「うっひょぉぉぉぉ!!」
人の首が跳ね飛ばされて血飛沫が舞うと海未はそれに合わせて感嘆とした声を上げた。
勿論それは映画の中の話。突然自分が居たスタジアムが崩れるのを未来予知した主人公とその周囲の人間が生き延びたが、死神が生き残った人間を一人残らず惨殺するというシリーズ物のスプラッター映画だ。
海未のアームドギアがチェーンソーなのは止まらない強い意志の表れでもあり、こういう映画の見過ぎというのもあるだろう。私は別にこんなの怖いとは思わないし、所詮映画の中の話だからコメディー程度に観賞している。
だけど、
「非現実的ね、何億分の1の確率よ」
今日は変わった同席者も居る。
時間を遡って朝の9時頃、土曜の朝から風鳴司令に呼び出された海未と私は大体察しが付いていたから通学用バッグを持って司令室に向かうと、椅子に座っていた司令は私達が顔を見せるや否や手を差し出してきた。
何処で知ったのか、『リディアンでのテスト結果を出せ』と言っているのはすぐに理解したからお互いにテスト結果を纏めた用紙を差し出し、司令がそれを眺めるとため息を吐いた。
「勉強は一応してるみたいだな」
「だって分かんない事をそのままにしてたらモヤモヤするし〜」
「どんな知識でもいつかは役に立つし〜」
司令は私達が無学だと思っていたみたいだけど、私達は独学なだけであって勉強をしない訳じゃない。馬鹿が騙される世の中なんだから知識は多くないと馬鹿を見る、それは普段遊んでばかりの海未ですら同じ考えなのだから高校のテスト程度なら90点以上は確実に取れる。
今回も悪い点数でもないから司令は怒るに怒れず、代わりにまた深いため息を吐くと私達の顔を見上げてきた。
「テストの点は悪くない、だがそれなら何故授業を受けない?お前達なら学校に馴染めないなんて話もないだろう?」
「う〜ん?これまで学校に行った事なかったし、授業を受けても面白くないからかな〜?」
「空も同じか?」
「私は海未と一緒に居たいしね〜」
「「ね〜」」
別に学校という場所は嫌いではない、ただ自由気ままな生活をしてきた私達には合わないから海未と一緒にサボっているだけ。
面白くない以上の理由が無いから海未と一緒に居たいという説明で誤魔化すと風鳴司令は難しそうな表情をしていて、私達としては学校を退学にして貰っても良いくらいだけどそれだと司令の面子も潰れてしまうから難しい話なんだろう。
「学校は楽しくないか?」
「微妙かな〜?」
「あんまり話し掛けられたりもしないしね〜」
「恐らく二人の間に入るのを躊躇っているんだろうな。転校してきてから何かと欠席が多く、来てもすぐにサボるなら話し難いのも頷ける。だがそういう理由があるなら叱っても効果が無いのも頷ける」
私達が勉強が嫌いと言わなかったからか司令は意外にも真剣に私達が学校に通えるようにする為に考え始め、てっきり初手から怒鳴られるものだと思っていたから拍子抜けだ。
「怒らないの〜?」
「勉強嫌いを盾にしたら怒ったが、やるべき事はしていて学校の楽しみ方が分からないのなら学校に行きたくないのも当然だろう。ただ、たった一度の人生なのだからその青春を楽しませるのも大人の役目だからな。何かしら手を打つべきだろう?」
「……ふ〜ん」
私達の保護者でもある風鳴司令には何かと迷惑を掛けているけど、それでもこうして私達の事を考えていてくれるのは素直に嬉しい事だ。学校に関しては未だに慣れないけど大人に甘え過ぎるのも気が引ける。
「ま〜、楽しみ方を見つけるのも楽しもうかな〜」
「そうだね〜、留年とか嫌だし〜」
「そうしてくれ」
「用事ってこれだけですか〜?」
風鳴司令に迷惑を掛け過ぎるのも気が引けるからもう少し学校に慣れるように努力をする事を検討しつつ、用事が終わったか訊ねるとどうやら私達のテストの話は前置きだったのか司令は少し戸惑ったような表情を浮かべた。
「いや、実は二人にしか頼めない事があってな」
「何か盗むの〜?」
「そういう事じゃないんだが……どうも私の手に余ってな」
司令にそこまで言わせるものが何か分からない私達はお互いの顔を見合わせながら首を傾げた。
「いる〜?」
「背が高いから見えると思うんだけどね〜?」
司令に重大任務を任された私達は町に出る用の私服に着替えて待ち合わせ場所である繁華街の時計塔へ向かうと、何も聞かされていない筈だから律儀に時計塔の真下で待っている筈の待ち人の姿が見えなかった。
司令からの命令を無視するとは思えないけど、もしかしたら人混みを避けた場所にいるのかしら?
