やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩に作ってもらったおかゆを食べ、薬を飲んだお陰で、さっきよりかはまともに考えることができるようになった。
「(冷静に考えると、今の私って無防備過ぎない? もし先輩が本気で私を襲おうとしたら、抵抗できないんじゃ……)」
そんなことを考えているが、先輩は今私が使った食器などを洗っている。先輩の部屋の食器なので持ってかえって洗えば良いのだろうが、もしかしたら私が口をつけたスプーンを舐るんじゃないかって疑ってここで洗ってもらっている。まぁ、そんなことを言った途端、先輩から冷たい視線を向けられたのだが……
「(先輩がそんな変態じゃないっていうのは分かっていたけど、熱の所為でおかしな思考がダダ洩れになっていたのかもしれない)」
ボーっとしながらも先輩の作業を見ていると、やはり私より先輩の方が家事の効率がいいことに気づく。一人暮らしの歴で考えれば先輩の方が家事をやっているのだから当然なのかもしれないが、先輩は男で私は女だ。今のご時世女が家事を――なんて考え方は古いというのは分かっているが、こうもレベルの違いを見せつけられるとやはりショックは受けてしまう。
「一色、身体とか拭いた方が良いんじゃないか?」
「な、何ですかいきなり!? もしかして先輩が私の全身を隈なく拭いてくれるんですか?」
「……そういった冗談を言えるくらいには回復したなら良いが、変なことを言うならもう看病してやらないからな」
「じょ、冗談ですから見捨てないでください。今先輩に見捨てられたらまた死にそうになっちゃいますから」
いくら先輩が薬を買ってきてくれたからといって、この状況でまた一人ぼっちに戻ったら寂しさで死んでしまうかもしれない。弱っている時に見捨てられるという経験がないから分からないが、恐らく助けてもらう前以上にキツイものなのだろうし……
「それから着替えておけ。洗濯しておくから」
「下着もですか?」
「……なるべく見ないようにするから」
「別に先輩なら持ってかえっても良いですよ~?」
精神的余裕ができたからか、こうして先輩をからかうこともできる。まぁ、からかい過ぎて部屋からいなくなられると困るので、このくらいで許しておこう。
「それじゃあ着替えますから、先輩」
「あぁ。俺は自分の部屋に戻るから着替え終わったら――」
「いえ、そうではなく」
部屋から出ていこうとする先輩を呼び止め、私は部屋の一角を指差す。
「身体がだるくて動けないので、着替えを出してくれませんか?」
「……俺が?」
「この部屋に私と先輩以外いないじゃないですか」
先輩なら私の衣装ケースを漁るとかしないだろうし、先輩に見られて恥ずかしいものは持っていないのでできるお願いだ。これが玉縄さんや材木座先輩なら頼まないだろうし、出そうと言われれば邪な思いがあるのだろうと考えるけども。
「何故俺が一色の着替えを出さなければいけない……」
「だってこのままの格好でいるのは気持ち悪いじゃないですか? でも着替えを出す気力も無いわけでして、先輩にお願いするしかないじゃないですかー」
「……這って行けば何とかなるだろ」
「先輩は風邪をひいて弱っている後輩を見捨てるんですかー?」
「……寝間着はどれだ」
こうやって精神的に追い込めば言うことを聞いてくれるのか。まぁ、普段の体調の時じゃ見捨てられるのがオチだろうけども、風邪を引いている時には先輩は意外と従順なのか、覚えておこう。
「先輩」
「何だ?」
「エッチ」
「お前が用意しろって言ったんだろうが!」
私の衣装ケースを開けて服を探す先輩をからかって、これ以上は本気で怒られそうだから自重し、大人しく着替えたのだった。
着替えてひと眠りすると、先輩は私の部屋にはいなかった。何処に行ったんだろうと探そうとして、携帯に先輩からメッセージが入っていることに気づく。
『バイトがあるから出かける。おかゆはサイドテーブルに置いてあるから食べておくこと。多少冷めていると感じたらコンロで温め直してくれ』
