やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩がバイトに行くように、私もバイトがある。ここ最近は人も増えて出勤日数が減ってきているが、原因はそれだけではないだろう。
「(先輩と付き合い始めて、食費が折半――というか先輩持ちになりつつあるから、そこまでがっついてバイトしなくてもお金に困らなくなってきているから)」
私としては先輩に幾らか渡したいのだが、先輩が頑として受け取ってくれない。私が料理するときはしっかりと先輩はお金を出してくれるのにだ。その辺は男の教示なのかどうかは分からないが、その浮いたお金が生活費に回っているので、必然的にバイトの日数が減るのだ。
「一色さん、最近全然出勤してなかったよね」
「ちょっといろいろありまして。でも、今週からは三日くらいは出勤できますよ」
「前は結構毎日入ってたのにね」
「人手不足もありましたけど、バイトしないと生活がやばいくらいには困窮していましたので」
嘘である。前だって三日くらい出勤すれば生活に困ることはなかった。だがそれらしい嘘を吐いておかないと、先輩と付き合ったお陰でバイトする必要がなくなってきたという本当の理由を話さなければいけなくなりそうだったから、それっぽい嘘を吐いたのだ。
「一色さんって仕送りしてもらってるんだよね? 何にそんなお金使ってたの?」
「まぁ、交友費と言いますか何と言いますか……一人暮らしを始めたばかりの女子大生だったので、お金の使い方がよく解ってなかったって感じですかね」
「あー、なんとなくわかる。私も一人暮らしを始めた時は結構無駄遣いしちゃってたから」
先輩バイトは私より三つ年上。つまりはバイトではなく正社員でもおかしくない年齢だ。それなのにバイトというのは、まぁそう言うことである。今のご時世、フリーターだって珍しくないし、ちゃんと納めるものを納めていれば、お国から文句を言われることもないだろうしね。
この先輩バイトは人は良いが噂話が大好きらしく、本当の理由を話したら次の日には店中に私がバイトの日数を減らした理由が知れ渡っているだろう。まぁ、くぎを刺しておけば言いふらすようなことはしないだろうけど、本気で内緒にしておく必要もないし、バレちゃったらそれまででいいだろう。
「そういえばこの間比企谷君を見たよ」
「先輩を?」
「うん。女子中学生と一緒にいるところを偶々」
「あぁ、新しく家庭教師を任された子じゃないですかね。あの人、意外と人気らしいですから」
「有名大学の法学部所属だもんね。勉強教えるの上手そうだし」
「大学云々は兎も角、あの人は本質を見抜くのが上手ですから、何処ができていないのかを指摘するのは上手そうですよね」
高校時代は、問題の本質は見抜いていたが、その解決策が斜め下過ぎていろいろと問題になっていたが、流石に女子中学生相手に斜め下の解決策を授けることはないだろう。そんなことをしていたら、去年担当していた生徒の親からはクレームが入るだろうし、先輩に担当してもらうまで合格できるかどうかギリギリのラインだった子が成績上位で入学できなかっただろう。
何故担当していた子の成績が上位だと知っているのかというと、先輩が電話しているのを隣の部屋から聞いたからである。盗み聞きするつもりはなかったのだが、部屋が隣だから聞こえてしまったのだ。決して先輩が浮気してるんじゃないかと思って聞き耳を立てていたわけではない。
「私も比企谷君に教えてもらいたいわよ」
「何をですか? 今更勉強なんて言いませんよね?」
「言わないわよ。ダメ男に引っかからない方法」
「それを男性の先輩に聞くんですか? むしろあの人は割とダメ男に近い人だと思いますけど」
大学時代しか知らない相手なら騙せるかもしれないけど、高校時代の先輩を知っている人に聞けば、先輩は間違いなくダメ人間に分類されるだろう。自己犠牲の精神が強いと言えば聞こえが良いのかもしれないけど、あの人は自分を犠牲にしているなんてつもりはないだろうし、そんなことを言えば怒るだろう。
