わないってなら辞めたっていい、お前が頑張ってたのは全員知ってるから無理にアタシ等に合わせようとすんな」
「………」
「彼奴等の誤解を解くのも、共存の道があるならそれを探すのもS.O.N.Gの役目。アタシ等は殺し合いをする組織じゃない、言葉じゃ伝わらない想いを歌でぶつける組織だ。上手くいかない日だってあるけど、上手くいく日だってある。確かな結果を望むお前からしたらアタシ等が日和見してるって思われてもしょうがねー」
S.O.N.Gをやめる、その選択肢も提案してきたクリスさんが本心からそれを望んでいるとは思わない。でも私がS.O.N.Gの装者である事と私の中にある想いが相反している所為で心まで蝕まれているのには気付いているんだろう。
歌う事で世界を救う、世界を救う為に歌う。似ているようでまるで違うこの二つの主張が私の中に渦巻いていて、私は日々それを制御できなくなっている。頭では理解してるつもりでも感情が先に出てきてしまう、そんな子供みたいな人間にシンフォギアは過ぎた力だ。
今私が考えるべきなのはあの三人と戦う事じゃない、自分が望んだ未来をS.O.N.Gで叶えられるかどうかなのかもしれない。
今の私が持つべきではないペンダントを外してクリスさんに手渡すとクリスさんもそれを受け取ってくれて、私に心配をかけまいと普段の笑みを溢した。
「心配すんな!オメーが居なくてもアタシ等は上手くやる、チビ達が彼奴等に負けたら勝てるまで特訓させてやるよ!」
「ごめんなさい、迷惑を掛けて……」
「何言ってんだよ、S.O.N.Gをやめたって此処はお前の家だ。相談したくなったら誰でもいいから声かけろよ。頼りねぇのもいるが、アタシは頼れる姉さんだからな」
そう言ってクリスさんはグシグシと私の頭を雑に撫でてから部屋から出て行き、一人残された私はどうしようかと天井を仰いだけど答えなんて簡単には出てこない。
律みたいに自分と組織の一員である事を切り替えられたら、大和さんみたいに自分の気持ちと現実を切り替えられたら、クリスさんみたいに自分の意志を貫けたら、半端者でしかない私はただ悩む事しかできない。
私が私らしく在れる道は一体何処にあるんだろう。
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