魔法科高校の劣等生 達也×リーナ   作:エリュトロン

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お久しぶりです。


入学編IV

色々と特殊なところのある魔法科高校だが、基本的な制度は普通の学校と変わらない。ここ第一高校にも、クラブ活動はある。正規の部活動として学校に認められる為には、ある程度の人員と実績が必要である点も同じだ。

ただ魔法と密接な関わりを持つ、魔法科高校ならではのクラブ活動も多い。

メジャーな魔法競技では、第一から第九まである国立魔法大学の付属高校の時間で対抗戦も行われ、その成績が各校間の評価の高低にも反映される傾向がある。九校戦と呼ばれるこの対抗戦に優秀な成績を収めたクラブには、クラブの予算からそこに所属している生徒個人の評価に至るまで、様々な便宜が与えられている。

有力な新人部員の獲得競争は、各部の勢力図に直接影響をもたらす重要課題であり、学校もそれを公認、いや、むしろ後押ししている感がある。

かくして、この時期、各クラブの新人部員獲得合戦は、熾烈を極める。

 

「という訳で、この時期は各部間のトラブルが多発するんだよ」

 

場所は生徒会室。

 

ここにいるのは達也とリーナと深雪と摩利、真由美の五人だけで昨日いた二人は普段、クラスメイトとお昼を食べているらしい。

 

達也は弁当を食べながら摩利の説明に耳を傾けていた。

 

ちなみにリーナは達也に作ってもらった(作らせた)弁当を味わい、摩利の話はほとんど聞き流していた。

 

「勧誘が激しすぎて授業に支障を来たすことも。それで、新入生勧誘活動には一定の期間、具体的には今日から一週間という設定を設けてあるの」

 

一人だけダイニングサーバーの機械調理メニューを食べることになった真由美はかなりヘソを曲げていたが、ようやく機嫌が直ったらしい。明日から自分もお弁当を作ってくる、と張り切っていた。

 

「この期間は各部が一斉に勧誘のテントを出すからな。ちょっとどころじゃないお祭り騒ぎだ。入試の上位成績者や、競技実績のある新入生は各部で取り合いになる。無論、表向きはルールがあるし、違反したクラブには部員連帯責任の罰則もあるが、陰では殴り合いや魔法の撃ち合いになることも、残念ながら珍しくない」

 

摩利のセリフに達也は訝しげな表情を浮かべた。

 

「CADの携行は禁止されているのでは?」

 

この疑問に対する摩利の答えは、達也を呆れさせるものだった。

 

「新入生向けのデモンストレーション用に許可が出るんだよ。一応審査はあるんだが、事実上フリーパスでね。そのせいで余計にこの時期は、学内が無法地帯化してしまう」

 

そりゃあそうなるだろう、と達也は思った。

 

「学校側としても、九校戦の成績を上げてもらいたいから。新入生の入部率を高める為か、多少のルール破りは黙認状態なの」

 

「そういう事情でね。風紀委員会は今日から一週間、フル回転だ。二人には期待しているからな」

 

「放課後は巡回ですね」

 

「授業が終わり次第、本部に来てくれ」

 

「了解です」

 

「会長… 私たちも取り締まりに加わるのですか?」

 

「巡回の応援は、あーちゃんに行ってもらいます。何かあった時のために、はんぞーくんと私は部活連本部で待機していなければなりませんから、深雪さんはリンちゃんと一緒にお留守番をお願いしますね」

 

「わかりました」

 

深雪は神妙に頷いて見せたが、がっかりしていた。

 

(せっかく、お兄様と一緒に巡回できると思ったのに…)

 

リーナには深雪がガッカリしている理由が見て取れた。

 

「中条先輩が巡回ですか?」

 

達也はかなり心配だった。

 

「外見で不安になるのはわかるなぁ。でもね、達也くん人は見かけによらないのよ」

 

「それはわかりますが…」

 

達也は見かけよりも性格を問題視していた。

 

「気の弱いところが玉に瑕だけど、こういう時のあーちゃんの魔法は頼りになるわよ」

 

「そうだな。大勢が騒ぎ出して収拾がつかない、というようなシチュエーションにおける有効性ならば、彼女の『梓弓』の右に出る魔法は無いだろう」

 

