「装者候補、交戦開始!」
私達の時代を見てきた天使による世界のリセット、恐らくその目的の為に動き始めたのが最終決戦後だから今日まで準備に時間が掛かっていたのだろう。
信者に自身の叡智であるオーバーテクノロジーを渡し、テスラ財団を創らせる事で私達の目を掻い潜りながら依代を探し、律という環境も才能も揃った逸材に乗り移った。
そしてエクスカリバーという実戦向きの完全聖遺物を手にする為にテスラ財団を利用し、こうして自身の手に納めた。天使は決してこちらの戦力を軽んじてはいない、現に開かずの間への侵入を完全に塞いでいるのは錬金術を学んだ暁達や天敵になり得る立花の介入を恐れている証拠だ。
「見てるしかねぇのはこんなにも落ち着かねぇのかよ…!」
「いつ電子ノイズを発生させるかも分からない以上、暁達をずっと近くに待機させておく訳にはいかない。あの子達を信じるんだ」
「大丈夫デスよ!ティナ達はめちゃんこ強いデスから!」
「目の前が見えていなかった頃とは違う、皆成長してる」
暁達の言う通り、あの子達には私達が積み上げてきた装者としてのノウハウがあったお陰で効果的な訓練や的確なアドバイスを与えられた。
時には人として、時には先輩として接してきた私達から受け継がれた物は確かにあの子達の中で生きている。装者としての歴は浅くとも同時期の私達と比べれば精神的にも実力的にも数段強い。
あの子達ならきっとやれる筈だ。
『風鳴司令、やはり電子ノイズ発生装置が街中に仕掛けられている。私も向かうけれど突入するなら入れ替わるタイミングを図る必要があるわ』
「此方からの通信は再び遮断された。下手に飛び込めば全員閉じ込められてから電子ノイズを放たれる事になる」
『時空を歪めているあの空間ならパンドラを開くことは出来ない。けど私や未来の力を使って空間を破壊したらそれこそ元も子もないから待機するしかないわね』
「天井ぶち抜いちゃってるけど大丈夫なんデスか?」
「あの空間自体、小日向に協力して貰って作った哲学兵装としての役割がある。あの空間自体を破壊する程の威力じゃない限り、その哲学が折れる事もないから大丈夫だ。逆に立花や小日向の力では一撃で破壊しかねない以上、待機が無難だろう」
立花が命懸けで戦い、小日向が人生を懸けて閉じたパンドラを再び開く事は決して許してはならない。守らなければいけなかった二人に重役を担わせた以上、これ以上二人に負担を掛けることは防人としても友としても許せない。
天羽々斬のペンダントはアリアが回収している、いざとなれば私だけでも乗り込む事も視野に入れておくべきだろう。
「ガリィも居るんだ、十分勝機はある」
『けど、油断は出来ない。相手にとっての勝利条件は複数ある、ティナ達にそれが伝えられない以上それを踏む可能性もある』
「だがエクスドライブでもない限り神殺しは発現しないんだろ?」
『そうだけど……』
立花はアリアに何か不安要素があるのか、言葉を濁らせながら眉を潜めていた。
「《覚悟を纏い 正義を吼えろ》!」
『姦しい、歌なぞ聞き飽きた!』
「やらせない!」
直接的なダメージは与えられないとはいえ、こっちの手数を減らせばそれだけ強力な一撃を振るわせるチャンスを与えてしまうから私達は積極的に攻撃を仕掛け、戦い慣れていない天使の視線をガリィから離させるように注力した。
5対1という圧倒的な数の差があるとはいえ、シンフォギアでの攻撃が効かないとなるとガリィ頼りになるのは天使にも気付かれている。現に私達への攻撃の殆どは振り払うだけでその視線は常に攻撃の機会を伺うガリィを追っていた。
