やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
今日は先輩が午前中は家庭教師、午後は大学の集まり、夜は居酒屋のバイトと忙しい日なのだが、私は一日オフ。せっかくなら何かしたいところなのだが、生憎私のスケジュール帳は真っ白なのだ。
「こんなことなら何か予定を入れておけばよかった」
今更愚痴ったところで、先輩の予定が変わるわけでも、私に予定が入るわけでもない。だが何か言っておかないと駄目な気がしたので、独り言ちただけである。
「この体質だから、気軽にお出かけ――ってことも難しいし」
男性恐怖症が発症してからというもの、一人で出かけるのも難しくなってしまっているので、休日にブラブラするのも躊躇ってしまっている。誰か一緒ならある程度耐えられるまでは回復してきてはいるので、一緒に出かける相手さえいればこの暇も解消されるだろう。
だが生憎、私の交友関係は広くない。先輩ほどではないにしても、大学に入ってからも一部の女子からは嫌われているようで、私のことを露骨に睨んで来たりしている人もいるほどだ。
だが大学ではそこまで思われるようなことをした覚えはない。これが中学、高校時代なら身に覚えがあっただろうが、今もそう思われているのは心外である。精々大学に遊びに来た先輩や戸塚先輩と話していたくらいだし、その場には結衣先輩もいたので、私一人が恨まれるようなことはないはずなのだ。
もし私だけではなく結衣先輩も一部の女子に睨まれているのだとすれば、それが原因だとはっきりするのだが、今のところ結衣先輩からそんな話を聞いたこともないし、結衣先輩と一緒にいても睨まれているのは私だけだと思うので、結衣先輩が恨まれていることはなさそう――つまり先輩たちが理由でもないのだろう。
そうなってくるといよいよなんで恨まれているのかが分からない。そもそも話したこともない相手に恨まれるほど、私は悪女ではないつもりだし、ぶりっ子キャラも卒業しているからその面で嫌われることもないだろう。もしかしたら過去の私を知っていて嫌っているのかもしれないが、地元でもない大学で悪名が轟くほどのことをした覚えもないのだ。
「先輩にかまけていたから考えてこなかったけど、なんで嫌われてるんだろう、私……」
入学してから既に一年半くらい経っているというのに、今更ながらこのような疑問に頭を悩ませるとは……我ながら自分の問題を後回しにし過ぎではないだろうか。いや、別の問題が大きすぎて、些細な事判定していた交友関係の改善に着手できなかったのか……
私にとって第一に大切だったのが、先輩の興味を引くこと。先輩と一緒に行動して、どうにか雪乃先輩ではなく私と付き合ってもらえないだろうかと画策すること。まぁ、これは成功したし、そもそも先輩は雪乃先輩のことは恋愛対象として見ていなかったのだが。
その次に大切だったのが、生活していくためになんとかすること。実家ではある程度家事を手伝っていたとはいえ、本格的に一人で全てをやったことなどなかった。失敗してもお母さんがなんとかしてくれたし、そもそも手の込んだことなんてしてこなかったのだ。もちろん、私一人だけの為なら今でも手の込んだことなんてしないし、する必要もない。だが先輩に手料理を振舞う際には、少し手の込んだ料理をしなければと意気込んでしまうのだ。
「先輩の方が料理上手なんだけどね……」
私がいくら気合を入れたからと言って、先輩の料理を超えることはない。むしろ先輩との料理の腕の差を実感させられるくらいである。それでも気合を入れてしまうあたり、私も十分乙女なのかもしれない。
「って、今の問題はそこじゃなくて」
ついつい思考が先輩の方向へ流れてしまったので自分自身にツッコミを入れ、私は先ほどの考えに戻る。私自身が交友関係を広げることに重きを置いていなかったのは紛れもない事実、だがそこに恨まれる要素はどこにもない。それなのに何故現在進行で睨まれ、恨まれているのだろうか。
「全く以て思い当たる節がないんだよね……」
