なのはと喧嘩中にフェイトそんにNTRれる話   作:梵尻

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遅ればせながら。最後です。


なのはと喧嘩中にフェイトそんにNTRれる話 5-b

「名前を呼んで」

 

 彼女はそう言った。

 付き合い始めた丁度の時の、告白が受理された直後のことだった。

 記憶の残渣は、確かに微かなモノであるのだが、それでいて明瞭であった。

 

 海鳴市臨海公園の澄んだ風はよく覚えている。

 空にまでわたるのでは無いかと思えるほど広く輝く海は、彼女と同じように、すべてを受け入れてくれるかのようだった。

 

 人を名前で呼ぶのは得意では無かった。

 人との距離感には、人一倍敏感だったから。

 

 故にその言葉は、今までの人生の中でも最も特別で、いつまでも心に鮮明に焼き付けられたのだ。

 

 ・

 

 俺は、膝の上に固く握られた拳を緩める。

 ゆっくりとその左手を上に持ち上げて、微かな冷たさを感じて、よくやく掌がじっとりと濡れていたことに気がついた。今までの人生で、ここまで酷い手汗をかいたことは無かった、と益体もないことを考える。

 鉛を括り付けたかのように重たい手は、予想に反していとも簡単に持ち上げることが出来た。そのまま、コーヒー以外には何も無いテーブルの上に音も立てずのせる。

 静寂が続く中、唯一とも言える動きは、無音の動作といえど2人の視線の集中を受けるのには十分だった。

 

 最早、正常な判断を下す事も、誰もが認める正解に向かっても進める気はしなかった。

 俺が引き起こした事態だ。今更、都合の良い結末なんて望まない。そして求めない。

 故に、最後まで独善的に、自分勝手に、幻想も持たせないように彼女達を裏切るのだ。

 俺の選ぶ道は、もしかしたら他の道があったのかもしれないが、この際はそれら全てを無視しよう。結末は変わるかもしれないが、結局どの結末になるのかは進んでみなければきっとわからない。

 

 2人のため、とは最後まで言わない。

 100%俺のためだと、言わせてもらおう。

 

 眉間と双眸にぐっと力を入れて、精一杯の覚悟を身体中に示す。最後までどっちつかずの臆病者に、天は味方をしてくれるのだろうか。

 

 俺は、左手の薬指に右手を近づける。

 その時点で、もう2人は察したのだろう。悄然とした様子で、顔を真っ青に染める。

 

 そんな2人を見てしまうと、決意が揺らぐでは無いか。その表情を視界から外すために手元を見つめ直す。

 もう一度自分の言い聞かせろ。この2人を傷つけるのは、これで最後だ。

 自分の決断に体は中々言うことを聞いてくれなくて、揺動する右手の人差し指と親指は、左手の薬指につけられた指輪を捉えることができない。もう自分の指さえ見るのをやめることにした。

 自分自身の目も、どこに向けていいかわからない。だから強く目蓋を閉じる。当然視界は真っ暗になる。何も見えなくなって、少しだけ気が楽になった。

 

 当初は無垢な色味であったはずの、いつの間にか薄く濁っていた白銀の指輪。直接目を開いて見なくても、それがどんな見た目だったのかはハッキリと想像ができる。それほど、大切なもの、だった。

 

 右手の指に金属特有の冷たさと、滑らかさを感じる。

 そこには忘れられぬほどの思い出がある。

 もはや付けている権利は無い。

 もう一度、自分に言い聞かせろ。最後にだ。この2人を傷つけるのは、これで最後だ。

 

 俺は、彼女とのつながりを躊躇なく引き抜いた。

 

 そこからは、簡単だった。

 

 外した結婚指輪を机の上に置く。ことり、と普段の生活音がある部屋の中でなら聞こえないほどの小さい音は、それでも部屋に響いた。

 2人の表情は、驚いているのは確かで、深くはわからなかった。

 そして口を開くのにも、俺の中にあった躊躇や恐れは消えていた。

 