「ったく、もうちょっと引きつけなさいよ!」
「やってるよ〜!」
「だからヘッポコ装者はヤなのよ!」
空の鎖が天使を縛り付けると鎖を伝って炎が天使の身体を焼いたけれど、黄金の剣が煌めくと鎖は一瞬で斬り裂かれてしまい、痺れを切らしたガリィが直接攻撃を仕掛けたけれどガリィの攻撃に対しては防御をしている事から錬金術が有効的なのは確かだろう。
シンフォギア、延いては聖遺物による攻撃が無力化されているのならただのシンフォギアには勝ち目は無い。けど、同じ哲学兵装なら或いは……
「静香、魔弾を使いなさい。持ってきてるんでしょ?」
「一度使えば対策を取られます、6発しか撃てないのにいいんですか?」
「天使は魔弾の射手の存在を知ってる。どの道今はそれしか手が無いわ」
「分かりました」
攻撃の手が一つしかないのは戦術的にも芳しくないから静香の切札を早速使う事にし、静香が蒼いイヤリングを着けると天使の視線が此方に向き、ガリィを無視して私達に斬り掛かってきた。
わざわざ狙ってきたという事は哲学兵装も効く、少しずつだけど天使の力とエクスカリバーの力が読めてきたわね。
「貴女のその鎧、シンフォギアの攻撃は無効化できても錬金術や哲学兵装といった世界の根源や理を武器にした攻撃までは防げないようね。それに貴方がエクスカリバーで戦っているのではなく、エクスカリバーが『貴方の身体を使って戦っている』。シンフォギア相手なら無敵でも弱点があるなら倒しようはある」
天使本人の力量は精々私と五分、なのに全員の攻撃を捌けているのはエクスカリバーが持ち主を勝たせる為にその身体を操っているのなら異様な強さにも説明が付く。
『ふん、今更それが分かってなんだ?魔弾の射手は私には通用しない』
「それはどうかしらね?」
天使の攻撃は私が引きつけながら静香の準備を進めさせ、背後で空間が捻じ曲がり音が吸い込まれるような気配を感じたからローキックを叩き込んで距離を取り直した。
そして背後から空間を斬り裂く甲高い音が響き渡り、その弾丸は私に命中する前に天使の背後から錬成陣と共に現れ、天使はそれを察知して避けたけれど魔弾の射手は狙った場所に必ず命中する哲学兵装。
避けられた弾丸は再び転移して天使の背後を狙い続けると、避けた際のデータは今まで取った事が無いからか随分と対処に手間取っている様子だ。
『小賢しい!』
「それっ」
魔弾を避け切れないと判断したのか、エクスカリバーで振り向きざまに斬ろうとしたがガリィが錬成陣の前に氷壁を築くと弾丸は再び転移して斬撃を躱し、再転移した先で天使の背中に命中した。
威力そのものはアームドギアと変わらないから天使は蹌踉めく程度だったけれど、ガリィがその隙に攻勢に出ると傷を庇ってかその動きは鈍くなっていた。
『くっ、人形風情が!?』
「アンタってさ、何回殺せば死ぬの?」
『我々は自然と同一であるが故に死ぬ事なぞ決してあり得ない!』
「あっそ、それじゃあ試しにもっかい死んでみて」
エクスカリバーでその手に纏った氷剣が砕かれても何度でも作り直し、足元から氷の槍を突き出したり水の元素の壁を築いたりとガリィの攻勢が止まる事はなく、元素の壁をガリィごと斬り裂いたけれどガリィの身体は水へと変わり、再び背後から天使の胸を貫いた。
そして今度はそれだけでは攻撃の手を止めず、足元から幾つもの氷の槍を突き出して天使の身体の腱や身体の筋を徹底的に貫き、エクスカリバーを握った腕も貫く事でその動きを封じ込めた。
