ガーリー・エアフォース RTA 難易度ACE COMBAT   作:TLS中毒患者

1 / 31
規約上1年以上経っているので、こちらにもかつて合同誌Ⅱで掲載させて頂いた本RTAのオープニング該当部分を掲載致します。


オープニング  君がいない空

 男は夢を、夢を見ていた。

 それは、あの日大切な何かを失ってしまった夢。

 

 記憶に今でも鮮明に焼き付いているペールピンクの髪の少女がコックピットの中で笑う。人類はやり直せるから、と。

 男は手を伸ばす。しかし、射出座席により機体外に排出され、突然として彼女は視界の彼方に急速に消えていく。

 喉が枯れるまで彼女の名前を読んだあの痛みが、肌を突き刺すような上空の風の感覚が、輪郭が溶けていく彼女の姿が、自分の頬を伝う熱い物が、様々な感覚さえも曖昧になる中、一つの言葉だけがハッキリと聞こえる。

 

 

 

 『慧、新たな時代(ノヴァ・エラ)を』

 

 

 

 だが、彼女が人類の未来に希望を見出して紡いだその言葉は、呪いとなって男を苦しめていた。

 

 

 「うわああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 男は悲鳴と共に自室で目覚めた。全身を伝う酷い冷や汗がじっとりとシーツを濡らしている。呼吸もまるで全力疾走した後の様に荒い。今しがた見た夢の内容のせいか、それとも元々自衛隊に所属していた賜物か、男の思考は寝起きにしてはハッキリとしており、現状をすぐに理解した。

 

 「畜生……またあの夢か……」

 

 そう忌々し気に毒づきながらも、蛍橋慧元一等空尉は布団から出ると面倒そうにそれらの後片付けを始めた。そう、彼はもう自衛隊には所属していないので現在は孤独の身の上だ。しかし、自衛隊時代の貯蓄もあり、近所のスーパーマーケットで身を埋めている程度の収入でも、この安普請のアパートで一人暮らしをする分には差支えが無い。

 

 「ったく、休日の朝一から景気の悪いもの見ちまったな……」

 

 窓を開けて布団をベランダに干し、寝汗で汚れたシーツを洗濯機に放り込みながら、蛍橋は呟く。

 この新居に身を移して早数年、新しい生活様式にも順応し、先ほどの悪夢はここの所見る事が無かったのだが、何故だか今日は見てしまった。

 

 そう、まさしく悪夢。

 

 蛍橋慧にとって、あの日の出来事は今でも鮮明に焼き付いている。自分の大切な人を失い、引き換えにザイの脅威が人類から去ったあの日の事を。

 回収され、帰国してからは全国民から英雄扱いされて二階級特進、他の基地でも行われた航空ショーには常に引っ張りだこで、何度かバラエティー番組にも出演を強要させられたが、正直彼にとってはどうでもいい事である上に決して快い物では無かった。

 それを見ない様に、それから逃げる様にして蛍橋は自衛隊を辞め、こうして今は平和に暮らしている。

 

 平和。

 

 それをこの男に言うのであればそうなのだろう。決まった時間に職場に向かい、仕事をこなし、帰宅する、その繰り返し。蛍橋慧は、そんな変わり映えの無い日常生活を手に入れた。

 だが、世界に対して言うのであれば、そう言うよりは元に戻った、と言った方が正しいのかもしれない。今日もどこかで小競り合いの紛争は起き、付けっぱなしのTVからは未だ解決の済んでいないエネルギー資源や環境の問題に対して専門家とコメンテイターが意見を交わしている声が垂れ流されている。

 あの戦いから六年経った今でも、人は、世界は、ザイが襲来する前から何もその本質を変えてはいなかった。

 

 (こんな代わり映えの無い世界に本当に未来なんてあるのかよ、なぁ? グリペン)

 

 ベランダから空を見上げながら、蛍橋は胸中で呟く。もう上がる事は無いと決めた空は、皮肉にも彼の胸中とは裏腹に雲一つなく澄み渡っていた。

 幸い今日はこんな良く晴れた日だ、これなら洗濯物もすぐ乾くだろう。洗濯機の駆動が終わり、洗濯カゴに洗濯物を移している最中の出来事だった。

 

 突然として呼び鈴が鳴る。なんだ? 明華が遊び相手にさせるつもりでまた子供でも預けに来たのか? そう訝しんで蛍橋が扉を開けると、そこにいたのは彼の想定を遥かに上回った人物だった。

 その風貌は六年経った今でもあまり変わらない、いや、それよりも痩せこけて見えたが、見間違いようがない。

 

 「知寄……技官……?」

 

 「久しぶりだな、蛍橋元一等空尉。かつての英雄の新居にしては随分地味で貧相じゃないか。お陰で探すのに手間取ったよ」

 