「なのは、別れよう」

 

 そのたった十文字にも満たない言葉に、彼女は入り混じった複雑な表情でこちらを見つめる。怒り、恨み、悲しみ、絶望。いや、こんな既定の言葉ではおそらく言い尽くせないほどの、彼女だけの感情。

 だから、その唇が空気を震えさせる前に、その感情に声として音を乗せる前に、先んじて俺はもう一言を口にする。

 

「フェイトさん、あの関係を終わりにしましょう」

 

 その言葉自体はきっと予想していなかったわけではないだろう。

 2人から見れば、俺のその姿は裏切りにも見えるだろうし、自傷行為にも見えるだろうし、優しさゆえの行動にも、残虐極まりない行動にも見えるだろう。

 何にせよ、彼女らにとって、その選択は俺の「逃げ」であることは確かだろう。

 だが、違う。今から出す答えは、逃げるという行為以上に最低最悪な選択肢だ。

 

 2人は口を動かして、何かを伝えようとする。しかし、決して言葉になることは何一つない。音の波は、届く事はない。

 まるで宇宙空間か深い海の底のようだ。

 いや、そもそも発していないのだから、ここは紛れもなく現実で、今起きている事実だ。

 

 そうして俺は口を開く。

 俺の出した誤答を、それでも彼女らに提示する。

 

「2人と、俺との関係を、出会う前に戻しましょう」

 

 これは、「逃げ」ですらない。なかったことにするのだ。

 データのリセット。俺との関係の初期化。

 最低最悪のエゴイズムだ。

 

「俺との関係は全てリセットして、昔のように、ただの他人に戻りましょう。自分勝手なのは分かってます、それに反さない償いなら何でもします。何でもやります。死ねと言うなら今すぐにでも死にます。だから、だから──、最後に一つだけ我儘を聞いてください」

 

 結局のところ、俺はこうするしかなかったのだ。

 自分のことで精一杯になってしまった自分自身では、2人の感情はとっくのとうに分からなくなっている。

 

 思えば、最初から、俺は2人のことが好きだったのだ。

 最低ながら、2人が、好きなのだ。

 

「俺のせいで、仲違いをする2人は見たくないんです。俺が求めるのは、ただそれだけなんです」

 

 こうして心の内に抱えた泥のような本心の、ほんのひとかけらを吐き出す。全部が全部、自分の気持ちがわかるわけではない。それでも、本心の端くれでも吐き出す事はできた。気持ちが楽になった気がする。彼女達の悲痛な表情も、真っ直ぐ見つめられる。

 そうして、改めて気付かされるのだ。やはり、俺のその解は俺のためのエゴであったことに。

 

 自分自身を唯一の悪にして、悲劇のヒロインを演じるのは、最も簡単である。

 私が悪いと涙を流して弱者になりきり「自分を犠牲に二人の関係を選んだ俺は偉い」と言い張りたいだけなのだ。

 嫌になる。

 嫌になるが、それでも関係のリセットこそが、最低の中の最高の終わり方なのでは無いだろうか。

 それしか導き出すことができなかった。

 

「過程がなんにせよ、俺が二人を傷つけたのには変わりがない。だから、すべてを終わらせるにはそれしかないんだ」

 

 なのはとフェイトさんは、俺のその言葉にただただ圧倒されていた。何にも言い返すことが出来ず、呆然と見つめているだけだ。

 

 俺はおもむろに立ち上がり、ドアの方へと歩み寄る。

 出て行くことくらい、彼女たちは分かっていたはずだ。分かっていたのに、きっとこの瞬間はそんな事実を、彼女たちは否定したいのだろう。

 

「……さようなら」

 

 そう言って、彼女達との関係をリセットすることに決めた。

 

 

 

 

 ・

 

 

 

 

 

 

 近頃は初秋といえど、蒸したてられるような暑さが残っていた。

 

