とあるガレージ。そこには、沢山の戦車があった。
その戦車の一つ、Ⅳ号戦車にもたれかかっている女性が居た。彼女の周りを、様々な恰好をした女性たちが取り囲んでいる。
「Ⅳ号さん……! 逝かないでください……! 私たちは、まだ貴女と共に戦いたいんです!」
「泣くな、リー……。これは避けられない運命だ……。人間に限らず、全てのものに、老いは来る……」
Ⅳ号と呼ばれた女性は、リーと呼ばれた女性の泣き顔を見て苦笑する。だが、その苦笑いでさえ、弱々しいものだった。
彼女の名前は、Ⅳ号戦車。そう、長い年月を経て生まれた、Ⅳ号戦車の自我である。
「本当に……逝ってしまうのか?」
「その声は三突か? あぁ……。死期を悟るとは、このような気分なのだろうな……」
軍服を身に纏い、かつて自分に乗っていた車長と同じ軍帽を被っている女性『三号突撃砲』は、涙を隠すように帽子で目元を隠した。
「Ⅳ号ちゃん……」
「姐さん……」
ヘッツァーにMk.Ⅳ戦車といった面々が、涙を流して彼女の名前を呼ぶ。
ここに集まっている戦車は、『大洗女子学園戦車道チーム』のメンバーである。歴史が長い学校なだけあって、戦車道で使われていた戦車たちは皆、自我を持っていた。
20年ぶりに目を覚まし、素人同然だった“彼女たち”と共に戦い続けてから、長い年月が経った。『伝説のチーム』と謳われた生徒たちは学校を卒業し、そしてまた新たな生徒と共に、戦車道で戦い続けた。
だが、しばらくして彼女たちは新たな学園艦へと移ることになった。元々住んでいた学園艦が老朽化を迎え、解体されることになったからだ。
「私も、“アイツ”の所へ行くのだろうか……。いや、“アイツ”の事だ。生まれ変わって母親でもやってるだろうな」
「Ⅳ号さん……」
割烹着を着た、しかしまだ若さが抜けていない『学園艦大洗(二代目)』の姿を見て、微笑む。
そろそろ自分も限界だ。車体の故障が頻繁に起こり始めた頃から、自分も老朽化しつつあることを薄々悟っていた。今日が、その最期の日だ。
「なぁ、みんな……。ここの人たちのことを……頼んだぞ…………」
Ⅳ号が目を瞑りながらにっこりと微笑むと、彼女の体は徐々に透けていき……消えていった。
こうして、大洗女子学園戦車道チームを引っ張り続けたⅣ号戦車の生涯は、幕を閉じた。彼女の車体は、後に学園艦に存在する記念館に、展示される事となる。
IS学園。それは、女性にしか扱えないパワードスーツ『インフィニット・ストラトス』に携わる人間を育成する、国際学校である。
この学園は全寮制であり、“彼女”が眠っている部屋(ホテルかと見紛うほどの豪華な部屋である)もその一室だ。
ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。目覚まし時計の電子音が響く。
「ん、んぅ……」
気だるげな声と共にモゾモゾと動くと、手を伸ばして目覚まし時計を止める。そして起き上がるかと思いきや……
「スゥ……スゥ…………」
目覚まし時計に手を置いたまま寝息を立て始めた。すると、彼女より先に起きていた水色の髪の女子が、布団を一気にめくった。
「いい加減に起きなさーーーーい!!」
「おぉぉ……寒い……! いきなり布団を剥がすな……」
その女子は、長く美しい黒い髪をしていた。その顔つきは、とある戦車道流派の家元のようであると言えば伝わるだろうか。
「全く、かほちゃんは本当に朝に弱いんだから!」
「こればかりは直しようがない」
「織斑先生に怒られても良いの?」
「良くない……」
「だったら、さっさと顔を洗って、パジャマから着替える!」
「お前は私の母親か……」
ノロノロと洗面台へ向かい、冷たい水で顔を洗う。眠気が一気に吹き飛び、彼女の顔は凛々しくなる。
髪型を整えてから制服に着替えると、廊下へと出る。
「待たせたな、楯無」
「じゃ、朝ご飯食べに行きましょうか」
「あぁ」
二人は、メニューが豊富な食堂へと足を進めた。
IS学園二年生『西住 かほ』。前世でもあるⅣ号戦車の記憶を持つ少女である。
読んでいただき、ありがとうございました。
気付いた方もいるかもしれませんが、『学園艦が鎮守府に着任しました』の大洗さんがいた前世と、同じ世界のⅣ号です。