やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
講義が再開され、私は結衣先輩と同じ講義を受けている。全部が全部一緒というわけではないが、比較的多くのコマが一緒なので、自然と隣に座って講義を受けることが多いのだ。
「ねぇねぇいろはちゃん」
「何ですか?」
「この後小町ちゃんと一緒にお茶する予定なんだけど、いろはちゃんも一緒にどう?」
「小町さん、ですか……」
先輩の妹である小町さん。苦手というわけではないのだが、なるべく近づきたくない相手なのだ。もちろん、未来の義妹との関係は良好であるほうがいいのだろうが、先輩と進展したばかりだということを目ざとく見抜きそうな雰囲気があるので、今日は遠慮したい。
だがそんなことを正直に言えるわけもないし、何より結衣先輩は純然たる善意で私を誘ってくれている。その善意を無碍にするのは申し訳ないし、それっぽい理由も思いつかない。
「分かりました。ご一緒させていただきます」
「分かった。小町ちゃんにもメッセージ送っておくね」
こういう時の結衣先輩の行動力の高さは高校時代から変わらないようで、あっという間に小町さんに私も一緒にお茶をすることを報告してしまった。
「(もうちょっとゆっくりでも良いんじゃないですかね……先輩に対してはあんなにも奥手だったのに)」
結衣先輩が小町さん並みにグイグイ行く性格だったら、もしかしたら先輩と付き合っていたのは私ではなく結衣先輩だったのではないだろうか。容姿はもちろん、性格も明るく可愛らしい。何より私や雪乃先輩にはない二つの凶器を兼ね備えているのだ。先輩にそういう欲求があるかどうかは分からないけど、魅力的に見えるのは違いないだろう。実際、さっきから教室にいる男子の一部が、結衣先輩の一部に視線を固定しているし……
「(結衣先輩自身は気づいていないのか分からないけど、とりあえず気にしてる様子もないし……もしかしたら、あそこまで大きいと、ある程度の視線を無視しないと生活できないのかな?)」
そんなことを考えていたら、あっという間に講義が終わった。講義中に携帯を弄っていたのは問題かもしれないが、一分待たずに小町さんから返信があったので、小町さんも同様に講義中に違うことを考えていたのだろう。
「それじゃあ行こっか」
「そうですね」
結衣先輩と二人で食堂に向かう途中で、折本さんを見かけたが会釈だけで済ます。三年生ともなるといろいろと忙しいだろうし、何よりあの人は小町さんとの相性が悪い。先輩の捻くれが加速した原因でもある折本さんと小町さんを同時に相手するのは精神衛生上宜しくないし、何より私の知らない先輩の話が始まりそうで嫌なのだ。
「カオリンも誘う?」
「先輩もですけど、折本さんもいろいろと忙しいでしょうからやめておきましょうよ。そろそろ就活に関することとか、いろいろとあるでしょうし」
「本当なら私もそっち側なんだよね……」
「結衣先輩」
年齢的には先輩や折本さんたちと同様に就活に向けていろいろと準備し始めなければいけないのだが、学年的には私と同じ。まだ一年の猶予というか余裕がある結衣先輩は複雑な表情を浮かべて折本さんを見送った。
その後は特に会話もなく食堂までの道を進み、先に到着して場所取りをしていた小町さんと合流した。いつも通り裏を感じさせない笑顔を浮かべて手を振る小町さんを見て、結衣先輩も明るさを取り戻した。
「いろは先輩、一昨日ぶりです」
「一昨日? いろはちゃんと小町ちゃんは休みの間も会ってたの?」
「はい。先一昨日朝はウチに兄といろは先輩がいました、先一昨日の夜から一昨日の朝は私が兄の部屋に行ってましたから」
「ヒッキーの実家にお泊り!? いろはちゃん結婚するのっ!?」
「結衣先輩……飛躍し過ぎです」
恋人の実家に挨拶=結婚という考えのようで、結衣先輩は前のめり気味に私の方に視線を向けた。私は結衣先輩の前に両手を広げて落ち着かせて、勘違いを誘発させた小町さんに非難めいた視線を向ける。小町さんは小悪魔的な笑みを浮かべた後、結衣先輩に事情を説明し始める。