『ね?お願い、名刺だけでも!おっ、それ新しい携帯?僕見た事ないなー』
道行く人々を掻き分けながらその周囲を見回していると、普段から時計塔の近くで読モの勧誘をしている見知った声の主がスーツを着ている女性に声を掛けている背中が見えた。
携帯を取り出されても諦めないのはいいけど、周りから見ればただのナンパにしか見えないし携帯を取り出されたのなら引き際だろう。待ち人も見えないし、まずはそっちを片付けよう。
「だーれだ?」
「うぉっ!?この声、海未ちゃんだな!」
「せいか〜い」
『海未?こんな所で何してるの?』
「へ?マジメちゃん?」
男の背後から海未が目隠しをすると男は驚いたもののすぐに海未に気付いたようだけど、声を掛けられていた女性の方も海未の名前を呼んでいて、女性の顔を改めて確認すると声をかけられていたのは非番なのに相変わらずスーツを着ているアリアだった。
スーツ以外普段着を持っていないと言わんばかりにスーツに拘っているアリアに声を掛けるなんて、相変わらず見る目はあるみたいだけど声を掛ける相手が悉く装者だなんてこの人も運が無いわね。
「え?何々?海未ちゃんの知り合い?」
「う〜ん、同級生?だったよね?」
「学年は一緒よ」
「え、君学生なの!?滅茶苦茶スーツ似合ってたからてっきり大人だと思ってたよ!君なら読モと言わずに女優としても…!」
「しつこい男の人は嫌われちゃうぞ〜」
「アタタ!?分かった分かった!?」
一見ならまず学生と思われないアリアが私達と同い年と聞くとスカウトマンも声をうわずらせながら勧誘を続けようとしたけど、海未が膝を崩してから無理矢理地面に跪かせて目を押さえ付けると流石に懲りたようで名刺を懐に仕舞った。
周りからも随分と目立ってるみたいだし、少し場所を移した方がいいわね。
「私達用事があるからまたね〜」
「良い子にしてたら一回位は撮らせてあげようかな〜」
「ホント!?それじゃあ楽しみにしてるよ!その時は是非この子もね!」
「私は絶対に嫌よ」
「それじゃあさらばだ〜」
アリアにも目配せをしてから海未が手を離すと共に私達も人混みの中に姿を隠した。スカウトマンもすぐに立ち上がって周りを見回したけれど、無理に探すつもりはないみたいだし諦めてくれたようだ。
取り敢えずは騒ぎも起こさず撒けたから一安心していたけど、アリアがあの手の対応に戸惑うなんて少し意外だ。欧州ならナンパの一度や二度は経験してると思ってたけど、休みの日にもスーツを着てるのなら声を掛けられる事も無かったのかもしれない。
「あんな人と普段連んでるの?」
「違う違う、あの人は友達だよ〜」
「モデルになって〜、って言うから名刺だけ貰って何度か顔を合わせたくらいだよ〜」
「誤解を生む行動は慎むべきよ」
「大丈夫大丈夫、そこら辺は私達の方が詳しいから〜」
伊達に街で遊び歩いてないから声を掛けられたのもさっきのスカウトマンが初めてではないし、そんな連中よりも遥かに厄介な相手と連んできた私達が今更安い口車に乗せられる筈もない。それはアリアも分かっているようで私達を一瞥してから納得したように息を吐いた。
取り敢えず駅前のカフェに入ってから椅子に座って一息吐くと、揃って外国人である私達が物珍しいのか周囲からの視線は感じるけど学校と比べればまだ気にもならないわね。
