やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
決意を新たにしたとはいえ、そう簡単に行動に移せるのなら苦労しない。それが分かっているから頭を悩ませているのであり、どう行動すればいいのか分からないから先へ進めていないのである。
などと哲学的に考えてみたものの、最初から答えなどないのだから考えるだけ無駄だと思う反面、どうしても答えを欲して思考の坩堝に陥ってしまいかけているのだ。
「いろはちゃん、さっきから難しい顔してるね」
「はぁ……」
「あれ? おーい、いろはちゃん?」
「どうすればいいんだろうな……」
先輩に楽しんでもらうにはどうすればいいのかなんて、誰に相談しても答えなんて出ないだろう。あの小町さんですら、あっという間に白旗を上げるであろう難問を、私一人で解決しなければならないのだ。多少気分が落ちてしまっても仕方がないだろう。
「いろはちゃん、聞こえてる?」
そもそも私は高校時代から考えてみても、先輩が楽しそうにしている顔なんて見たことがないかもしれない。悪だくみをしている時は少し楽しそうではあったが、私が見たいのはああいった類の表情ではなく、純粋に楽しんでいる顔だ。――そもそも、そんな表情を本当にするのかは分からないが。
以前結衣先輩に聞いたことがあるが、マックスコーヒーの自販機を目の前にしたときはかなりテンションが上がっていたそうだが、それ以外で何かないのだろうか……
「でも、結衣先輩に頼るのはなぁ……」
「私がなに?」
「? ……結衣先輩、何時からそこにいました?」
「結構前から。声かけてたんだけど」
どうやら長い時間結衣先輩のことを無視していたようで、私は慌てて頭を下げる。結衣先輩も私が考え事をしているんだろうということは分かっていたので、集中していたと伝えると許してくれた。
「それで、いろはちゃんは何を考えてたの?」
「いろいろです。単位のこととか、私生活のこととか」
「私の名前が出たのは?」
「講義中も別のことを考えちゃって、ノートを取らなかったりしちゃうので、その都度結衣先輩を頼るもの悪い気がしまして」
とっさに吐いた嘘だが、過去に何度かやらかしているのでそれなりに信憑性はあるだろう。現に数日前も講義中に上の空でノートが真っ白だったばかりだし。
「そんなこと気にしなくてもいいのに。私だっていろはちゃんに分からない箇所を聞いたりしてるんだし、義母&テイルだよ」
「義母&テイル?」
「あっ間違えた。ギブ&テイク」
相変わらず語彙力に問題があるようで、結衣先輩は度々このような言い間違いをする。付き合いが長い私は気にしないのだが、大学からの付き合いの相手にはわざとではないかと疑われるくらいだ。
何故わざとだと疑われているのかと言うと、結衣先輩が言い間違えると男子たちが盛り上がるから、結衣先輩がそれを狙っているのではないかと思われているのである。そんなことを結衣先輩が狙って何の得があるのかとは思うが、結衣先輩の見た目におバカキャラが相まってさらに人気が高まっているのだから仕方がないのかもしれない。私だって、先輩という彼氏がいなかったら少し焦っていたかもしれないくらい、結衣先輩は魅力的な女性だから。
「兎に角、私で助けられることならなんでも頼ってくれていいよ。いろはちゃんのお手伝いができるなら私も嬉しいし」
「ありがとうございます。本当にどうしようもなくなった時には相談させてもらいますね」
「うん! ……なんだかあまり頼りにされてない気がするのは気のせい?」
「気のせいですよ。結衣先輩のことは、最後の最後に頼らせてもらいます」
「やっぱり信頼度なさげだし!?」
結衣先輩をからかって冷静さを取り戻せたので、私は取り留めもない話題で結衣先輩の興味を逸らす。決して私が先輩のことで頭を悩ませているなどと知られないように。
