やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
私は今、夢を見ている。何故そう言い切れるのかと言うと、先輩が私以外の女性と仲良さそうに歩いているのを私が見ているからだ。あの先輩が浮気なんてするはずないし、もししたとしてもこんなあからさまなことはしないだろう。理由としては弱いかもしれないが、これが夢だということは間違いないと断言できる。それくらい私は先輩のことを信じているのだ。
「……はぁ、なんて夢見てるのよ」
目を覚ましても夢の内容を覚えており、私は起き抜けにそんなことを愚痴る。高校時代雪乃先輩や結衣先輩と仲良さそうにしているのは見たことあるが、そういった感じではなかった。あれは完全に付き合っている雰囲気だったし、先輩も非常に楽しそうな表情をしていた。
そんな先輩を見て――夢の中ではあるが――私は少し不安になってきた。私と一緒にいる時の先輩の表情と言えば、たいていが仏頂面か呆れ顔のどちらかでしかない。あんなふうに楽しそうな表情を見た記憶なんて数えるくらいしかないのだ。
「もしかして、先輩って私といても楽しくないのかな?」
私と結衣先輩の両方から告白され驚いてはいたが、ちゃんと先輩の気持ちは聞いたので、流れで選んだとかそういうことはないはずなのだけど、どうしても不安になってしまう。もしかしたら先輩は、私と惰性で付き合ってくれているのではないか、と。
付き合いだしてまだ一年にも満たないというのに、何故こんなことで頭を悩ませなければいけないのか。それもこれも、あんな夢を見た私の所為――ではなく仏頂面ばっかな先輩が悪い。
「完全に責任転嫁だなぁ……」
先輩が仏頂面ばかりなのは、私がしょっちゅう先輩の部屋に突撃したりしているからであって、先輩の所為ではないということは分かっている。それでも、先輩の所為にしておかないと精神的安寧が保てなくなると分かっているからそうしたに過ぎない。それくらい今の私は、夢の内容にショックを受けている。
所詮夢だと割り切ることは簡単だろう。だけどあんな先輩の表情を私以外の女性に向けていると思うと、どうしても胸が痛むのだ。もしかしたら大学では、あんな表情をしているのではないかという、ありもしない疑問が私の中に芽生え、心を蝕んでいく。
「今すぐにでも先輩に確認したい。でも、こんなことを話せばまた呆れられるだろうし……」
先日戸塚先輩から大学での先輩のことを聞いたばかりなので、ほぼあり得ないと分かってはいる。それでもなんて思ってしまうとは、私は自分が思っている以上に独占欲が強く、嫉妬深いのだろう。
高校時代は自分の評価を上げるために目立つ相手と付き合おうなんて思っていたくらい、相手の事なんて考えてなかったのに、今は先輩のことで頭がいっぱい。私は先輩に変えられてしまったのだろうか。それとも、自分で気づいていなかっただけで、葉山先輩相手にも結構本気だったのだろうか。
「たぶん、先輩に出会って変わったんだろうな」
改めて思っても、葉山先輩に対して本気だったという気持ちは湧いてこない。三浦先輩のように本気で付き合いたいと思っていなかったと言い切れる。私の葉山先輩に対しての想いなんて、所詮その程度だったのだろう。だって、葉山先輩が他の女子と楽しそうに話しているのを見たことあるが、今のような精神状態になっていなかった。逆に考えれば、それくらい私が先輩に対して本気だという証拠でもある。
「どうしてあんな夢を見ちゃったんだろう……」
夢というのは記憶の整理――なんて言われているが、願望の現れということも聞く。私にそういった性癖はないので、彼氏を盗られたいという願望はない。そうなると先輩の隣にいる女性が自分だったらなという妄想が具現化して、その光景を自分が見ていたということだろうか。だとすればかなり中途半端な夢だった。
「それならそうと、ちゃんと隣の女性を私で表現しなさいよ」
私の妄想力が足りなかったからなのか、それとも私と一緒にいる時に先輩が楽しそうにしているのを想像できなかったのかは分からないが、私の願望だというのならそれくらいの融通は利かせてほしかった。そうすればこんな悶々とした気持ちを抱かなくてもよかったのにと。