天使も抗おうと力を込めているようだけど離れている私達でも感じる程の冷気によって固められた氷はそう易々とは壊れず、戻って来たガリィも本当に死なない事に驚いているようだ。
「ありゃ真性の化物ね」
「うへ〜、痛そ〜」
「アレでも死なないなんて、どうすれば」
「首でも跳ねとく?くっ付きそうだけど」
「駄目に決まってるでしょ。司令達に私達の戦いが見えてるなら戦況が有利なのは伝わっている筈。見えてないなら海未には此処から出る事に専念して貰うだけよ」
「え〜?ようやく傷が治ってきたのに〜」
まだ決着は付いてないけど十分勝機は見えたから、後は司令達の指示を仰ぐ為に負傷した海未をこの空間から出す算段を立てていると、天使の手からエクスカリバーが零れ落ちて床に突き刺さった。
何かしらの攻撃かと身構えたけれど所有者の手を離れたエクスカリバーは効果を発揮しないのか煌めく事はなかった。だが串刺しになっている天使は可笑しそうに笑い始め、油断するにはまだ早そうだ。
『貴様等の仲間の身体だというのに随分な仕打ちだな』
「どうせ回復してんじゃん」
『痛みや感覚は共有していると言ったらどうする?』
「な、なんだって〜」
「それはまずいよ〜」
天使がこの後に及んで下らない戯言を言い出すから海未達も巫山戯て返していて、たとえそれが真実であろうと私達がやる事は変わらない。
「律ならその位の痛みは耐えるわ。それ以上律の覚悟を貶すなら指示を受ける前に殺すわよ」
『ふっ、最早天使を殺す事に罪悪感すら覚えないか。貴様等の装者を長く見てきたが、どうやら末路は他の者達と一緒か。結局貴様等も自らを驕り、特別になったと逆上せあがった』
「自己紹介かしら?貴女はこの世界にはもう必要ない、神話の時代は終わったのよ」
『そうか………ならば見せてやろう。貴様等が決して辿り着く事がない神代の力をッ!』
天使がそう叫んだ瞬間、天使の背中からはその身体を包み込む程大きく美しい純白の翼が現れた。思わず見惚れてしまう程穢れのないその翼は身体を縛っていた氷の槍を一羽搏きで砕き、その身を包み込むと眩い光を放ち始めた。
強烈な光に怯みながらもガリィが氷柱を飛ばしたけれど氷柱は突き刺さる事なくその身体を擦り抜けていき、それが意味する事を理解した静香が魔弾を再び放ったけれど、魔弾を込めたライフルからは錬成陣が現れる事がなくただの弾丸が天使の身体を擦り抜けるだけだった。
「っ、海未退きなさい!アレは響さんじゃないと倒せない!」
『今更逃すと思うか』
「キャッ!?」
ここまでの力を隠し持っていると思わず天使が本気を出していない内に海未をこの場から退かせ、私達だけでこの場を抑えようとしたけど天使は身を包んでいた翼を大きくはためかせると、明らかに翼から起こり得る威力を遥かに超えた突風が私達を吹き飛ばした。
そしてその突風は私達のシンフォギアにヒビを入れ、床に叩きつけられるとそのまま砕け散り、床に散らばった私達のペンダントには亀裂が走っていた。
シンフォギアによる攻撃を無力化しするだけではなく位相障壁を纏い、更には周囲の現実性まで歪めて哲学すら無力化。
『私の名を訊ねていたな。ならば答えてやろう』
無理矢理シンフォギアを引き剥がされ、その激痛と精神への負担は大きく私達が立ち上がれずにいると、天使はエクスカリバーを引き抜き翼を羽ばたかせて宙に浮かび、その剣先を天へ向けると私達への怒りを表すかのように叫んだ。
『我が名はアニエル!神の栄光を、その寵愛を守る者!神に叛し愚者に鉄槌を与えん!』
