命令の逸脱、既に古代人と接触していたのに報告しなかった事、一度に多くの違反を犯したティナがS.O.N.Gとしての活動を休止してから一週間が経った。
『極度のストレス状態による判断能力の欠如』、原因もメキシコで遺跡を破壊してしまった所為にして、前日に有給を取っていた事も加味されて自己管理をしようとしていたティナの素質を問う人はそこまで多くはなかった。
実際ティナは自分だけで何とかしようと頑張ったんだと思う。けど一般市民を巻き込んだ事やイタリアで起きた事が余程響いたのかシンフォギアを返す事に抵抗はしなかったらしい。
「……ねさん」
長い休みを取ることになったティナは毎日ちゃんと学校に来てはいるけど私や空達とはあまり関わろうとせず、クラスの皆と話したり巻き込まれた大和さんと行動を共にしたりと学校生活を楽しそうにしている。
きっとティナに足りなかったのはそういった普通である幸せ、これまで血の滲む努力をしてきたティナからしたらこの生活に馴染むのに身体が付いていけてなかったのかもしれない。
それならその変化を見抜けなかった私達のミスでもある。今後どうなるかは分からないけど、少なくともティナが居ないから作戦に失敗したなんて聞いたら余計にティナが責任を感じてしまうから
「百合根さん!」
「は、はい!?」
「いつまで窓の外を見てるのですか?」
「ご、ごめんなさい……」
「体調が悪いなら保健室に行きなさい、いいわね」
「はい」
授業中に考えに耽り過ぎていた所為で注意されてしまったが、ティナは私が怒られた事にも興味を示さずボーッとしていて授業なんて聞く気は更々無いらしい。
いつだってクソ真面目を自称していたティナがそんな状態になるなんて、私と似た者同士と思っていたけどティナも人の子である事には変わりないみたいだ。
そうしていると授業も終わり今日は食堂で食べようと移動しようとすると、さっきまで心此処にあらずだったティナが活き活きとした様子で教室から出て行く後ろ姿が見えた。
急いでティナを追い掛けてみるとやっぱりいつもと変わらず食堂に向かっていて、何かあるのかと少し距離を置いてその様子を伺っていると、給仕のおばさんから定食を受け取ったティナは近くの空いている席には目もくれず食堂の端の方へと歩いて行っていた。
私もそれを追いかけようとするといきなり私の腕が引っ張られて、危うくうどんを溢しそうになったが私の腕を掴んでいる海未はそんな事を気にも留めず、近くの席に私を座らせると逃げられないように詰め寄ってきた。
相変わらず何を考えているのかよく分からない雰囲気を纏っているけど、海未は何かと勘が良いし気も回るから何かあるのかもしれない。
「これ以上はバレるから駄目だよ〜」
「バレるって、別に悪い事してる訳じゃないのに」
「ああいうのを邪魔したら馬に蹴られて死んじゃうよ〜」
「何が?」
「ほら、彼処もう一人座ってるでしょ〜」
私がティナを追いかけていたから海未は私を止めたみたいだけど、視線だけ向けるよう指示されたから仕方なく合わせると、一番端の席に座ったティナと同じテーブルには海未の護衛対象でもある大和さんが座っていて、二人は楽しそうに話しているのが見て分かる。
ただ、だから何だと言うんだろう?