先輩の心遣いに感謝しつつ、この状態でコンロまで向かうのは難しいだろうと思いながら身体を起こす。薬を飲んでひと眠りしたからか、先ほどよりかはだいぶ身体が動く。これならコンロまで移動するくらいなら何とかなりそうだ。
「それにしても、可愛い後輩がここまで弱っているというのに、一切手も出さないなんて……私ってそんなに魅力ないのかな……」
これでも平均より可愛いと思うし、胸だって結衣先輩程ではないにしてもある方だと自負している。多少小柄なのはむしろプラス要素だと思うし、性格だって……
「いや、性格は問題ありかもしれない……」
先輩にはよく「あざとい」と言われているし、自分でも少しあざとすぎるかもしれないと思ったこともあるけども、大抵の異性は「あざとい」とは思わず「可愛い」と思ってくれるから治そうとはしてこなかった。まぁ、葉山先輩や先輩には効果なかったし、私と同じようなことを戸塚先輩がしていても、ワザとっぽさがなく本気でショックを受けたこともあるのだが。
「あの人は天然でやってるから恐ろしい……」
もし戸塚先輩が女子で、先輩と今と同じような関係だったとしたら、私には入る余地がないくらいにお似合いのカップルに見える。今でさえ「そういう趣味の女性」たちから人気だと聞いているし、結衣先輩からもそういう噂を聞かされたことがある。
「とりあえずおかゆ食べよう……」
思考がネガティブ方向に傾き始めたので、私は気を紛らわす為に先輩が作ってくれたおかゆを食べることにした。さっき食べたものより塩味が利いているのか、多少しょっぱいと感じるけども、それでも十分に美味しいおかゆだった。
「これは味覚が回復してきているのか、それとも先輩が気を利かせて濃いめで作ってくれたのか」
少し冷めていたが、それでも十分美味しいと感じるおかゆを食べながら、私は携帯に視線を向ける。すると先輩以外からもメッセージが送られていたことに気付く。
「結衣先輩からか……」
どことなく嫌な予感を覚えつつ、私は結衣先輩からのメッセージを開く。
『いろはちゃん大丈夫? 住所さえ分かれば私が看病しに行ってあげるんだけど……まぁそれは兎も角として、今度ヒッキーや彩ちゃんたちとお出かけするって話があったでしょ? いろはちゃんが回復したら行かない?』
「この人は……」
底抜けに明るい人なのか、それとも何も考えていない人なのか……前者なら今の私にとってありがたいが、後者なら付き合いを考え直さなければいけないと思えてくる……恐らく後者なのだろうけども。
「あれ、戸塚先輩からも」
以前の合コン際、先輩とだけ連絡先を交換するのは怪しまれると思い戸塚先輩とも交換していたのを思い出し、私はメッセージを開く。
『由比ヶ浜さんから聞いたけど、一色さん風邪を引いたんだって。大丈夫? まぁ、隣で八幡が生活してるから、万が一の時は助けてもらうと良いよ。それじゃあ、お大事に。返信はしなくても大丈夫だよ』
「うっ……」
内容からにじみ出る良い人オーラに思わず目を背けたくなる。結衣先輩の後に読んだのも原因かもしれないけど、戸塚先輩の気遣いに泣きそうになったからだ。
「(すみません戸塚先輩。既に先輩には看病してもらっちゃってます)」
余程私の咳がうるさかったのか、先輩には私が風邪を引いていることはバレちゃってましたし、ちゃっかり抱き留めてもらっちゃったりもしちゃいましたし……
「今思い返すと恥ずかしいことを口走っちゃったかも……」
熱の所為でまともな思考回路じゃなかったということを差し引いても、意識している相手にあんなことを言ってしまうとは……一色いろは、一生の不覚……
「とりあえず薬を飲んでもうひと眠りしよう……」
考えることを放棄したくなり、私は薬を飲んでベッドに潜り込む。やはり体調的にも精神的にも置き続けることが辛かったのか、ベッドに潜り込んでからすぐに私は寝てしまったようで、次に目を覚ましたのは翌日の昼前だった。
主に戸塚に目が行っていたのは気のせいだと思いたい……