これまで名を伏せていた天使がその威光とも呼べる翼と共にアニエルという名を告げると、街中で電子ノイズが発生し始めたが為に暁達をその討伐に向かわせたが状況は一転して不利となった。
アリア達も油断はしていなかった、だがこれ程までの力を隠していたのは人間が神を崇拝する為の最後のチャンスを与えているつもりだったのだろう。
「立花!あの空間は放棄だ、すぐに救援に向かうぞ!」
『本部長と呼びなさい。それにあの空間を放棄すれば再びパンドラが開かれる事になる』
「その為に5人を犠牲にできるものか!私だけでも再び塞いでみせる!」
『自分を驕るのもいい加減にしなさい風鳴司令!貴女は司令官、貴女が居なくなれば誰が指揮を執るの。目先の感情だけじゃなく大局を見なさい、それが貴女の役目でしょう』
5人がこのまま殺されていくのを見過ごす訳にはいかないから私が出る事を進言したけれど、立花は依然として救援を送る事を拒んで私を咎めてきた。
人の業を叶えるパンドラが開いて太古の時代まで時間を巻き戻そうとすればその膨大なエネルギーがパンドラに蓄えられて、再び開かれた時にはこの宇宙を消し飛ばすだけの破壊力を持った爆弾と化すだらう。
前回は中に閉じ込めてあった罪や呪いを吐き出すだけで時間の巻き戻しをさせなかったから爆発する事はないだろうが、虚空となっている今のパンドラに吸い込まれれば奇跡でも起きない限り戻っては来れない。
立花のような奇跡が今回も起こるとは限らないんだ。
「……立花には今でも勝算があると思っているのか?」
『私は私が見てきたあの子達を信じているから、私達に出来る事でサポートする事こそがあの子達に報いる方法だと思ってる。無事では済まないかもしれない、けどあの子達が前だけを向けるようにするのが私達大人の役目よ』
「………」
『信じてあげて下さい、あの子達にとって今が正念場なんです』
「……分かった。私達に出来る事をしよう」
『電子ノイズは国連で対処する、風鳴司令は其方に集中しなさい』
「了解した。全員聞いていたな、此方から通信が送れないか全てのパターンを試すんだ!聖遺物を使ってもいい、コンタクトを取る手段を見つけるぞ!」
「「了解!」」
普段なら越権行為だと言い争っていただろうが立花の厚意に甘え、私達は大量に保管された聖遺物を使ってでも装者候補生達を援護する事に専念するよう指示を出すと、全員が自分の役割を理解して各々が自分で考えて行動を始めた。
私にはエルフナインの様な豊富な知識も、雪音の様に柔軟に対応する判断力も、暁達のような発想力もない。だが私には無いモノは此処にいる全員が補ってくれる。司令官として私に求められるのはただ一つ、誰にも後悔が残らない様に指示を出す事だ。
これが最良ではなくとも装者候補生達がまだ立ち上がってくれる事を今は祈るしかない。
状況は余りにも絶望的だ。
あの翼から起こる突風はシンフォギアを問答無用で一撃で破壊する、だけど位相差障壁を使われている以上シンフォギアじゃないと攻撃を加える事も出来ない。
なんとも理に適った無敵、滅茶苦茶な攻撃力まであるなんて律よりもタチが悪い。
『どうした、もう終いか?さっきまでの威勢は何処へ行った?』
「っぅ……言いたい放題言いやがってぇ…!」
「でも無理矢理剥がされた所為で全然力入らないわよ……」
「聖詠が歌えないなんて……!」
私以外の三人は適合率が高いからかシンフォギアを引き剥がされた事での負荷が大きく、立ち上がる力も削り取られたみたいだ。幸い私は適合率をLiNKERで誤魔化しているだけだからまだ力は残っているし、シンフォギアを纏っていなかったガリィも仲間とは思えないくらいの睨みを利かせている。