 日差しはいつも以上に照り付け、足元に広がる石畳から反射する熱気が余計にこの場所を熱くさせている。真っ青な空はあたかも真夏の空のようであり、忘れるべきはずの、一月ほど前に自分が引き起こした事態を想起させられた。

 辛うじてここが海沿いの道であるから、いやな暑さも、海から吹く少しだけ涼しい澄んだ風のおかげで耐えられそうだった。風音が高台のふちをなぞりながら半袖のポロシャツを揺らし、汗に湿った体表の温度を下げる。

 

 この汗は暑さだけが原因ではない。

 これから自分がすることに対しての緊張もその原因だ。

 

 海鳴市はなのはが生まれ育った土地であり、心優しい彼女の家族が暮らすところでもある。

 いくら俺が一方的に関係をリセットしようとしたところで、彼女たちだけでなく、その周りの人たちが納得することは決してないだろう。

 だから今日は、彼女の家族に事の顛末を話して、その罰を受けに来た。

 安直ではあるし、結局のところは自己満足にすぎないのかもしれないが、それでも傷つけてしまった人たちには償わなければならないと思う。

 

 そのことは、なのはにもフェイトさんにも話していない。

 関係をリセットするだのと言った手前、もう対面して会うことはできないし、自分自身に会うつもりがない。

 

 海鳴市に来るにあたって、謝罪のついでではあるのだが、最後にここに訪れたかった。

 海沿いを道なりに進んでいくと、より開放的になった場所に出る。いつもであれば子連れのお母さんや学校帰りの小学生でにぎわっているはずの海鳴市臨海公園。残暑のせいだろうか、ほとんど人影が見当たらなかった。

 ゆっくりと歩いて公園の方に向かうとやはりあの日のことを懐古してしまう。

 彼女の名前を呼んだ、遠く消えた過去。

 

 海の方にぼんやりと目を向けながら進む。境界線がどこにあるかもわからない海鳴市臨海公園に、たぶん、足を踏み入れた。

 数年前から変わらない光景に、嬉しさと安堵を覚える。最後なのだから、綺麗な夢を見て終わらせて欲しかったのだ。

 

 彼女と言葉を交わしたところまで、数十メートルに差し掛かった。

 暑い中ゆっくりと歩いた体は、いまだに汗で湿っている。ポロシャツが張り付くのが、少しだけ不愉快に感じた。

 

「……あれ、って」

 

 嫌な予感がした。

 向かい側から歩いてくる人が、あの人に似ていたから。

 なのはとの始まりの時ではない。今回起きた俺たちの話の始まりに似ていたから。

 

「……フェイト、さん」

 

 こんな暑い中だというのに、もちろん汗もかいているのだろうけど、こうも綺麗に立っている姿を見ると、別世界のおとぎ話でも読んでいるような気分になる。いや、それは単に今の俺が目の前の現実を信じたくないだけなのかもしれない。

 

 向こうもこちらに気がつたようだ。

 

 だけれども、どうしてだろうか。引き返そうにも引き返せない。

 

 俺は、両足が釘で地面に打ち付けられたかのように一歩も動くことができなかった。

 汗が背中を這う。

 彼女は、それでもこちらに向けて歩みを進める。

 海風がひとつ吹き、周りの木々は仰々しいざわめきを見せる。

 近づくに連れて、遠目では想像できなかったほどに彼女が汗をかいていることに気がつく。

 

「ケイ、顔赤いけど大丈夫?」

 

 心配そうに、気まずそうに彼女は口を開く。

 もしかしたら、暑さでやられた俺が見た幻覚かもしれないという淡い希望は当然のごとく潰えた。

 向かってくるフェイトさんは、その表情以外はまるで俺と彼女達の関係が壊れるきっかけとなった夏の昼下がりのようで、不思議と現実味がない。だからもしかしたら、幻覚なのかもしれない、そう思った。

 だが、どうやらこれは、紛れもない現実のようだ。

 

 俺が口を開きあぐねているのを見ると、いつもの通りの気が利く彼女は先に口を開いた。

 

「本当に、ケイだよね」

 

「あ、ああ」

 

「まさか、なのはの言う通りだ。本当にケイだ」

 

 なのはの、言う通りだ? 

