やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩と会わずに過ごしてそろそろ一週間くらい経つだろうか。私の感覚ではとっくに一ヶ月くらい会っていないような気もするけど、カレンダーを見る限りまだ一週間も経っていないのだ。その間に先輩からメッセージなどはなく、隣の部屋から発狂するような声も聞こえない。つまり、先輩は私と会わなくても大丈夫だということなのだ。
「(私が弱いのか、先輩が薄情なのか)」
私が弱いのはもちろんだろうが、ここまで何のアクションもないと、先輩が薄情なのではないかという疑問が生まれてくる。そりゃ勉強で忙しくて彼女のことを考える暇がないのかもしれないけど、隣で彼女が生活しているのだ。全く気にならないなんておかしいじゃないだろうか。
「(そうだ。私が弱いんじゃなくて先輩が薄情なんだ)」
ある種の現実逃避をして自分を落ち着かせようとしたが、やはり効果はみられない。そんなことでこの寂しさが紛らわせるのなら、とっくに解決しているから。
「分かってはいるんだけどな……」
この壁一枚を隔てているだけだというのに、私の寂しさは日に日に募っていく。先輩はどうなのだろうかなんて、私には分かるはずないのに気になってしまう。
こちらからメッセージを送ればいいだけだと気づいた時には恥ずかしくて布団に逃げ込みたかったが、なんとなくこちらから送ったら負けなような気がして送れていない。もしかしたら私からのメッセージの所為で先輩のやる気を削いでしまうかもしれないと後付けの理由を見つけて落ち着きはしたが……
そんなこんなで今日も先輩の声を聞くことなく一日が終わりそうだったが、意外な人からのメッセージでそうはならなかった。
「戸塚先輩から?」
メッセージの送り主は私の高校の先輩であり、先輩の唯一の友達と言っても過言ではな戸塚彩加先輩だ。内容は今から会おうというもので、もしかしたら先輩と間違えているのではないかと疑ったくらいだ。だってあの戸塚先輩が彼氏持ちの私をその彼氏抜きで誘うとは思えなかったから。確認したところ、先輩にも誘いをかけているので安心していいとの返信があった。なので私は飛び上がりたい気持ちを抑えて戸塚先輩の誘いを受けることにした。
「(先輩に会える? こんなにも簡単に?)」
ここ数日どうやって会えばいいのかで頭を悩ませていたというのに、戸塚先輩が間に入るだけでこんなにもすんなり先輩に会うことが出来るなんて……
「(悩んでた私がバカみたい)」
そう、本当にバカみたい……会おうとすれば簡単に会えるというのに、勝手に会えないと思い込んで落ち込んでいたのだ。
「とりあえず出かける準備をしなきゃ」
本当なら先輩と一緒に出かけたかったのだが、戸塚先輩からのメッセージを見る限りその場に先輩がいる様子なのでそれは叶わない。とりあえず落ち込んでいた気持ちを切り替えて私は戸塚先輩から送られてきた住所へと向かうのだった――もちろん、男性が怖いのでタクシーを呼んで……
タクシー代は馬鹿にできないが、歩いて向かうには少し遠かったし、途中で男性とすれ違うことを考えれば出し渋るわけにもいかなかった。だがその代償のお陰で今、私はここ数日会いたくて会いたくて堪らなかった先輩と会うことが出来ているのだ。
「ゴメンね、一色さん。こんな時間に呼び出して」
「いえ、特に用事もなかったですから」
「八幡と最近会ってなかったって聞いてたから、せっかくなら一色さんも誘おうって話になってね。八幡から誘えばいいのにとは思ったけど、最近一色さんが自分と会うのを我慢してるのにその努力を無に帰すのも悪いって言いだしたから」
どうやら先輩も私が会いたいのを我慢しているのは気づいていたようで、その努力を尊重してくれていたようだ。だがそこに気づいているのなら、もう少し心配してくれても良かったのではないだろうか。
「先輩、私が我慢してるのを知っていて無視してたんですか?」