 知寄蒔絵、かつて蛍橋を彼女のチームにスカウトし、グリペンと巡り合わせた張本人。彼女の所属していた特別技術研究室は去年規模が縮小され、一部チームが解散になったと言う話は噂程度には聞いてはいたが、その室長ともあろう彼女が自分を探していたと言えば、思い当たる節は一つしかない。そしてそれは、今の彼にとっては忌避しい物となっていた。

 

 「……悪いが帰ってくれ。俺はもう、空に上がるつもりは無い」

 

 「そう言う人の話を最後まで聞かない所は相変わらずな様で何よりだ。ならばこれだけでも見て欲しい」

 

 そう言って知寄は鞄からタブレット端末を取り出すと、一枚の航空写真を見せる。その中身を見て、蛍橋は絶句した。

 それは、一枚の衛星写真だった。しかし、その写真に描かれた半径7㎞の金属質の球体オブジェクトは今でも蛍橋の脳裏に焼き付いている。あの日、彼女がその身を挺して停止、消滅させた筈のザイの発生源《球殻》。それが、ごく最近の日付で再び同じ場所に出現したと言うのだ。

 

 「はっ……随分たちの悪い合成写真じゃないか。久々に会ったジョークにしては、キツ過ぎるんじゃないか?」

 

 「現実逃避したいなら勝手にしたまえ。ただ、君が先日発足した私の新たなプロジェクトに加担するしないに関わらず、コレだけは言っておくつもりだった……っ」

 

 蒔絵は柄にもなく全力疾走してきた代償か、突如と両足をもつれさせた。蛍橋は咄嗟にその彼女を支えると、そのまま帰すのもバツが悪いと思い、「茶くらいは出す」と彼女をリビングへと招き入れる。

 出された茶を飲み、一服済ませると、蒔絵は前によく浮かべたあの冷笑では無く、どこか微笑ましい様子で笑う。

 

 「流石の君も、少しは丸くなったようだな。あの頃の君なら到底考えられんよ」

 

 「御託は良い。それで、俺に何をさせるつもりだったんだ?」

 

 「君に今見せた《球殻》だが、あの頃と違いザイの発生自体はしていない。ただ、《球殻》だけが突如として現れた、と言った次第だ。まだ報道規制もかかっているから公にはなっていないがね。そこで、国はオペレーションCの功労者である私と君を槍玉に挙げた訳だが、聞けば君は航空自衛隊を自主退役したそうじゃないか。とは言え、拉致しようにも事を荒立てられるのはスマートじゃない。だからこそ、こうして私が直々に出向いてやったと言う訳だ、感謝したまえよ?」

 

 荒立てられる、の部分を強調して言われた気がするが、それは蛍橋の過去の経歴からしての予想だろう。蛍橋は別に腹を立てる訳でも無く、呆れながらも話の本題が見えない、と続きを言うように彼女に促す。

 

 「私はあれの調査を命じられていてね。近々モンゴルにまで長期出張する予定だ。そこで、君に再び私のチームに所属して貰いたい」

 

 「何故その《球殻》の調査に俺が必要なんだ? アイツがいない今、俺はただの一介の元パイロットに過ぎないだろう?」

 

 「一つ、君はその一介のパイロットの中では最もアニマに理解がある。二つ、ブランクこそあるが君の操縦技術の高さは折り紙付きだ。そして、この写真を見れば、君はこの依頼を絶対に断れない」

 

 そう言って、蒔絵はよりアップで撮影された《球殻》を表示させると、その更に一部分をズームして拡大させる。

 その拡大部位の中央には金属質の多層構造の球殻の中に、一際赤く輝く点があった。

 《球殻》、赤、この二つのキーワードが彼女を思い立たせない筈も無く、蛍橋はポツリと呟く。

 

 「これが……グリペンだって言うのか……?」

 

 「恐らくはな。幸い、ザイが出現していないという事は彼女にプログラミングした時間遡行プログラムは上手く機能していると考えて良い。が、我々はバグチェックの意味合いも兼ねてこの特異点……いや、グリペンの調査、可能であればサルベージも試みるつもりだ」

 

 一度言葉を切り、蒔絵は新しい煙草を箱から取り出して火を付け、ゆっくりと紫煙を吐く。

 

 「この調査には残されたザイのコアから新たなアニマを作成し、投入予定をする予定だが、生憎とアメリカのライノの様に自立稼働させるだけでは心許無い。そこで、君にはそのアニマのパートナーになって貰いたいのだが……どうかね?」

 

 蒔絵は言外にこう言っていた。

 

 君が同行してくれるならグリペンにもう一度会えるかもしれない、と。

 

 もう二度と飛ぶ事は無い、と。そう決めていた彼の決意を打ち砕くには、十分過ぎる条件だった。

 

 そして蛍橋は、再び彼女と契約を交わした。 

 

 

 ……数年後…… モンゴル <球殻>観測基地

 

