やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
三人でのお茶会を終えて解散し、私の足は先輩の部屋へ向かいかけて、小町さんの言葉を思い出してそのまま自分の部屋へと入る。いつもならば先輩の部屋に突撃して愚痴の一つや二つ――では済まないくらいの時間を過ごすのだが、本気で司法試験に臨むのならば私に時間を割くのは避けた方がいいだろうと思ったから。まぁ、時間を割かせている私が言うのもおかしな話ではあるが……
自分の部屋に入り鍵をかけてから、こうして直帰したのはいつぶりだろうと考えてみるが、少なくともここ最近直帰した記憶はない。絶対先輩の部屋に突撃して、そのままお泊りしたまである記憶の方がはるかに多い。そう考えると私は先輩に依存し過ぎなのではないかと思えてくる……
「結衣先輩や雪乃先輩と同じ轍を踏みそうな感じがしてきた……」
あの二人は告白段階でフラれているが、私は一応その場面は突破している。その時点で同じ轍とは言えないのかもしれないけど、このままでは先輩に依存しているだけの存在になってしまうのではないだろうか。ただでさえ先輩に甘えまくってなんとか生徒会長を務めているなんて噂されていたくらいなのに、このままでは先輩が居なければ生活できない自堕落娘なんて思われてしまうのではないだろうか。それだけは絶対に避けなければいけない。
だが、そう決意したところで今更ではないだろうかという疑問が私の中に生まれてくる。付き合ってからと言うもの殆ど先輩に料理をお願いしたり一人で出かけられないからと理由付けをして先輩を連れ出したりしているのだ。既に先輩が居なければ外出も難しいと思われているのだから、今更決意しなくてもいいのではないだろうか。
「……いや、これまでとは理由が違う。先輩の人生が懸かっているんだから、これ以上私が邪魔をしたらいけない」
先輩の人生=私の今後になるかもしれないのだ。もちろん私に関係なかったとしても先輩には頑張ってもらいたいし、そのせいで少し疎遠になるとしても我慢しなければいけないのだろう。だがどうしても先輩に会いたい。先輩と話したい。そういう気持ちがゼロになるかと問われれば、そんなことはあり得ない。それくらい私の中で先輩の存在は大きくなってしまっているのだ。
先輩が高校を卒業した後に気づいた気持ち、それが再会して大きくなり私から告白。そして先輩と付き合いだしたのだ。私の中から先輩に対する想いが消えるなんてありえない。蓋をしようにも溢れ出てしまうのも仕方がないのだ。
そう私の中で結論付けたところで、先輩が私のこの気持ちを受け止めてくれるかは別問題。先輩が自分のことを優先するかもしれない可能性だってあるのだ。もちろんそうなったとしても文句は言えないし、これまで先輩がどれだけ私の為に時間を割いてくれたかを考えれば感謝しなければいけないんだろう。だが、そう割り切れないから頭を悩ませているのだ。
「どうすればいいんだろう……」
こういう壁にぶつかった時に相談してきた相手は先輩だ。だが今回は先輩に関係していることなので先輩を頼ることはできない。ここで先輩を頼ったら意味がないし、結局は先輩が居なければ何もできないという評価を覆すことにはならないだろう。
そうなってくると頼れる相手は限られてくる。だが相談したところで解決できるかという問題を度外視しなければならないという難点があるのだが……
「結衣先輩はこういう時に役に立たないだろうし、友達は『彼氏がいない私に対する嫌味か』と言ってきそうだし、かといって折本さんに相談するわけにもいかないし……」
交友関係の狭さに絶望しながら、どうすればいいのか分からないという思考の袋小路に迷い込む。一番簡単で確実な解決策があるというのに、それを選択できない私の弱さ……
「先輩に会わなければいいなんて、我慢できる気がしない……」
隣に恋人がいるというのに会えない。触れ合えない。そんな時間を想像して私は泣きそうになる。再会するまで一年くらいは会ってなかったというのに、たった数日だけで限界が訪れそうな予感がしてならない。