「両親が兄に彼女を紹介しろって言って呼びつけたんですよ。その癖に仕事が忙しいとかで、顔合わせは一分なかったですけど」
「ヒッキーのご両親って、ヒッキーにあまり興味ないって聞いてたけど」
「実際興味薄いですよ? そのせいで私にかけられる期待が半端ないんですけど」
私も先輩の実家でご両親に会うまで、先輩と小町さんの過大表現だと思っていたのだが、実際会ってみて分かった。それが過大表現ではなく本当であると。
自分たちで呼びつけておいて、仕事の都合とかで一瞥をくれただけで顔合わせは終了。その後は部屋から出てくることもなく、翌朝は顔を見ることなく出社していったのだ。どれだけ先輩に対する興味が薄いのかが伺える顔合わせだった。
先輩のご両親に呼びつけられ緊張で押しつぶされそうになっていた時間を返してほしいとさえ思えた顔合わせだったが、小町さん曰くあれが正常で、むしろ私に興味を持ったことが意外だったとのこと。あの顔合わせの何処で私に興味を持ったと判断できるのだろうか……比企谷家はいろいろと普通とは違うようだ。
「小町的には、そろそろお兄ちゃんに対する評価を改めてくれないと、就職先まで大企業を求められそうで辛いんですけどね」
「ヒッキー、このままいけば法曹界関係に就職できそうなのにね」
「両親の中では何時まで経っても兄の評価は、高校時代のままなので」
先輩が高校を卒業してから二年以上経っているというのに、どれだけ興味がないのでしょうか……まぁそのおかげで、私は先輩とお付き合いできているのかもしれませんけど。
講義も終わり、結衣先輩と小町さんとのお茶会もお開きになったので、私は先輩が待つ我が家――ではなく先輩の部屋に帰宅する。
「ただいまでーす」
「昨日も言ったけど、ここお前の部屋じゃないからな? 何当たり前の顔して入ってきてるの?」
「彼氏の部屋なんですから、私の部屋も同然じゃないですか。逆に先輩こそ何言っちゃってるんですか?」
とんでもないジャイアニズムだが、先輩は何を言っても意味がないと思ったのかそれ以上何も言わなかった。
「何してるんですか?」
「司法試験に向けての勉強」
「先輩、やっぱり司法試験受けるんですか?」
「選択肢の一つとして考えてるだけだ。受けるにしても受けないにしても、勉強しておかないことには選択肢に入れることすらできないからな。こんな片手間でやってるヤツが合格できるほど生易しくないのは分かってるが」
司法試験と言えば、何年も浪人する人がいるという噂があるほど難しいらしい試験だ。実際私が受けようと思ったところで、まず何を聞かれているのかすら分からないかもしれない。
「彼氏が司法試験に向けて勉強中で構ってくれないっと」
「待て、何を発信するつもりだ」
「えっ? リア充アピールプラス高学歴彼氏羨ましいだろマウントですけど?」
「この子、一切のボカシなく言ったよ……てか、SNSやってないだろ」
「やってませんよ。別に承認欲求は先輩相手で満たされてますから」
「あっそ……」
私の欲求は先輩さえいれば充分に満たされるので、SNSで不特定多数の人に認められなくても困らない。むしろ不特定多数の人に否定されても、先輩にさえ認められていれば構わないまである。
「(これって先輩に依存してるんじゃ……)」
雪乃先輩のように、共依存になりそうという理由でフラれる未来を想像して、私の顔色は一気に悪くなる。自覚してるくらいだから、先輩が心配してくれないわけはない。
「大丈夫か? なんだか顔色が悪いが……」
「いえ、ちょっと先輩に依存し過ぎな気がしてきまして……少し改めないとフラれちゃうかもって」
「? あぁ、雪ノ下相手に言ったことを知ってるのか」
「一応は……先輩がどんな気持ちでその発言をしたのかまでは知りませんけど、実際そんな感じで雪乃先輩の告白を断ったということは知ってます」
今更雪乃先輩がライバルになるとは思っていないけど、雪乃先輩の二の舞を演じそうだと思い、私は少し先輩に頼りすぎな自分を戒めるのだった。
嫌味たっぷりのリア充アピール