 

 その言葉に思考はフリーズする。

 なのはは、俺がここに来る事を知っていたのか? 

 

 いや、違う。俺はこのことを彼女の家族に訪ねるということ時間くらいは話したものの、それ以外は誰にも話してないし、ましてやここに来ることをだれにも伝えてはいない。

 でもだとしたらなんで。偶然? にしてはできすぎている。

 

 そして、その言い方だと、まるで彼女もここにいるかのような。

 

「それって、どう言う……」

 

「よかった、やっぱりここに来ると思ったんだ」

 

 振り向く。

 もう会うことはないだろうと勝手に思い込んでいた彼女の。もっとも聞きたくもあり、もっとも聞きたくなかった声が後ろから聞こえたから。

 

「なん、で」

 

 高町なのはがそこにいたから。

 

 確かに、フェイトさんの言葉から、そうなることは予想できた。

 けれど、だからといっていざ目の前にしてみると頭の中は真っ白になる。

 俺の言葉に眉の端を少しだけ下げて、困った表情を彼女は作る。

 

「……なんでって、それは」

 

 間。

 このまま、何も言わないで、静かで動かない時間が永遠に続いてしまえばいいのに。だけれど時間はいつもと変わらず誰よりも平等に流れて、汗が一筋流れて。

 

 ざあ、と風が吹く。

 

「私にとって、フェイトちゃんにとって、そして、きみにとっても、大切な場所だから」

 

 堂々と立っている木々を揺らす程なのだから、この風は強いはずだ。

 

 立ちくらみがしたのは、この風のせいだ。

 

「ここに来たら、ケイくんに会える気がしたんだけど、まさか本当に来るなんて、すごい偶然だよね」

 

 彼女はいつものように軽快に笑う。

 

 どうして彼女はそんな笑顔で笑えるんだ。

 きっとその心には深い傷があるはずだ。俺たちがつけてしまった傷が。そして、俺に至っては、彼女よりも断然浅い傷しか負っていないというのに、笑顔一つ捻り出せやしないと言うのに。

 

 きっと今の自分の顔を鏡で見たら、あきれ返ってしまうだろう。

 おそらく、それくらいに酷い顔をしている。

 

「いや、偶然って、だって、そんな」

 

 言葉がうまく綺麗に出てこない。身振り手振りで何かを伝えようとするも、何を伝えたいのかも自分自身がよく理解していないのだから、到底伝わるはずもない。

 それでもそんな様子の俺を、2人は優しい目で見ていた。

 

「……いまさら、あんな事して、許されないのは分かってる」

 

 フェイトさんが口を開く。

 俺は言葉を出せないでいた。

 

「それでも、ケイが例えこの関係をリセットすることを望んでいても、二人に謝らせて欲しい」

 

 ──どうして。

 謝る気は無いと、明確に述べていた彼女が、今ここで、謝罪をしているのだ。

 

「本当に、ごめんなさい」

 

 俺みたいに陳腐な言い訳を並べることもなくて、自己保身を望むわけでもなくて、見返りを求めているわけでもなくて、なのに、なんで。

 

「……あの後──ケイが出て行った後に、なのはとゆっくり、時間をかけて話したんだ」

 

「だから」彼女はそう続けようとして、一度言葉を止める。

 フェイトさんはなのはに目を向け、なのはは軽く一呼吸し、こちらをじっと見つめた。

 俺を待っていてくれたのだ。何もかも放り投げた俺を、答えを探している俺を。だから、せめて何かしなければと思い、今一度しっかりと顔を上げて、もう一度二人の目を見る。次に口を開いたのは、なのはだった。

 

「だから、もう一度、やり直そう」

 

「やり、直す?」

 

「そう、やり直す」

 

「やり直すって、何を」

 