「りっちゃんの反応を見るに〜、『それが何?』って感じでしょ〜」
「怒るよ、空」
「だって本当でしょ〜」
相変わらず普段は間の伸びた話し方をしている空が海未の分の弁当を持ってきて対面に座ったけど、本性を知ってる私からしたら茶化されているようにしか感じず、本題を聞かせて欲しいと急かした。
「多分ね〜、真面目ちゃんあの子の事好きなんじゃないかな〜」
「……海未ちゃんに聞いたのが馬鹿だった」
「ちょ、もうちょっと聞いてよ〜!?」
海未は何か知ってそうだから話を聞いたのに下らない戯言だったから話を切り上げようとするとまた腕を引っ張られ、無理に引き剥がすのも悪いからもう一度席に座ってあげたけど正直そんな話信じられるわけがない。
私達S.O.N.G職員にとって身内は急所になる。それを敵に知られれば只でさえ厄介な事になるのに、今回は敵に顔まで見られている相手にティナが偶然好意を抱き、偶然ティナが暗黙の了解を無視するなんて確率を考えるだけで馬鹿らしくなる。
「そりゃ、りっちゃんの言う事も分かるし、私も違うと思ってたけど真面目ちゃんがあの人と話してる時滅茶苦茶楽しそうだもん」
「ティナが心を許した、それだけでしょ。それがどうして恋愛感情になるの?」
「あの人の内面とか、可愛い所とかが好きになったんじゃないかな〜」
「ふーん」
「凄い興味の失いようだねぇ……」
聞くのも馬鹿らしいから冷める前にうどんを食べ始めたけど、海未の言っているのは『ティナが後先を考えずに感情的に動いてる』という事だ。
これまでのティナの言動から一番かけ離れた理屈を聞かされても聞き流してしまうのは当然だ。
ただ私が真剣に聞くが無くなったのが分かったのか、空は普段のネコ被りをやめると私を睨んできた。
「律、真面目に聞く気がないなら首突っ込まないで」
「……じゃあ聞くけど、ティナがあの人を好きになってる証拠は?」
「あの人が巻き込まれたと聞いたティナはかなり慌てていて、それ聞いてから大人しくシンフォギアを返還したみたいよ」
「自分の所為で知人が一人死にそうになったらそうもなるでしょ」
「あの人の護衛に暁さんまで指名したのよ」
「つまりティナは論理的に考えられなくなってる、そういう事でしょ。結論は同じだよ」
「人を好きになるのは理屈じゃないもの、当然よ」
空が柄にもなく結構可愛い事を言うから笑ってあげたけど、ティナが本当にあの人を好きになったならS.O.N.Gを辞めるのが最善の選択だと分かってる筈だ。
一時の気の迷いとはいえ、決断力のあるティナなら後で後悔する事になったとしてもその位やる筈だ。空達は都合良くティナらしくない面と人であるという弱さを掛け合わせた都合の良い状態を考えてるに過ぎない。
そこにティナらしさなんて欠片もない、空想の産物だ。
「律にとっては作戦第一でいつでも冷静で物事を数字で考えるのがティナかもしれないけど、それは昔のティナの話よ。今のティナは後先考えずに突っ込む事を覚えてる、やり方は下手だけどティナにとってはその生き方が素直になれるって気付いたんでしょ」
「………」
「睨んだって同じよ。ティナは律とは違うのよ」
ティナと私が違う、私が言うのも何だけどティナと私は結構似てると思ってたのにこうも真っ向から否定されると流石の私も気付かない内に不機嫌になってたみたいだ。
「ははっ、その言い方だと私だけが人でなしみたいだね」
「そうは思ってないわ。ただティナがあの人の事を特別視してる事も、ティナが変わってきてるのも本当の事。無理に元のティナに戻そうとするのがティナの為になるとは思えない」
「……分かった、私よりも人を見る目がある空を信じるよ」
「それは良かった」
「でも、もしティナがあの人と特別な関係だと確信したら私は司令に報告する。それが私達の義務だし、半端な道は閉ざしてあげるのも友達としての役目だよ」
「……そうね、半端な覚悟では装者は務まらないものね」
私達がいがみ合っても何にもならないから妥協点を提示すると空はそれに納得してくれて、海未も渋々であるけど頷いてくれたからその話を切り上げて昼食を摂る事にした。
空達が言う通り本当にティナが大和さんに好意を抱いているのなら友達としては応援するべきかもしれないけど、私はティナの友達である前にS.O.N.G職員だ。与えられた職務を全うする事よりも私情を優先する事なんてできない。
ティナや空がそれを理解してくれていたらいいのだけど、空も冗談を言ってる様子じゃなかったし分かってくれてる筈だ。
「其処は一番大きな数と小さな数で計算し、そこから少しずつ数字を大きくしてYの値が小さくなればまだ下げようがあります」
