ナニカサレタアメリカをゆく   作:ダルマ

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Escape!

「おい、何時まで寝てる!! さっさと起きろ!!」

 

 いつの間にか意識を失っていた俺。

 再び意識を取り戻した刹那、感じたのは、再びの後頭部の痛みだった。

 

 どうやら、また後頭部を殴られたようだ。

 

「っぅ……」

 

「さっさと降りろ! このガキ!!」

 

 痛みが消えるまで待つ暇も与えられず、俺は、奴隷商人にどやされながら荷台を降りる。

 降りた先にあったのは、廃墟と化した住宅街の傍に佇む、フェンスに囲まれた巨大な敷地に建てられた工場らしき施設であった。

 

 製造現場と思しき建物に、敷地内には、製造した品物を保管しておくのに使用していたであろう倉庫も見える。

 しかし、現在では、ここは本来とは異なる用途で奴隷商人たちが使用しているようだ。

 

「立ち止まるな! さっさと前の奴に続いて歩け!!」

 

 再びの怒鳴り声に、止まっていた俺の体も動き出す。

 

 それにしても、目線が低い。

 荷台で座っていた時はあまり気にならなかったが、こうして歩いていると、嫌でも今の俺の体が、前世とは違うと思い知らされる。

 何処を見るにしても、視線を上げないと全体像が見え辛い。

 

 こうして、慣れない十歳位の子供の目線に苦労しつつも、俺は前を歩く他の奴隷の後をついていく。

 冷たい地面の冷気と、小石などの感覚が素足から伝わるが、そんな違和感もしみじみと感じていられる程、今心に余裕はなかった。

 

「よーし、お前たち、ここに入るんだ!」

 

 敷地を程なく歩いて、足を踏み入れたのは敷地内のある倉庫の一つであった。

 本来は品物が置かれたいた筈の倉庫内は、奴隷商人たちが改造したのか、幾つもの牢屋が設けられており。

 既に、先人の奴隷達が、牢屋内から新入りの俺達の事を見ている。

 

 どうやら、この倉庫は奴隷の収容施設として利用しているようだ。

 

「よし、次!」

 

 一人、また一人と、奴隷が牢屋に入れられていく。

 

「よし、お前で最後だ、早く入れ!」

 

 そして、列の最後尾である俺の番がやって来る。

 ここで隙をついて逃げ出しても、首の爆弾か、或いは外の奴隷商人たちが持つ銃で撃ち殺されるだけだ。

 

 ここは、おとなしく従う以外に選択肢はない。

 

 鉄格子の向こう側へと足を踏み入れかけた、刹那。

 突然、倉庫の外から、音が聞こえてくる。

 

 それは明らかに、銃声であった。

 

 

 

 そして、次の瞬間。

 甲高い音と共に、倉庫の出入り口から、何かが倉庫内に飛び込んできた。

 

 一瞬目にしたそれは、火を噴く、細長い筒状の物であった。

 

「……え?」

 

 次の瞬間、倉庫内の壁に直撃したそれは、耳を劈かんばかりの音と、目を覆いたくなる光、そして、衝撃波を生み出した。

 

「うぐ!」

 

 衝撃波に耐え切れず、俺は固い床に体を打ち付ける。

 痛みで一瞬、また意識を手放しそうになったが、何とか寸での所で意識を保つと、打ち付けた痛みの残る体を起こす。

 

「あ……」

 

 そして俺は、一瞬にして変わり果てた倉庫内の様子を目の当たりにする。

 倉庫の壁に出来た、見事なまでの大穴。そこから外に向けて立ち上る黒煙。

 更には、その周囲で燃え盛る炎に、衝撃波で飛び散った壁材などが当たって、悲鳴と共にのたうち回る牢屋内の奴隷達。

 

 そこに広がっていたのは、まさに地獄絵図。

 

 そんな景色を一変させたあの細長い筒状の物。

 もしかしたらあれは、ロケットランチャーのような兵器の弾頭だったのではないか。

 

 惨状を目にした俺の脳が、冷静さを保つ為にそんな分析を行っていると。

 

「何をしてる、さ、こっちだ!」

 

 突然、誰かが俺に手を掴んで引っ張った。

 突然の事に反応し切れず、なすがままに引っ張られる俺。

 

 引っ張る力からして大人だろうが、奴隷商人ではないようだ。

 何故なら、俺を牢屋に入れようとしていた奴隷商人は、先ほどの爆発で飛び散った壁材が頭を直撃し、無残な姿で床に倒れていたからだ。

 

「君も走れ、早く!」

 