私とガリィはまだ戦える、けど突破口がまるで見出せない。ガリィの特殊な機巧で位相差障壁をどうにか出来るならまだしも、そんな話は聞いた事もないしあるならもっと余裕を見せている筈だ。
範囲攻撃の突風を躱しながらシンフォギアの調律を使いつつ、シンフォギア以外による攻撃を与えるなんて答えを見出せる気がしない。
『そこの人形はいつまで壊れたフリをするつもりだ』
「っぶね!?アタシだけ特別扱いし過ぎじゃない!?」
私がまだ戦える事を隠して倒れているとアニエルは剣を振り被ってから事切れていたガリィ目掛けて投げ付け、ガリィもすぐに起き上がってそれを回避すると剣は床に突き刺さった。
だけどアニエルが手を翳すと剣は独りでに動き始めて宙へ浮かび、ガリィが奪い取ろうと握ってもそれを振り切ってアニエルの元へ戻るとその周囲を漂っていた。
『自慢の錬金術を使ったらどうだ?』
「ちっ、そんなやっすい挑発に乗る訳ないでしょ」
『そうか、なら踊らせてやる』
ガリィも打つ手がないのか攻撃できずにいるとアニエルの周囲を漂っていた剣が次は私にその剣先を向き、私も回避しようとしたけれどそれよりも早く剣が放たれた。
せめて負傷範囲を減らそうと跳び上がろうとしたその時、私が動くよりも先にガリィが身を呈して私の前に跳び出してくると、その胸を剣で貫かれながらも剣の進行方向を変えて後ろに吹き飛んでいった。
「ガリィ!?」
「くっそ、全然動かないじゃない。守るんじゃなァッ、人の身体雑に扱うな!」
オートスコアラーであるガリィが剣に貫かれても死ぬことはないとはいえ、機械仕掛けである以上黄金の剣によって全身に亀裂が入ったガリィは剣が突き刺さったまま動かなくなり、剣を振るって乱雑に身体から剣を抜かれても口を動かすだけで顔色一つ変えなかった。
けどこれで状況は更に悪化した。動けるのは最早私だけ、シンフォギアを纏うのもやっとの私にどうやってこんな怪物と戦えって言うのよ……!
「ちょっとクソ真面目、いつまで寝そべってんのよ!」
「私だけでどうしろって…!」
「動けんのアンタしかいなんだからやれって言ってんのよ!」
『その命を持って罪を償え、神殺し』
「来るわよ、さっさと避けろ!」
再びアニエルの手元に戻ったエクスカリバーの剣先が私に向き、何とか立ち上がったものの絶望的な戦力差を前に力が湧かず、その剣が放たれても身動き出来ず私は目を強く瞑って目の前の現実から目を逸らした。
私が生きるのを諦めた瞬間、私の足元で強烈な衝撃が起きて私の身体は吹き飛ばされ、少しの浮遊感の後に身体を地面に叩きつけられた。
けど剣で貫かれたような痛みが無く、目を開くとエクスカリバーは私を貫くことはなく私が立っていた足元に突き刺さっていて、何が起きたのかと支えながら身体を起こすとアニエルは苦痛に表情を歪め頭を押さえていた。
『私に抗うか…!』
「律……?」
アニエルの瞳は黒く染まり私に向けられていて、私が起き上がった事に一瞬笑ってみせるとその瞳は閉じられ、その目は再び蒼く染まった。
アニエルの中にいる律はまだ諦めてない、まだ私がアニエルを倒せると信じてチャンスを残してくれたのに私が諦めてどうするんだ。自分を信じろと教えてくれた律を救えずに何が装者だ。
律が背中を押してくれていると思えばまだ力が湧いてくる……
『依代として言う事を聞いていればいいものの邪魔立てをするとは、余程貴様等は消え去りたいようだな!』
まだ勇気が湧いてくるッ!
