「……あれ?」
気が付くと、俺は知らない天井を見ていた。
ボケとかそんな事ではなく、本当に知らない、天井材などなく金属製のパイプの骨組みが剥き出しな天井。
おかしいな、俺は確か、天井なんてない屋外を走っていた筈なんだが。
「……?」
とりあえず、視線を動かして天井以外の周囲の様子を確認する。
すると、木箱や工具、それに作業台等々、目にしたのは、まるでガレージ内部のような光景であった。
そして、ふと俺の寝ているベッド脇のベッドサイドテーブルに目をやると、そこには俺が持っていたパイプピストルが置かれていた。
「誰かが助けてくれた、のか?」
状況から推測するに、少なくとも奴隷商人やレイダーに捕まったのではないようだ。
もし、どちらかに捕まったとすれば、こんな手厚いもてなしは受けない筈だ。
となると、一体何処の誰が?
「よぉ、気が付いたか」
と考えていると、タイミングよく、俺を助けてくれたのであろう人物が扉を開けて姿を現した。
レザーアーマーを着込みサングラスをかけた、金髪オールバックの若い男性だ。
「気分はどうだ坊主?」
「あの……、おじ、お兄さんが助けてくれたんですか?」
「ははは! 開口一番お世辞が言えるぐらいは元気か! 結構、結構!!」
すると男性は、近くの椅子を引っ張って、俺の寝ているベッドの脇に置き直す。
そして、男性はその椅子に腰を下ろすと、腰を据えて俺と話し始めた。
「ま、色々聞きたい事はあるだろうが、先ずは水を飲め、喉乾いているだろ? 話は水を飲んでからでも遅くはない」
そう言って男性は俺に缶を手渡す。
受け取った缶には、ドリンクとウォーターの英単語が描かれている。
これもしかして、きれいな水なのか。
となると、この世界はフォールアウト4の時系列に近いのか? パイプピストルも存在していたし。
いやでも、一部のアイテムだけで時系列を判断するのはまだ時期尚早な気もする……。
「何だ? 子供が遠慮すんな。心配しなくても、お前に分け与えてやれる程、こちとら余裕は持ってるさ」
缶を手にしてまじまじと見つめて考え事をしていた俺。
それを男性は、遠慮していると勘違いして声をかけてくる。
とりあえず、これ以上変に怪しまれる前に、ご厚意に甘えるとしよう。
フルオープンエンド式の缶のプルトップを開けて、中に入っている透明な液体を口へと流し込む。
ただの水、前世では当たり前に飲めて気にも留めない存在だった水。
だが、この世界で飲んだ水は、前世のそれよりも格段に美味しく、心に染みる味がした。
「ははは、そうだそうだ、子供は我慢せずにそうやって甘えてりゃいいんだよ。ほれ、腹も減ってるか? ガムドロップとポテトチップス、遠慮なく食えよ」
更に男性は、取り出したガムドロップとポテトチップスを、ベッドの上に置いていく。
そこまで俺に尽くしてくれるなんて、一体何者なのだろう。
きれいな水の入った缶の中身をほぼ飲み干した俺は、男性の正体を探るべく質問を投げかける。
「あの、お兄さん」
「ん? 何だ?」
「お兄さんは、一体、何者なの?」
「お兄さんは子供を助ける正義のヒーロー!! ……と言いたい所だが、違う。っと、そんな目で見ないでくれ、決して奴隷商人とかじゃねぇぞ!」
「じゃ、一体何者なの?」
「ただのお節介な"傭兵"さ」
「傭兵?」
「そ。っと言っても、ドンパチするだけじゃなくて、探し物を探したり壊れた物を修理したり。要は何でも屋だな」
「その何でも屋さんのお兄さんが、どうして俺を助けてくれたの?」
「そりゃお節介だからさ。風化した道端に倒れてる子供を放ってはおけない性分なんだよ」
そう言って、男性はサングラスを外すと、にこやかな笑みを俺に見せた。
俺は、そんな男性の笑みに見とれた。
いや、正確に言えば、男性の左右で異なる瞳に見とれたのだ。
赤い瞳と青い瞳、所謂オッドアイに。
「ま、でも、正直に言うと。最初は自殺志願者かと思った、なんせこのウェイストランドに、そんな薄っぺらい布切れの衣服とパイプピストル一挺で出歩いてるんだからな。でも、違った。……お前さん、奴隷だろ?」
「!?」
「その反応は当たりだな。ま、これでも仕事柄色んな奴の事を見てきたからな、お兄さん、分かっちゃうんだな~これが!!」
そして、どうだと言わんばかりに胸を張る男性。
少々軽口なきらいはあるが、その洞察力は確かなようだ。
「しかし、奴隷のくせに奴隷の証である"首輪"を付けていない事や、持っていたパイプピストルの事を鑑みるに……。奴隷商人を殺して逃げてきか?」
殺してなんていない!