 と、俺の腕を引っ張る人物から、走る様にと指示が飛ぶ。

 そこでようやく、俺は腕を引っ張る人物の顔を確かめようとしたが、やはり目線が低く、俺の方に顔を向けていない事もあって、性別が男性とは分かったが、そのご尊顔は拝めなかった。

 ただ、その服装は、俺と同じなので、おそらく奴隷だ。

 

「いいか、合図したらあそこの建物の影まで走るぞ! ……よし、今だ!!」

 

 腕を引っ張られながら、俺は、助けてくれた奴隷男性と共に倉庫を出ると、言われるがままに敷地内を走った。

 敷地内では、至る所で銃声と爆発音が聞こえる。

 それに、そんな戦闘音に交じって、頭のネジが外れたかのような叫び声なども聞こえてくる。

 

「はぁはぁ……よし。とりあえず、安全のようだ」

 

 そんな音から逃れる様に、俺と奴隷男性は、とりあえず安全な建物の影に身を隠した。

 

「大丈夫か? 怪我はしてないか? 坊や?」

 

「あ……、貴方は」

 

 走って疲れた体を休めるべく、隣に座り込んだ奴隷男性の顔を確認して、ようやく気が付いた。

 男性は、荷台で俺の対面に座っていたあの男性だったからだ。

 

「荷台でご一緒だった方ですよね!」

 

「あぁ、そうだ。俺はラスティン、よろしくな。所で坊やの名前は?」

 

 何やら縁のあった奴隷仲間の男性、ラスティン。

 彼から俺の名前を聞かれて、どう答えるか一瞬悩む。

 

 前世の名前を名乗るべきか、それとも、新しい名前を名乗るべきか。

 そもそもここはウェイストランドだから、やっぱり欧米風の名前を名乗るべきか、いや、日系の名前もゲーム内には出てたから、別に前世の名前でも問題ないか。

 

 と、あれこれ悩んでいると、ラスティンが口火を切る。

 

「あ、もし名前がないのなら、無理に名乗らなくてもいい。名無しの子供なんて、別に珍しくもないしな」

 

 どうやら、何か勘違いをしているようだ。

 しかし、名無しの子供は珍しくないか。

 

 社会が崩壊し、個籍の管理なんてものも一緒に崩壊したので、子供に名前を付けずに育てる事に何の違和感もないのだろう。

 いやそもそも、教育システムも崩壊してるから識字率とかも酷い事になっていてそうだな。

 

 ゲームでは、進行上そのような事はないが、今はゲームではなく現実だからな。

 

 しかし、名無しというのもまた面倒だな。

 あ、そうだ。丁度いい名前があるじゃないか。

 

「名前なら、あるよ」

 

「何だ、あるのか。どんな名前だ?」

 

 そこで俺は、ふと思いついた名前を口にする。

 

「レイヴン。俺の名前はレイヴン」

 

「レイヴン、か。……成程、その黒い髪と瞳にぴったりのいい名だ」

 

 名前を褒められて、はにかむ俺。

 にしても、どうやら十歳の俺は、前世同様に黒髪で黒目のようだ。

 

 まだ鏡でちゃんと確認していないが、ラスティンの反応を鑑みるに、所謂日系アメリカ人の血筋なのだろう。

 

 因みに、レイヴンの由来は、アーマードコアシリーズからだ。

 決してティラノサウルス型メカ生命体のパイロットが由来ではないのであしからず。

 

「さて、お互い自己紹介が終わった所で、もう一度聞くが。レイヴン、怪我はしてないか?」

 

「いや、何処も痛くない」

 

「そうか、ならよかった。……よし、それじゃ、この不便な手枷と首輪を外そうじゃないか」

 

「え? でもどうやって?」

 

「こいつさ」

 

 そう言うとラスティンは、自身のポケットから何かを取り出した。

 それは、鍵束であった。

 

 おそらく、倉庫から逃げる際に、死んだ奴隷商人から拝借したのだろう。

 

「この束の中のどれかで外せるはずだ、ちょっと待ってな」

 

 そして、鍵束の鍵を一つ一つ手枷の鍵穴に入れては、組み合わさるかどうかを確かめ。

 

「ビンゴ!」

 

 やがて、俺の手枷が外れ、俺の両手は自由となる。

 

「よし、それじゃ俺のも頼む」

 

「うん」

 

 そして、ラスティンの手枷も外すと、次は恐怖の首輪の解除だ。

 それも程なくして、互いに解除すると、俺達は晴れて自由の身となった。

 