「別に無視してたわけじゃない。いろはのほうが我慢してるのに、俺の方が泣き言を言っていたらいろはの心遣いが無駄になっちまうからな。どうせ小町が余計なこと言っていろはの行動に制限をかけたとか、そんなところだろうけど」
「小町さんが、先輩が本気で司法試験を受けると言っていたので、邪魔しちゃいけないと思っただけです」
小町さんから聞かされた通りに伝えると、先輩と戸塚先輩は互いに顔を見合わせてから苦笑いを浮かべた。
「確かに司法試験を受けるかもと話したが、別にそこまで本気というわけではないぞ? もちろん、受けるからにはちゃんと勉強もするし、他の奴らに負けないようにはするつもりだが、いろはとの時間を排除するつもりはなかったんだが? もちろん、以前のように毎日部屋に突撃されたら困るが、たまに会うくらいなら全く問題ないんだが」
「そもそも八幡は要領が良いから、勉強を始めたのが遅くても同学年の中じゃトップクラスだもんね。今すぐ試験じゃ厳しいかもだけど、一年後なら十分に合格できるくらい」
「そうなんですか!? だったら言ってくださいよ……ここ数日、どれだけ寂しい思いをしたと思ってるんですか」
小町さんの口ぶりからして、先輩は司法試験の為に全てを傾ける勢いだと思っていたのに、本人はそんなつもりはなかったらしい。先輩の優秀さは知っていたつもりだったが、まさかあのエリート軍団の中でもトップクラスだったとは思っていなかった。もしそれを知っていたらこんなにも頭を悩ませなかったのに。
「とりあえずずっと会わないなんてことはしなくていいからな」
「それじゃあ、私は先輩の彼女のままで良いんですね?」
「どういう意味だ?」
「先輩の勉強の妨げになるから、もしかしたら別れた方が良いんじゃないかまで考えていたので」
大げさではなく本気でそこまで考えていた。会えないだけじゃなくて、私の存在が先輩の邪魔になるんじゃないかと。そこまで追い詰められていたのだ。
「いろはがいるから頑張ってみようと思ったのに、いろはがいなくなったら俺は何のために頑張ればいいんだよ」
「私の為?」
「将来的なことはまだ分からないが、もしいろはとこれからもずっと一緒にいると仮定した時に、少しでもいろはに楽をさせてやりたいと思ったからな」
口調はいつも通りだが、先輩の顔は少し恥ずかしそう。それを見ている戸塚先輩は楽しそうなのを見るに、戸塚先輩は先輩がやる気になった理由を知っていたようだ。
「八幡、急にやる気を出したからどうしたんだろうって思ってたからね。聞き出すのに苦労したけど、一色さんの為だと分かった時は嬉しかったよ。あの八幡が人の為に自分を犠牲にせずに頑張ろうとしてくれたから」
「別に高校時代の時だって自分を犠牲にしてたつもりはないんだがな」
「でも結果的に八幡が悪者になることで高校時代の問題の数々は解消されてきたでしょ? 八幡の考えをちゃんと理解して、八幡が好き好んで悪者を演じてたわけじゃないと知っている人間は少ない。多くは八幡を共通の敵として認識し、それを排除して団結した結果しか見ていない。その団結に必要だったものが共通の敵だったと理解して、八幡がそれを演じたに過ぎないと分かっている人は、八幡のことを悪く言うわけなかったし」
「まぁな」
そのことをいち早く見抜いて先輩に興味を持ったのがハルさん先輩なのだろう。あの人が興味を持つ対象がただの憎まれ口を叩くだけの人なわけがないと思っていたが、先輩に興味を抱いてからは納得できた。だって、この人はハルさん先輩が興味を惹かれるに値する――もっと言えばハルさん先輩に相応しいくらいの人間性を持った人だったから。
「とりあえず、隣の部屋で死にそうな声で俺の名前を呼ぶのは止めてくれ」
「そ、そんなことしてませんから!」
どうやら無意識に先輩を求めていたようで、私は自覚していなかった自分の行動を聞かされ顔を赤らめ、それを誤魔化すために先輩の腕を軽くたたき続けるのだった。
色々と限界が近かったいろは……