少し未来のシンフォギア   作:竹流ハチ

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「受け継がれるイチイバル」

 

 

 

朝5時45分、起床。

 

起床したらまずは鏡の前で顔を洗い、軽くストレッチをしてから身嗜みを整えるが私の日課。もう顔も覚えてない両親から受け継いだこの茶髪も黒目も特別珍しい訳でもないから、右側の髪をゴムで纏めてサイドテールを作るとようやく私らしくなった。

 

今日も綺麗に纏まったから朝食を摂り、今日の授業に必要な教科書と体操着が準備しているかを確認してからS.O.N.G本部内に用意されている自室から出た。

 

すれ違う分析官の人達に挨拶をしながら司令室に向かうと、先日のエクスカリバー輸送作戦が無事に完遂されたから朝早くからエルフナイン女史と風鳴司令が資料とモニターを見合いながら話し合いをしていた。

 

「おはようございます」

「おはよう。静香は毎日早起きで感心だな」

「そうですか?百合根さんの姿も見えませんが」

「今はトレーニングルームだ。久し振りに手合わせでもするか?」

「いいえ、今日は日直なのでもう学校に行きます。エルフナイン女史、お願いしていた件なのですが」

「はい、勿論進行中です。ですが未だ欠点も多く実用段階ではないですね」

「そうですか。それでは行ってきます」

「うむ、行ってらっしゃい」

 

エルフナイン女史が考案した哲学兵装を封印する『FG式改良型特機装束』。その技術を応用した私の新型兵装開発はどうやら難航しているらしく、これ以上素人が口を出しても仕方ないから私は頭を下げてから司令室から出て、リムジンに乗って私立リディアン音楽院初等部の校舎へと向かった。

 

車の窓からは長かったノイズの恐怖から解放されて普通の生活に戻れた人達の営みが見え、その営みが再び侵されるのを未然に防ぐのが私達装者の新たな役目。

その為に装者達にはシンフォギアが与えられ、テロリストの拠点制圧や救助活動に勤しんでいる。

 

百合根さんは風鳴司令が纏っていた天羽々斬を既に受け継いで様々な任務に出ていて、ザババの二人は未だ現役だけどその後継として問題だらけだが譜吹姉妹も控えている。アガートラームの装者候補は現在マリアさんとエルフナインさんによる監視の下で調整が行われている。

 

国連に入ったものの伸び悩んでいたアリアさんもLiNKERを複数本使う事が許可されると、かつて搭載されていたイグナイトモードと同等のフォニックゲインをガングニールから引き出せるようになった。元より人並外れた才能の持ち主だったし、その覚悟も本物だったから一度歯車が回ればあの人なら瞬く間に装者になるだろう。

 

勿論私は十分な適性のあるイチイバルを纏い、百合根さんや譜吹姉妹とも手合わせをして戦闘能力は申し分無しの評価をもらっている。

 

だが、

 

『よーし、それじゃあ今日は私とお絵かきの時間だ!アバンギャルドが過ぎた絵は描いちゃ駄目だぞー!』

『『『はーい』』』

 

私は雪音さんに嫌われているらしい。

 

 

 

「お疲れ様です雪音さん」

「んぁぁ……疲れた…」

「雪音さんの料理番組は好評ですからね。監督も張り切ってましたよ」

「人前で飯作んのは何回やっても慣れねぇ……」

 

三年生の時、アタシは『将来』とかいう漠然としない壁の前に立たされた。その数ヶ月前には人類どころか過去も未来も懸けた戦いをしていたのだから、今更アタシの将来なんてちっぽけなモノを考える気にはなれなかった。

 

けど周りの奴らを見てみるとセンパイやマリアみたいに歌手になってみたり、バカみたいにS.O.N.Gに機動隊隊長として入隊になったり、後輩みたいに大学に行きたいだったりと割と未来を見据えていた。

 

だからアタシがどうしたいか、そんな小っ恥ずかしい事を考えているとあっという間に卒業間際になり、未だ進路を決めれず焦りに焦ったアタシは進路指導室の掲示板に貼られていた一枚のオーディションの案内を見つけた。

 

「雪音さんは『うたのおねえさん』として既に認知されていましたから、お母さん達からのウケも良いらしいですよ」

「教育番組なんだから視聴率なんざどうだっていいだろ…」

「そうは言っても国営ですから、一定の需要と供給は必要ですよ」

 

『うたのおねえさん』。

 

教育番組で子供達と絵を描いたり、ダンスを踊ったり、歌を歌ったりする奴がそう呼ばれているのは知っていた。だがアタシがそんな役を演じる事になるなんて想像どころか考えた事すら無かった。

 

だけど、パパとママが遺した想いを次の世代に繋いでいきたいと思っていたのも事実。センパイやマリアのように人前で歌って褒められる程上手い自信はなかったけど、二人に負けないくらいに歌が好きだと言える自信はあった。

 

だから、恥を忍んで私はそのオーディションを受けた。

 

『雪音クリスさん、貴女は合格です』

『えっ!?や、まだ少ししか話して!?』

『貴女が送ってきたテープの歌を聴けば分かります。貴女がただ就職したくて応募したのではなく、子供達に何かを伝えたいという強い気持ちが歌に込められていました』

『それは…!』

『この役柄は生半可な覚悟では務まるものではありません。常に子供達の手本となり、大人としての振る舞いを身に付けていかなくてはいけません。その意味が分かりますね?』

 

まだ引退する訳でもないのに募集を掛けているのだから、目の前にいる人が引退するまで『うたのおねえさん』としての基礎を叩き込まれるのだろう。笑顔を絶やさず、嫌な顔をせず、誰にでも愛される存在になる為の全てを。

 

それは半端な特訓なんかじゃ身に付かない、正真正銘の人としての在り方を叩き込まれるのだからキツイのなんて目に見えていた。

だけどアタシはそこで一歩も引かなかった。

 

『あた……「私」は何度も人の為に歌ってきました。これまではそれが贖罪の為だったけれど、子供達に私が叶えた夢を伝える為にも私は前に進まないといけないんです。その為ならどんな努力でも惜しみません』

『その夢とは?』

 

今更怖気付く必要なんてない、今なら胸を張って言える筈だ。

パパとママがその命を賭してでも叶えようとした夢を、私が叶えた夢を。

 

『歌で世界を救える事ですッ!』

 

 

 

 

「この後空きだったか?」

「そうですね。次の収録は明日の朝なので昼食がてら本部に寄っていきますか?」

「そうだな。悪いな、アタシのマネージャーなんてやらせちまって」

「いいえ、翼さんの時と比べればこの程度」

 

子役志望の奴等がわざわざ私の楽屋まで来て挨拶するのを軽く流し、着替えを終わらせるとアタシのマネージャーになっている緒川と一緒に地下駐車場に向かっていた。

 

本当ならマネージャーなんて付けずにアタシ一人でもいい筈だけれど、装者をしている以上はいつ出動になるかも分からない。これまでも何度か収録中に出動になりスタジオを騒がせた事があるが、緒川が上手く言い包めてくれたお陰で事なきを得てきた。

 

あまり周りに迷惑は掛けたくないけどこればっかりはどうしようも………

 

「……賭けするか?」

「僕から賭けていいのなら」

「勝負になんねぇよ」

 

早いとこ本部に戻ろうと車の前まで近付くと違和感に気づいたアタシ達はお互いに足を止めて顔を見詰め合った。

 

『またなのか』とため息を吐いてからアタシ達が車に乗り込むと本部に向けて走り出したけど、監視カメラもあるってのに此奴はどうやって忍び込んでんだよ。

 

「一体どうやって乗り込んだんですか?」

『スペアキーです』

 

地下駐車場から出て街中を運転しながら緒川が勝手に忍び込んでいた奴に話し掛けると、其奴は隠れているつもりだったのか後部座席の足元から顔を出して後部座席に座り直したが、乗り込んでいたのはやっぱり静香だった。

 

静香・ロンドリューソン。

紛争地域の教会で『天使』と呼ばれていたチビはS.O.N.Gからのスカウトで若干9歳でS.O.N.Gの入隊テストを受け、まともな教育を受けていなかった為に多少の偏りはあるものの高成績を残した優等生。

肩ほどの茶色の髪にサイドテールという手入れのしやすいシンプルな髪型に、小さくフリフリの付いてる服は年相応の少女というに相応しいだろう。

 

だけど小学生だっていうのにアタシの後輩よりも落ち着いた振る舞い、感情を殺したかのような冷たいその視線はとてもじゃないが世間一般の子供と同じとは思えない。

 

「何で乗ってやがる?」

「私も本部に帰るのでご一緒しようかと」

「テメーはリムジンがあんだろ」

「アレでは狙って下さいと言ってるようなものです」

「テメーなんか誰も狙わねーよ」

「そうですか。実際に狙われた雪音さんの言葉は重みが違いますね」

 

子供の癖に大人びた口調で喋る静香はそう言って膝に置いていた可愛らしい通学用バッグに手を入れると、バッグの中からは錬金術師共がよく使う遠隔爆炎術式が刻まれエーテルで満たされた小型爆弾が取り出された。

 