「それで?何で貴女達が此処にいるのかしら?学校はどうしたの?」
「今日は司令から休んでいいって言われたの〜」
「それよりも大事な頼み事があるって言われたの〜」
「頼み事?二人に?確認するわよ?」
「そんなに疑っても嘘じゃないよ〜」
普段から学校をサボってばかりだから随分と信頼は無いようだけど司令の名前を出して嘘を吐いた事はないし、疑られて痛い腹もないから好きなようにさせるとアリアは端末を取り出した。
けど少しの逡巡の後にその頼み事が何か分かったのか、小さく溜息を吐いて端末を仕舞った。
「よりにもよって貴女達を選ぶとはね……」
「ベストチョイスだよ〜」
一応学生の私達とは違って学校に通っていないアリアが資料室に引き篭もって本ばかり読んでいるから『一緒に遊びに行ってやってくれないか』、私達が司令からそう頼まれて来ているのを察したようだ。
アリアの超人的な知識量は普段の読書から得た物だろうし司令もそれが悪いとは言わなかったけど、余りにも子供らしく遊ばないのは大人からしてみれば不安になるんだろう。
アリアも見守られてる側の人間なんだし、偶には違った一面を見せて安心させるべきだ。
「普段着で任務に行けと言われた段階で気付くべきだったわね…」
「え、それ普段着なの?」
「外に出歩く服なんてスーツしか持ってないわよ。遊びに出掛けるようなタイプじゃない事くらい分かるでしょ」
アリアが呆れてため息混じりにスーツしか持っていないという衝撃発言をするとS.O.N.Gの制服すら着るのを嫌がる海未は信じられないといった表情を浮かべている。
何となく予想はしてたけどこれ程までとは、私達に言えた口じゃないけどアリアも大概人付き合い下手ね。
「マジメちゃん絶対可愛くなるのに勿体ないよ〜」
「可愛くなる必要が無いわ」
「目標が男だったら誘惑出来るし〜」
「その役は貴女達か律との方が適任でしょ。私が上手く男をさそヒャッ!?」
「このナイスおっぱいがあれば余裕余裕〜」
損な役回りが来るかどうかは別として、アリアの凶器的なまでの豊胸を海未が腕を伸ばして揉みしだくとアリアも小さな悲鳴を上げた。
クリスさんに負けるとも劣らないその豊胸を海未が遠慮なく揉みしだく光景は艶美的な雰囲気は無くとも刺激は強く、店内からの視線が熱くなった気がするから海未の手を下げさせると、顔を赤くしたアリアも両腕で胸を隠しながら身体を反らしていた。
「バカじゃないの…!?」
「よきおっぱいであった〜」
「ま〜、折角の休みなんだし一緒に遊ぼうよ〜」
「……はぁ、司令に言われたなら仕方ないわね」
「「いぇ〜い」」
こうして私達とアリアの休日が始まった。
「で、何でレンタルビデオ屋の前なの〜?」
「時間がある日に来るつもりだったからよ」
「見たい映画でもあるの〜?」
「……そんな所よ」
アリアにどんな趣味があるのか分からないし、私達が連れ回すと一緒に居る意味がないから無難にショッピングモールでアリアに店選びを任せると、今日のゲストはオシャレやデザートには目もくれず向かった先はレンタルビデオ屋だった。
普段から読者ばかりしてるし映画鑑賞もアリアらしい趣味と言えばそうだけど、ホント外に出る事に興味が無いみたいね。これは確かに司令が心配になるのも理解できる、いくら本人が一番望んだ道とはいえこれだとS.O.N.G内でも孤立しかねない。