地面に突き刺さったままのエクスカリバーが宙に浮かぶと立ち上がった私にトドメを刺そうと迫ってきたけれど、胸に仕舞っていた律のペンダントが光を放つと私の手の内には長刀が姿を現した。
私も長刀を強く握り締め、エクスカリバーを上へ弾き飛ばすと剣は勢い良く天井に突き刺さり、部屋全体が大きく揺れた。
勝利の哲学によって長刀は崩れ去ってしまったけれど、律の覚悟のお陰で勝利への道が見出せた。その覚悟を受け取ると心の奥底から歌が聞こえ、床に散らばっていた皆のペンダント達が微かに光を放ち始めた。
『人間風情に天羽々斬が応えただと?』
「
「それは立花本部長の」
「
「ティナの聖詠も…?」
「
『まだ遊び足りないか!』
「
「危ないッ!」
胸の奥から聞こえてくる歌に心を預け、私はただのその想いに応えようと歌い上げているとエクスカリバーが私目掛けて放たれたけれど、ペンダントから光の粒子となったガングニールが槍を形成するとそれを弾き返して私を守ってくれた。
聴こえる……私を信じてくれている皆の歌が私にも伝わってくる…
「
『一人の歌に全ての聖遺物が反応しているだと?』
「
「人のパクんないでよ」
「
「ティナと一緒に歌ってるみたい……」
「
「すっごく温かい……」
「
絶える事のないアニエルの猛攻にシンフォギア達は何度も折られたけれど私の歌を遮らぬように守ってくれている。
何人もの、何十人もの、何百人もの歌が私の中から聞こえてくる。皆が私の歌に想いを乗せ、皆が私の心に力を分けてくれている。
皆を信じて、私は最後まで歌い上げるんだ。
「《Gatrandis babel ziggurat edenal》」
光の粒子達が私を中心に渦巻く中、私は目を閉じて胸の奥から聞こえてくる命の歌を歌っているとその歌に込められていた記憶と想いが脳裏を過ぎった。
「《Emustolronzen fine el baral zizzl》」
彼等は皆と分かり合っていた、戦いを起こさずとも人々は分かり合えると信じていた。
「《Gatrandis babel ziggurat edenal》」
そんな彼等は塔を作り神とも分かり合おうとし、率先して皆を率いていた巫女を皆が信じていた。
「《Emustolronzen fine el zizzl》」
たとえ彼女が神に恋い焦がれるあまりに皆を裏切っても、皆はそれを責めはしなかった。だが分かり合う手段を無くして彼女も居なくなり、残された彼等はその手段を見付けるには余りにも短い人生を越える為この歌に全てを託した。
昔は皆が優しかった。きっとアニエルはこの時代を知っているから世界を巻き戻そうとしているのかもしれない。だけど一度過ぎ去ったものは戻してはいけない、それは生きとし生きる者達が歩んできた人生への冒涜に過ぎない。
たとえ後悔や間違いだらけの人生でも、私達は前に進まなきゃいけないんだ。
『何故幾度と無く蘇る!?既に20は折ったというのに!?』
私を包み込む光の奔流に手を伸ばすと其処にいつもあった私のアームドギアが形を成し、それをこの手で掴み取り光の奔流を薙ぎ払うと粒子達は霧散し、想いの全てを込めた私のシンフォギアから音楽が響き始めた。
今なら言える。響さんから受け継ぎ、もう何の後ろめたさのない私だけの唯一無二の無双の一振り。
「これが、『祈槍・ガングニール』だァァァッ!」
これまで灰色だったガングニールがその姿を翡色に変え、全身の鎧も私の戦闘スタイルに合わせて四肢にブースターを追加してより機動力を上げ、そして、
「翼が生えたッ!?」
「嘘ッ!?エクスドライブなの!?」
響さんから受け継いでいたマフラーが無くなり代わりに私の背中には機械仕掛けのエネルギー翼が新たに生え、私の咆哮に応じるように翼を広げ大きくはためかせた。
「アリアさんの適合率、フォニックゲイン共に上昇!このままならエクスドライブに匹敵します!」
「おい、あれはエクスドライブなのか!?歌ってんの一人だぞ!?」
「僕は違うと思います。エクスドライブの翼はシンフォギアの封印を解く事で発現するものですが、アリアさんの場合はシンフォギアそのものが新たな形に変化しています」
『どちらかというと、リビルドね』
未だ装者候補生達との連絡が繋がらないでいる司令室の画面にアリアの新たなガングニールの姿が映し出されると、機械の翼の生えたその姿にクリスはエクスドライブを想像したけれどエルフナインはそれを否定し、響もその仮定を前提にそれがリビルドであると補足した。