「そっか!一々総当たりするよりも全然速いじゃん!」
「はい」
大和さんの受験勉強をお手伝いする為にお家にまでお呼ばれされ、大和さんの部屋で数学の勉強を教えているけど大和さんは基礎知識が乏しいだけで飲み込んだ後の応用力は決して悪くない。
志望校の偏差値からしても今から頑張っていれば問題無く合格できるラインに立っている。それを教えると気が抜けてしまうかもしれないから言わないけど本人が思ってるよりは深刻ではなさそうだ。
大和さんが分からなかったり手間取っている点を考え方を教える事で自分で解決できるように促していると、今日の範囲である二次関数も最後の問題まで辿り着き、今日のノルマはしっかり終えたからよしとしよう。
「ぐぬぬ……yが無くなったら今度はDか…」
「やり方はそこまで変わりません。一つずつ必要な数字を見つけてください」
「あいあい……」
こうやって真剣に悩む人に勉強を教えるのは初めてだけど、真面目に取り組んでくれるから私もより分かりやすく教えようと努力したくもなる。
S.O.N.Gでは皆がこの位出来て当たり前、それぞれ特殊なスキルを持っているから集められているような隊員達よりも気が楽でいい。
「あっ、判別式使えば楽じゃん!」
「そうです。数学は答えの求め方さえ知っていれば小学生でもこの問題は解けます。公式を暗記して使う事に慣れればどんな問題にも対処できる筈です」
「それじゃあここは二乗で……ルートが出てきたぁぁ…」
「ふふっ、出てきてもやる事は同じですよ」
「これまではやられてきたけど今日は違うからなぁ…!」
苦手な勉強でも楽しそうにしている大和さんを見ているだけで私も楽しくなってしまう。
変に口を出さず大和さんの奮闘を見守っているとしっかりと判別式を使い熟し、苦手なルートの計算も感覚に任せず理屈で考えるように徹したお陰で躓かず、答えを導き出して私に見せてくると勿論正解だから赤丸を付けると大和さんは大きく項垂れながら背中から倒れた。
「やぁっと理解出来たぁぁ…」
「あとは忘れないように毎日同じ問題でもいいので使い、たまに違う問題で感覚を鈍らせないようにしましょう」
「同じ問題でいいの?」
「公式で解ける問題に時間を割き過ぎると勿体ないので、進めながら復習する程度で大丈夫です。答えを暗記してしまえばそれまでですが」
「無理無理、これ以上頭に入んないから」
「なら毎日やりましょう」
不正なんてしない大和さんを信じての勉強法だからより効率良く進める段取りを組もうと端末で日程を組み直していると、不意にスカートの端を引っ張られたからそっちに視線を向けると大和さんが私の方を見ていた。
私の注意を引こうとしたのか、可愛らしいその仕草に私も端末を置いてから手を握ると、大和さんは私の手の感触を確かめるように何度も握り返してきた。
「どうしました?」
「ううん、何でもないよ」
「楽しいですか?」
「うん、楽しい」
こそばゆい感覚につい照れ臭く感じてしまうけど、勉強を頑張った大和さんがそれで機嫌を良くしてくれるのなら私もなされるがままになろう。
何度も握ってくるから私も握り返すという何がある訳ではないけどずっと続いて欲しい時間を過ごしていると、先に口を開いたのは大和さんだった。
「最近何かあった?」
「どうしてですか?」
「何だか元気そうだから、良いことあったのかなーって」
「……良い事かは分かりませんが、幾つか出来事があってその所為だと思います」
「それってさ、この間の事故の話?」
「ええ、それもその一つです」
関係各所の全ての責任者に怒られた古代人達への先制攻撃は何故私の首が飛ばなかったのか不思議なくらいで、クリスさんが相当苦労して説得してくれたのだと思うと申し訳ないという気持ちしかない。
あの時は「とにかく早く終わらせよう」、「私が考えたってどうせ意味が無」、「言葉で解決した試しがない」、そんな考えばかりが脳裏を過ぎって思考を放棄していた。
今考えれば確かに私はどうかしていた、それを自分で理解できるようになっただけマシかもしれない。
「その、言っちゃいけない事聞くかもしれないけどいい?」
「どうぞ」
「アリアちゃんってさ、もしかして装者だったりする?」
勘、というよりも状況証拠がこれだけ揃っていればその結論に至るのも無理はない。司令達の即興の嘘と私の行動が噛み合っていない所から考えていけば、私や空も装者だと考える方が自然だ。
「ええ、そうですよ」
「そっか……アリアちゃんって本当に凄い人だったんだね」