 やり直す。

 一言で簡単に言えるものの、それが指し示す範囲は曖昧だ。

 セーブをすることが出来ない現実世界において、やり直すなんて事は出来るはずもないし、やり直しを求めたところで、遡ると決めた場所が存在しなければならない。

 この場合、彼女はどこからどうやり直す事を望んでいるのか。

 

「きみが無理してリセットを望んだから、だったらそれでいいの。リセットさせてあげる」

 

 俺が望んだのは、俺と彼女達が出会う前に戻す事。出会わなければ、きっとこんな事にはならなかったから。だから、彼女が今許可を出したリセットは、彼女達と出会う前という事だ。

 

「だから、今ここにいる私たちは、出会う前の私たちなの」

 

「…………え?」

 

「──だから、今また出会えたんだから、もう一度、みんなで友達からやり直すの」

 

 俺が出したはずの答えは、たやすく彼女に上書きされた。

 

「リセットしたところから、出会う前のところから、最初からやり直すってこと、だよな」

 

 全てを無かったことにするという俺の最低最悪の答えを、彼女達は、それすらも好意的に捉え直したのだ。

 到底敵いっこ無い。そんなの、ありかよ。

 

 そうして俺は気づかされる。最初から、二人の間には確執なんて無かったのだ。あったのは、俺と二人の関係にあった歪さだった。

 

 君はまた、俺に「始まり」をくれるのか。

 

「そう、ぜーんぶ最初からからやり直すの」

 

 俺の言ったリセットは、彼女達と俺との関係を会う前のものに戻そうと言うものだ。だから、その先の人生で俺たちは無関係の人となり、もう2度と関わることはない、そう思っていた。

 

「でも、そんなこと、どうやってやればいいんだ」

 

 それでも彼女達の出した答えは、俺のリセットを受け入れた上で、もう一度1から出会ってやり直そうと言うのだ。

 だけれど、そんな都合のいい話、あっていいはずがない。どれだけ自分に言い聞かせようと心の隙間と傷は埋まることもないだろうし、簡単にうまくやり直せるはずがない。

 

「無理だ、いまさら。そう簡単に消せるものじゃ無い。そんな簡単にやり直せると言うのなら、もっと他に道があったはずだろ。でも、そんな道なかったから、一縷の望みも無かったから俺はあの結末を選んだんだよ」

 

 自分自身に言い聞かせるように、弁を弄する。そして何より、俺の答えが、その行為が、水泡に帰してしまうと言うのなら、それこそ、俺の全てを俺が許せなくなってしまう。

 諦めて、勝手にバッドエンドに突っ込んでいって。まるで道化だ。最初から最後まで彼女達を不幸に導いているだけじゃ無いか。

 だから、こんな結末、やり直すと言う最早ハッピーエンドですら無い代物を、俺が認めて良い訳が無いんだ。

 

「もう、どうしようもないんだ。もし、それで上手くいくとして、俺は何をすればいいんだ? どうすれば、いいんだ?」

 

「簡単だよ」

 

「え?」

 

 海から澄んだ風が吹き抜ける。

 空にまでわたるのではないかと思えるほど広く輝く海は、彼女と同じように、すべてを受け入れてくれるかのようだった。

 彼女はそこにいた。

 あの時と変わらぬ笑顔で、そこにいた。

 

「──名前を呼んで」

 

 全てが崩れ去った。

 自分自身の中に積み上げた自己保身の檻や、高層ビルのようにはるか高くそびえたった虚勢や虚像も、全てだ。

 名前を呼んで、それだけで、狷介に思えた俺の殻は崩れたのだ。何万字にも埋め尽くされた原稿よりも、流行のヒットチャートのポップでキャッチーな歌詞よりも、書き殴るほどの思いで溢れたどこぞの誰かのラブレターよりも、生真面目な政治家が掲げる本心のない美辞麗句なマニュフェストよりも、何よりも強く、俺の中に轟いた。

 何万字もなくていいし、格好つけなくてもいい。それでも、なにより簡単に簡潔に、それでいてどんな文字よりも深く。

 