「梓弓…? 正式な固有名称じゃありませんよね?系統外魔法ですか?」

 

非公式の術式も存在するが、大多数の術式は公開され、データベースに登録されているが、達也の知る限り公開されている魔法の中に『梓弓』という魔法は無い。非公式の術式には系統外のものが多いため、達也は訊ねてみた。

 

「…もしかして君は全ての魔法の固有名称を網羅しているのか?」

 

周りを見ると深雪も真由美も目を丸くしている。

 

「達也くんのお察しのとおり、あーちゃんの魔法は情動干渉系の系統外魔法よ。一定のエリア内にいる人間をある種のトランス状態に誘導する効果があるの」

 

「すごい魔法ですが、…それは第一級制限が課せられる魔法なのでは…?」

 

系統外魔法はその特殊性から、四系統魔法以上に厳しく使用が制限されている。中でも精神干渉系魔法は使用条件が特に厳しい。

 

「大丈夫よ。あーちゃんがそんなことできるわけないわ」

 

「無理矢理協力させられる、ということは…」

 

「それこそ無理ね。あの子、道端で小額カードを拾っても涙目になっちゃうくらいなんだから。そんな状況で魔法が使えるわけがないでしょう?」

 

「それに中条は学内に限ることを条件に、特例で許可を受けている」

 

「なら、大丈夫ですね」

 

達也は一抹の不安を抱きながらも納得することにした。

 

 

 

午後の授業も終わり、達也とリーナは真っ直ぐ風紀委員会本部に向かった。

 

「全員揃ったな?」

 

その後、二人の三年生が次々に入ってきて、室内の人数が九人になったところで、摩利が立ち上がった。

 

「そのままで聞いてくれ。今年もまた、あのバカ騒ぎの一週間がやってきた。風紀委員会にとっては新年度最初の山場となる。この中には去年、調子に乗って大騒ぎした者も、それを鎮めようとして更に騒ぎを大きくしてくれた者もいるが、今年こそは処分者を出さずに済むよう、気を引き締めて当たってもらいたい。いいか、くれぐれも風紀委員が率先して騒ぎを起こすような真似はするなよ」

 

何人も首をすくめるのを見て、同じ轍は踏むまいと自らを戒めた。

 

「今年は幸い、卒業生分の補充が間に合った。紹介しよう。立て」

 

事前の打ち合わせも予告もなかったが、二人ともすぐに立ち上がった。

二人の顔には緊張の色は見られない。それもそうだろう。達也は軍人として、リーナは十師族の分家の者として、このような場には慣れている。

 

「1-Aの九島アンジェリーナと1-Bの風間達也だ。今日から早速、パトロールに加わってもらう」

 

「誰と組ませるんですか?」

 

「前回も説明したとおり、部員争奪週間は各自単独で巡回する。新入りであっても例外じゃない」

 

「役に立つんですか?」

 

この言葉は一年で風紀委員に入ったことへの嫉妬が含まれている。

 

「あぁ、心配するな。二人と使えるヤツだ。九島は見ていない一年ではトップクラスの魔法力だし、風間の実力は心配いらない。おそらくだが、私たちと同等だぞ」

 

摩利の言った『私たち』の意味がわかり、それっきりその生徒は話さなくなった。

 

「他に言いたいことのあるヤツはいないな?」

 

喧嘩腰の口調に達也たちは少なからず驚いたが、他に気にしている者はいないようだ。日常的な光景、ということだろう。委員会内には根深い対立があるようだ。トップが対立を煽るのもどうかと思うが。

 

「これより、最終打ち合わせを行う。巡回要領については前回まで打ち合わせの通り。今更反対意見はないと思うが?」

 

異議なし、という雰囲気でもなかったが、積極的に反対意見を出す者もいない。

 

「よろしい。では早速行動に移ってくれ。レコーダーを忘れるなよ。風間、九島両名については私から説明する。他の者は出動!」

 

全員が出てて行ったのを確認して二人に声をかける。

 

「まず、これを渡しておこう」

 

「レコーダーは胸ポケットに入れておけ。ちょうどレンズの部分が外に出る大きさになっている。スイッチは右側面のボタンだ」

 