最早隠す必要もないから正直に答えると大和さんはまた手を強く握り締めてきて、私もそれに応えると少しだけ嬉しそうに笑みを零しているがその裏にある想いは決して軽くはなかった。
9年前のノイズ災害、テスラ財団という存在を初めて先代装者達が認知する事となった惨劇は想像を絶する被害をもたらした。
ニコラ・テスラの復活を目論んだ財団には多くの科学者が居たがその多くは『錬金術師に出来て我々に出来ない事はない』という身勝手極まりない目的で動いていて、装置一つで範囲内に電磁ノイズを生み出せる最悪の機械で世界各地に同時にノイズをばら撒くというテロ行為を行った。
時代がどれだけ進んでも真面にノイズの相手をできるのは装者だけ。装者が対応し切れず生存者が居なくなった場所はミサイルで付近一帯を爆破して装置を破壊するという最悪の手段で解決させた。
それから響さんが居ないS.O.N.Gは幾多の苦戦を強いられながらも幹部を軒並み捕縛し、復活したニコラ・テスラを切歌さんが倒し、そして財団を陰から操っていたアニエルを私達が倒したから財団は完全に消滅したけど、その被害者や残された家族が消える訳じゃない。
奥の部屋にある大和さんのお母さんと弟さんの遺影がそれを物語っていた。
「アリアちゃんが凄く頑張って装者になったって思うと、私もこのくらい頑張らなきゃって思っちゃうよ」
「そんな……私はただ素質があったから…」
「でもこんなに覚え方が簡単なのはティナちゃんが実際にそうやって覚えたからでしょ?私も後輩に教える立場だったから分かるよ」
寝転がっていた大和さんは起き上がると握っていた手を両手で包み込み、私の教え方が経験則から学んだものと見抜かれると私の努力も褒めてくれた。
ノイズ災害で母と弟を亡くし、父との二人暮らしでバスケットボールの推薦でリディアンに入学して勉強も頑張って、家事洗濯も忙しい父に代わって一人でこなす。ただ英雄になりたかった私なんかとは違って真っ当な努力をしてきた人にそんな事を言われるとは思わなかった。
「私は……頑張ったと胸を張って良いんでしょうか…」
「うん!アリアちゃんは凄く頑張ってる、私が保証するよ!」
誰もが才能の一言で済ませてきた私の努力を認めてくれる人、私がずっと求めていた人は大和さんだったのかもしれない。ずっと側に居てくれて、努力も認めてくれて、私という存在を真正面から受け止めてくれる人をずっとずっと求めていたんだ。
ずっとずっと欲しくて、ずっとずっと我慢していて、ずっとずっと探していた人はこの人だったんだ。
これまで一人で我慢してきた感情が溢れてくると胸の内と目頭がどんどん熱くなってきて、大和さんが戸惑っているのも分かっているけど私は大和さんを無理矢理抱き寄せてその胸に顔を埋めて声にもならない嗚咽を漏らした。
「えぇっと、その、どうしたら良いのかなぁ…」
殻に籠もって必要が無いと切り捨てていた感情が爆発するとどうしようもなく腕に抱いている人が愛おしくて、このフカフカする感触も匂いも全てが私の胸の中を満たしてくれるような幸福感が襲ってきた。
でも胸の中を掻き回される程の幸福感すらも今は心地良くて胸の鼓動が瞬く間に上がっていき、閉じていても目の前が真っ白になっていく。
『アリアちゃんって意外と子どもっぽいのかなぁ……』
「っ、ごめんなさい!」
「へっ!?何が!?」
「その、人に甘えた事が無かったから……子供っぽいですよね…」
「ひゃっ、バレちゃった!?いいよいいよ気にしなくて!私の方がお姉さんなんだから全然甘えていいよ!」
子供っぽいと嫌われると思ってすぐに離れて頭を下げて謝罪すると、大和さんも大袈裟なリアクションをしながら気にしていないと言ってくれて、顔色を窺っても嘘ではなさそうだし手も広げてくれていた。
今度は不意打ちではないから少し恥ずかしかったけど、私はその誘いにそのまま乗ってもう一度大和さんを抱き締めると今度は大和さんも抱き返してくれて、私を背中を優しく摩ってくれた。
いつかを思い出すような温かさに気は緩み、心を曝け出して今という時間を過ごす事に専念するとまた大和さんの囁くような声が聞こえてきた。
『これってやっぱり脈アリって事なのかな』
「……答えはもうすぐ出せると思います」
「またバレた!?」
あの手紙の回答はもうすぐ出来そうだと自分の中でも踏ん切りが着くとまた大和さんは狼狽ていたけど不意に扉のチャイム音が部屋に鳴り、お互い現実に引き戻されてすぐに離れて着崩れた制服を直しながら大和さんは扉の方へと駆け寄って行った。
