那美子の誤算   作:紫 李鳥

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「どうぞ、ご勝手に。確かにわたくしは整形してますけど、その、なみこさんとやらじゃありませんし、バラされたら職を失うので、わたくしからの収入は皆無。その、なみこさんとやらに会えない限り、あなたには金が入らない。どちらにしてもあなたの得になることはありませんわよ。それでよろしければ、どうぞバラしてください」

 

 那美子は、チラチラと稜子の表情を窺いながらそう言うと、ドアを開けた。

 

「チクショー!覚えてやがれっ」

 

「ええ、覚えておくわ」

 

 ドアを閉めた。

 

 稜子の悔しそうな顔が見えるようだった。

 

 ……私のことをマスコミにバラしたら、その時点で収入源が途絶えてしまう。もしかして金になるかも知れない、たった一枚の宝くじを捨てるような馬鹿はしまい。

 

 それが、那美子の見解だった。

 

 

 ――未だに、埠頭での殺人事件の報道はおろか、杉山の名前すら浮上していなかった。

 

 一体どうなってるの?杉山は生きてるの?死んでるの?

 

 

 

 そんな時、片野の子を身籠った。途端、人気モデルの地位や名誉より、平凡な家庭の主婦に魅力を覚えた。

 

「ね、産んでいいでしょう?あなたの家庭は壊さないわ。どこか田舎に行って産んで育てるから、ね、いいでしょう?」

 

 ソファーでワインを傾ける片野に、那美子は甘えた。

 

「うむ……仕事を辞めてまで子供が欲しいのか?」

 

「ええ。あなたの子供だから欲しいのよ。でも、あなたには奥様がいらっしゃる。だから、都会を離れて産むわ。働かなくても生活できるだけの十分なお金もあるし」

 

「……君がそれでいいなら、僕は止めないが、人気モデルを辞めるだけの価値があるのか?」

 

「あなたとの子供だから、その価値があるのよ」

 

 那美子は、小悪魔のようなチャーミングな笑みを浮かべた。

 

 だが、那美子の本音は違っていた。生まれてくる子供の“顔”に、異常なほどに興味があったのだ。それは、一つの賭け事のように那美子をワクワクさせた。

 

 ……ハンサムな片野に似ていればいいけど、術前の私に似ていたら悲惨だ。殴られたボクサーみたいな瞼の目に、マントヒヒみたいな鼻。ウインナーソーセージを重ねたみたいな唇に、ハンバーガーを埋め込んだみたいな頬骨。

 

 片野の負担にならない都合のいい女を演じたのは、万が一にも術前の私似の子供が生まれた時、その顔を片野に見られたくなかったからだった。

 

 

 

 那美子は逃げるように東京を離れると、北陸の片田舎に転居し、その村の若い農夫と結婚した。

 

 

 

 ――那美子が臨月に入った頃、東京では、錆び付いた錨に引っ掛かっていた白骨化した遺体が発見された。歯形から、元整形外科医の杉山一郎と判明。

 

 

 

「あらっ、ないわ」

 

 杉山が勤務していた整形外科のナースが、怪訝な顔を刑事に向けた。

 

「最高の出来だと言って、杉山さんが大切に保管していたのに」

 

 ナースが探していたのは、那美子の術前と術後の2枚の写真だった。

 

 

 

 その頃、那美子は出産した。

 

 

 

 

 

 産まれた女児は、術前の那美子の顔をコピーしたかのようだった。

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