「巡回の時は常にレコーダーを携帯すること。違反行為を見つけたら、すぐにスイッチを入れろ。ただし、撮影を意識する必要はない。風紀委員の証言は原則としてそのまま証拠に採用される。念のため、くらいに考えて貰えば良い」

 

「委員会用の通信コードを送信するぞ…… よし、確認してくれ」

 

「報告の際は必ずこのコードを使用すること。こちらからの指示の際も、このコードを使うから必ず確認しろ。最後にCADについてだ。風紀委員はCADの学内携行を許可されている。使用についても、いちいち誰かの指示を仰ぐ必要はない。だが、不正使用が判明した場合は、委員会除名の上、一般生徒より厳重な罰が課せられる。一昨年はそれで退学になったやつもいるからな。甘く考えないことだ」

 

「質問はないか? では、出動!」

 

 

 

「ねぇ、タツヤ。どっちが違反者を多く捕まえるか勝負しない?」

 

リーナは好戦的な笑みを浮かべて達也に話しかける。

 

「やる気を出すのはいいが、流石に不謹慎ではないか?」

 

達也は少し困った顔をしてリーナに切り返す。

 

「いいじゃない、多分だけど委員長も許可すると思うわ」

 

あの人ならやりかねないな…、と達也は心の中でそう呟いた。

 

「するかどうかは別として頑張れよ。じゃあ、この辺で分かれて行こうか。俺はこっちに行くから」

 

「えぇ、ワタシはあっちを見て回るわ」

 

「あぁ、気をつけてな」

 

「タツヤの方こそね。なんてったって巻き込まれ体質なんだから」

 

リーナの物言いに不本意だ、と思いながらも否定をすることもできない、と考えながらも達也は歩いて行った。

 

 

 

「チョッ、どこ触ってるのっ? やっ、やめ……!」

 

巡回中に聞き覚えのある声が聞こえてきた。自分の友人の声らしい。何をしているのかと思ったが、エリカの争奪戦をしているようだ。どうやら、シャレにならない状況に至っているようだ。

 

達也はCADを操作し、振動系の魔法を人垣(正確には地面)に向かって放つ。それにより、足下から身体を揺さぶられ、人垣を作る生徒たちはふらつき、倒れそうになる。

達也は人垣の中に突っ込むと男女の区別無く押し退けて、それほど苦労することなく、達也は人垣の中心にたどり着いた。目指す相手の姿を見つけ、達也はその腕を掴み取った。

 

「走れ」

 

短くそれだけを告げて、達也はエリカの左手を引っ張り、走り出した。

 

 

 

人混みをかき分け、ではなく手品のようにすり抜け、達也は校舎の陰まで逃げ遂せた。

繋いだままだったエリカの手を離し、背後へと振り返って、達也は初めて彼女の惨状に気がついた。髪はひどく乱れ、ブレザーが片側に大きくずれ、真新しい制服にあちこち皺が寄り、完全に解けてしまったネクタイが右手に握られている。ネクタイの抜き取られた制服の胸元が、細く、はだけていた。走っている最中は手で押さえていたに違いなかったが、ちょうど服を直そうとしていたのか、軽く下を向いていたその姿勢が、偶然、達也の視線の通り道を作っていた。

 

「見るなっ!」

 

視界をかすめた足の向きで、達也が振り返ったことに気づいたのだろう。怒鳴りつけられる直前に達也はすでに身体ごと顔を背けていた。

 

「…見た?」

 

「……」

 

達也はすぐには答えをひねり出せなかった。

 

「見・た?」

 

「見えた。すまない」

 

エリカは上目遣いにジッと達也を睨んでいる。

 

「…ばかっ!」

 

手は飛んでこなかった。その代わり、脛に衝撃を受ける。

 

達也の脛は樫の木刀で打たれても耐えられるように鍛えてある。そのため、蹴ったエリカの足の方が痛かっただろう。

 

 

 

「ふーん… 魔法科高校なのに、剣道部があるんだ」

 

「どこの学校にも剣道部くらいあると思うが?」

 

「…なんだ?」

 

「…意外」

 

「何が?」

 

「達也くんでも知らないことがあったんだね。それも武道経験者なら大抵知っているようなことなのに」

 

「俺にもわかることもわからないこともある。それで何故、剣道部が珍しいんだ?」

 