何をしてるんだ私は、大和さんは今から凄く大事な時なんだ。あと二ヶ月もしない内に試験なのだから今は遊んでいる時間なんてない、まだ大和さんが苦手にしている分野はあるのだから試験を乗り切るまでは駄目だ。
しっかりやるべき事をしてから、お互いに気持ちを整理してから答えは出すべきだ。
『えっと、どちら様ですか?』
『あっ、フィーネに用事があるんだけど』
私にはまだやらないといけない事がある、そんな事を考えていると玄関でやり取りしている声が聞こえてきたけどその声には聞き覚えがあり、声と顔が合致すると一気に心拍数が上がった。
何故此処が分かったのか、そんな事考えても仕方ないからすぐに玄関まで駆け寄ってフォルテと話している大和さんを背中に隠すと、私の慌てた様子にフォルテとその後ろに控えている他の二人も目を丸くしていた。
「何よ、そんな慌てちゃって」
「何の用よ!」
「ほら、姉さんの所為で怒ってる」
「だから直接行くのはよそうと言ったじゃないか」
「はいはい私が悪ぅござんした。んでさ、フィーネちょっと顔貸してくんない?別にシンフォギア持ってないアンタとやろうなんて思ってないからさ」
この三人の言うことなんて信用出来ない、けど今此処で暴れられたら大和さんの大切な物を沢山壊す事になる。罠だとしてもこれ以上巻き込むよりは何倍もマシだ。
「分かった。ごめんなさい、今日はもう帰ります」
「う、うん……」
「さよなら、お姉さん」
「バイバイ…」
今日は戻って来れなさそうだから大和さんに別れを言ってから三人に合わせて道を歩いているけど、三人とも身なりは既に現代の物に変わっていてパッと見は殆ど現代人と変わらない。
だけどそれぞれが身につけている鎖のブレスレット、弓のペンダント、盾の指輪からして聖遺物じゃないにしろそれが依代になって武器を召喚していた可能性だってある。
恐らく市販品だろうし破壊した所で大したダメージにはならないと見ていいだろう。
なるべく大和さんの家からは遠ざかるように歩いて場所を移しながら三人を警戒しているけど、本当に私を殺すのが目的ではないのかいっこうに動きを見せる様子はなかったが先に切り出してきたのはフォルテだった。
「でさ、アンタ本当にフィーネ?」
「急に何の事よ?」
「色々調べたんだけどさ、どうも誰かがパンドラを開いた時に閉じ込められてたアヌンナキと災厄とかも全部出てきてんだよね。そもそも何でパンドラにアヌンナキが閉じ込められてたかは知らないけどエンキ様ももう居ないみたいだし、ウチの御主人と刺し違えたか勝って消滅したにしろエンキ様が居ない世界でフィーネが生きる意味って無くねって思ってさ」
アヌンナキ、エンキ、データベースにはそんな単語は載っていなかったから消された歴史の一部という事か。これ以上は三人と話を合わせるのは無理がある
隠す必要はもう無くなったから頃合いだろう。
「フィーネは何者なの?」
「ほーら見ろ!やっぱりフィーネじゃなかった!」
「つまり初めから人違いだったのか。それは申し訳ない事をした」
「言ってくれれば良かったのに」
「名前も知らない、素性も怪しい、生まれは古代、信用する方がどうかしてるわ」
「んまぁ、それもそっか。じゃあフィーネがどうなったかは知ってんの?」
「フィーネは神の消滅を見届けて輪廻転生を終えた、それしか知らないわ。でも満足したって事はそのエンキと呼ばれる存在とも会えたんじゃないかしら」
初めから早とちりをしていたと知った三人は口々に謝罪の言葉を述べているが、フォルテはフィーネの最後を聞いてきたから私の知ってる限りの情報を出すと寂しそうな表情を見せてから「そっか」と呟いた。
その表情からは嘘は感じられず、月の破壊ではなく本当にフィーネの手伝いが目的だった。司令等の読みは間違っていなかったという訳か、益々私の立場が危うくなるわね。
「じゃあ御二方どうすんよ?この子に手伝って貰う?」
「私は無理に誘うのは反対だ。そもそも彼女は装者だ、今を守る者達に言っても理解は得られないだろう」
「ラルゴに賛成。無理させるのは私達のやり方じゃない」
「そんじゃあ頼んでOKならいいって事でしょ?」
「何を手伝わせる気よ?」
フィーネの手伝いという目標を失い、大人しくするのかと思えば何かを企んでいるようだけどそれに私も含めようとしていて、何かと訊ねてるとフォルテは活き活きとした笑顔で
『アンタ、新しいフィーネになってよ』
そう頼んできた。
開いた口が塞がらない、そんな体験は初めてでちょっと何を言っているのか分からず言葉を整理した。
「えっと、フィーネになれってどういう意味なの?」