「先輩、私……こんなに弱くなってたんですね」
元々強かった自覚はないが、多少の我慢は出来ていたと思う。だが先輩と恋人になって、先輩に甘えまくってたせいで、私は自分が弱くなったと実感した。先輩に会えないという想像だけで泣きそうになるなんて、付き合う前の私に言ったところで信じてくれないだろうな。
「高校時代の私に言ったら笑われるまであるだろうな……」
あの時の私は、先輩に対する恋心を自覚していなかった――いや、認めようとしなかったのかもしれない。あの時の私は――というか先輩は、周りからの評価があまり良くなかったので、その人と仲良くなるなんて認めたくなかったのだろう。それでも付き纏っていたのだから、半分くらいは認めていたんだろうが。
何よりあの時先輩の周りには雪乃先輩や結衣先輩が常にいたし、それ以外に川崎先輩なども先輩の側にいた。私が先輩の隣を確保するのは今よりも難しかっただろう。だから無自覚に諦めていたのかもしれない。
「はぁ……とりあえず何か食べてお風呂に入って寝よう……」
カフェで軽く摘まんできたとはいえあれを食事と言えるかと言えば無理だ。私は冷蔵庫の中身と相談して軽食を作り思考から逃げ出すようにお風呂に浸かり布団に潜り込んだのだった。
先輩の部屋に行かなくなって数日経ったが、私の顔色は段々と悪くなってきている。誰に指摘されるまでもなく自覚しているので、心配されると申し訳なくなってくる。
「いろはあんた大丈夫なの? 日に日に顔色が悪くなってるけど」
「体調不良とかではないから大丈夫だよ。ちょっと解決するのが難しい問題に直面しててね……どうすればいいのか悩んでるだけだから」
「私で良ければ相談に乗るけど――」
「彼氏との関係だけど」
「――うん無理。誰か適任者を探した方がいい」
やっぱり恋人関係だと分かるとあっさり手のひらを返してきた友人。想像通りとはいえ、こうもあっさり手のひらを返されるとツッコミを入れたくなってくる。
「早いよ! せめてもう少し悩んでよ」
「だって経験ないことだから。相談に乗ったところで解決策を出せるわけないじゃん」
「そうかもしれないけどさ」
「で、何が悩みなの? まさか別の女の影? ついにいろはもお一人様に戻ってくるの?」
「先輩が本格的に司法試験に向けての勉強を始めて、会う時間が減ってきた」
「知るかそんなこと!」
嫌な想像をされたので、私はそういう問題ではないと強調しておいた。そうしたら案の定怒られたが、これで先輩が浮気しているなんて疑惑は晴れただろう。
「てか、私がお一人様になるのよりも、貴女が彼氏を作る方が早いんじゃないの? あれだけ頻繁に呑み会に行ってるんだし、出会いくらいあるんじゃないの?」
「そんな簡単に彼氏が出来たら苦労しないっての……てか、普通に呑み会なだけで、そういう出会いを求めてる人ばかりじゃないからね……」
「マッチングアプリとかは?」
「ああいうのってイマイチ信用できないって言うか、ああいうツールを使っての詐欺とかあるじゃん? だから利用しようって考えに至らなくて」
「ああいうのって最終的には自己判断で、何が起こっても責任取りませんって感じなのかな?」
使ったことがないので何とも言えないが、利用者同士で問題が起こったとして、その開発者に責任を問うのはお門違いだと私は思う。結局のところ使ってる人間の問題であり、巻き込まれたくなければ使わなければいいだけの話なのだから。
「はぁ、彼氏欲しい……」
「先輩に会いたい……」
「嫌味か? それは私に対する嫌味なんだな!?」
「えっ? ……完全に無自覚だった」
「いろはあんた……かなりの重症ね」
「そっちは自覚してるって……」
指摘されるまでもなく、私がかなりの重症であることは分かっている。それをどうにかしたいと思いつつどうにもできない自分に呆れながら、私の悶々とした日々は続くのだろうな……
自覚しているだけマシか……