「魔法師やそれを目指す者が高校生レベルで剣道をやることはほとんどないんだ。魔法師が使うのは『剣道』じゃなくて『剣術』、術式を併用した剣技だから。ほとんどが剣術に流れちゃうの」

 

「そうなのか? 同じものだと思っていたよ」

 

「本当に意外」

 

「達也くん、武器術の方もかなりのウデに見えるのに… あっ、そうか!」

 

「どうした?急に」

 

「達也くん、武器術に魔法を併用するのが当たり前だと思っているでしょ? ううん、魔法とは限らないかもだけど、闘気とか

プラーナとか、そんなので体術を補完するのは当たり前だと思ってるんじゃない?」

 

「それは当たり前なんじゃないか? 身体を動かしているのは筋肉だけじゃないぞ」

 

「達也くんにとっては当たり前かもしれないけど。普通の競技者にとってはそうじゃないのよね」

 

「なるほど、確かにそうかもな。俺の周りもそうだから、それが当たり前だと誤解していたよ」

 

「やっぱりね。達也くん、少しズレているからね」

 

エリカは満足げに達也に言った。

 

「ところでエリカ、君もそろそろ自分のズレに気がついたらどうだ?」

 

えっ、と呟いて後にエリカは周りを見渡してようやく気がついた。周りに愛想笑いを浮かべた後、達也をひと睨みしてからフロアに大人しく目線を向けた。

 

 

 

「お気に召さなかったようだな」

 

「え? えぇ…」

 

「…だって、つまらないじゃない。手の内のわかっている格下相手に、見栄えを意識した立ち回りで予定通りの一本なんて。試合じゃなくて殺陣だよ、これじゃ」

 

「確かにエリカの言う通りだが…」

 

「宣伝の為の演武だ、それは当然じゃないか? 本物の真剣勝負なんて、他人に見せられるものじゃないだろ? 武術の真剣勝負は、要するに殺し合いなんだから」

 

「…クールなのね」

 

「思い入れの違いじゃないか?」

 

不機嫌そうな顔でそっぽを向くエリカ。

 

「エリカ、そろそろ行こうか」

 

エリカを連れてその場を後にしようとしたその時、下から言い争いが聞こえてきた。

 

「何だろう? 行ってみようよ」

 

達也が返事をする前にエリカが達也を騒動の方へと引っ張る。中が見える位置まで辿り着いた二人が目撃したものは、対峙する男女の剣士の姿だった。

 

女の方はさっきまで試合に出ていた生徒だ。セミロングストレートの黒髪が印象的な、なかなかの美少女だ。あの技にこのルックス、新人勧誘にはうってつけだろう。

 

「ふ〜ん、達也くん、ああいうのが好み?」

 

「いや、エリカの方が可愛い」

 

「……棒読みで言われても少しも嬉しくないんですけど」

 

斜に睨みつけながらも、上目遣いの目元はほんのり紅に染まっている。

 

「慣れてないんでな」

 

「……もう!」

 

何やらぶつぶつ呟いていたが、取り敢えず絡むのは止めたようなので、今度は男の方へと目を移す。

 

(血の気の多い方ではあると思っていたが、自分から絡んでいくような人ではなかったはずだが…)

 

旧知の相手のことを考えてながら、何が起こっているのか、適当に見物人を捕まえて聞き出そうと思ったが、その必要はなかった。

 

「剣術部の順番まで、まだ一時間以上あるわよ、桐原君!どうしてそれまで待てないのっ?」

 

「心外だな、壬生。あんな未熟者相手じゃ、新入生に剣道部随一の実力が披露できないだろうから、協力してやろうって行ってんだぜ?」

 

「無理矢理勝負を吹っかけておいて!協力が聞いて呆れる。貴方が先輩相手に振るった暴力が風紀委員会にバレたら、貴方一人の問題じゃ済まないわよ」

 

「暴力だって? おいおい壬生、人聞きの悪いことを言うなよ。防具の上から竹刀で面を打っただけだぜ、俺は。仮にも剣道部のレギュラーが、その程度のことで泡を噴くなよ。しかも先に手を出してきたのはそっちじゃないか」

 

「桐原君が挑発したからじゃない!」

 