爆弾自体は既に無効化されているが、静香の言葉の意味を理解したアタシ達はため息を吐いた。

 

「錬金術師に勘付かれましたね」

「チッ、面倒だな」

「少なくともパァヴァリア光明結社の残党ではないですね」

「何でそんな事分かんだよ」

「あの駐車場は監視カメラで隙間なく監視されています。もしも設置の際に空間転移術式を使っていれば術式の発光現象で気付く筈です。ですがそれが無かったということは相手は透明になる手段を持っていると考えるのが妥当です」

 

此奴は間違いなく優秀だ。

 

状況判断も理に適ってるし、錬金術が用いられた爆弾を破壊せずに無効化出来るのは装者を含めてもエルフナインと後輩二人と此奴だけだ。

 

エルフナインが当たり前のように扱う錬金術は一番頭が良いアリアでも理解し切れない程新しい価値観と常識を要求される。それを此奴はこの歳で頭に叩き込んでいるのだからアタシが今更何を言っても装者になるのは確定事項だ。

 

だけど、

 

「チビが出しゃばるな」

「………そうですか」

 

アタシは今の此奴を装者するつもりは一欠片もない。

 

 

 

 

『はぁ!?本気で言ってんのか!?』

『何がだ雪音?』

『静香を装者にするって、此奴はまだ12歳だろうがッ!話が違ぇだろ!』

『静香の意思と雪音の適合率の低下を考慮して出た結論だ』

 

エクスカリバー輸送作戦で立花さんとアリアさんが日本に来ている間、私と雪音さんが風鳴司令に呼び出されて話を聞いていると風鳴司令が『イチイバルの装者を年内に静香へ引き継ぐ事にする』と言い出した。

 

同席した立花さんとアリアさんが眉一つ動かさなかった事から多分その話を切り出したのは国連側、エクスカリバー絡みのパワーバランスを考えた結果なのだろうけど当然現在の装者である雪音さんはそれには猛反発した。

 

『低下って、ちょっと調子が悪いだけだろ!』

『これまで調子が悪い程度の事で継続的に適合率を落とした事があったか?私達が止めても常に前線に出て無理をしてきた雪音がちょっと調子が悪いだけで手を抜くのか?』

『それは…!』

『雪音の適合率低下は今に始まった事ではないから仕事をどうこう言うつもりはない。だが、それを言わないという事はどういう意味か分かるな?』

『ッ、納得出来るかッ!』

 

雪音さんの適合率が全盛期と比べて下がっている事は本人も気付いている筈、それでもクリスさんは私にやらせるくらいなら自分が戦うと言って聞かず司令も困っている様子だった。

 

雪音さんをどうやって説得したものかと考えようとしたけど立花さんは反発されるのを分かっていたのか、下手に口を出さずに傍観に達していたアリアさんの背中を押した。

 

『なら力尽くで納得させるしかないわね。アリア、準備しなさい』

『……えっ!?』

『説得が駄目なら思い知らせるしかない。如何に自分の力が落ちているのかを』

『テメェ……!』

『そ、その、私よりも本部長の方が適任では?』

『私が出るまでもない。今のアリアなら不完全なイチイバル装者くらいねじ伏せれる筈よ』

『ッ、アリア来い!』

『は、はい!?』

 

アリアさんはLiNKER無しではガングニールを纏うのがやっとの適合率。だけどLiNKERに対する耐性が人よりも高いアリアさんは複数のLiNKERを投与する事で、適合率を跳ね上げる事が出来るというのは輸送作戦の報告書で確認されていた。

 

雪音さんもそれは知っている筈だけどアリアさんの手を掴んで無理矢理トレーニングルームに入るや否やシンフォギアを纏い、今にも攻撃を始めそうだからアリアさんも慌ててシンフォギアを纏っていた。

 

私は風鳴司令達に連れられてモニタールームでその様子を見る事になったけれど、二人は胸の内にある感情を雪音さんに悟られないように手を強く握り締めていて、私はこの二人には結末が見えているのだと悟った。

 

『あ、あのー、LiNKERは何本まで?』

『全部使え!』

『二本でいいわ』

『全部だッ!』

『全部使わせたら自身の不調を盾に言い逃れされるわ。二本で倒しなさい。アリア、これは命令よ』

『……はい。よろしくお願いします、雪音さん』

『ぶっ殺してやる!』

 

二人の間に挟まれているアリアさんは上司である立花さんから『LiNKER二本で雪音さんを倒せ』という命令を受けると、これがただの訓練ではなく人命を救う為に必要な戦いであると察し、一本だけ追加でLiNKERを投与すると身を屈めて姿勢を低くした。

 

足技が主体であるアリアさんの脚の装甲からは緑色の電流が迸り、二人は睨み合ったまま膠着していたが雪音さんがボウガンの引金を引いた瞬間、アリアさんは足のブースターを起動して一瞬にして距離を詰めて拳を突き出した。

 

その速度は私が何度か相手をした時とは比べ程にはならない程速く、間一髪で体を反らしてこぶしを避けた雪音さんも即座に左手のボウガンをショットガンに切り替え、超至近距離でアリアの胴体目掛けて弾丸を放った。

 

けれど、元々人一倍努力を重ねていたアリアさんが銃火器相手に接近するだけ無効化できるなんて安易な考えをしている訳がなく、踏み込んでいた左足のガントレットから高圧のエネルギーを噴出させると弾丸がその身に届く前に搔き消した。

 

『なっ!?』

『………』

 

弾丸が一つも通らなかった事に雪音さんが動揺しているとアリアさんは地を這うように姿勢を低くしてから足払いを掛け、アリアさんを見失っていた雪音さんの身体が宙に浮くとアリアさんは姿勢を低くしたまま身体を捻ってバックキックを叩き込んだ。

 

防御が間に合わず勢い良くトレーニングルームの壁に叩きつけられた雪音さんにアリアさんは追撃しようとはせず、牽制のつもりだった攻撃が雪音さんの装甲に『亀裂』を入れた事にただ目を丸くしていた。

 

『んな所で……終わってたまるかァァッ!』

 

その隙を突いた雪音さんは咆哮を上げながら地面に背中の装甲から床にバンカーを打ち込んで姿勢を固定すると、両手に持っていたアームドギアを握り潰した。

 

その粒子が背中の装甲へと吸い込まれていき、『強力な治癒能力』を持つイチイバルが装甲内で自動修復されると装甲は凄まじい勢いで武装を展開して雪音さんの呼び掛けに答えた。

九連装ミサイルポッド四門、迫撃砲八門、127mm単装連射砲四門、レールガン二門、ガトリングガン十門、そして胸の中心で真紅の輝きを放っているサテライトキャノン一門。

 

《end of world》

 

電脳世界でテスラ財団の幹部と戦っている他の装者達を守る為、たった一人で電子ノイズ60万体を相手に勝利した雪音さんが持つ最後の切り札。

 

今の適合率でもその切り札の一端を引き出すと雪音さんの咆哮に合わせて凄まじい銃声と爆音が本部全域に響き渡り、地震かと思わせるほど衝撃が足元が震わせながら爆炎と硝煙がトレーニングルームを覆い尽くした。

 

その攻撃が止んだのはおよそ1分程経った後で、流石にこの火力ではアリアさんも無事では済まないと二人は心配そうにしているが、アリアさんは決して自己判断が出来ない人ではない。

 

振動で止まっていたトレーニングルームの空調が復旧して舞い上がっていた煙が少しずつ晴れていくと、其処では雪音さんが己の全力を尽くして膝を着いていた。

 

そして、

 

『あ、あれ?いつの間に三本目を!?』

『馬鹿な…あれだけ喰らって何で…!?』

『………勝負は決したな』

 

三本目のLiNKERを使う事で全身から電流を迸らせているアリアさんがほぼ無傷のまま立っていた。

 

 

 

 

 

「静香さんの言う通りですね。監視カメラの映像からは発光が確認出来ません」

「つまり高度な光化学技術を持つテスラ財団か。だが何故テスラ財団が錬金術を用いた爆弾を使う?」

「問題はそこです。パヴァリア光明結社もテスラ財団も、主要人物は既に居ない筈なのですが最近になってまた活動が活発になっています」

「その両者の現在の拠点となっているのがロシアか」

「はい。ですがロシア政府がそれに関与してる可能性は低いですね」

「ロシアで発掘された聖遺物のシンフォギア開発の最中だというのに、それを邪魔をするとは思えないからな」

『国連にいる職員にも聞いてみたけど、やはり今の状況でわざわざ関係を悪化させるような事はしないそうよ』

 

本部に着いてから車に爆弾が仕込まれていた事をセンパイに伝えると、どうして荒事にならなかったのだと聞いてきたが遅れて司令室に入ってきた『チビ』を見て合点がいった様子だった。

 

それから国連に居てテレビ通話をしているバカとエルフナインで今回の件を分析していたが、やはりチビの言う通り相手は錬金術師ではなく科学者であるという方向で話は進んでいた。

 

国連の本部長、S.O.N.Gの司令官、シンフォギア開発の第一人者の会話にはただの戦闘員でしかないアタシが介入する余地もなく、互いの立場を考えながら最善の道を模索していた。

 

「どうする本部長?」

『ロシア当局との交渉は済ませたから一時的に介入する事は可能よ。だけど短期間での任務になる為、其方から何人か借りたい』

「誰がいい?」

『実績のある百合根とザババの何方か、それと……静香を借りたい』

「ッ、駄目に決まってんだろ!」

 

あんなだだっ広い土地で活動するというのだから百合根と後輩の片方を借りたいというのは当然だ。だけどそこにチビの名前も含まれるとアタシは居ても立っても居られず声を張り上げた。

 

けど話していた三人はアタシを哀れむような目で見ていて、何でアタシが呼ばれないかなんて分かっているけど黙っていられる訳がなかった。

 

「何で此奴まで必要なんだよッ!必要ならアタシを呼べッ!」

『……戦えない装者に用事はないわ』

 

『戦えない装者』、それをバカに言われる日が来るなんて思わなかった。彼奴はいつだって無茶をしてきたし、アタシ達はそれに続くように無茶をした。

 

どんな時だって一緒に戦ってきたのに、遂には仲間外れかよ……

 

「んだよ……テメー等はそんなにアタシが信用できねえのかよッ!」

「いい加減にしろ雪音ッ!誰もお前を信用してない等と言っていないだろッ!」

「なら何で此奴を戦場のど真ん中に送り出そうとしてんだよッ!