目覚めてから暫くはそんな思いに囚われていたけど、何時までも横になっているわけにもいかないので無理矢理起き上がり顔を洗い思考をリセットする。今日は午後から講義があり、単位に重要な説明があるのだ。こんな気持ちで講義に出ても単位がもらえないかもしれないと、無理矢理思考を切り替える。
「これで単位を落としたら先輩の所為ですからね」
既に出かけているであろう先輩の部屋の方を睨みながら、私はそんなことを愚痴る。これも責任転嫁でしかないが、そうでもしないと気持ちを切り替えられないのだ。
「はぁ……こんなこと、誰に相談すればいいのよ」
友人や結衣先輩、小町さんにこんなこと相談しても解決しないだろうし、先輩本人に相談なんてできるわけがない。大学に向かう道中、結局私の思考は今朝の夢に支配され続けたのだった。
講義中は単位のことで忘れられていたが、講義が終わり緊張感から解放されると再び今朝の夢が私の思考を占領する。きっかけは見ず知らずの男女が楽しそうにしている光景を見てしまったからだろう。
「いろは、そんなところに立ち尽くしてどうしたの?」
「ちょっとね……」
「なに? 彼氏持ちのあんたが今更他のカップル見て羨ましがってるわけじゃないでしょ?」
「理由は違うけど、羨ましがってるのかもしれない」
「はぁ?」
友人に怪訝がられたので、私は諦めて今朝の夢を話すことにした。事情を説明するためにはどうしても、今朝の夢の内容を話さなければいけないから。
「――というわけ」
「つまり、彼氏が自分と一緒にいても楽しそうじゃないんじゃないかって不安と、そのうち捨てられて別の相手と楽しそうにしてる場面を見ちゃうんじゃないかって不安がいろはの思考を占領してるってこと?」
「少しは手加減して……」
ドストレートの表現されると別の理由でダメージを負う。だが正確に表現すると、そういうことなのだろう。
「あんたねぇ……あの結衣さんと比べられて選ばれたっていうのに、どうしてそんなに自信ないのよ。構内人気ナンバーワンとすら言われている結衣さんに勝ったのよ? それだけで十分自信になると思うんだけど」
「結衣先輩に勝ったって言われても、やっぱり不安になっちゃうんだよ……こんなこと考えてるなんて、結衣先輩にも先輩にも失礼だってことも分かってる。それでもね」
「彼氏がいない私に対する当てつけ、って訳でもなさそうだし、本気で悩んでるんでしょう。それが分かった上であえて言わせて」
「なに?」
友人が真顔になったので、私も顔を上げて友人に視線を向ける。私の気持ちを理解した上で何を言うというのだろうか。
「馬鹿じゃないの」
「なっ……人が真剣に悩んでるっていうのに」
「だって、いもしないライバルに不安を抱いて、自分のことを選んでくれた彼氏の気持ちが信じられないんでしょう? 今のいろはは紛れもなく馬鹿だよ」
「うっ……」
友人の言葉が私に突き刺さる。一切の容赦のない口撃に、私はさっきとは違うダメージを心に負う。だが友人はお構いなしに口撃を続けてくる。
「そんな風に思ってしまうのなら、あんたたちは長続きしないでしょうね。今からでも遅くないから、結衣さんに彼氏を譲ったら」
「そんなことしない! 先輩の気持ちは結衣先輩じゃなくて私に向いてるんだから」
「だったらもう少し彼氏のことを信用しなさいよ。仏頂面だろうが呆れ顔だろうが、彼氏はあんたと一緒にいてくれてるんでしょう?」
「そうだけどさ……もうちょっと楽しんでもらいたいって思うのは悪いことなのかな?」
「そんなの、彼氏がいない私に聞かれても分かるわけないでしょ。誰か彼氏がいる相手に聞きなさいよ」
「最後の最後に突き放さないでよ」
一番知りたかった答えは得られなかったが、友人のお陰で先輩の気持ちに疑問を抱くことは無くなった。それだけでだいぶ楽になれたので、私は心の中で友人にお礼を言う。
「(ありがとう)」
直接言わないのは、言えば絶対に付け上がって何か奢れと言われると分かっているから。決して気恥ずかしいとかではない。
絶賛コロナ中…