そりゃ、大学に入ってからも何人か勘違いした男子に告白されたりはしたけど、それだけで恨まれるなんて思えない。その相手が誰かの彼氏で、私がもてあそんだ挙句にフッたとかならわからなくもないが、私はそんな遊びをしたことはない。むしろ告白された時には既に、私の中の先輩に対する思いが恋だと分かっていたので、鬱陶しかったまであるのだ。その相手一人が逆恨みをしているなら兎も角、その相手となんの関係もない女子たちに恨まれるなどありえないだろう。
それ以外に可能性があるとしたら、やはり容姿なのだろうか。自分で言うのもアレなのだが、私の容姿は客観的に見て可愛らしい部類に入るだろう。高校時代側にいたのが雪乃先輩や結衣先輩、そして戸塚先輩とかだったりしたので自信喪失しかけましたけども、あの空間が異常だっただけで私の容姿は十分上位でやっていけるだろうと自負している。だがそれだと先に上げたように、結衣先輩も睨まれていたり恨まれていたりしなければおかしい。
「結局思考が袋小路に陥ってきた……」
せっかくの休日に解決すらしない思考で時間を割くのはもったいない気がするのだが、他にすることもないので考えてみたものの、結局収穫は無し。
「先輩がいないんじゃ自分でご飯を用意しないと何もないんだった」
一応最低限はしてきているし、買い置きがないなんてこともないので作ろうとすれば作れる。だがここ最近先輩に甘えまくったせいで、自分の為に何かをするという気が起きないのだ。
「仕方がないけど、やらないと生きていけないからな」
一食くらい抜いても死にはしないだろうが、あまり健康に良くはない。私は重い腰を上げてキッチンへ向かい、簡単な料理をするのだった。
午前中は身にならない思考に囚われて何もしなかったが、午後はお誘いがあったので外に出た。
「いろはちゃん、こっちこっち」
「結衣先輩、お誘いありがとうございます」
「よかったよ。いろはちゃんの予定が空いてて」
どうやら結衣先輩も今日一日予定がなかったようで、何をしようか考えた結果集まろうということになったのだ。
「僕もお邪魔して良かったのかな? 二人なら女子会だっただろうに」
「彩ちゃんがいても問題ないと思うよ。むしろ益々可愛くなっててちょっとショックを受けるくらいだし」
「ほんとですよね……これで男性だっていうんだから、神様は何を思って戸塚先輩を現世に顕現させたんでしょうか」
「あはは……一色さん、八幡みたいになってるよ?」
思考が先輩に毒されているのか、ついつい戸塚先輩のことを神の御遣いだと思ってしまった。先輩に影響されていると考えると悪い気はしないけども、気持ちが悪い方向に影響を受けるのはちょっとショックだ。
「ところで、一色さんは八幡と上手く行ってるんだよね?」
「今のところ大きな問題はありませんけど、戸塚先輩の方で何か気になることでもあるんですか?」
「気になるって程じゃないんだけど、八幡って大学内で結構人気が高いから、彼女持ちだって知っててもアタックする人が多いって聞いたことがあるんだ」
「へぇ……」
なんですかその女は! 人のものを横から搔っ攫おうとするなんて、トンビなんですか!――と大声で叫びたいのを我慢して、私は運ばれてきたばかりのコーヒーを一気に飲み干す。
「いろはちゃん、それブラック」
「はい? ――って、苦っ!?」
私が手に取ったのは戸塚先輩が注文したアイスコーヒーだったようで、ガムシロップもミルクも入れる前の状態のものだった。こればっかりは先輩じゃないので飲めはしない。
「戸塚先輩、申し訳ございませんでした」
「あはは、気にしなくていいよ。それだけ八幡に言い寄ってきてる女子が気になっちゃったんでしょう?」
「……はい」
なんだか見透かされているようで正直に答えたくなかったのだが、戸塚先輩相手に嘘を吐く必要もなかったので素直に認め、もう一度頭を下げる。
「確かに八幡の上辺だけしか知らないのに言い寄ってくるなんて腹が立つよね」
「彩ちゃん?」
「いやほら、高校時代の八幡を知ってる身としては、彼の内面も見て好意を抱いてる人を知ってるからさ。今の八幡だけを見て好きになって、内面を知って文句を言ってる人たちがちょっとね」
「あぁ、そういうことでしたか」
あの人の内面を知って、それでも受け入れられる人は多くないだろう。フラれた腹いせに先輩の悪口を言っているのを戸塚先輩に知られたのか。それにしても、今ちょっと戸塚先輩が黒かったような気もするが……
黒戸塚が現れたような……