「それが静香が選んだ道だッ!」

「選んだ道だぁッ!?ならアタシの道はどうなんだよッ!これからどうしろってんだよッ!ソロモンの杖で何百万人も何千万人も殺したアタシにこれからどの面下げて歩けってんだよッ!」

 

ソロモンの杖でバビロンの蔵を開けたアタシは他の奴らとは殺した人数が違う。どんなに償ったってそれが許される事なんてない。だから私は死ぬまで戦場で戦い続けて、少しでも救える命を救ってから勝手にくたばればいい。

 

それに二度とアタシみたいな奴を生まない為に戦ってきたというのに、こんなチビに戦わせてアタシがそれを指を咥えて後ろで見てるなんてそれこそアタシには出来ない。

 

たとえ適合率がどんなに下がろうと装者を辞めるつもりも、戦場以外の場所で死ぬつもりはない。たとえバカとセンパイがどんな権力を振り翳してきても、その全てを跳ね除ける覚悟があるとペンダントを握り締めて示した。

 

「アタシは戦場で死ぬなら本望だッ!そんなに此奴を早死にさせたいならアタシが死んでから勝手にやりやがれッ!」

『………クリスちゃん』

「何だよッ!」

『無理はしないでね』

絶対にイチイバルは渡さないと司令部のデカイ画面越しにバカを睨み付けると、バカはたった一言そう告げると返事を待たずに通信を切った。

 

さっきみたいに役に立たないと言ってくれたらどんなに良かったか。役に立たないと言うなら役に立てばいいだけなのに、『無理をするな』だなんて彼奴の本心を言われたんじゃアタシはどうすればいいんだよ?

 

どうして誰もアタシの気持ちを理解してくれないんだよ……!

 

 

 

 

 

雪音クリス。

 

25歳。職業タレント、別称『うたのおねえさん』。

 

幼少期に起きた事件により一時行方不明となり、16歳の時に日本に帰国すると共に元々適性のあったイチイバルの装者に任命。

 

「あった」

 

雪音さんが司令部から出て行ってから、昔から雪音さんを知る藤堯さんや友里さんに話を聞いてみたけど装者になってからの事は教えてくれるけど、『ソロモンの杖』に関しては言葉を濁された。

 

だから資料室で端末を借りてS.O.N.Gに所属する隊員の経歴を調べていると雪音さんの項目が見つかったけど、雪音さんが言っていた『ソロモンの杖』に関しては何一つ記されてはいなかった。

 

恐らくは聖遺物の名前なのだろうけど、何百万人も殺していてニュースにならない訳がない。きっと大災害を起こせる、もしかしたらノイズに関連した聖遺物の可能性もある。

 

それに幼少期に行方不明になったという割にはやけに経歴も綺麗だ。後世の人間に見られると面倒な事になる情報が何かあると見て間違いはないだろう。

 

「あまりこの手は使いたくないのだけど……」

 

仕方ないから風鳴司令とエルフナイン女史クラスの管理者しか知らない管理コードを打ち込むと、様々なプロテクトが外されていき少しずつ開示される情報が増えていき、最後に現在のS.O.N.Gでは最高機密となっている『最終決戦』についての項目が閲覧が可能になった。

 

コードはエルフナイン女史の端末を盗み見しただけだし、閲覧禁止の項目がどういったプロテクトになっているかは教えられていないからどう監視されてるかも分からない。

色々と気になる項目はあるけれどのんびり見ている暇もない。すぐにページを更新して装者達の本当の経歴を表示させると、暁さんや月読さんの経歴も大きく変化したが私は雪音さんの項目だけに注目した。

 

 

「ソロモンの杖……ネフシュタンの鎧……それに…フィーネ?取り敢えず見つかる前に重要そうな所だけは写真で」

『こーらっ』

「いたっ」

『一体いつからシズちゃんは管理者に昇進したのかな?』

「百合根さん……」

 

あまり長くは見ていられないから表示されている画面を写真に撮っていると、後ろから親しい人の声が聞こえると共に頭を小突かれ、椅子を回して振り返ると其処には第一装者候補生である百合根さんがムッと眉を顰めながら立っていた。

 

日本を東西で分けた華道二大流派の一つである『百合根家』の一人娘『百合根 律』さん。由緒正しい日本人らしい艶のある黒髪を腰まで伸ばし、仕草では怒りながらも浮かべている穏やかな笑みは百合根さんの人の良さを表しているようだ。

 

「これは、クリスさんのパーソナルデータね」

「何でこれが管理者コードだって分かったんですか?」

「管理者コードはね、使うと他の管理者にも通知がいくの」

「よく知ってますね」

「ティナがLiNKERの製造方法を盗み見してた時に風鳴司令が怒ってたからね。それで、クリスさんのデータを見てどうするの?」

「………どんな人か知ろうと思って。雪音さんは非常に優秀な装者ですし、尊敬もしています。でも今の雪音さんは己の意地の為にS.O.N.G全体の指揮を乱してる。司令官達も一緒に戦ってきた仲間だから強硬な態度を取れていないので、せめて私から何か働きかけが出来ればと」

 

私も雪音さんの事は嫌っている訳じゃない。あの歳になるまで戦い続けて優秀な隊員として任務に勤めていたから尊敬もしてる。

 

けど今はイチイバルを失う事を酷く恐れていて、任務にも支障をきたそうとしている。それは人の命を守る者としてあるべき姿ではないし、力を失う事を恐れる人にシンフォギアを持たせているのは危険だ。

 

装者候補としてやるべき事はやっておかないと私としても気が済まないという事を伝えると、私の話を真剣に聞いてくれた百合根さんは花を咲かせたように微笑んだ。

 

「風鳴司令がね、今から雪音さんのパーソナルデータを見るみたいなの」

「え?」

「エルフナインさんもそれを了承してたから、見るなら今の内だよ」

「……分かりました」

 

装者候補生の中で唯一既に実戦に配備されている百合根さんは風鳴司令達からの信頼も厚いからこそ、『見て見ぬ振り』をする事を私に伝えに来たという訳か。

 

私の考えを見抜かれていたのは恥ずかしいけど、公認とあれば私もコソコソするのは止めようと携帯は仕舞い、雪音さんのパーソナルデータを順を追って読んでいくと雪音さんが送った壮絶な人生が記されていた。

 

私と同じように紛争地域で両親を亡くしてから程なくしてフィーネという女性に救われたけれど、それは雪音さんのイチイバルとの適合率を知っていたフィーネの思惑の内。

人類を殺す為に旧人類によって生み出されたノイズをバビロンの蔵から解放し、ネフシュタンの鎧を纏って各地で破壊活動を繰り返していた。

 

けれど立花さんや風鳴司令、風鳴元司令の語りかけ、信じていたフィーネから裏切りを受けてS.O.N.Gの前身である特機二課に加わり、カ・ディンギルによって月を穿ちバラルの呪詛を砕かんとするフィーネの計画を阻止した。

 

私達が知らない戦いの記録がこんなにもあっただなんて、それ程フィーネとの戦いには隠しておかないといけない事があるのだろう。

 

「バラルの呪詛……」

「人類の相互理解の為に必要な統一言語、それを神がバラルの呪詛で封じたの」

「………それが立花さん達の『最終決戦』の発端ですか?」

「ええ、全てはフィーネから始まった戦い」

 

私達が装者候補生になってから最初に教えられるのは装者としての役目ではなく、人類の為に身を呈した二人の装者の名前だ。

 

一人は死ぬと分かっていて絶唱を放つ事で後に英雄となる立花さんの命を救った『天羽奏』。

そしてもう一人はその身に幾多の神や呪いを宿し、聖遺物と融合して手にした力でその全てを滅却した『小日向未来』。

 

私達が知っている最終決戦の概要は未来さんが全人類を救う為に築き上げた『時空神殿パンドラ』の内部に立花さんと風鳴さんが侵入し、全ての特異点となった『ある日』を舞台に二人が歌を歌った。