翼達も経験をした事があるシンフォギアのリビルド、より装者達の戦い方や使い方に適応したシンフォギアの進化とも云えるそれがアリアに発現した。その仮説は現状有力ではあったがクリスはその仮説の問題点に気付いていた。
「どっちにしたってティナのフォニックゲインが爆上がりしなきゃ出来ないだろ!?それじゃあ順番が逆じゃねぇか!」
「これは……装者候補生達のフォニックゲインも僅かながらに上昇、更にアリアさんの翼から共鳴反応!これがフォニックゲインの上昇の原因と思われます!」
「絶唱によるフォニックゲインを共鳴増幅させ、エクスドライブに近しい力に手に入れる。チ・フォージュ・シャトーの構造を知っているアリアさんなら無意識的に効率良くフォニックゲインを高める手段として使ってもおかしくありません」
誰よりも知識のあるアリアだからこそ、誰よりも努力をしてきたアリアだからこそ自らの力を最大限引き上げる方法を模索し、今こうしてガングニールがその気持ちに応えた。
どちらにしても翼にとって残された希望はアリアだけだった。LiNKERでの適合率の上昇を遥かに超えている事は今だけは些事と捉え、アリアの戦いを見守った。
「《覚悟を纏い 正義を示せ(踏み締め)》!」
『まだ折れないか紛い物が!』
翼の生えたアリアが宙に舞うアニエルへ攻勢に出るとアニエルは再び翼を一羽搏きさせ、アリアはそれを正面から貰い受けシンフォギアに亀裂が入ったがその眼は怯む事なくアニエルを捉えていた。
アリアの拳が届く圏内まで近付くとアニエルも迎え撃つべくエクスカリバーで背後から突き刺そうとしたが、アリアも二度同じ手を喰らう事はなく両足のブースターを展開して高速の回し蹴りでエクスカリバーを蹴り返した。
エクスカリバーの勝利の哲学も煌めいたものの、アリアの装甲を砕く事はなくその勢いのままアニエルの首筋に蹴りを叩き込み地面に落とした。
自分の身体とは思えない軽さにアリア自身が驚いていたが、アニエルもアリアのシンフォギアが破壊できないことに驚愕していて、距離を詰めてくるアリアに対して遠距離攻撃では対処できないとエクスカリバーを手元に戻した。
「《華が咲き散る世に 百合が凛と裂く》!」
『アームドギアが姿を変えただと!?』
拳や蹴りなら剣の方が圧倒的に有利に立ち回れるとアニエルが振り上げたが、アリアが律の想いを歌うと両腕のブースターが粒子となり、その手の内で長刀として姿を変えると真正面から鍔迫り合いとなった。
エクスカリバーがどれだけ煌めこうとも長刀はヒビが入るだけで砕ける事がなく、律の剣筋を一番理解しているアリアの猛攻に元より戦闘を得意としないアニエルは防戦一方となった。
これまで見てきたシンフォギアとは別物、アニエルの脳裏には響のシンフォギアが浮かんでいたが格で言えばアリアの纏う物はシンフォギアの域を出てはいなかった。ただ、シンフォギアの製作者の意図した使い方を熟知している、これまでとは装者とはシンフォギアへの理解度が違っていると感じた。
「《un・deux・troisのリズム 涙を超えて(ぶっ飛ばせ)》!」
『猪口才な…!』
アニエルの身体を操り戦っているエクスカリバーは辛うじて攻撃を防ぎ切っていて、このままでは攻め切れないとアリアが後方に下がると共に長刀が火薬庫へと姿を変え、その中から大量のミサイルを掴み取って放り投げるとアニエルの周囲に着弾し砂埃を巻き上げた。
目眩しに付き合うものかとアニエルは再び舞い飛び、突風で砂埃ごとアリアを吹き飛ばそうとしたが、砂埃の中から現れたのは水の元素とアガートラームのシールドを掛け合わせた絶対防御を構えているアリアの姿だった。
「《聖杯に満たせ 少女の
「錬金術まで真似んのかよ」
「今のティナならいける!」
「押し切れ〜!」
『貴様等は黙っていろ!』
アニエルの攻撃をものともしないアリアの姿に装者候補生達も勇気を貰っていたが、その声を鬱陶しく感じたアニエルはエクスカリバーを振り下ろし、その衝撃波で装者候補生達は吹き飛ばされるとアリアの心に更なる火が着いた。
地面に打ち付けられ呻いている装者候補生達にトドメを刺そうとしたアニエルに向けてブースターを点火し、一瞬で距離を詰めると飛び蹴りでアニエルの身体を遥か先の壁に叩き付けた。
そしてその身体を優に超える程の巨大なチェーンソーを振り下ろし、エクスカリバーを盾にして紙一重で防いでいるアニエルを再び地面に足を着けさせた。
「《海と空で紡ぎ合い》!」
私の仲間には手を出させない!