「よし、これで俺達も自由の身だが。……本当に喜ぶのは、この地獄を脱出してからだな」

 

 そう、確かに不自由な手枷と首輪からは解放されたが、これで終わりではない。

 まだ俺達は、地獄の只中に居座り続けている。

 

「絶好のタイミングでレイダーどもがこの奴隷商人の拠点に奇襲を仕掛けてくれたのはよかったが。……こう激しく撃ち合ってるとな」

 

 建物の影から敷地内の様子を窺うラスティン。

 俺も、そんな彼の脇から、同じく様子を窺う。

 

 そこで目にしたのは、奴隷商人と、まさにヒャッハーな掛け声が似合う風貌の者達が撃ち合っている戦場。

 

 レイダー。

 世紀末な世界観の作品にはお馴染みのならず者達だ。

 

「よし、遠回りして出口に向かうぞ。レイヴン、俺の後に続け、離れるんじゃないぞ」

 

「分かった」

 

 撃ち合いの流れ弾に当たらない様に、俺達は敷地の出入り口を目指して移動を始める。

 建物の影から影へ、奴隷商人とレイダーに見つからない様に、俺達は少しづつ出入り口に近づいていく。

 

 

 

 そして、敷地の出入り口まであと少しの所まで迫った時の事。

 不意に、ラスティンが何かを拾うと、それを俺に手渡してきた。

 

「ここから先は遮蔽物も少ない、だから護身用だ。使い方は分かるか?」

 

 手渡してきたのは、手作り感満載だが、正真正銘命を奪う為の道具。

 『パイプピストル』という名の拳銃だった。

 

 当然、前世で本物どころか遊戯銃すら使った事のない俺に、パイプピストルの使い方など分かる筈もなく。

 俺が首を横に振ると、ラスティンは簡単な説明を始めた。

 

「そんなに難しくはない。戦前の精巧な拳銃と違って、弾が入っていれば、後は狙って引き金を引けば撃てる」

 

 分かり易い説明。

 それもそうだろう、この木材を切り取ってフレームにして、そこに廃材を再利用した銃身やグリップ、極めつけはどう見てもただのネジにしか見えないトリガー。

 これに安全装置なんて装置が備わっているとは、とても思えない。

 

「よし、それじゃいくぞ」

 

 こうして、パイプピストルを手に入れ、再び移動を開始した、その矢先。

 

「ぐ!?」

 

「!」

 

 角を曲がろうとしたラスティンが、突然脇腹を押さえて膝をついた。

 何が起こったのかと思った刹那、今度は誰かがラスティンを蹴り上げる。

 

「ぎゃはは!! ここにも美味そうな生肉ちゃんがいるじゃねぇか!」

 

 相変わらず脇腹を押さえて起き上がれないラスティンを他所に、角から姿を現したのは、一人のレイダーだった。

 モヒカンヘアーのレイダー像を体現した風貌のレイダーは、下した笑いと共に、動けないラスティンへ更に蹴りを入れる。

 

 よく見れば、ラスティンの押さえた脇腹からは、血がにじみ出ている。

 

「お? なんだぁ? こっちにも活きの良さそうな肉がいるじゃねぇか!」

 

「っ!」

 

 刹那、レイダーは俺の存在にも気づき、堪らず舌なめずりする。

 

「に、逃げろ!」

 

「あ? おい、テメェは黙ってろ!」

 

 ラスティンの声に、俺は急いで逃げ出そうとするが。

 何故だろう、足が、動かない。

 

 初めて対面するレイダーの気迫に恐怖して、足が麻痺したのか、自分の足なのに全く言う事を聞かない。

 

「ひひひっ! 怖いか!? だがそれもじきになくなる。テメェは死肉の塊さぁ!!!」

 

「に、にげろ……」

 

 逃げようと思っても、足が全く動かない。

 まるで、蛇に睨まれた蛙になった気分だ。

 

「ん? テメェ、いいもん持ってるじゃねぇか? 逃げないって事は、そいつで俺様と勝負する気か?」

 

 刹那、レイダーが俺の手にしていたパイプピストルを目にするや、挑発的な台詞を吐く。

 だが、その声には何処か余裕が感じられる。

 

 おそらく、分かっているんだろう。

 俺が怯えて何もできないと。

 

「いいぜ、こいよ! 撃ってみな!!」

 

 それを裏付けるかのように、レイダーは余裕たっぷりに自身の心臓の辺りを指で示すと、両手を広げて撃ってみろと言わんばかりだ。

 だが、俺は撃てなかった。

 そんな度胸、今の俺には微塵もなかった。

 