そういうのは一番仲が良い律に任せてるつもりだったけど、私も少しは気にしようと考えているとアリアが店内に入って行ったから私達も付いて行った。
「マジメちゃんはいつもどんな映画見るの〜?」
「サスペンス系よ」
新作のDVDが並ぶ棚を目的も無く眺めながら早速海未がアリアの好みを聞くと最早何の意外性のカケラもない答えが返ってきて、海未も面白くなさそうにため息を吐いていた。
「普通だな〜」
「そういう海未はアニメ映画とかでしょ?」
「チッチッチ、そういうのも好きだけど私はもっと大人な趣味なんだよね〜」
自分の趣味を普通だと言われてムッと眉を顰めたアリアが語彙を強めて海未の好みを当てようとしたけど、良くも悪くも子供が見るべきじゃない好みをしてる海未は得意げな表情をしながら指を振った。
それがまた負けず嫌いのアリアを刺激したようだけど、海未が子供のフリをしてワザと惚けながら焚き付けているのに気付いてないじゃまだまだね。
「海未に一番似合わない言葉ね」
「それじゃあ三人で好きな映画を一本ずつ借りて、それでマジメちゃんのお家で観賞会しよ〜!」
「嫌よ」
「賛成〜」
「はい決定〜!それじゃあ20分後レジ前集合ね〜!」
上手くアリアを口車に乗せてアリアの部屋で観賞会をする所まで漕ぎ着け、「多数決で勝てる訳ないでしょ」なんて声が聞こえた気はするけど気にせず私達は散開して各々好きなジャンルの棚に向かった。
私も海未と分かれてからホラー映画の棚にやって来ると、相変わらず名作ばかりが手前に並んでいるから今日は趣向を変えて邦画が並ぶ棚に足を進めた。
海未が選ぶ強烈なスプラッター映画を見続けてきたからホラー映画が一番趣に合っているけど、数ある名作はもう軒並み見てしまったから偶には邦画の方から探すのもいいかもしれないわね。
「コレは面白そうね」
「空決めた〜?」
「決めた〜……って、またそれ〜?」
「今度は橋が落ちるんだって!」
私がケースからDVDを抜き取っていると反対側の棚で選んでいた海未が駆け寄ってくると私に見せてきたけど、また同じシリーズのスプラッター映画を選んだようだ。
どうして残虐なシーンがある映画ばかりを見るのか、悪いとは思わないけどそういう子に育てたつもりはないのに不思議でならない。
「マジメちゃんはもう決めたかな〜?」
「どうだろ〜?探してみる〜?」
「そうだね〜」
レジで合流の予定だったけど折角私達が揃った事だし、アリアとも合流しようとアリアが興味を持ってそうなアクションやサスペンスの陳列棚付近を探してみたけどその姿はなかった。
他にもドラマや恋愛映画の棚を探してみたけどその姿は無く、まさかアニメかと思って覗いてみたけどその姿はなく、残された場所に気付いてしまった私と海未の足はまだ探していない禁断のエリアを前に止まってしまった。
「まさかマジメちゃんがムッツリスケベ……!?」
「意外すぎる…!?」
「でも私達と一緒に見るってレベル高過ぎない…!?」
「そういうプレイはまだ早過ぎるわよ…!?」
アリアがまさか同年代の女子と一緒にエッチなDVDを観賞する高尚な性癖の持ち主とは知らなかったけど、流石の私達もそれに混ぜられても反応に困ってしまう。
大体そういうのは大人になってからと決まっているし、海未の教育にも悪い。どうしても言われたならせめて私だけで…!