「《絶対の絆 此処に示せ》ェェェェッ!」
私の友達には、指一本触れさせてなるものかッ!
琴線を断ち切られたアリアが大鎌を構え、ブースターによる高速回転で体を縦に回転させながら鎌を振り上げると、アニエルの左腕が弾き飛んで血が噴き出した。
けれどアニエルは壁際での攻防だけは避ける為に自分の位置を変える事に意識を向け、アリアの背後に回る様に立ち回った。
だが既にアリアの手の中には既に鎌はなく、代わりに両腕に再びブースターが装着されるとアニエルが飛び上がる前にその顔に拳を叩き込んだ。
「《絶対諦めないんだ 夢が吼えるんだ》!」
『ぐっ!?人間風情ガァッ!?』
アニエルが持つエクスカリバーの防御速度、それを上回る速さでアリアの拳がアニエルを捉え続けるとアニエルは宙に羽ばたく事も出来ず、アリアに少しでも加勢しようと装者候補達は互いに支え合って起き上がった。
歌う事で力になれる、それが彼女達が手にした奇跡ならば必ずシンフォギアはアリアに力を貸してくれると信じていた。
「《この正義 この奇跡》!」
「「《奏で》!」」
「「《歌え》!」」
「「「「「《響き合え》ッ!」」」」」
五人の装者候補生が歌う新たな風の歌はアリアのガングニールに更なる力を与え、アリアが放つ蹴りから殺気を感じたアニエルは瞬時にしゃがんで回避行動を取ると、千切れ落ちた羽がその蹴りに触れた瞬間消滅したのをアニエルは見逃さなかった。
ありと凡ゆるもの超常を殺す神殺し、その力の一端がアリアの蹴りにも発現した事に驚愕すると共にそれを好機と捉えた。
「《全霊込めて歌え そして紡ぐんだ》!」
アリアの攻撃に触れる事は神聖な存在であるアニエルにとっては致命傷となる。
「《奇跡 夢の為に 決意を纏って》!」
一転して回避に専念し始めたアニエルを捉えるべくアリアは足のブースターにフォッニックゲインを集中させ、大きく飛び上がるとその足には槍の様に鋭い外骨格が現れ、外骨格に搭載されたブースターが一斉に点火すると回避する間もない速度でアニエルに迫った。
「《激唱旋律 掲げよう》!」
「ティナ?」
神殺しを構えたアリアに対してアニエルは律に身体を任せると髪は黒に戻り、状況が把握できていない律を目の前にしたアリアは攻撃を逸らすべく両腕のブースターを点火してその軌道をずらして外骨格は地面へと深々と突き刺さった。
その瞬間、神殺しによって部屋全体に掛けられていた哲学が全て消失し、白く巨大だった空間が現実通りの倉庫大の大きさに戻った。
そして律の身体には再びアニエルが宿り、その手に握られている時空神殿の残骸を見たアリアはアーマーパージで無理矢理シンフォギアを解除したが、亀裂の入っていたペンダント達は床に打ち付けられるとそのまま砕け散り、その中の聖遺物のカケラさえも剥き出しとなった。
『アハハハハッ!よくやってくれた、後はパンドラの中で朽ち果てろッ!』
神殺しによる封印の解除、アニエルの真の狙いは狙った形ではなかったがアリアの手によって成され、パンドラの匣が再び開かれるとパンドラの機能であるどの世界とも繋がる事のない零の中へとアリアは吸い込まれていった。
かつて災厄を封じる手段としてパンドラの零で飲み込んでいたが、その全ての災厄を消し去られ空となったパンドラに現行の世界線の先を全て飲み込ませ、強制的に時間を逆行させるべくアニエルは空と飛び立った。