「フィーネがアタシ等の前から居なくなる前、アヌンナキが居ない世界で文明の発展を加速させる為に諦めた偉大な者による統治。全なる者による個の統一がアタシ等の一番の目的なの」
「私に独裁政治でもしろって事?馬鹿じゃないの?」
「そう、今は独裁政治は悪とされてる。けど考えてみて、各々を尊重し過ぎた結果は己の為に互いに潰し合う世界になった」
「それが人間の生まれ持った欠陥よ。誰も真にお互いを思いやる事なんてできない、だから大勢を救う多数決の世界になった。昔は独裁でも良かったかもしれないけど、今はもう不可能よ」
「いや、それを立て直す為に我々を布石を打ち、君はそれを目覚めさせた」
ただのS.O.N.Gの隊員である私に独裁政治をしろなんて馬鹿げた事を言うから拘束する気にもならず、民主主義が今の世界を保つ最善の策だと説こうとしたけどラルゴは布石を打ち、それを私が目覚めさせたと言われると考えを改めた。
私の中にあるセイキロス、布石とはそれの事だろうけど何故この三人は私がセイキロスを宿していると知っているんだ?まだ三人の前では見せていないのに。
「私達の実力はフィーネには遠く及ばない。だがフィーネが生み出した歌という概念に着目し、歌に聖遺物の力を移植させる事に成功させたんだ」
「それがセイキロス、けど何の聖遺物を移植したのよ?フォニックゲインと適合率を高められる歌の聖遺物だなんて、そんなシンフォギアにとって都合のいい聖遺物が昔からあったの?」
「それは聖遺物の機能じゃなくてアタシ等にとっても有難い誤算だったって訳よ。本来想定してなかった応用だけど、それを上手く使い熟せてるんなら皆も喜んでんでしょ」
「セイキロスの本当の力は貴方も知ってる筈」
「……聖遺物を別次元から取り出す力でしょ」
「そう。完全聖遺物『ギャラルホルン』の世界線移動能力をセイキロスに込めたの。でも歌という手段はあっても能力を込めるには膨大なストレージが必要だった。それこそ膨大な量の情報に無理なく適応できる柔軟な記憶媒体が」
伝説上の笛であるギャラルホルンの力がセイキロスに込められていると言われ、それ程のデータを積み込む為に使われた記憶媒体というのは思い付く限りでは一つしかない。
「アリア、アンタの胸と歌にはセイキロスを産み出す為に命を賭した500人分の神官と巫女の魂が宿ってんのよ」
「貴女はセイキロスに、フィーネを慕う500人の採決によってその力を使う事を許された」
「私達は君の命ずるまま動こう、それがフィーネとセイキロスを守る我々『バベルの使徒』の役目だ」
セイキロスはフォニックゲインや適合率をただ高めていたんじゃない。この歌の中に居る別の魂が音叉の様に共鳴し合い、魂の集合体でもあるセイキロス自体のアウフヴァッヘン波形が常に変化しているから使い方を知らなかった私の適合率は平均を大きく下回っていたんだ。
けど私は胸の中にあるセイキロスの存在に気付き、アウフヴァッヘン波形の調律の仕方を土壇場で理解したから目の前にあるエクスカリバーも別次元から探し当てることができた。
三人の話を聞くには人目を憚るから場所を監視の目が及ばない場所に移ってから詳細を聞くと、三人が人類の滅亡ではなく救済を望んでいてその理由も明かしてくれた。
無論、三人の話を全て信じる程愚かではないけれど三人は今のS.O.N.Gの欠点を次々に言い当てていき、そしてそれに不満を持つ私だからこそセイキロスに選ばれたのだと告げられた。
けど、今はS.O.N.Gの隊員で多くの人のお陰でここまで私はやれたんだ。私が勝手気まま動けばそれだけ周囲に迷惑も掛かるし、S.O.N.Gとの両立は出来ない内容だから断ると「どうせすぐに気も変わるから待ってるよ」と強要される事もなくフォルテは引き下がった。
「私なんて頼らなくても貴女達だけでやればいいじゃない」
「それでもいいけどさ、皆の魂使ってセイキロスを作った上にフィーネ以外が覚醒させちゃった責任もあるしね」
「貴女が嫌ならもう関わらない」
「これはあくまでもフィーネではなく君個人への頼みなんだ。我々は君の意思を尊重するよ」
私の命令通り動く配下、S.O.N.Gでいえば風鳴司令のような立場に勝手になってしまったけど、今の所はそんな気はないし三人の真意を見抜けていない可能性もある以上は下手に動かしたくもない。
とはいえ、先日とは違って話の通じる相手をいきなり独房生活にさせておくのも反感を買うかもしれない。私が監視できるよう手配はするか。
「……貴方達が世界を壊したい訳ではないのは分かったわ。だから私も貴方達に住処を与える、私の使える限りの権限で隠蔽もするから暫くは其処で大人しくしてなさい」
「しゃっ!野宿は疲れたからマジ有難い!」