 

その歌は全ての伝説で神として崇められる太陽すらも超越したフォニックゲインを生み出し、神や呪いに塗り潰されていた未来さんの心にまでその歌が届けられ、原因となったモノを封印するという『奇跡』を起こした。

 

その全ての戦いの根幹にあったのが、バラルの呪詛という訳か。

 

「神が施したバラルの呪詛は既に機能を停止した。だからと言って統一言語が生み出されるとは限らないけど、間違いなく言えるのは人類が分かり合うの不可能ではなくなったの」

「でもどうしてフィーネやバラルの呪詛という言葉まで隠していたんですか?シンフォギアの始まりは装者なら知っておくべきなのに」

「……多分、その言葉を誰ももう見たくなかったんじゃないかな?そんな言葉が無くても、私達ならきっと分かり合えると信じて歴史から消すのが一番だと判断したんだよ」

 

たとえ装者候補生だとしても教えられる事がなかった真実、それを風鳴司令が教えてくれたという事は私に雪音さんを止めて欲しいという意味なのかもしれない。

 

雪音さんと似た境遇で同じように拾われた私が戦う事は雪音さんが一番許せないと分かっていても、このままでは雪音さんが無理をして命を落としてしまう危険性がある。

 

「………雪音さんは、私が装者になる事に凄く怒ってました。ただイチイバルの装者から外れたくないだけと思ってましたけど、そうじゃないんですね」

「クリスさんは凄く優しい人だよ。シズちゃんみたいに小さな子が戦いなんて知らなくていい世界、平和な世界を望んでその意志だけでこれまで戦っていたんだから」

「……私は、辞退するべきだと思いますか?」

「そうだね、もしもクリスさんに遠慮するのなら辞めた方がいい。でもそうしたらクリスさんは間違いなく戦場で死ぬ事になる。それにシズちゃんだってシンフォギアを纏ってでも叶えたい夢がある、だから生まれた国から飛び出てS.O.N.Gに入隊したんじゃないの?」

 

赤ん坊の時に父と母を戦争で亡くした私は名も無い天涯孤独の身として教会で育てられた。紛争地域だった事もあり、色んなボランティアや国連軍の人と出会いはしたけれど私はその全てが灰色に見えた。

 

どんな物でも炎に焼かれてしまえば灰になる。それを何度も見てきた私には世界が灰色にしか見えなくて、希望も絶望もない只々寿命が減っていく人生なんだと諦観していた。

 

けど、布教の為に来ていた宣教師の人が教えてくれた言葉が灰色だけの私の人生に灰色以外の色を与えてくれた。それが偽善なのかは分からないけど、少なくとも私の命を懸けるだけの価値があったのは確かだ。

 

「シズちゃんの夢をクリスさんに伝えてみたらどうかな?」

「私の夢を、ですか?」

「うん、きっとクリスさんは分かってくれる筈だよ」

「……ちょっと恥ずかしいです」

「そういう可愛い所もクリスさんに見せなきゃダメだよ。すぐに大人っぽくするんだから」

 

私もいい歳なんだから大っぴらに夢を伝えるというのは恥ずかしくて尻込みしてしまうと、百合根さんに髪をくしゃくしゃにされながら頭を撫でられ、折角整えているんだからと手を払い除けようとしてもヒラリヒラリと避けられてしまう。

 

大体、百合根さんはどうしてここまでバラルの呪詛やフィーネの事を知ってるんだ?もしかして私と同じようにエルフナインさんの管理者コードを毎日盗み見したりしてるのか?

 

「私達はまだ装者候補生だけど、その想いは装者の人達にも負けてない。だから歳なんて気にせずクリスさんにぶつかって来なよ」

「……はい」

「それとコレ、エルフナインさんが完成させてたよ」

 

私が尊敬するアリアさんと並んで優等生として名高い百合根さんも意外と不良少女だなと思っていると、百合根さんはポケットから青色のイヤリングを取り出すと私に手渡してきた。

 

私が提案してエルフナイン女史と共同で開発していた私のアームドギアを強化する為の試作型兵装。まだまだ私の理論も詰めが甘くて色々と迷惑を掛けてしまったけれど、もう試作品が完成するなんて流石はエルフナイン女史だ。

 

「雪音さんが何処に居るか知ってますか?」

「緒川さんは今日の収録は無いって言ってたけど、もしかしたらテレビ局じゃないかな?」

「分かりました。色々とありがとうございます」

「いいのいいの、それよりも行って来なよ」

 

イヤリングをポケットに仕舞ってから立ち上がり、色々と教えてくれたと百合根さんに頭を下げてから資料室から駆け出した。

 

雪音さんが頑なに装者としての死を望む理由が贖罪の為なら、きっと雪音さんは責任に押し潰されて周りが見えなくなってるんだ。私みたいな子供に言われても余計に気を悪くするかもしれないけど、雪音さんには皆の想いを伝えなきゃいけないんだ。

 

もうイチイバルは纏わなくていいという皆の想いを。

 

 

 

 

 

「それで、彼氏と喧嘩でもしたの?」

「違ぇ!あ、いや、違います!」

 

本部から飛び出して今はS.O.N.Gの誰にも会いたくなかったアタシは家にも帰らず、適当に車を飛ばしていると気が付けばテレビ局の地下駐車場に車を停めていた。

 

いつの間にそんな仕事人間になったんだと思いながらも、此処にはアタシがS.O.N.Gの隊員である事を知ってる人間は居ないのだから気兼ねも目的もなくフラフラと歩いていた。

 

そんな事をしていると丁度何かの収録が終わったのか、通り過ぎようとして居たスタジオの扉が開いてそこから出て来たのは前任の『うたのおねえさん』、つまりはアタシの先輩である『樋口しのぶ』だった。

 

「その歳で彼氏の一人も出来ないなんて、こんなに綺麗なのにどうしてかしらね?」

「か、彼氏なんて、私には要りません」

「そんな事言ってたらどんなに美人でも生き遅れるわよ?」

「………アタシなんて、とうの昔に死んでます」

 

テレビ局内にあるカフェで取り敢えず話をしていると先輩は痴話喧嘩かと揶揄ってきたけど、アタシにそんな余裕が無いと分かったのかマネージャーを手で追い払うとアタシ達は二人きりになった。

 

「どういう意味?」

「………アタシの歌は自分への怒りが原動力だった。ちょっとでもアタシが自分の頭で考える事が出来てたら、そう思うと底無しの怒りが湧いてきてそれがアタシに力をくれた。なのに、今は……」

 

アタシの力が弱まってるのを一番分かってるのはアタシ自身だ。

 

最終決戦を経験してるからこそ、アタシの底力がどれくらいあってその何割を引き出せているかは常に把握していたけれど、アタシは高校卒業を皮切りに適合率が少しずつ下がっている事に気付いた。

 

最初は本当に体調不良だと思って少し多めに休んだりもした。それでも何故か回復する事がなくどうしようもなかったからそのままにしていたけど、アタシが先輩と交代で『うたのおねえさん』になった時からアタシの適合率の低下に拍車が掛かった。

 

『うたのおねえさん』として歌えば歌う程、アタシの適合者としての才能が失われていった。早くに退役したマリアを除けば他の奴らがどんどん強くなっていく中でアタシだけが弱くなっていった。

 

「今は怒りが湧いてこないの?」

「……ああ、全部を撃ち伏せると誓った歌に力が籠らないんだ」

「そうね、今の貴女から感じるのは『幸せ』だものね」

 

そりゃ、最初は子供達と接するのは苦手だった。

 

無邪気な奴は駄々は捏ねるし、妙に小慣れてる奴がアタシに取り入ろうとしてきたり、本当の意味での子供と触れ合った事が無かったアタシには難しい仕事だった。

 

けど、楽しかった。いつもは敵にムカつきながら仲間と歌うだけだったのが、子供達と楽しく歌えるんだから楽しくない訳がなかった。

でもイチイバルはアタシが幸せになる事を適合率を落とすという方法で拒んできやがった。

罪を贖う装者として最後まで戦うのか、罪から逃げて自分だけ幸せを手にするのか、そんな二択を迫られたアタシは完全に生き詰まってしまった。

 

「貴女の代わりをできる人は居ないの?」

「……1人居るけど、其奴だけは駄目だ」

「どうして?」

「っ、彼奴はまだ子供なんだ!子供が銃を持つ所なんて見てられるか!それをさせないのがアタシの役目なんだよ!」

「随分とおっかない所に身を置いてるのね」

「あっ……」

「心配しなくても詮索なんてしないわ。けど、貴女の言ってることは間違ってないわ。子供が銃なんて持つべきじゃない」

「当たり前だ!それなのに、なんで彼奴らはッ!」

「でもね、だからと言ってそれが貴女が銃を持っていい理屈にもならないの」

 

子供は子供らしく戦いなんて知らずに遊んでればいい、その平和を守るのがアタシ達大人の役割だってのにバカ達は平然と戦場に送り出そうとしやがる。まだ世界の事なんてこれっぽっちも分かってないチビに戦い方ばかりを教えようとしやがる。

 