と言葉にしようとして、言葉を出せなかった。
確かに奴隷商人は殺してはいないが、代わりにレイダーを殺した、それは事実だ。
俺が狙って、殺そうと殺意をもって、トリガーを引いて、殺した。
ゲームじゃ、ただの敵で、殺しても何も感じなかった。
そして、実際に俺がこの手で殺した時も、思い返せば、ラスティンを助けたい一心で、それ以外は何も感じてはいなかった。
けど、今になって思い返せば、俺は人を殺した。
勿論、殺さなきゃ殺されてた。でも、俺はレイダーを殺した。
トリガーを引く前まで、あんなに生き生きと威勢の良かったものが、次の瞬間には全く動かず地面に倒れていた。
頭から、真っ赤な血を流して。
それだけじゃない。
あの場所には、奴隷や奴隷商人、それにレイダーの死体が一杯あって、血が至る所に飛び散ってて……。
あぁ、なんだって今頃になって色んな感情がこみ上げてくるんだ。
「っ! かは!! か!!」
くそ、気持ち悪い。
苦しい、しんどい、思い出したくないのに、どんどん思い返してしまう。
「かは!! ごほ!! ごほ!!」
「悪い、辛い事、思い出させちまって……」
吐き気などを催す俺に、男性は優しく声をかけると、俺を優しく抱きしめてくる。
「辛いよな、人を殺すのって。例え相手が悪人でもな……」
気付けば、彼の抱きしめる腕を掴んで、目から大粒の涙を流していた。
「……で、泣いて吐き出して、少しは落ち着いたか?」
「はい。……すいません、汚してしまって」
「いいって、いいって、子供がそんな事まで気にすんな」
あれから暫くして、色々と吐き出したら少しスッキリして気持ちも落ち着いた。
「にしてもお前、随分と大人びてるな」
そりゃ外見は子供でも中身はおっさんですから、なんて素直に言える筈もなく。
適当に愛想笑いで誤魔化す。
「あ、そういえば、まだお前の名前、聞いてなかった。名前は何て言うんだ?」
「レイヴン、です」
「いい名前だな。それじゃ、俺も自己紹介しねぇとな。俺の名前はクライン、レオス・クラインだ」
……え?
どうだカッコイイ名前だろうと言わんばかりの表情を浮かべる目の前の男性。
カッコイイ云々は兎も角、俺は、その名前を知っていた。
アーマードコアシリーズの内の一作、アーマードコア2に登場するレイヴンの一人で、ナインブレイカーの称号を持つ強敵としてプレイヤーの前に立ちはだかる、それがレオス・クライン。
設定では、強化人間としての施術を受けたため、実年齢は齢九十と言われるが、肉体年齢は四十代を維持しているとされる。
しかし、目の前のレオス・クラインと名乗った男性は、四十代どころか二十代半ばに見える。
だがそもそも、目の前のレオス・クラインは、アーマードコア2に登場するレオス・クラインとは、おそらく似て非なる別人じゃないだろうか。
何故なら、性格や喋り方など、アーマードコア2に登場したレオス・クラインと比べると、目の前のレオス・クラインは全く異なるからだ。
それに、大前提として、フォールアウトの世界にアーマードコアと呼ばれる機動兵器は存在しない。
多分、この世界でも。
「クラインさん、ですね。覚えました」
ま、何れにしても、俺を助けてくれた命の恩人の名前だ、しっかり心に刻んでおこう。
「それと、改めて、助けていただいて、ありがとうございます」
「おいおい、よせよ、子供がそんなかしこまるなよ」
「でも、命の恩人ですから」
と、クラインに改めてお礼を述べた所で、俺の腹部から腹の虫の鳴き声が聞こえてくる。
「ははは! やっぱり体は正直だな! ほら、遠慮せずに食えよ」
腹の虫を収めるべく、俺は、クラインが用意してくれたガムドロップとポテトチップスを食べるのであった。
ガムドロップとポテトチップスを食べて腹の虫も収まり、満足感から再び睡魔が襲ってもう一度眠りにつき。
そして再び目を覚ますと、ガレージの窓の向うは既に暗闇が支配していた。
どうやら、少しだけと思っていた筈が、かなり眠っていたようだ。
「よぉ、レイヴン、丁度いい時に起きたな。ほれ、晩飯だ」
上半身を起こすと同時に、先ほど同様、扉を開けてクラインが姿を現す。
その手に、湯気の立った料理が乗ったトレーを持って。
「さっき作ったばかりだから出来立てだぞ。さ、冷めないうちに食え食え」
渡されたトレーに乗っていた夕食の献立は。
ソールズベリーステーキに即席ポテト、野菜スープにデザートのフルーツにきれいな水。
それは、荒廃し明日をも知れない世界で出てくるには、あまりに豪勢な夕食であった。
「え、えぇ!? こ、こんな沢山、いいの!?」
「だから、言ったろ。お前一人面倒見るぐらいの余裕はあるんだ、遠慮せずに食え食え」
食糧事情に余裕のないフォールアウトの世界において、他人にこれだけの食事を分け与えるのは相当な事だ。
それを、さも軽々しくやってのけるクライン。
その名に違わぬ凄い人だ。
一方、それに甘んじるしかできない今の俺。
若干悔しさも感じるが、でも、肉体は十歳だし、クラインの様にこの世界を生きていく技術や知識も、特にない。