「ただ、不穏な動きを見せたり私が貴方達を悪だと判断した場合、私は知ってる情報全てをS.O.N.Gに渡して貴方達の目論見を妨害する」
「君に悪だと思われないよう善処しよう。ボランティアでもしていればいいかな?」
「目立たないのであれば好きにしてなさい。それと装者とも接触しない様に」
「大丈夫、事前に探知できる」
全員私が提示した規律を守るつもりはある、これじゃあ本当に司令とやっている事が変わらない。ルールを守らなさそうな部下を持つというのはこうして実感してみると気苦労の絶えない立場だ。
「んで?アタシ等の家は何処?」
「アレよ」
フォルテは早速自分達の隠れ家を案内するように急かしてきたから、三人の話次第では如何とでもなるように選んだこの場所の中央にある建物を私が指差すと、フォルテ達の視線は其方にある建物を見て三人が三人とも顔を顰めた。
だけど彼処は監視カメラもなければ動体センサーは私の権限で解除できて、しかも市中へのアクセスも良い物件だから簡単には見つからない隠れ家だ。文句があるならまた野宿させるしかない。
「不満かしら?」
「……あれシャワーある?」
「貴方達の時代にシャワーなんてあったかしら?」
「此奴やっぱフィーネだよ」
「同感だ」
「電気があるだけマシ……」
「何か入り用があれば言いなさい。私に出来る限りは調達するわ」
「シャワー」
「それじゃあお休み」
話は終わったから今日は解散という事で私はその場から立ち去ると三人の哀愁のある背中が見えたけど、何かをやりたければそれなりに信用を高める必要があるのはいつの時代もそうだ。
三人の慈善活動の成果次第ではシャワーの設置も考えようとも思っているとS.O.N.Gの端末からアラームが鳴り、画面を見ると律からの電話だった。
普段なら用件はメールで済ますのに珍しいと思いながらも電話に応答すると、第一声が「まずい事になった。ティナも来て」だったから私もタクシーを使って本部まで帰り、司令室に入ると司令室の中は物々しい雰囲気になっていた。
「どうしたの?」
「う〜ん……真面目ちゃんが休んでた時に起きたトンネルでの爆発事故なんだけどね〜」
「ドライブレコーダーが見つかっちゃったんだけど、それと一緒に面倒な映像も出てきちゃったんだよね〜」
「面倒な映像?」
珍しく海未と空も苦い顔をしているから余程の事かと思って聞くとあの日起きたトンネル事故と聞き、報告書だけは読んでいたけどドライブレコーダーが見つかったなんて話はなかったから現場の処理が進んだ事で発見されたんだろう。
私にも見せる為にも風鳴司令が再生ボタンを押すと部屋の画面には周りが火の海になっている車内部から外に向けられたカメラの映像が流れ始めた。
画面中央にはガソリンを積んでいるであろうトレーラーが道を塞ぐように止まっていて、画面の端にはその車の持ち主と思われる人の手も映っている。
するとトレーラーの運転席で倒れている運転手が動くのが見えたけど、その次に現れたのは運転手を助けようとトレーラーを飛び越えたイチイバルを纏った静香の姿だった。
静香はドアをこじ開けて運転手を背負うと突然何も無いところで誰かと会話をし始めたけど、恐らくは殆どの人が気を失っていて助けられる見込みがないと確認していた律だろう。
二人の会話が終わると静香はトンネルの壁を破壊する為に指向性の爆弾を天井に撃ち込み、そして時間が進むとそれが爆発して水が滝のように流れ込んでくると火も鎮火されて爆発の危険性は殆ど無くなった。
ただ、車中が水の中に沈んで少しずつ浸水していく中、車内にいた人の手が少しだけ動くと何が起きているのかを察することができた。『S.O.N.Gの隊員が負傷者を見殺しにした』、マスコミが好きそうなネタだろう。
「この映像を漏らしたのは誰ですか?」
「この事故の原因究明に関わっていた助教授だ。もう身柄も拘束したが、既にSNSで拡散されて『装者が要救助者を見捨てた』と話題になっている」
「実際に流れてる映像にはしずちゃんにモザイクが掛かってるから安心したけど、本当に厄介な事をされたよ」
「静香は……謹慎中ですか?」
「ああ、と言っても自室で休んで貰っている。この行動はあの場では最善の選択だ。立花本部長もこの件に関しての会見では静香の擁護、そして助教授の無責任な発言を言及すると言ってくれている」
幾ら同世代の子等と違って大人びていても謂れのない誹謗中傷は堪えるだろうから司令達の動きも当然だろう。そもそも私達の活動している場はただでさえ危険な場所、シンフォギアがあれど静香は無理を承知で二度の絶唱をしてまで救える命を救おうとしたんだ。