子供達と歌を歌っているアタシにはそれだけはどうしても納得が出来ずにいると、先輩もそれには同意してくれたけど私が銃を持つことも同時に否定してきた。

 

「人を傷付ける道具を持つ事なんて本来誰にも許されない行いよ。子供だろうと、大人だろうとね」

「アタシだって銃なんて持ちたくねぇよ!でも皆を助ける為には誰かが持たなきゃいけないんだよ!」

「それよ」

「………何がだよ」

「人を傷付ける道具は誰も持つべきじゃない。でもそれが人を助ける為の道具ならそれを持つかどうかはその人次第じゃないの?」

「そんなの猿でも分かる詭弁じゃねぇか!アタシが言ってるのは力の使い方じゃなくて力を持つべき人間の話だ!」

「子供にだって私達より賢い子は居るじゃない」

「ッ、アンタは何も分かってない!世の中にどんだけ明日に絶望してる子供がいるかを分かってない!アタシはそれを知ってる、だからもう誰にもそんな目に遭わせたくないんだよ!まだ未来のある子供の癖に死んだ目をしてるのが一番嫌なんだよ!うたのおねえさんだったアンタが何でそんな事も分かってくれねぇんだよ!」

 

アタシが真剣に話してるのにこの人はふざけたような事ばかり言うからテーブルに拳を振り下ろすと、テーブルに乗っていたコップが倒れて水が溢れた。

 

この人なら分かってくれると思ったのに、結果この人は平和な国で生まれて平々凡々な子供達の事しか見えてない。アタシはチビに限った事じゃない、世界中で明日に希望を持てない子供達の為に戦ってるんだ。

 

子供達が明日に希望を持って生きたいと思える世界をアタシは作らなきゃいけないんだ。そんな役割をチビに押し付けるつもりも、そんな聖人まがいな事をやらせるつもりも微塵もない。だから私は絶対にイチイバルは渡したりなんてしない。

 

アタシは最後の最後まで戦って死ぬんだ。

 

「それが答えよ」

「は…?」

「怒りなんかじゃない、子供達を幸せにしたいという気持ちが今の貴女の原動力よ。その原動力を否定するような物は捨てなさい」

「その為にチビを巻き添えになんて出来ない!」

「そのチビちゃんの話を貴女は聞いた事があるの?チビちゃんは大人に言われて嫌々その力を使うの?大人に言われたから皆を助けたいって思ってるの?」

「ッゥ…!」

「貴女の言ってる事は凄く立派よ。その歳になっても純粋に子供達に重たい荷物を持たせたくないって心の底から言えるのは素直に尊敬するわ。でも子供達は大人が知らないところで大きくなるの。貴女が全部知ってるような気になっても、子供達は自分で考えて成長していく。それを見守るのも大人の役目じゃないの?」

 

見守るのが大人の役目、そんな事は知ってるつもりだったけどセンパイに改めて言われるとそれに言い返すことができなかった。

感情を表に出さないチビが何を考えてるのかはよく分からないけど、とにかく子供だと決め付けてアタシはイチイバルの装者になんてさせないと意固地になっていた。

 

それが間違ってるなんて今でも思ってはいないけど、チビの話を何一つ聞かないでいるのは本当に正しいのか?アタシと同じように紛争地域で拾われたチビにアタシは自分の過去を重ねてただけなのか?アタシと同じ運命を歩む事になるって決め付けてただけなのか?

 

チビはなんで、装者になりたいんだ……?

 

「………ッ!?伏せろッ!」

「キャァッ!?」

 

私がやっている事が大人として正しいのか改めて見直そうとしていたその時、いつも戦場で匂う微かな油と火薬の匂いが漂ってきて全身に寒気がしたから椅子に座っていた先輩を押し倒した。

 

次の瞬間、耳をぶっ壊さんばかりの銃声をビルの外から鳴り響かせながら頭の数センチ上に何十発もの弾丸が掠めていった。

 

襲撃犯は見境なく撃っているのかアタシが床に倒れているにも関わらず適当にカフェを破壊していき、銃声が鳴り止む頃には1分前まではお洒落だったカフェが血や木片が飛び散った戦場と化していた。

 

『雪音クリスさーん、生きてますかー?』

「やっぱりアタシが狙いか……!」

「ちょ、ちょっと!?」

「何だよ…!」

「私達が生きてる事が分かってないなら大人しくしてた方がいいわよ……!」

『もしも死んだフリなんてしたらこのビル吹っ飛ばしますよー!』

「アンタは隙を見て逃げろ……此処はアタシが何とかする…!」

「何とかするって、相手は空飛んでるじゃない…!」

「空飛ぶ程度の相手なら勝ち目はあるさ………何かアタシに用かクソッタレ!」

 

先輩はアタシが出て行くことにぶつくさ文句を言ってきたが、アマシを受け入れてくれた恩のあるこのビルでこれ以上暴れる事は許せないから床から起き上がって窓の外を見上げた。

 

其処にはテスラ財団製の強化外骨格『タイタン』を纏った中学生くらいの男が翼型スラスターで空中をホバリングしていて、服の埃を叩いているアタシを見つけるとその両手に持っていたガトリングガンをその場で放り捨てた。

 

「ようやく気付いて貰えたみたいだね!」

「誰だテメー、アタシのファンか?」

「そんなとこだよ!殺していい装者の中で一番君が気に入ったから殺し来たよ!」

「その割にはセコイ爆弾仕掛けるたぁどういう了見だ」

「あんな錬金術を使っただけのオモチャは天才の僕には合わないからね、君へのプレゼントだよ!」

 

空を飛んでるガキは随分と気持ち悪い頭の中身をしてるのか気色悪い笑みを浮かべていて、喋るのも気持ち悪いが今は少しでも時間を稼いで仲間が来るのを待つべきか。

 

「今更テスラ財団の奴が何の用なんだよ?ニコラ・テスラなら1,000年後にしか起きねぇって言ってたぞ」

「さぁ?僕はボスに言われて装者を殺しに来てるだけだから。役立たずのおじさんおばさんの二人は任務に失敗してるみたいだけど」

「ボスって誰だよ?主要幹部は殆ど捕まえてんだろ」

「分かってないなー。天才には意地ってものがあるんだよ。たかだか似非錬金術師が世間を賑わせたのに、僕達みたいな優秀な科学者が騒がれないのなんておかしいだろ?」

「話が通じねぇ野郎だな。親玉は誰だって聞いてんだよ」

「さぁね、ボスは人前に出てこないから。歯向かったら殺されるし、今は僕の好きにさせてくれるから興味無いね」

 

自分の部下にすら顔を見せないって事は親玉はハナから此奴らを使い捨てるつもりか。ガキの癖に半端な知識を持ってその優越感に浸り過ぎて腐っちまってるみたいだし、加減は必要ねぇか。

 

だが何でアタシが真っ先に狙われる?

確実に殺れるのはシンフォギアを持ってない装者候補生の筈、なのにどうしてシンフォギアを持ってて経験の多いアタシを狙うようなリスクを負いやがる?

 

「あーそれと、このビル付近の電波は全部ジャックしてるから仲間の助けを待っても無駄だよ」

「チッ……なら計画変更だ。テメーはアタシが潰すッ!」

「適合率が下がって弱くなってるのによくそんな啖呵がきれるなー」

「なっ!?」

「それじゃあ、鬼ごっこを始めようか!」

 

アタシが聖詠を唱えようとしたその時、クソガキはS.O.N.Gの人間しか知らない筈のアタシの適合率低下を口にし、動揺しているとクソガキはビルの中に突っ込んできやがったからアタシもすぐにその場から駆け出した。

 

アタシが廊下を走っているのをクソガキは翼型スラスターに取り付けられた機関銃で煽るように撃ってきて、身体の近くに着弾するとコンクリートや木の破片が舞って邪魔くさいがとにかく今は聖詠を唱えるだけの時間を稼ぐしかない。

 

それに、今はS.O.N.Gと通信する訳にはいかない。どうやったかは知らないが、テスラ財団の奴等がスパイを送ってやがるなら下手に通信すればすぐにバレてビルを爆破されかねない。

これ以上アタシの居場所を壊させてたまるか、居場所を壊されるくらいなら彼奴と心中した方が千倍マシだ。

 

「逃げ足早いなー」

「くっ!?」

『お、おい!居たぞ彼処だ!』

「馬鹿野郎ッ!出てくんなッ!」

「邪魔だよオッサン!」

 

なるべく被害を出さない為に屋上を目指して走っていると、騒ぎを聞いたのか目の前にある6番スタジオからカメラマンと見知った監督が出て来てしまった。

 

クソガキはアタシとの狩りに邪魔が入った事に腹を立てたのか、今度は確実に狙ってから機関銃を放つとその弾丸が監督とカメラマンの身体を何発も撃ち抜き、二人がその場に倒れるとスタジオの中からは悲鳴が上がっていた。

 

ごめん……アタシが巻き込んじまったばっかりに…!