別に知られたからと言って何かがあるわけではないだろうけども、少しでも隙を見せたら横から掻っ攫われそうだから。もちろん、結衣先輩がそんな性格の悪いことをするとは思っていないが、この人はフラれてすぐに諦めない宣言をしたくらい先輩のことが好きなのだ。私と先輩の関係が上手く行っていないと知られれば、心配してくれるのと同時に割り込んでくるかもしれない。それくらいの危険人物なのだ。
結衣先輩が頑張っても先輩が相手をしない可能性の方が高いと分かってはいる。だが健気な女の子が魅力的に映るというのは女の私でも理解できる。ましてや結衣先輩には、小動物的な可愛らしさと暴力的な二つの膨らみがある。あれに抵抗するのは難しいだろう。それこそ、鋼の意志を持つ先輩でも、コロッとイってしまいそうなくらいに。
「単位と言えばこの間カオリンが言ってたんだけど」
「折本さん?」
「うん。そろそろ就職活動とか考えなきゃって。ヒッキーもそういうのあるのかな?」
「そりゃあるとは思いますけど……」
そもそもどんな職に就くにしろ、そういう活動をしなければ得られるわけがない。先輩の場合は学部が特殊なので、活動というよりかは試験なのかもしれないが、そもそも本当に法曹界に入るのかはまだ分からない。もしそうなら、今後ますます私との時間は減ってしまうのだろうか。
結局結衣先輩に先輩のことを相談することはなく、私は部屋に帰ろうとして――
「いろはお義姉ちゃん確保! さぁ、これから女子会ですよ!」
――第一歩目を踏み出すことなく小町さんに捕まり、そのまま結衣先輩と三人で構内ではないカフェに連行されてしまった。
「いきなりなんですか」
「まぁまぁお義姉ちゃん。小町は今日、とっても暇なのです。本当はお兄ちゃんの部屋に突撃してそのままお泊りでもしようかとも思ってたんですけど、あのゴミいちゃん、小町の訪問を拒否したので」
「珍しいこともあるんだね」
結衣先輩が言うように、あの先輩が小町さんの訪問を拒否するなんて、かなり珍しいことだと私も思った。高校時代と比べればだいぶマシになってきているとはいえ、あの人は生粋のシスコンだからなぁ……
「何でも今日は忙しいので小町の相手をしている暇はないんだそうです」
「ヒッキーが小町ちゃんより優先しなきゃいけない用事って何だろうね」
「まぁ、兄も大学三年生ですし、いろいろとあるんだということは分かるんですけど、それでも小町を蔑ろにするのはポイント低すぎですよね。なのでお兄ちゃんの不始末は彼女のいろは先輩に取ってもらおうと思いまして」
「なんで私!?」
完全なるとばっちりでしかない。本当なら部屋に戻って先輩のことで頭を悩ませたかったのに、その妹の小町さんに邪魔されるだなんて……
「とまぁ、茶番はこれくらいにして」
「茶番だったの!?」
「兄はゼミの集まりで日を跨ぐらしいので部屋にいないのです。なので小町も帰らなければいけないんですが、ただ帰るのも面白くないのでこうしてお茶にお誘いしたんです」
「なら普通に誘ってください。強制連行みたいで嫌なんですけど」
みたいというか、ほぼ強制連行だったが、そこは言っても響かないだろうから何も言わない。この子も先輩の妹というだけあって良い性格してるから。
「細かいことは気にしちゃダメです。いろは先輩には結構耳寄りな情報があるので」
「なんですか?」
「お兄ちゃん、結構本気で司法試験受けるみたいです」
「そ、そうなんですか。でも、それがどうして私にとって耳寄りな情報になるんですか?」
「だって弁護士夫人ですよ? 上手く行けば将来ウハウハですし」
「下衆い……」
「小町ちゃんって、やっぱりヒッキーの妹だよね」
私だけではなく結衣先輩も若干引いているのを見て、小町さんは軽く咳ばらいをして話を続ける。
「冗談はさておき、兄が職に就く意識があるというのは確かですから、いろは先輩が兄を養わなければいけないということはなさそうですよ」
「それはまぁ、前々からなんとなく分かってましたけど」
「おや? 結婚するつもりはあるんですね」
「なっ!?」
最後の最後でからかわれたのだと分かり、私は顔を真っ赤にする。世間は私のことを小悪魔系だとかいうけど、小町さんの方がよっぽど小悪魔ですよね……
さすが八幡の妹