「ハハハハッ!! やっぱテメェみたいなガキにゃ、銃を撃つ度胸もねぇか!! ヒィヒャハハハハ!!!」

 

 レイダーに馬鹿にされようと、やっぱり銃口を向ける度胸は湧いてこない。

 

「だったら、さっさと死ねよ!! 死肉になっちまいな!!」

 

「っ!?」

 

「な、にゃろう!! 何しやがる!!?」

 

「レイヴン! 今の内に逃げろ!!」

 

 レイダーが手にしたパイプピストルの銃口を俺に向けた刹那。

 撃たれて動けない筈のラスティンが、パイプピストルを持つレイダーの手に飛び掛かると、力を振り絞り、銃口を明後日の方へと向ける。

 

「この野郎!! 死にぞこないは大人しく地面に寝てやがれ!!」

 

「早く逃げろ! レイヴン!!」

 

「離せ! 死にぞこないが!!」

 

「早く! 逃げろ!!」

 

 痛みを堪えて、俺の為に身を挺しているラスティン。

 知り合って間もない俺の為に、そこまでする彼の姿を目にして、俺の中で、何かが変わった。

 

 刹那、手にしたパイプピストルを両手でしっかりと構えると、その銃口をレイダーに向ける。

 そして、ネジのようなトリガーに指をかけると、後は、それを引くだけだ。

 

「おい! このクソレイダー!!」

 

「あぁ!? 何だクソガ……」

 

 俺の声に反応して顔を向けた刹那、俺は、躊躇わずトリガーを引いた。

 

 途端、耳を劈く発砲音と共に、両手を通じて発砲の反動が全身を駆け巡る。

 銃ってこんなに反動があるのか……。

 

 発砲の反動で尻餅をつきそうになるも、寸での所で踏ん張る。

 

 そして、俺はふと、撃った弾丸の行方を追った。

 

 そして目にしたのは、先ほどまであれ程威勢よく動いていたレイダーが、まるで糸の切れた人形の如く地面に倒れていた姿であった。

 よく見ると、レイダーの額からは真っ赤な血が流れ出ていた。

 

「はは、まさか頭に一発で決めるなんて、やるなぁ、レイヴ……ン」

 

「ラスティン!」

 

 とりあえずレイダーを倒せたことに安堵したのも束の間。

 俺は急いでレイダーの死体の近くに座り込んだラスティンのもとへと駆け寄ると、彼に肩を貸すべく手を差し出す。

 

「ラスティン! しっかりして! 今肩を貸すから……」

 

「レイヴン、そんな事よりも、よく聞け!」

 

 だが、ラスティンは俺の差し出した手を振り払うと、真剣な面持ちで俺に語り掛ける。

 

「俺はもう駄目だ、ちょっと、無茶し過ぎたらしい」

 

「そんな! そんな事……」

 

「だからよく聞け! いいかレイヴン、ここから敷地の出入り口まで一直線だ。俺はここから、こいつでお前を援護する。だから、お前は走って出入り口を抜けるんだ! いいな!」

 

 先ほど倒したレイダーのパイプピストルで、俺の脱出を援護するというラスティン。

 だがそれは……。

 

「そんな駄目だ! ラスティンも一緒に!」

 

「俺が一緒じゃ足手まといだ! 二人とも助かる確率は低くなる! だが、お前だけなら助かる確率は大幅に高い! だから、お前だけでも生き延びろ!!」

 

「でも、でも」

 

「レイヴン、お前はまだまだ若い。だから、これから何度でもやり直せる。何にだってなれる……。だから、お前は生きろ!! 生きなきゃならねぇんだ!」

 

 気づけば、俺の目からは大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。

 

「さぁ、早く行け! 他のレイダーや奴隷商人たちが俺達の事に気付く前に!」

 

 そして、俺は涙を拭って頷くと、敷地の出入り口を見据え。

 やがて、走り出す。

 

 振り返らない、振り返りたくない。

 

 銃声や、レイダーや奴隷商人達の声が耳に入るが、俺はそれらを気にすることなく、一心不乱に走り続ける。

 

 やがて、敷地の出入り口を抜け、敷地の外に出ても、俺は振り返らず走り続けた。

 

「そうだ、走れ、お前は走り続けろ……。止まるんじゃ、ないぞ……」

 

 刹那、銃声に乗ってラスティンの声が聞こえた気がした。

 

 

 俺は走り続けた、荒れ果てた大地を当てもなく。

 

 銃声が遠くなっても、振り返る事無く、走り続けた。

 

 

 

 振り返る事無く、ただ前を向いて。

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