 

「ほらほら、潔く死なないと被害が増えるばかりだよ!」

「テメーだけはアタシが倒す!」

「それは僕に勝てる人だけが言うべき言葉だよ!」

 

人の死を悔やむのは後から幾らでも出来る、アタシが此処で殺されればイチイバルは再び何処かに消えて人々を傷付ける道具に変わっちまう。

 

そんな事だけはさせない為にもアタシは走り続け、廊下の突き当たりを曲がってから廊下に設置されている消火器を手に持って振り返ると、クソガキは余裕をぶっこいて角から出来たからその顔面に消火器を噴射した。

 

「ウェップ!?口に入ッタァ!?」

「黙ってろクソガキッ!」

 

噴射し終えた消火器をクソガキの頭目掛けて放り投げ、すぐに非常階段を走って登ると下の階からは扉をぶち破ったクソガキがアタシを追いかけて来たがアタシが屋上に着くのが一歩早かった。

 

「《killter Ichaival tron》」

「このっ!?」

 

ヘリポートに飛び移りながら聖詠を唱えると空高く舞い上がったクソガキはミサイルを何発も撃ってきたが、先にボウガンを展開させてその全てを撃ち落としてからヘリポートに着地すると、全身を光の粒子が包み込んでシンフォギアを形成した。

 

けど、適合率の低下が激しいのか全身を引き裂くようなな鋭い痛みが走り、少し立ち眩んでいると爆炎の奥から光線が飛んできて咄嗟に腕を重ねてガードするとその衝撃でヘリポートの端まで弾き飛ばされた。

 

「全く、イチイバルを壊すつもりはなかっんだけど。まぁ持ち帰れとは言われてないから壊しても問題ないでしょ」

「っ、今のでも駄目なのかよ…!?」

 

これまで光線程度の攻撃なんかじゃビクともしなかった装甲が今は粉々に砕けていて、あまりの不甲斐なさに嫌気が差すが今愚痴った所で聞いてるのはクソガキくらいなんだから言うだけ無駄か。

 

装甲が駄目ならフォニックゲインをアームドギアに集中させ、ボウガンをガトリングガンに展開し直してからクソガキを撃ち墜とそうとしたが、空を自由自在に飛ぶ癖に装甲が硬い『タイタン』には効果が出るほど命中せず、数発当たった所でクソガキはそれを鼻で笑っていやがる。

 

「この程度なら避けるまでもないよ」

「なら此奴も受けやがれェッ!」

 

《mega deth FUGA》

 

クソガキが舐めた口を聞くから背中の装甲から巨大なミサイルを一発展開してからそれをクソガキ目掛けて発射すると、クソガキはそれを避けようともせずミサイルが命中すると上空で強烈な爆発が起きた。

 

今のアタシにはアレが精一杯だ……ちょっとでも削れてくれりゃ後はアレを何百発でもお見舞いすれば…!

 

『そーれっ!』

「ぐッ、ダァッ!?」

 

上空で起きている爆炎を見詰めながら次の手を模索していると、爆炎の向こうから声が聞こえてきたかと思えば今度は全方位に無差別に光線が降り注いだ。

 

最早適当に撃っているしか思えない光線は街にも着弾していて、アタシも一発はボウガンを盾にして防いだけど二発目が胸に当たるとアタシはシンフォギアが解除されて吹き飛ばされ、ペンダントもヘリポートの下に飛ばされていった。

 

爆炎に包まれたままのクソガキが翼をはためかせて爆炎をかき消すと、其処には炭で汚れているものの傷一つ付いてないクソガキが気色の悪い笑みを浮かべて倒れてるアタシを見下ろしてやがった。

 

「弱いなぁ、それでも世界を救った英雄なの?」

「ッゥ……!」

「僕が改造した『タイタンMrkⅢ』の前では所詮そんなオモチャなんてたかが知れてるね。歌で世界を救う?そんな絵空事、今日日の子供でも言わないよ」

「何も知らねぇクソガキがほざくなよ…!」

「ほざくねぇ!歌なんて所詮は歌、天才の僕の前では耳障りなだけなんだよ!」

「ならテメーの頭が腐ってんだよ……テメーは歌で世界を救った現実が見れねぇ雑魚なんだよッ!」

 

人の命を奪って何とも思わねぇ奴の思い通りになんてならない為に震える膝を無理矢理立ち上がらせると、クソガキは自分が貶された事に腹を立てたのか眉間に青筋を浮かべていた。

 

たとえシンフォギアが無くても私の意志は(ココ)にある。私の心が燃えている限りは最後の最後まで戦うのがアタシの使命だから敵を前にして一歩も引く訳にはいかない。

 

「ババアの癖にちょっと優しくしたら調子に乗りやがって…!」

「所詮は大人の真似事しか出来ねぇクソガキが言うじゃねぇか!アタシの知ってる奴は自分の力で新しいモノを作って、力の無い人達を助けようとしてんだよ!」

「弱者は弱者を助けなきゃ人気が取れないだけだろ!僕みたいな真の強者は理解者の方が勝手に寄ってくるんだよ!」

「それがお前を捨て駒にしてる親玉の事か!そりゃあ良い、テメーみたいな雑魚にはピッタリじゃねぇか!」

「ならその雑魚に殺されるアンタはクソ雑魚じゃねぇかよォォッ!!!」

 

アタシの煽りに随分と乗ってくれたクソガキはミサイルから機関銃、羽根からの先端から放たれる光線と全武装を展開してその銃口をアタシに向けると癇癪を起こすように銃口が火を噴いた。

 

弾道を予測して避けれる弾はとにかく避けるんだ!アタシはシンフォギアを頼らなくてもアタシに出来る……事を…

 

アタシに出来る事を……?

 

『間に合った』

 

目の前に弾丸が迫り来る中、脳裏を過ぎった言葉がアタシの足を止めて逃げ遅れてしまった。

 

だが立ち竦んでいた私の目の前に黄色の光を放つ『土の元素』の壁が築かれるとクソガキの弾幕を全て防ぎ切り、錬金術師が助けに入ったのかとクソガキは驚いているようだが今の声は錬金術師なんかじゃない。

 

本当ならこんな所に居るべきじゃない、だけど間違いなくナイスタイミングでやって来たイチイバルの装者候補生だ。

 

「どうやって来やがった…」

「自転車とエレベーターですよ。そして、こんにちは『ヤオ・フェイダス』さん」

「っ!?お前誰だよ!」

「私は静香・ロンドリューソン。貴方を倒す人間なのでお見知り置きを」

 

ヘリポートの階段をゆっくり登って来たチビが姿を現わすと、アタシの目の前に展開された土の壁を消してアタシの前に立ち、ヤオという名前を言い当てられて動揺しているクソガキと対峙した。

 

その手には既にイチイバルのペンダントが握られていて、後は聖詠を唱えるだけだが静香は初めての実戦を前にしても落ち着いてやがる。本当なら怖がるべきなのに、自分の命を奪おうとする敵に対しても冷静な態度で取ってやがる。

 

そんな子供が居ていい訳がない、アタシはチビの未来を奪わない為にも戦い続けなきゃいけないのに……

 

「何で僕の名前を…!」

「ご自分でネットに上げた動画を覚えてないのですか?貴方は非常に傲慢で自己顕示欲の強い人なので、もしかしたらと思ってネットを漁ればすぐに貴方の動画が見つかりました。随分と気色の悪い趣味をお持ちのようで」

「ガキの癖に……なんなら今からビルを吹っ飛ばしてやろうか!」

「どうぞ御自由に。誰も死なないので」

「おいっ!?」

「じゃあお望み通り吹っ飛ばしてやるよォ!」

 

怒りの沸点を通り過ぎてるクソガキをチビが必要以上に煽ると、クソガキは脅しの為に手に持っていたスイッチを本当に押しやがった。

 

だけどビルの何処からも爆発なんて一つとして起きず、爆弾はハッタリじゃなかったのかクソガキは何度もスイッチを押しているが何も起きなかった。

 

チビはその様子を見てから鼻で笑ってから背負っていた通学用カバンのファスナーを開けて逆さまにすると、カバンの中からはおびただしい数の無効化された爆弾が地面に転がった。

 

「こんなオモチャを使って楽しいですか?」

「テメェ…!」

「雪音さん」

「………なんだよ」

 

チビのお陰で間違いなく助かった。後はイチイバルを返すように言うだけなのにアタシは今朝みたいに声が出せず、チビから話し掛けられてからようやく声が出せた。

 

「私は確かに雪音さん達と比べれば子供ですし、それを否定しようとは思いません。雪音さんが子供達を守る為に戦ってきて、私にシンフォギアを纏って欲しくないという気持ちも理解出来ます」

「………」

「でも、それでも私はシンフォギアを使います。こんなに色鮮やかな歌で満ちている世界を守る為に」

「何ゴチャゴチャ喋ってんだよ!」

 

チビの所為で計画が破綻したクソガキは胸のリアクターにエネルギーを集約して巨大な光線を放つと、チビはそれに手を翳して再び土の元素による障壁を三枚築いて光線を防いだ。

 

けどその障壁も少しずつ押されていくと一枚が割れたが、世界を守る為に戦う決意を決めているチビは其処から一歩も引かなかった。

 

「『歌で世界を救える』と世界に広めた人達のようになる為に!」

「何でそれを…!?」

「これ以上誰かの涙を流させない為にッ!だから見ていて下さいッ!これが私のイチイバルですッ!」

 