(切っ先を向けあっておいて、今更口論もなかろうに。だが、当事者が疑問に答えてくれるのは好都合だ。しかし、どうしたものか)

 

当事者がが怪我をするのは自業自得で済むが、戦って満足するなら、止める必要はないだろう。

 

「さっきの茶番より、ずっと面白そうな対戦だわ、こりゃ」

 

「あの二人を知っているのか?」

 

「直接の面識はないけどね」

 

「女子の方は試合で見たことあるのを今、思い出した。壬生紗耶香。一昨年の中等部剣道部大会女子部の全国二位よ。当時は美少女剣士とか剣道小町とか随分騒がれていた」

 

「…二位だろ?」

 

「チャンピオンは、その……ルックスが、ね」

 

「なるほどな」

 

マスコミなぞ、そんなものだろう

 

「男の方は桐原武明。こっちは一昨年の関東剣術大会中等部のチャンピオンよ。正真正銘、一位」

 

「あぁそうだったな」

 

「知ってるの?」

 

「昔にちょっとな」

 

「ふーん、あっ始まるみたいよ」

 

張り詰めた糸が限界に近づいているのは、達也にも感じた。万一に備えて、ポケットに入れていたの腕章を左腕につけた。

 

「心配するなよ、壬生。剣道部のデモだ、魔法は使わないでおいてやるよ」

 

「剣技だけであたしに敵うと思っているの? 魔法に頼り切りの剣術部の桐原君が、ただ剣技のみに磨きをかける剣道部の、このあたしに」

 

「大きく出たな、壬生。だったら見せてやるよ。身体能力の限界を超えた次元で競い合う、剣術の剣技をな!」

 

それが開始の合図となった。

いきなり、頭部目掛けて、竹刀を振り下ろす桐原。

竹刀と竹刀が激しく打ち鳴らされる。悲鳴は二泊ほど遅れて生じた。

見物人には何が起こったのかわからないだろう。

ただ、竹と竹が打ち鳴らされる音、時折金属的な響きすら帯びる音響の暴威から、二人が交える剣撃の激しさを想像するのみなのだろう。例外を除いてだが。

 

「女子の剣道ってレベルが高かったんだな。あれで二位なら、一位はどれだけ凄かったんだ?」

 

「違う…、あたしの見た壬生紗耶香とは、まるで別人。たった二年でこんなに腕を上げるなんて……」

 

鍔迫り合いで一旦動きの止まった両者が、同時に相手を突き放し後方に飛んで間合いを取った。

息をつく者と呑む者。見物人の反応は、二つに分かれた。

 

「どっちが勝つかな…」

 

息を潜めて達也に問いかける。

 

「壬生先輩が有利だろう」

 

囁くように達也が答える。

 

「理由は?」

 

「桐原さんは面を打つのを避けている。最初の一撃は受けられることを見越したブラフだ。魔法を使わないという制約を負った上に手を制限して勝てるほどの実力差はない。平手の勝負でも、竹刀さばきの技術だけなら壬生先輩に分があると思う」

 

「概ね賛成。でも、桐原先輩がこのまま我慢しきれるかな?」

 

「おおぉぉぉ!」

 

この立ち合いで初めて、雄叫びを上げて桐原が突進した。

両者、真っ向からの打ち下ろし。

 

「相討ち?」

 

「いや、互角じゃない」

 

桐原の竹刀は壬生の左上腕を捉え、壬生の竹刀は桐原の左肩に食い込んでいる。

 

「くっ」

 

左手一本で壬生竹刀を跳ね上げ、桐原は大きく跳び退いた。

 

「途中で狙いを変えようとした分、打ち負けたな」

 

「そっか、だから剣勢が鈍ったのね。完全に相討ちのタイミングだったのに……結局、非情にはなれなかったか」

 

「真剣なら致命傷よ。あたしの方は骨に届いていない。素直に負けを認めなさい」

 

「は、ははは……」

 

突如、桐原が虚ろな笑い声を漏らした。達也の中で危機感の水位が急上昇した。

 

「真剣なら? 俺の身体は斬れてないぜ? 壬生、お前、真剣勝負が望みか? だったら……お望み通り、真剣で相手をしてやるよ!」

 