原作ゲームの知識も、今のままじゃ特に役立ちそうにない。
神様からの特典も、もう当てにできない。
本当に、今のままじゃ、ただのウェイストランド人と同等、いやそれ以下だ。
「どうだ、美味いか?」
「うん」
「そうか、そうか、そりゃよかった!」
白い歯を見せて笑みを浮かべながら見守るクライン。
それを他所に、俺は、夕食を食べながら考える。今後の生き方を。
そして、綺麗に夕食を食べ終えると。
俺は、考えた末に導き出した答えの為、クラインに声をかけた。
「あの、クライン!」
「ん? 何だ?」
「あの、突然こんなこと言うのは迷惑かもしれないけど……」
「おいおい、男なら、まどろっこしい前置きなんて置かずにスパッと本題をぶつけてこい!」
「あ、うん。それじゃ。……クライン、俺を、弟子にしてください!」
頭を下げ、クラインに弟子入りをお願いする俺。
これが、俺がこの世界で今後生き抜くにはどうすべきか、考えた末の答えだった。
これも何かの縁。
知識や経験のあるクラインに弟子入りして、彼からこの世界で生きていく為の知識と経験を学ぶ。
それが、俺の答えだ。
「……」
「あ、あの、クライン?」
しかし、クラインからの返事が返ってこず。
堪らず頭を上げてみると、そこには、腕を組んで悩むクラインの姿があった。
「やっぱり、駄目、かな」
「いや、待て! ちょっと待てよ!!」
やはり、突然頼んで弟子にしてくれるなんて都合よくはいかないかと思ったが。
どうやら、脈がない訳ではないようだ。
「いや、でもな……。うーん、しかしなぁ。むむむ」
その後しばらく、腕を組みながらガレージ内を歩き回りながら悩むクラインから答えが返ってくるのを待っていると。
やがて、答えが出たのか、腕を解くと、俺の顔を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。
「本気、なんだな?」
「はい」
「……だろうな、目を見れば分かる」
「あの、それじゃ……」
「弟子なんて持った事ないから、ちゃんと教えられるかどうか分からないが、それでもいいなら、いいぞ」
「ありがとうございます!!」
こうして俺は、この世界を生きていく為の第一歩を踏み出したのであった。
そして、翌日から、クラインから生きる術を吸収する日々が始まった。
俺が介抱されていたガレージは、何とレッドロケット・トラックストップのガレージであった。
クライン曰く、ここは彼がウェイストランド各地に設けたセーフハウスの一つなのだそうだ。
この場所に暫く滞在している間に、俺は、まず基本的な所から教わり始めた。
その基本とは、銃などの取り扱いだ。
法も、その番人たる警察もいないウェイストランドで生きていくには、自衛する手段は必須。
先ずは、肉体が子供の俺でも扱いやすい拳銃やナイフ等の扱いからだ。
始めたばかりの頃は筋肉痛などに苦しめられたが、それも慣れてくるとだんだんとなくなってくる。
取り扱う際に、余計な筋肉などを使わなくなってきたからだろう。
その他にも、前世でもそうだが、やはり長生きするには体が資本。
体づくりに必要なトレーニングも欠かさず行っていく。
これも、やはり始めたばかりの頃は、朝起きた時の節々の痛みに苦しんだ。
勿論、戦闘面で役立つ教えばかりを教えてもらっている訳ではない。
この世界、このウェイストランド社会を生きていく為のご指導も賜わる。
ゲーム同様、ウェイストランドでは戦前の貨幣システムが崩壊し、戦前の紙幣がケツを拭く紙にもなりゃしない世の中。
そこで戦前の紙幣の代わりに通貨として流通しているのが、ビンの王冠、そうキャップだ。
ただし、どうやらこの世界の貨幣システムはゲームとは少しばかり異なり。
主流は物々交換で、キャップは補助として使われているらしい。
どのように使われているのかと言えば、人によって価値観が異なる為公平性が損なわれる物々交換、その際の隔たりを埋める為に使われているそうだ。
ま、確かに。
ゲームでは千とか万の単位で取引しても何ら違和感がなかったが、現実でそれだけの数のキャップで取引するのは、流石に大変だ。
そもそも、システム上の仕様とは言え、そんな数のキャップが流通しているという事は、それだけ空きビンが存在する事を意味し。
つまり、ゲームのウェイストランドは空きビンで埋め尽くされている事になるのだ。
ゲームの戦前世界は、まさかのヌカ・コーラジャンキーだらけだった!?
でも、ゲームとは言え、例えそうだったとしても違和感をあまり感じないあたり、流石はアメリカだな。
勿論、それだけじゃない。
生きていく上で避けては通れぬ、そう、食事だ。
何時だって、戦前の食料が食べられる訳ではない。
そこで、ウェイストランドの動植物の採取や解体方法等の知識も教えてもらった。
あ、因みに、クラインはあの"腹の中で捻れて動き回る"と比喩される程、公式設定でも不味いと認定されたモールラットの肉が美味しいと称して俺に薦めてきたが。
俺は真顔で答えました。
私は遠慮しておきます、と。