パパとママの事を何故か知っていたチビはこれまで聞いた事もないくらいに声を張り上げてそう叫ぶと、翳していた手を振り払って障壁を消し、光線はアタシ達に迫ってきたがチビはその手に握られたペンダントを天に掲げた。

 

「《enjerr Ichaival tron(灰色の世界を音色で燃え上がらせよう)》」

 

聖詠を唱えたチビの身体を光の粒子が包み込むと粒子が光線を掻き消していき、クソガキが駄目押しで機関銃を撃ってきたがそんなチャチな弾がチビに届く訳がなかった。

 

激しい攻撃の中でも軽やかで踊るような歌がビルの屋上に響き渡り、チビの身体を守る為の装甲が次々と形成されていくと最後にチビのアームドギアである箱の形をした『火薬庫』が腰の両サイドに提げられた。

 

チビの心の奥底にある心象、紛争の中でチビの両親を奪った爆発物こそが、世界に絶望したチビが乗り越えた痛みこそがチビにとってアームドギア。アタシと同じ真紅のイチイバルを纏ったチビは自分の心の歌を歌い出すと共に交戦を開始した。

 

「《さぁ、一緒に踊りましょう》!」

「そうやって自分ばかり押し付けて来るのがうざったいんだよォ!」

 

チビの歌を聴いてクソガキが癇癪を起こしてミサイルを放つと、チビも腰に提げた火薬庫の中へ突っ込んで小型ミサイルを掴めるだけ掴んでから空へ投げた。

 

そして小型ミサイルのブースターが点火すると、クソガキの放ったミサイルを全て撃墜しながら残った数発がクソガキにも迫っていった。

 

「っ、しつこいなァ!」

「《地雷の真上で TAP TAP TAP》!」

 

クソガキが空を自由自在に飛び回っても小型ミサイルは何処までそれを追尾し、振り切れないと分かったのか羽根から光線を放って小型ミサイルを迎撃したがその為に動きが止まる事を予測していたんだろう。

 

クソガキが再び私達を見下ろそうとした眼前にはチビが火薬庫から取り出した迫撃砲の榴弾が迫っていて、今まで素顔を晒していたクソガキが初めて『タイタン』の装甲で頭を覆った瞬間、榴弾の時限式信管が起動して起きた爆発でその身体が空高くまで吹き飛ばされていた。

 

「グァッ!?」

「《色は一つと限らない》!」

 

遠距離で一対複数を得意とするアタシのイチイバルとは違い、広範囲且つ大火力で根こそぎ殲滅するチビのイチイバルは戦場でのノイズ相手なら有効だが、街中でタイマンには向いていないというのがエルフナインの分析だった。

 

けど、それは違った。

クソガキはチビの掌の上で文字通り踊らされていて、三手も四手も先を見通して繰り出される爆撃は的確に相手の意表を突き、攻めどころか守りさえもチビの思うがままに操られていやがる。

 

「調子に乗るなよクソガキがァァッ!」

「《世界を音色で染め上げて》!」

 

遥か上空まで吹き飛ばされたクソガキは両翼を盾にする事でダメージを抑えたのかフラフラと蹌踉めいているが、胸のリアクターを金色に輝かせた次の瞬間ビルを覆う程の光線を放たれた。

 

それは確かにリフレクターのないチビには防ぎようのない攻撃だが、アタシはチビを信じてその背中を見守るとチビは相変わらず落ち着いた様子で腰に提げていた火薬庫を一つ光線に向けて放り投げた。

 

空中を舞う火薬庫の蓋が開いて光線に触れると、火薬庫は光線を漏らす事なく吸い込んでいき、限界までエネルギーを消費して光線を撃ち切ったクソガキはアタシ達が無傷であることに愕然としていた。

 

そしてエネルギーを吸い尽くして容量オーバーとなり真っ赤に膨張している火薬庫が空から落ちてくると、

 

「《涙を吹っ飛ばせ》ェェッ!」

 

《Snow Christmas》

 

チビは火薬庫から取り出した魚雷を両手に持ってバットのように振り抜き、一般市民が巻き添えになる可能性の無い空高くまで火薬庫を全力で打ち放った。

 

その特大ホームランは逃走しようとするクソガキの目の前まで届き、クソガキが逃げようとスラスターを点火する前に臨界点を突破して溜め込んでいたエネルギーを全て放出すると、空を覆っていた雲を全てかき消す程の大爆発を起こした。

青白い閃光を放っている爆発による爆風は凄まじく、周囲のビルの窓が震えていたが十分に距離を取っているから割れる事はなく、余計な怪我人も増やす事なく任務を遂行したチビはへし曲がった魚雷を火薬庫に仕舞うと一息吐いていた。

 

相手の空を飛べるという優位性を逆手に取る事で安全圏まで誘導して自分の持てる全力を放って一撃で決める、それが咄嗟に考えて行動出来るチビならたとえどんな任務であろうと熟せるに違いない。

 

力不足の今のアタシとは違って。

 

「やったな、チビ」

「はい。でもあの程度の敵を倒した所でシャルロット・ディルバルスを倒したアリアさんと比べれば大したことありませんけど」

「何だよ、それは手こずってたアタシに対する嫌味かよ?」

「そういう意味では」

「分ぁってるよ。冗談だ、よくやったなチビ」

「……ありがとうございます。それとチビではなく静香です」

「お前みたいなヒヨッコはチビで十分だ」

「っ、髪をクシャクシャにしないで下さい」

 

アタシに自分の在り方を歌ってくれたチビの頭を乱暴に撫でると、シンプルな髪型をしてる割には拘りがあるのか手を叩いてきたが、シンフォギアを纏った所でチビを遇らうくらい造作もない。

 

アタシだって手放しで褒めるのは恥ずかしいんだ、褒められるだけ感謝しろよな。

 

『何終わった気になってんだよッ!』

 

髪をボサボサにされて不機嫌そうにしているチビをアタシが脇から抱えて振り回していると、キノコ雲が浮かぶ空からまだクソガキの声が聞こえてきた。嫌々ながら空を見上げてみると、そこには翼の半分は消し飛んでいるというのに運良く生き延びたクソガキが血塗れのまま空を飛んでいた。

 

だがチビと彼奴じゃ最早戦いにもならない。幾ら市民の命を奪った犯罪者とはいえ抵抗も出来ない奴を殺しては目覚めも悪い。

 

「下ろしてくださいって……全く、まだやる気ですか?」

「当然だッ……お前等みたいな弱者に捕まるくらいなら死んだ方がマシだ…!」

「殺すなよ」

「分かってます………ならお望み通りにしてあげます」

 

もう勝負にもならないから念の為にチビに殺さないように指示するとチビもその気はないようで、火薬庫から青色のイヤリングを取り出して耳に付けた。

 

アレがエルフナインが言ってた奴か。アタシが寄越せって言った時はまだ完成してないなんて言ってやがったのに、やっぱり完成してんじゃねぇか。

 

「《魔弾の射手》、定義開始」

 

エルフナインが二度とバカ夫婦みたいに哲学兵装に呪われる人を生まない為に完成させた哲学兵装を封じる『FG式改良型特機装束』。

その確かな性能に目を付けたチビは完全に制御出来ているなら『哲学を纏う』という事も可能ではないかと提案した。

 

シンフォギアやファウストローブを纏うのとは訳が違うと当初は否定されたけれど、シンフォギアの高適合率時に起きる聖遺物の本来の力の解放を応用すれば哲学を一時的に付与する事は不可能ではないという結論に至った。

チビとエルフナイン、それと後輩二人の四人で櫻井理論と錬金術を持ち寄った新たなシンフォギア強化案『ディファインプロジェクト』が始動した。

 

そして、チビのシンフォギアに組み込まれている神が創った聖遺物に自らが纏う哲学を定義するとイヤリングが光を放ち始めた。

 

新たな哲学の創造によって世界の現実性は歪められ、チビの目の前に空間の歪みが生まれるとその歪みにアームドギアである火薬庫を投げ入れた。

激しく渦巻く現実と非現実の狭間でその存在を改変されている火薬庫はその形が大きく歪み、そしてその形は一丁のライフルへと姿が変わり、チビはライフルを手に取ると空を飛ぶクソガキに向けた。

 

「何だよ……それ…!?」

「本当は死にたくないなら遥か遠くまで逃げた方がいいですよ。この弾丸はたとえ何処に行こうと『必ず狙った場所に当たる』ので」

 

チビが標的の捕捉を終えると銃口の周りには弾丸が帯びている哲学を補助する術式が展開され、チビを中心に再び空間が歪み始めるとそれがどれだけヤバイ銃なのか理解出来たのだろう。

 

クソガキは懐から錬金術師が使う空間転移術式が組み込まれたポーションを握ったが、その手を怒りに震わせてチビを憎らしげに睨んでいたがチビはそれに首を傾げた。

 

「逃げないのですか?」

「ッ、お前は絶対に殺すッ!惨たらしくぶっ殺してやるッ!」

「それは私に勝てる人間が吐くべき言葉です」

 