『そんなの一緒に見る気なら帰るわよ』
オトナ専用の暖簾を前に私達がどうしたものか慌てていると何故かアリアの声が後ろから聞こえてきて、振り返ると其処には既にDVDを袋に入れた状態のアリアが腕を組んで私達を睨んでいた。
「え、あ、もう選んだの〜?」
「借りたいのは決まってるって言ったでしょ。二人を待ってたのに来ないから探しに来たのよ」
「な〜んだ、てっきりマジメちゃんがこの中に居るのかと思ってた〜」
「居る訳ないでしょ、早く借りて来なさい」
「「は〜い」」
呆れたアリアももう借りてるみたいだし私達も急いでレジに向かって精算を済ませ、店から出ると待っていたアリアは本当に服や食べ物に興味が無いのかそのままモールの外へと歩き出してしまった。
「マジメちゃんホントに服屋さんとか行かないの〜?」
「映画が三本もあるのよ、余計な時間を使ってたら夜遅くになるわ」
「もぉ、せっかちなんだから〜」
アリアらしい効率的な考えだけどちゃんと映画三本には付き合ってくれるみたいだし、今日の所は欲張らずに映画を一緒に見るまでとしよう。
そうと決まればアリアの部屋があるS.O.N.G本部に帰ろうと繁華街の駐車場に向かおうと歩き出すと、何故かアリアは私達とは真逆の駅の方へと足を向けていて、お互い振り返ると私達は首を傾げたけどアリアも怪訝そうな表情を浮かべていた。
「帰るんでしょ?」
「うん?」
「駅はこっちよ」
「私達バイクだよ〜?」
「バイク?免許は?」
あー、そういう事か。
ルールを守るアリアは至極当然な事を私達に問い質してきて、確かに無免許の私達はお互いに顔を見つめ合ってからどうするかを決めてからS.O.N.Gの隊員である証のバッヂを取り出した。
「ちょっと本部で大事な仕事があるの思い出したから先帰るね〜!」
「仕事が待ってるぞ〜!」
「あ、待ちなさい!」
国連とはまた別の、だけど日本に属している訳でもないS.O.N.Gという組織はその存在意義と役割、そして功績が特殊な為に警察機関は基本的に見て見ぬ振りをしてくれる。
当然スピード違反しようが無免許だろうがバッヂ一つで解放されるからアリアに安心していいと伝えてから走り出し、アリアが追い掛けてきたけどマラソンならまだしも逃走という分類に置いて私達の右に出る人はいない。
ショッピングモール内であっという間にアリアを撒いてから駐車場に停めた自分達のバイクを回収した。
「マジメちゃん怒るかな〜?」
「どうだろ〜?今日は司令も味方してくれるんじゃないかな〜?」
「………あ、私ちょっと用事思い出したから先出るね〜」
「えっ、海未!?」
ヘルメットを被りながらアリアの機嫌をどう取るか考えていると、海未は何か思いついたのかいきなりアクセルを吹かすと全速力で走り出してしまった。
私も追い掛けようとしたけど海未は精算所まで突き抜けてしまい、周囲の目がある中で料金未払いは後々面倒だから海未の分まで精算しながらバッヂを見せると、警備員は理解してくれたけれど海未は完全に見失ってしまった。
電話して出る訳もないし、仕方ないからアリアより先に着いて司令を味方に付ける為に本部へバイクを走らせることにした。
「二人には私がキツく言っておいたからアリアはもう休むんだ、気を張り続けても疲れるだけだぞ」
「……分かりました、心配を掛けてすみません」
「いいんだ、気にするな。お前達も余計な規則違反はするんじゃないぞ」
「「は〜い」」
先に帰ってきた私達が報告を受けた司令に怒られた事を知らないアリアはお説教の2ラウンド目を要求したけど、司令もそれは一応受け流してからアリアにもちゃんと休むように言うと、渋々ながらアリアもそれに頷いてから私達は解放となって司令室から出た。
すると早速アリアは私達の前に立ち塞がるとキッと目を鋭くして睨みつけてきた。
「司令が許しているから良いものの、S.O.N.Gの信用を貶めるような事をするなら次は私が怒るわよ。大体貴女達は」
「す〜ぐ顰めっ面するんだから〜」
「ちょ、触らないで!?」
何処までも真面目なアリアがまた小言を言おうとしたけれど、海未が皺の寄ったアリアの眉を指でほぐすと意表を突かれたアリアは言葉を途切れさせて後ろに身を引いた。
「今日はお休み、そういう話は明日にしよ〜?」
「……全く、調子が狂うわね」
海未に邪魔されたからアリアは小言を続けようとしたけど、本当にアリアの事を心配している海未の表情を見て言葉を詰まらせていた。
文字通り無邪気な海未からも心配されていて、自分だけが小言を言うのはバツが悪いと感じたのか「明日必ず話の続きをするわよ」と付け足してから私達の前を歩き出した。
アリアの部屋は静香と同じようにS.O.N.G本部内に設けられていて、他の装者や私達みたいにマンションや寮に住む選択肢もあったけれど緊急時に対応する為に本部に住むのを選んでいる。
自分で言うだけあって確かにクソ真面目だけど、アリアもどうしてそこまで誰かの為に装者であろうとするのだろう?