桐原が竹刀から離れた右手で左手首の上を押さえた。

見物人の間から悲鳴が上がる。

ガラスを引っかいたような不快な騒音に耳を塞ぐ観衆。

青ざめた顔で膝をつく者もいる。

一足跳びで間合いを詰め、左手一本で竹刀を振り下ろす桐原。片手の打ち込みに、速さはあっても力強さはない。だが、壬生はその一撃を受けようとせず、大きく後方へ跳び退いた。

当たってはいない。せいぜいかすめただけだ。それなのに、壬生の胴には細い線が走っている。竹刀が掠って切れた痕だ。

振動系・関節戦闘用魔法『高周波ブレード』。

 

「どうだ壬生、これが真剣だ!」

 

再び壬生に向かって振り下ろされる片手剣。誰もが最悪の状況を想像した。突然、桐原の魔法が吹き飛ばされ、何も起こることはなかった。

 

「そこまでにしてください、桐原さん。流石にやり過ぎです。魔法の不適正使用によりご同行を願います」

 

達也は右手に持った大型拳銃形態CADを桐原に向けて、無表情のまま淡々と話す。

 

「達也…」

 

桐原も達也の言葉で冷静になったのか自分のした行動を思い返し、竹刀を捨て、悔やむように首を垂れて、達也の方に歩いて行った。

 

「賢明なご判断、感謝いたします」

 

桐原に一言かけてから、携帯端末の音声通信ユニットを取り出して、本部に告げた。

 

「こちら第二小体育館。逮捕者一名、連行いたします」

 

そのまま桐原を連れて本部に戻ろうとすると

 

「おい、どういうことだっ?」

 

桐原を連れて出て行こうとする達也に対して最前列にいた剣術部の一人が怒鳴りつけた。

 

「先程も言ったと思いますが、もう一度言った方がよろしいのですか? 桐原先輩には魔法の不適正使用により、同行を願います」

 

何故、同じことを二回も言わせるのか、と達也は内心そう思いながらも答える。

 

「おいっ、貴様っ!ふざけんなよ、一年の分際で!」

 

達也の胸倉を摑もうと手が伸びてくる。達也は軽く飛び退くように後退する。

桐原の方を見たり、時計を見て、相手のことを歯牙にもかけてないように見える態度に、剣術部員は苛立ちを隠せなくなり始めた。

 

「なんで桐原だけなんだよっ?剣道部の壬生だって同罪じゃないか。それが喧嘩両成敗ってもんだろ!」

 

人垣から達也に対してではなく、剣術部に対しての援護射撃が放たれる。

 

「魔法の不適正使用の為、と申し上げたはずですが? 何回も同じことを言わせないでください」

 

もういいだろう、という雰囲気を出している達也にエリカは律儀に反応せずに無視をすればいいのにと呆れている。

 

「ざけんな!」

 

完全に逆上した上級生が、再び達也に摑みかかる。達也も身を翻して躱す。

 

「お、おい、やめろ」

 

桐原の制止も聞かずに今度は拳を固めて殴り掛かる。

 

「それでいいのですね?」

 

達也がそう呟いた、と思うと周りの生徒には突然、消えたように見えた。次の瞬間、剣術部員が前屈みに倒れた。彼の後ろに達也がCADを構えた状態で立っていた。

 

「こちら第二小体育館。…公務執行妨害で逮捕者もう一名追加です」

 

携帯端末で淡々と報告している達也を見て、完全に頭に血が上った剣術部員が全員で襲いかかった。達也は剣術部に目を向けたまま、立っているだけだった。一人の部員が確実に捉えたと達也の顔面を目掛けて拳を振り抜く。達也は避けないが、拳は空を切る。戸惑った様子を見せたが、すぐに全員で囲い込んで、達也に殴るや蹴る等の攻撃を加えるも全てが体をすり抜けて当たらない。方法を変えて魔法を使うも即座に無力化される為、発動すらできない。

 

 

 

「訂正します。剣術部の全員を逮捕いたしました。全員、意識を失っていますので担架の用意もお願いします」

 

数分後、意識を失って倒れている剣術部員の中心で本部に報告をする達也の姿があった。あれだけのことがあったにも関わらず、顔色一つ変えない彼を見て、野次馬は全員、恐怖を感じたという……。

 




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