 ついぞ、感情の昂りを抑え込むことができなくなる。胸にある感情が涙となって流れ出る。

 その姿はあの時から、何も変わらないままで。きみが今回の、一番の被害者であるはずなのに。

 未だ笑えない俺に向かって、あの日のように、笑いかけたのだ。

 

「ちゃんと私と、フェイトちゃんの目を見て、はっきりと名前を呼ぶの」

 

 だから彼女はこの答えを選んだのか。

 俺のリセットという答えに対して。

 全く、綺麗すぎるくらいに────完敗だ。

 

「…………な、のは」

 

 そんな事を言われたら、名前を呼ばないなんて事はできない。

 

「うん」

 

「ごめん、本当に」

 

「うん」

 

「だからさ、本当はもう一回、友達から、一からやり直したいんだ。君の名前を呼んで、君に名前を呼んで欲しいんだ。本当は、そうして、やり直したかったんだ」

 

「──うん」

 

 俺はあの時、リセットするだなんて言ってた。だけれど、本心は、ずっとずっと、ただやり直したかっただけなのだ。それでも、言うのが怖かった。認められない、認められるはずがないと思って、本音は自分でも気がつかないくらいに心の奥深くに沈みませていたのだ。

 

 2人とまた、仲良くしたいだけだったんだ。

 それだけが、本心だったんだ。

 

 今更になって、遅いのはわかっているけど、やっと俺は自分の本心に出会った。壊れるのも否定されるのも怖くて、言い訳で自分を理論的に武装した気になっていた。

 だけれど、この強くて優しい彼女達となら、やり直せるかもしれない。

 

「フェイトさんも」

 

 名前を呼ばれた彼女は、逸らすことなく視線をぶつけてくる。今の今まで逸らし続けてきたから、真っ直ぐに見つめられなかったから、今度こそはとぐっと堪えて怯まず受け止める。

 日差しは全く変わらずに降り注いでいると言うのに、先程まで、嫌に感じていた熱さも、いつの間にか忘れていた。

 

「もう一度、一から、全部やり直して下さい」

 

 言葉は選んだものでも考えたものでもない。並々に入ったカップの水が少しの刺激であふれ出るようにこぼれ出たものだった。

 うん、と小さい言葉が聞こえてくると、彼女も同じように、溢れ出る感情を吐露する。

 

「……ごめんね、ありがとう、ケイ、なのは」

 

 フェイトさんは、俺が見た中で、今までで一番綺麗な笑顔を浮かべて、晴れた日にそぐわない、お天気雨のような涙を流すのだった。

 たぶん、俺たち全員がずるかったのだ。誰もが人の優しさを信じずに、誰もが優しさを削ろうとしていたのだ。

 俺と、もちろんフェイトさんは、これからも自分達の行った事については忘れてはいけないし、もちろん禍根を断ち切るのは、出来ないのかもしれない。

 

 だとしても、皆がまた、仲良くしたいと望んでいるだけなのだ。その関係をリセットしてまでそう望むのだ。だったら、彼女達の望む事を、もう2度と俺は裏切らない。否、裏切ってはいけない。

 

「また一から、やり直しましょう。俺が言うのも、変だけど。俺と、なのはと、フェイトさんで、また、一から」

 

 この日の海は一段と綺麗に見えた。残暑が猛威を振るう中、今この時だけは心地よく感じられた。

 なのはとの喧嘩中にフェイトさんにNTRれたこの話は、もう終わりだ。

 もちろん、やった事に対しての責任は取るし、償いはする。

 それでも、三人でまた笑える最低限のエンドを目指して、また、一からやり直そう。

 俺は、出会った頃のあの日のように、最後にそっと、笑いかけた。




ハッピー、、、では無いけどビターでもないエンドです。
これにて『なのはと喧嘩中にフェイトそんにNTRれる話』は完結させていただきます。多くの方に読んでいただき、感想や評価をいただけた事を嬉しく思います。ありがとうございました。
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