立花本部長曰く『誰かを守る為に』装者になったらしいけど、どうして誰かを守りたいって思うようになったかまで聞いたことがない。
目的には必ず理由があるものだけどアリア自身が装者になる前の話を積極的にしないし、他の面子もロクな過去が無いから無闇に詮索しないのが暗黙の了解な面もある。
「空もシワが寄ってるぞ〜」
「あたっ!?」
「今日は折角マジメちゃんと遊ぶんだから難しい話は無し、でしょ〜?」
「分かってるよ〜」
積極的に他人の過去を漁るのは気が引けるからどうしたものか考えていると海未に勘付かれて私も眉間を指で突かれしまい、アリアも横目で確認してきたから考えるのは一人の時にでもするとしよう。
そうしてエレベーターに乗ってビルの7階まで上がってからアリアの部屋の前まで来ると、私達に見えないように身体で隠しながらタッチパネルを操作すると鍵が開く音がした。
「パスワード知ってるから隠さなくていいよ〜」
「何で知ってるのよ……ほら、入りなさい」
「「お邪魔しま〜す」」
海未の発言にアリアも呆れながら部屋の扉を開けたから私達も部屋に入った。
すると意外にも普通にキッチンにエプロンがあったりやリビングにソファがあったりと部屋らしい部屋をしていて、部屋も何個かあるみたいで囚人部屋みたいな殺風景な部屋を想像していたから少し意外だ。
「思ってたりよりキレイ〜」
「そうだね〜」
「荷物はその辺に置いてソファに座ってなさい」
「「は〜い」」
「部屋を漁ったら怒るわよ」
「「は〜い」」
家主のアリアがキッチンでグラスの準備を始めたから私達も借りたDVDが入った袋とお菓子やジュースの袋を机の上に置き、一人で座るには大き過ぎるソファに腰掛けて部屋を見回すとやっぱりアリアの部屋にしてはやけに調度品が揃ってる。
効率を第一に考えるアリアが遊ぶ可能性を考えて多人数用のソファを買ったりするだろうか?それにネットレンタルが普及してるこの時代にわざわざDVDを借りるなんてアリアらしくない。
「マジメちゃん彼氏居るの〜?」
「居るわけないでしょ」
「でもマジメちゃんの部屋っぽくないな〜」
「部屋はS.O.N.Gが用意したものよ。私はそれを使ってるだけ。ほら、私が借りたモノから観るわよ」
同じ疑問を抱いていた海未が訊ねるとアリアもそれ程興味も無さそうに答えていて、人数分のグラスをテーブルに置いてからアリアが借りたDVDの中からケースを取り出して上映会が始まった
「あー、楽しかった〜!」
「今回は生き残ると思ったけどね〜」
「死神のやり方は合理的とは程遠いわね、無理矢理運命を終わらせる力があるなら纏めてやればいいじゃない」
「それじゃあ面白くないよ〜」
「悪趣味ね」
アリアが借りたサスペンス映画は流石アリアが選んだだけはあって最後の最後まで犯人が分からず、真犯人が分かっても捕まえられない展開には私も一杯食わされた気持ちになった。
そして次に観た海未が選んだシリーズ物のパニック映画は序盤から人の身体が吹き飛んだり、車に押し潰されたりと怒涛の展開である意味期待を裏切らない展開だった。
ただ、ソファの真ん中に座っている所為で両サイドからの対称的な反応に挟まれてしまい、海未が興奮の余りに抱き付いてきた左腕が関節をキメている事に早く気付いてくれると嬉しい。
「そう言って〜、マジメちゃん怖かったんじゃないの〜?」
「別に、子供騙しのドッキリばかりじゃない」
「ホントかな〜、空見てた〜?」
「映画見てて分からなかったな〜。取り敢えず私のも観よっか〜」
珍しくムキになっているアリアを苛めるのも可哀想だからはぐらかしながら次は私が借りたDVDを再生する為に立ち上がり、デッキの中にDVDを入れているとアリアが一人で借りたレンタルビデオ屋の袋が視界に入った。
取り敢えずは私の借りたモノから観る為にまたソファに座るとホラー映画の予告が流れ始め、横目で右隣を見てるとアリアは画面から目が離せないのか私が見ているのに気付いてないようだ。