 

 「やはりどうしても君自身の手で行くのかい? 三尉」

 

 

 活動を停止してもう10年にもなる《球殻》。その観測基地に、姿はほぼ変わらずとも文字通り人間を、蛍橋慧であることを止めた男のアニマはいた。

 彼がかつて蛍橋慧であった頃と変わらぬ記憶を持ちながらも、その身体は繰り返された人体改造により既に人と呼べるものでは無く、脊椎や胸部の外科手術で外付けにされた剥き出しのコアの事もあり、どちらかと言えばアニマに近い。

 そんな自分への自虐を込めてか、それとももう自衛隊所属では無い自分の現状を正直に言ったか、知寄技官の言葉に対して苦々し気に返す。

 

 「……もう俺は、三尉じゃねえよ」

 

 「済まない、昔の癖でね。確かに今の君は三尉のアニマとして生まれ変わっている。シミュレート上では球殻に飛び込んだら即本質に還元、なんて事は無い筈だ。だが根源たるものが唯の一個人と言う関係上、彼女たちよりは長くは持たないだろう」

 

 「その前に連れ戻すだけだ」

 

 「例えその行動が、世界を敵に回すかもしれないとしても?」

 

 「俺には世界を敵に回す事よりも、あの時彼女に手を伸ばせなかった事の方が辛い」

 

 そう言って、蛍橋慧のアニマは手を球殻に向けて伸ばす。三階建ての建物のこの屋上から見れば手の中にでも納まりそうな大きさだ。もっとも、実際には数km規模の大きさなのだが。

 

 「君は……いや、彼はいつもそれを抱えて生きてきた……と、分かった。ならば彼女も連れて行くと良い」

 

 本来はこちらがメインプランだったんだがな、と言いながら知寄技官の紹介で傍に招かれたのは、灰色髪のアニマの少女だった。

 何でも、残されたザイのコアより作り出された最新にして最後のアニマだと言う。当初案として今回の《球殻》の調査は彼女単体で全面的に担う予定だったのだが、当初予定していたアニマの開発の遅れ、蛍橋きっての強い要望と知寄技官の提案により、かつてアニマとの関わりが最も深い人物である蛍橋慧をアニマ化し、メイン運用する方針に変えられたらしい。

 

 自分の知らぬ計画の全容をこんなタイミングで話された事に蛍橋のアニマが呻いていると、技術員の一人が準備完了の旨を伝える。それに頷くと、観測施設前に備えられた格納庫へと向かい、灰色髪のアニマと共に機体に乗り込んだ。

 

 「出発前の確認で言っておくが、タイムリミットは君が蛍橋慧として覚えられなくなったその時だ。最も、それが分かっててもすぐこちらに戻って来られるとは限らないがね」

 

 「ならば一発で成功させればいいだけの話だろう? アイツのサルベージを」

 

 「あくまで今回の目的は調査、探索である事を忘れないでおくれよ? 彼女のサルベージははっきり言って蛍橋慧を釣る為の餌、所謂ついでと言う奴だ」

 

 「命令で禁止されてる訳じゃないから、やった所で問題は無い筈だ」

 

 全く……と相変わらず彼女の事になると周りがどこか見えなくなる彼に嘆息を吐く知寄技官の声をバックに、蛍橋慧のアニマは機体とのダイレクトリンク、機器の調整などを済ませていく。内装はかつてのドーター、特に『この世界』では珍しい単座、自立稼働型であるライノのそれと近しいインターフェイスを持つが、NFIのパネルは座席の背もたれ部分にしか施されておらず、通常の操縦桿が存在するハイブリット仕様となっている。

 

 赤い機体、単発エンジンのデルタ翼と、かつて蛍橋慧が搭乗していたあの機体を彷彿とさせるシルエットだが、ザイ由来の技術を用いた他にも、様々なアップデートが施された正真正銘のワンオフ機。

 

 「特異点への突入準備、整いました」

 

 「了解した……BARBIE01 クリアードフォー、テイクオフ」

 

 隣の<翼竜>と呼ばれる試作機体に乗っている灰色髪のアニマの合図でモンゴルの空を再び飛ぶ赤い機体。やがて砂漠へと飛翔した二機は、巨大なガラスのオブジェクトに向けて進路を取る。

 

 それは彼女が、グリペンが文字通り身を挺して停止させた人類の厄災の中枢、〈球殻〉。

 

 自分は今からそれを無駄にしてしまう可能性がある。もしかしたら、再びザイが活動するトリガーになるかもしれない。

 

 

 

 

 それでも

 

 

 

 

 「お前が隣にいない世界で未来は……俺には作れそうにないよ」

 

 

 

 刹那、機体の先端が《球殻》に触れ、蛍橋慧のアニマの視界が真っ白に染まった。

 

 

 そして、長い旅路が幕を開ける。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。