クソガキがどれだけ吠えようとチビはそれには興味を示さず引き金に指を掛けると、クソガキは捨て台詞を吐いてからポーションを握り潰して足元に術式を展開すると何処かへと消え去ってしまった。

 

それがチビの目的だとも知らずに。

 

「「《Die Aufgabe ist leicht. Schiess|(あの白い鳩を撃て)ッ!」」

 

クソガキが完全に消えた事を確認してからチビは引き金を引き、時空を引き裂く甲高い発砲音と共に『魔弾の射手』という哲学を帯びた弾丸が空へと放たれたがすぐに空間移動術式によりその弾丸は彼方へと消えた。

 

「任務完了。後は本部に帰ってから報告するとしましょう」

「そうだな」

 

弾丸の行方はチビにしか分からないが、チビの事だから今後の活動に役立つような部分に撃ち込んだに違いない。

 

これ以上この場で出来ることはないと判断したチビはシンフォギアを解除すると同時に空間の歪みも消えていき、イヤリングと一緒にペンダントも外したチビが振り返るとアタシにペンダントを差し出してきた。

 

「何だよ?」

「今のイチイバルの装者は雪音さんです。今回は上手くいきましたが次もそうとは限りません。なのでこれはお返しします」

 

アレだけ見せ付けておいて形式張った手続きに拘るなんて何処まで言っても子供らしくない。

 

けど、それがチビの在り方なんだろう。何処ぞのバカみたいに曲がった事が嫌いで、自分が信じた信念の為に命を張れて、アタシと同じ夢を見てくれていて。

 

アタシはイチイバルのペンダントを受け取りはしたが、それを今のアタシが首に掛けようとは思わなかった。

 

「なぁ、お前の夢って何なんだ?」

「……今よりも小さい頃、私はこの世界には灰色しかないと思っていました。けど、ある日ボランティアの宣教師の方がこう言ってくれました。『世界の何処かには歌で世界を救うという夢を掲げて色んな場所で演奏活動しているひとたちがいるんだ。それが叶うか分からなくても、少なくとも世界には色鮮やかな音色で満ちている。だから君もまずは自分の音色を見つけてみたらどうかな』と」

「……そうか」

「自分の音色なんて最初はよく分からなかったけど、その言葉を聞いた私は初めて聖歌隊と一緒に歌ってみると、自分の口から出てるとは思えない程澄んだ声が出てきたんです。自分でも知らなかった自分の音色が次々と溢れてくるのが私は嬉しくて、楽しくて、もっともっと歌いたいって思ったんです」

 

遥か遠くの国でもパパとママの夢を語ってくれる人が居て、それを心の支えにして、こんなに楽しそうに話してくれる子供が居たんだな……

 

「だから、今度は私がそれを広めます。歌で世界を救って、歌で明日に希望を抱いてくれる子供達にっ!?ど、どうしたんですか!?」

「な、何でもねぇよ!コイツはくれてやるからさっさと帰るぞ!」

「あちょっ!?投げないで下さい!」

 

いつまで経っても素直に嬉しいという気持ちを伝えれなくて、言葉よりも涙ばかりが溢れてきたけどアタシは大人なんだ。

 

子供が前を向いて歩けるように後ろから支えてやるのも大人の役目。そうだよな、先輩。

 

 

 

 

「あんな事を言っておいて何だが、それでいいんだな?」

「ああ、今のアタシじゃ役には立てないってのは痛い程分かった。だからって身を引くつもりも無ぇけど、今はチビに任せてアタシに出来る事をするよ」

「そうか……静香も異論は無いな?」

「はい。私も全力で任務にあたります」

 

何故か涙を流している雪音さんと一緒に本部に帰るや否や、雪音さんはイチイバルの装者を私に引き継ぐと言い出し、それには風鳴司令も驚いていたけどその結論に至るまでの雪音さんの葛藤を考えてか深くは尋ねなかった。

 

最後まで戦うと決めた雪音さんは一応装者ではあるけど任務に当たるのは私で、適合率が戻る事があれはその時はもう一度決め直すという方針で話が纏まった。

 

「クリスさん、お目目真っ赤ぁ〜」

「うるせぇ!テメー等はさっさと補習に行きやがれ!」

「もう終わっちゃいましたぁ〜」

 

今日は珍しく学校の補習を受けていない譜吹姉妹も司令室に来ていて、雪音さんを揶揄っていると雪音さんも顔を赤くしているがその姿からは今朝のような追い詰められているような切迫感は無くなっていた。

 

後は私が雪音さんが心配しなくていいようにしっかりとイチイバルを使い熟して任務を完遂していかないと。

 

「それで、だ。静香、何かエルフナインに謝る事はないか?」

「え?私何かしましたか?」

「僕の研究室から勝手に試作型兵装を持って行きましたね」

「あ、あー、ごめんなさい。完成してるのかと思ってつい」

「全くもう、今回はちゃんと起動出来たからいいですけどまだ試作段階というのは覚えておいて下さいね。哲学が折れた時にどんな作用が起きるのかまだ分かってないんですから」

 

雪音さんが吹っ切れた事で少し和やかな雰囲気が戻って来ると突然風鳴司令が私を睨んできて、一体何のことだと思っているとどうやら私が使った試作型兵装の件みたいだ。

 

一応百合根さんから受け取った物だけど試作段階だというのは知ってて使ったのは私なんだから、ここで百合根さんの名前を出しては親切にしてくれたのに申し訳ない。

 

私はその件については平謝りをしてイヤリングを返却すると、少し呆れられたようにため息を吐かれたけど今回に関しては何の言い分も無く私が悪い。

 

「それで、先程『魔弾』を使ってタイタンのリアクターを破壊したと報告があったので調べてみましたが、やはりロシアでリアクターの破損による膨大なエネルギーが感知されました」

「何処だ?」

「『チェルノブイリ』です」

 

私が放った『魔弾の射手』は六発までなら狙った所に必ず当たるという哲学。それを補助する為に聖遺物による哲学の証明や錬金術によるサポートを必要とするが、今の段階の実験では全て寸分狂わずに当てている。

 

だから私はヤオが逃げた先でタイタンのリアクターを狙い撃ち、そのエネルギーを暴走させる事で敵の拠点を見つけようと試みたけど、それは成功したようでお冠だった風鳴司令も少しは機嫌を直してくれたようだ。

 

「こういった機転の良さは静香らしいな」

「ありがとうございます」

「だが哲学兵装を盗み出した事は許していないからな。大体アリア然り静香然り、装者候補生はどうしてそうS.O.N.G内で盗みを働こうとする?」

「そうだそうだ〜」

「情けないぞ〜」

「お前達はそれ以前の問題だ!学校に行けと何度言えば分かる!」

『何やらご機嫌ね』

 

また風鳴司令の檄が司令室に響こうとするとメインモニターに立花さんの顔が映し出されると、譜吹姉妹の首根っこを掴んでいた風鳴司令は少し恥ずかしそうにして下ろした。

 

「此方の問題だ、気にするな」

『そう。静香のお陰で敵の拠点がチェルノブイリと分かった今逃亡される前に打って出る。招集を受けた隊員は至急準備するように、って……暁達は何処に行ったの?』

「案ずるな、連絡すればすぐに戻ってくる」

『全くもう……現場指揮はアリアに一任するから、合流後はアリアの指示に従うように』

「了解した。百合根、静香は暁と合流後すぐに国連ロシア支局へ迎え。其処なら暁の空間転移術式で飛べる筈だ」

「「了解!」」

 

暁さん達が『錬金術師』としての才能に目覚めて以来、国連の支局に自由に飛べるようになった事でS.O.N.Gの活動範囲を大幅に広げる事が可能になり、こうした急な任務にも迅速に対応ができるようになった。

その後継者としても私には期待が掛かっているのだから、あんな小物を倒したくらいで調子に乗っている場合じゃない。

 

百合根さんはすぐに極寒での任務の準備の為に司令室から飛び出して行き、私もそれに付いて行こうとしたけどその前に雪音さんに言っておかないといけない事があるのを思い出し、立ち止まってから雪音さんの顔を見上げた。

 

「雪音さん」

「どうした?」

「今後のイチイバルの装者は私です。二度と譲るつもりはないのでそのつもりで」

 

さっきは適合率が戻ればもう一度イチイバルの装者になると言っていたけど、だからといって私はイチイバルを譲る気は毛頭ない。

 

雪音さんが最後まで戦い抜きたいように私だって覚悟を決めて戦っているんだ。なのにちょこっと適合率が戻ったくらいで装者の座を譲るなんてちゃんちゃら可笑しい話。

 

決してイチイバルは譲らないという意思を示すと周りの人達はさっきまで良い雰囲気に終われそうだったのにと呆然としているけど、イチイバルの装者だった雪音さんがこの程度の事でへこたれるような人な訳がない。

 

「ハンッ!そう言ってられるのも今の内だぞチビ!」

「大人は大人しく椅子に座ってて下さいよ、『雪音先輩』」

 

優しくて頼れる大人、装者としては先輩、そして今ではライバルである雪音さんが拳を突き出してきたから勿論私もそれに応えて拳を交わした。

 

これがイチイバルの装者の在り方、簡単に諦められる程私達は小さな夢を抱いていないんだ

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