「ふわぁぁ……私ちょっとトイレ〜……」
「えっ、ああ、廊下を出て左よ」
「は〜い……」
ホラー映画に強い耐性がある海未が詰まらなさそうに欠伸をしながらトイレに行く為に立ち上がり、アリアもらしくない投げやりな対応でトイレの場所を教えていて海未が違う部屋に入ろうとしないか確認すらしようとしない。
「………何よ?」
「別に〜?」
「言っておくけどホラぁっ!?」
らしくないアリアが見ているとようやく私の視線に気付いたのか怪訝そうな表情をして何か言おうとしてたみたいだけど、予告でいきなり幽霊が現れるとアリアはお尻が浮く程ビックリしていた。
その後謎の弁解を捲し立てられたけど海未が戻って来るとまた黙って映画を観賞し始め、変な所での意地の張り方に可笑しく思いながらも私も始まった映画に意識を向けた。
映画はよく出来たジャパニーズホラーで、海外のように大きな音で脅かすのではなくて静けさの中にある本質的な恐怖を刺激する良作だった。中でも携帯という誰でも持っている物を題材に使うのは恐怖をより身近に感じる良いファクターになっている。
だけど海未はそういうのがお気に召さなかったようで一時間ほど経つとすっかり寝てしまっていて、右手は右手でアリアに万力に挟まれてるみたいに掴まれていて少し痛む。
「ねぇ、アリア」
「何?」
「ホラーは苦手?」
「……別に、こんなの現実的じゃないもの」
「なら少し弱めてもらえない?」
画面から目が離せないでいるアリアに少し手を握る強さを弱めるように進言すると、アリアは握っているつもりはなかったのか自分の手を確認すると即座に手を離して口を開こうとした。
けど何を言ってもこの状況から挽回できるとは思えなかったようで観念したように肩を落としていた。
「ええ……ホラーは苦手よ」
「なら言えば良かったじゃない」
「言ったらからかうじゃない」
「私達はそんな事しないわよ。あの時は本当にアリアの身を案じてただけ、言い方は悪かったかもしれないけどね」
遂にホラーが苦手なのを認めたアリアは頰を赤らめて私達にからかわれるのが嫌だったみたいだけど、私達は別に人の嫌がることを楽しむ悪趣味ではない。
シンフォギアの適性テストでの事もあるからアリアが弱みを見せたくなかったのは分かるけど、もう少し私達を信用してもいいのに。
「………怖いのよ、一人だとどうしようもないモノが」
「そんなの怖くていいじゃない。アリアが完璧超人を演じる必要は無いわよ」
「私は……強くなきゃいけない。人を守る為にも、自分の正義を貫く為にも」
強くないといけない、そう言うアリアの横顔はこれまで見たことないくらいに焦燥感に煽られたような鬼気迫っている様子で、自分の膝の上で握っている拳がその意思の固さと譲れないナニかがあるのを語っていた。
ただの一般人、多分アリアはその括りには入らない人生を送ってきたんだろう。私達みたいに犯罪に手を染めていたとは思えないけど、
「私は英雄にならなきゃいけないの」
この様子じゃ私達よりもその根は深いかもしれない。
とても茶化せる雰囲気ではないから言葉を選んでいるとアリア自身も語り過ぎたと感じたのか、口の端を緩めると強張っていた表情を和らげた。
「けど、それと貴女達を信用しないのは確かに違うわね。謝るわ」
「謝らなくてもいいわよ。でも、」
今は多くの事は出来ない、アリアに関して知っていることが少ないし、何よりも何がアリアの琴線に触れるか分からないから下手を打つ事は避けたい。
アリアの事は一番仲が良い律に任しておきたかったけど、もう少しだけ踏み込むつもりで握られているアリアの拳に手を被せた。私からそういう事をするのが意外だったのか少し動揺しているようだったけど、次第に拳を握る力が少しずつ緩められて手を開くと私の手を握ってきた。
「少しは頼りなさいよ、『ティナ』」
「……そうね、ちゃんと学校に行けば考えてあげるわ」