この人には申し訳ないが無理をして救命活動に失敗していれば被害はこれだけでは済んでいない。
「理解は得られそうですか?」
「どうだろうな。モザイクがあるとはいえ、静香の背丈は分かる。こんなに幼い子供を隊員にしている事にも非難が殺到している」
「それじゃあ自分等が助けに行けばいいのにね〜」
「海未」
「だってしずしずだって滅茶苦茶頑張ったのに怒られてるんだよ〜!?何にも知らないから言ってるだけじゃん!」
「静香の努力は分かっている。ただ何も知らされていない世間の目が悪意のある証拠を見せられたらこうなるのも無理はない。本部長なら世間からの信頼もある。今回の活動の件も特例として詳細を公開し、静香の判断が間違っていなかった事とシンフォギアが万能の道具ではないと理解してもらう他あるまい」
響さん達が世間の目を向けられるようになってから度々こういった無関心の人達による誹謗は少なくない。ただ今回は映像というタチの悪い代物があったから余計に世間の目を引いてしまったのだろう。
これがもしも全員助けられていたら、もしもこの映像を完全にコントロールして揉み消せていれば静香が傷付くような事はなかった。けど可能性の話をした所で起きてしまった現実は何も変わらない。
風鳴司令からは当面現地協力が得られ難いという注意を受けてから私達は解散し、私はその足で静香の部屋へと向かうと廊下には静香の通学バックが乱雑に落ちていて、随分と荒れているのは間違いない。
静香に教えられた部屋のパスコード『1225』、静香の誕生日でもあるその数字を扉のパネルに打ち込むと鍵が解除され、部屋の中に入ると静香は靴も脱がないまま部屋の中に入っていて、居間には居なかったから寝室を見てみると静香はベッドの上で蹲ったまま動かなかった。
「静香」
「私が悪いんです。私が助けなかったから」
「あの状況では不可能よ。最悪静香も死んでたわ」
「じゃあ何で誰もそれを理解してくれないんですか?」
「私達が理解してるわ。自信を持ちなさい」
いつだって強気で歳の差なんて気にもしない静香が自分を否定するような事を言うから隣に座って頭を撫でてあげると、静香は何も言わずに抱き付いてきたから私も何も言わずにそれを受け止めた。
つい1時間前くらいにはこの立場が逆だったから分かるけど、どうしようもなく辛い時にこうして接してあげられる人がいればきっと良くなる。今の私がそうだったように、弱い所も私とそっくりで私よりも強い静香なら私よりも早く立ち直るに違いない。
「シンフォギアは万能じゃない。風鳴司令だって救えなかった命はある、響さんだって命を選ばなきゃいけない場面があった。静香はその時に適切な判断ができて、救える命を確実に救った。静香の行いはその行動を理解できる人なら必ず評価するわ」
「……あの助教授どうなるんですか」
「さぁ、少なくとも装者を特定しかねない映像を世間に流したのは重罪よ。軽くても20年の禁固じゃないかしら?」
「私の顔も見られてます。禁固ではなく刑務所です」
「それは静香の発言次第、やり返したいならルールに従って徹底的にやりなさい」
「………私はやるべき事をやります。今回は特別徹底的にやるだけです」
目を腫らしている静香が顔を上げたけどもうその顔はいつもと変わらない強気な表情をしていて、上手く焚き付けられたみたいだからまた頭を撫でると、自慢のサイドテールが乱れるのを嫌がる素振りも見せていて十分元気そうだ。
私なんて不調になってから数日、しかも周囲にも迷惑をかけてようやく本調子になったというのに本当に強い子だ。
「アリアさんも元気そうで良かったです」
「私も話を聞いてくれる人が出来たから、その人と話してると気分が落ち着くの」
「っ、それはもしかして想い人ですか?」
「どうかしら。ただ、その人のお陰で私は私がやるべき事が出来た。また調子が悪くなったらその人と会う事にするわ」
「頑張ってください、応援してます。なんなら戦術的アドバイスも」
「されても困るわよ」
静香の人心掌握術を絡めた恋愛作法を聞き流しつつも、静香がすぐに元気になってくれたのが嬉しい自分が居て正直安心している。
あのままずっと引き摺ってしまうかと思っていたけど、私の周りにはまだ私を心配してくれる人がいるんだ。フォルテ達の誘いは悪くないけど、今はまだ急を要するほど人々は腐っていないから三人が困らない程度に生活の補助をして今回は終わりにしよう。
それが誰も傷付かずに終われる選択、誰の涙も流れず笑顔で過ごせる道なんだ。
次回、二部を書くときに一番最初に考えたシーン