あの人は問題を解決するのではなく解消することで先に進むという方法を採っていた。人によってはそのやり方が気に入らないということもあった。実際先輩のやり方を雪乃先輩や結衣先輩は『嫌い』だと言ったらしい――結衣先輩は言ったかどうかは分からないが。葉山先輩も先輩のやり方を否定していたが、最終的には先輩に頼っていたので、認めたくはないが成果は出ていたと周りも認めていたのだろう。
「ところで、先輩はダメ男に引っかかったご経験が?」
「ま、まぁね……危うく借金まみれにされそうになった時は本気でヤバいと思ったわよ」
「うわぁ……」
それはダメを通り過ぎてクズなのではと思ったが、上手く本性を隠していたからこそ騙されたのだろうと思っておこう。そうでもしないと、本気でこの人の男を見る目を疑ってしまいそうだから。
バイト先でそんな話をした翌日、今度は大学の食堂で友人と似たような話題になった。
「あー彼氏欲しい」
「それ入学してからずっと言ってるよね」
「だってさ。そんなことに興味なさそうないろはには彼氏がいるんだよ? 世の中不公平じゃない?」
「そんなこと私に言われても……」
そもそも人間はみな不平等だろう。いくら努力したって報われない人は報われないし、大して苦労しなくても報われる人はいる。そう考えれば、そもそもが不平等なのだから平等にしろと叫ぶ人はある意味滑稽なのかもしれない。先輩ならそんなことを考えそうだと、ふとそんなことを思った。
「良い感じの人とかいないの?」
「そもそも私は男性の知人が多くないけど」
「いろはの彼氏の友人とか」
「戸塚先輩? あのキラキラと一緒にいられる自信があるの?」
「……ちょっと無理そう」
戸塚先輩自身は意識していなさそうだけども、あの人は目立つ見た目をしている。その隣に並び立つには友人では力不足だろう――いや、たいていの女性ではあの人の隣に立てないだろう。私の知り合いの中で、戸塚先輩の隣にいても大丈夫そうなのは、雪乃先輩と結衣先輩くらいか。
そもそも女性よりも可愛らしい見た目をしているので、一緒にいたとしても女子会としか思われないかもしれないが、それにしてもだ。あの人と交友関係を構築するのは並大抵ではなさそうだ。
「(戸塚先輩は容姿云々で人を判断しないだろうけども)」
そう、戸塚先輩は拒絶したりしないだろうが、周りが勝手に釣り合っていないとか思うだろうし、そのうち自分自身が卑屈になって戸塚先輩と付き合うのが憂鬱だと思いかねない。それくらい戸塚先輩の容姿は優れている。下手をしたら、高校時代に抱いていた葉山先輩への憧れ以上に。彼氏にしたら自慢できるとか言うレベルではなく、大金星を挙げたと周りに言いふらしたくなるくらいに。
「他にはいないの?」
「先輩も交友関係狭いからね。後はオタク眼鏡と人のことを勝手に名前で呼んでくる人くらいしか」
「うーん、それは遠慮したいかも」
「誰の話?」
「あっ、結衣さん」
別行動だった結衣先輩が合流して、私は材木座先輩と玉縄さんだと結衣先輩に告げる。
「厨二さんは女子に興味ないだろうし、玉縄君はカオリンのことが好きだからね。付き合おうとしても難しいと思うよ」
「結衣さんは? 彼氏欲しいとか思わないの?」
「私はほら、フラれちゃったから」
「あっ……ごめんなさい」
結衣先輩が先輩にフラれたことはこの子も知っている。そのフッた相手が私の彼氏であることも。事情を知らなければ結衣先輩をフッた相手がいるなんて信じられないと思うかもしれないが、先輩も悩んで決めたことだとこの子も知っているのでそれ以上深堀はしてこない。
「いろはちゃんがヒッキーと楽しそうにしているのを見ると、ちょっとうらやましいって思うけど、だからと言って簡単に切り替えられないよ」
「結衣先輩、フラれた直後に諦めない宣言してましたからね」
「うわ、思いっきり修羅場ってたんだ……その場を見たかったような見なくて良かったような……」
「別に修羅場って程じゃないよ。むしろその前の方が修羅場っぽかったし」
「その前?」
「あぁ、ゆきのんと会った時のこと?」
その時のことを知っている結衣先輩は納得したように頷いたけど、友人はそのことを知らない。私は追及される前に逃げ出そうとして失敗し、その時のことを話す羽目になったのだった。
むしろ全滅だった……