それからはその話は打ち切ってまた映画を観ていたけど、ティナは私の手をギュッと握り締めながらも遂にエンディングのスタッフロールが流れ始めると一息吐いていた。
声を上げないけど怖がっているのが態度に出るティナは随分とお疲れのようで顔を落としていて、私がリモコンでDVDを止めるとティナは立ち上がってDVDを取り出していた。
「もう一つの方も見るの?」
「……流石に目敏いわね」
「誰でも気付くわよ」
ティナが借りたレンタルビデオ店の袋の中には少し厚みがあったし、DVDを入れる時に中身も確認したけどその中には確かにケースが二つあった。
特別漁った訳でもないから不可抗力だったと反論するとティナはケースを手に取ってからDVDを取り出したけど、DVDを入れる前に突然振り返ると何故だか耳まで赤くしていた。
「笑わない?」
「コメディー映画じゃなければ」
「……皆には内緒よ」
そう前置きしてから顔を真っ赤にしているティナはDVDを入れた。
「今回のも評判通りだったわ」
意外、それ以外の言葉で表すのは難しい内容だったけどティナはその映画を凄く楽しそうに観ていて、多分サスペンス映画はカモフラージュとして借りていたんだろう。
だけどティナが恥ずかしそうにする理由も一応理解した上で一つ聞きたい事がある。
「コレってティナのガングニールもかなり影響受けてるわよね?」
「………響さんもアクション映画で修行したって言ってたもの。その一環よ」
「別に悪いなんて言ってないから拗ねないの。ただ一緒に見ようとしてくれたのが嬉しかったから」
シンフォギアは装者の心象によってその形を決める。
私が鎖に縛られる事を拒んだから鎖鎌になったように、海未が誰にも止められない強い感情を持っているからチェーンソーになったように、ティナにとっては信じる正義の形が映画の主人公達のように普遍的なヒーローだから脚部特化の姿になっている。
それが事実ならそれだけティナは自分の心を形作る部分を共有してくれたのだから馬鹿にするという選択肢はあり得ない。それに映画を観て目を輝かせていたティナの可愛らしさを周知させるのは少し勿体無い。
「今度は映画館で観ましょうか。丁度今年の映画もやってるでしょ?」
「……考えておくわ」
「考えるんじゃなくて来るのよ。ほら、海未起きて」
「むぅ……終わったぁ…?」
今日は私も楽しませて貰ったし、カーテンの外もかなり薄暗くなってきたから今日の所はお暇しようと私の膝に頭を置いてる海未を起こすと、海未は目を擦りながら身体を起き上がらせた。
次の約束を確実な物にする為にも海未からのプレゼントは受け取って貰わないと。
「ほら、帰る前に渡す物があるんでしょ?」
「……ああ!忘れる所だった〜!」
私とは別行動をしていた海未が慌ただしく起き上がるとテーブルの隣に置かれていた紙袋を手に取って徐ろにティナに突き出した。
ティナも突然の事に手に取って中身を確認すると目を丸くしていた。
「服ね……でもサイズ分からないでしょ?」
「大丈夫!全員の服のサイズくらい覚えてるしおっぱいは実寸したから!」
「実寸って、あんな……いや、今日は止めておくわ。ありがとう、海未」
海未からの思わぬプレゼントにティナは計測の仕方に一言言おうとしたけど、その開いていた口は閉じられると代わりに今日一番の穏やか笑みを浮かべた。
滅多に見せないティナの表情に海未も嬉しそうに笑っていて、これだけで今日一日を一緒に過ごした甲斐はあっただろう。
「ねぇねぇ、早速着てみてよ〜!」
「そうだそうだ〜!」
「ちょ、押さないで!?着るから、あっち向いてなさいって!?」
「おはようござ、います」
「あら、今日は早いわね静香」
「今日は学校が休みなので……それよりその格好は?」
「変かしら?」
「いえ、凄く似合ってると思いますけどスーツ以外を着ているのが新鮮で」
「……『友達』がね、私の為に見繕ってくれたの」
「友達ですか!?どんな人ですか!?」
「ふふっ、内緒よ」