やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
数日間うじうじ悩んでいたのが何だったのかと思うくらいあっさりと先輩と邂逅を果たしてしまった翌日、私は倦怠感なく目を覚ますことが出来た。それもこれも戸塚先輩が気を利かせてくれたのと、先輩の本音を聞くことが出来たからだろう。
「あの先輩が、私の為に頑張ってくれてるのが嬉しい」
もちろん先輩の人生なのだから先輩の為でもあるのだろう。だがその努力の中に私の為という気持ちがあるのがとてつもなく嬉しいのだ。あの先輩が誰かの為に努力するなんて、高校時代の私に言っても――もしかしたら先輩に言ったとしても信じてもらえないかもしれない。
先輩は誰かの為に自分が泥を被ることはしても、誰かの為に努力するような人ではなかった。ある点では努力していたのかもしれないが、誰かを喜ばせる結果にはならなかったことが多い。もちろん、先輩の努力を認め、先輩が誰かの為に動いていることを知っている人は少なからずいた。その中の一人が戸塚先輩だろう。だからこそ先輩と戸塚先輩は今でも仲が良く、互いに本音を言い合えるのだろう。
「そんな相手、探そうと思ってもなかなか見つかるものではないだろうけども」
私にはそんな相手はいない。結衣先輩や小町さんのように仲良くしている相手はいるが、先輩と戸塚先輩のような関係ではない。何せ結衣先輩は高校の先輩で小町さんは後輩。ついでに言えば恋敵だった人と彼氏の妹という、なんとも複雑な関係だと言えるだろう。ある種の奇跡のような関係ではあると思うが、何でも言い合える仲ではない。
万が一小町さんに先輩の愚痴なんて言った日には、その翌日には先輩の耳にも入っているだろうし、もしかしたら結衣先輩を焚き付けて先輩と私の関係を壊そうとしてくるかもしれない。そんな不安を抱えながら付き合っている。もちろん、小町さんがそんな性悪ではないということも分かっているし、先輩の愚痴を本人に聞かれたからと言って、先輩が私のことを嫌うとも思えない。そもそも愚痴なんて日常茶飯事のような感じだし、先輩は先輩で憎まれ口を叩かれるのは慣れているのだ。今更彼女から愚痴を言われたからと言ってメンタルにダメージを負う人ではない。
「とりあえず先輩に挨拶しておこう」
ここ数日は我慢していた朝の挨拶をする為に、私は着替えてから先輩の部屋へ向かう。さすがにまだ鍵がかかっていたが、そんなものは合鍵でどうにでもなるのだ。
「せーんぱい、おはようございます」
「……随分と久しぶりな挨拶を聞いた気がする」
「そりゃ、先輩が司法試験に向けて努力してるのに、私個人の感情で邪魔するわけにはいかないって思ってましたからね。彼女に寂しい思いをさせた悪い彼氏なんですから、そのうち埋め合わせをしてもらわなければいけませんよね」
「埋め合わせね……何が望みだ」
「そうですね……」
何が望みだと言われても、そう簡単に出てくるものではない。冗談半分で良いならいくらでも出てくるけど、先輩の目は本気だ。私から話を振っておいて、私がふざけるわけにもいかないだろう。
「先輩が司法試験に合格したら、お願いしたいことがあります。その時聞いてくれますか?」
「なんだよ、随分ともったいぶるな」
「それだけ重大な願いってことです」
それは先輩の人生においてもだが、私の人生にとっても大きな意味を持つ願いだ。このタイミングで先輩に告げて良いものではない。
「分かった。何年後になるか分からないけどな」
「先輩は容量が良いので、下手を打たなければ現役で合格できるでしょう」
「そう簡単にいくわけないだろ」
「どうですかねー。先輩は普段努力しないだけで、実力は雪乃先輩にも負けないくらいにはあったじゃないですか」
「そこでどうして雪ノ下が出てくるのかは分からないが、いろはが俺の実力を認めてくれているのは分かった」
私がどうして雪乃先輩の名前を出したのか先輩は分からなかったようだが、あの人の今の恋人である葉山先輩も弁護士を目指している人だ。あの人は親が雪ノ下家の顧問弁護士を務めているから幼少期から雪ノ下姉妹との交流があり、自分も雪ノ下家の顧問弁護士になると決めていた人だ。その過程で雪乃先輩と恋人になれたらと思っていたようで、私や他の女子がアピールしても梨の礫だった。
その人が頭の片隅にあったなんて口が裂けても言えないので、私は何故雪乃先輩の名前を出したのかは説明しない。しなくてもいいだろう。
「とりあえず来年一年かけてやってみるが、俺はあっさりと物事を諦める人間だからな。一度不合格だったらもうやらないかもしれないぞ? そうなるといろはの願いとやらは聞けないな」
「そうなったらそうなったで別のお願いをするから良いですよ。だから、私の為とか余計な重荷をしょい込まないでくださいね」
「あぁ」
どうやら少しは私の為に頑張ろうと思ってくれていたようで、先輩は見透かされた気恥ずかしさを誤魔化すように短く答える。先輩には悪いが、こういう時の先輩の顔は見ていて嬉しい気持ちになる。サド的な感情ではなく、私相手に照れてくれているということが純粋に嬉しいだけだけど。
「それじゃあ私はそろそろ出かけますね。お邪魔しました」
「気をつけろよ」
「子供じゃないんですから」
先輩に心配してもらえて嬉しい反面、子ども扱いされたような気持になりながらも、私は笑顔で先輩の部屋を出て、必要な荷物を持って大学へ向かうのだった。
講義が終わり、昨日までの様子と違う私を見た友人が私の腕を取り構内のカフェへ連行する。本気で抵抗すれば振りほどけないこともないが、この後予定もないので素直に付き合うことにした。
「何かあったの?」
「何かって何よ」
「昨日までの上の空のいろはじゃなくて、今日はしっかりと講義も受けていたし、返事もしっかりしてるじゃないの」
「あぁ、そのことね」
私としてはそこまで変わったつもりはなかったのだが、周りから見たら今日の私はだいぶマシになっているようだ。それこそ昨日までの私は、何時屋上から飛び降りるか分からないような雰囲気だっただろうし。
「いろいろと問題が解決しただけよ」
「それって彼氏と会えないって問題?」
「そ」
「いろはがお一人様に逆戻りって流れは無くなったのか……あーあ、早く私も彼氏欲しいな」
「いい加減作ったら? 何人かと良い感じになったんじゃなかったの?」
彼氏欲しいと日夜文句を言っているだけではなく、この友人は彼氏を作ろうと努力している。なのでそれなりに良い雰囲気になった相手も一人や二人ではないらしい。だが未だに彼氏がいないのはどういうことなのだろうかと、純粋に気になったのだ。
「そりゃこのままいけばって思った相手も一人や二人じゃないけど、いざそういう雰囲気になったらやっぱり違うかもって思っちゃったのよね。私だけじゃなくて相手の方もかもしれないけど」
「そんなものなの?」
「どうなんだろうね。いろははどうやって今の彼氏と付き合いだしたのよ」
「どうやってって、バレンタインの時に結衣先輩と二人で告白して、どっちが勝っても恨みっこなしって感じ」
「あんたの彼氏って確か高校の先輩よね。あの結衣さんといろはの両方から好かれるって、そんなにイケメンって感じじゃない気もしたんだけど」
「何回か見たことあるんだっけ?」
先輩は戸塚先輩の頼みでテニスサークルの手伝いの名目で数回この大学に来たことがある。それ以外にも結衣先輩の誕生会とかいろいろと顔を出してるし、見たことがあっても不思議ではない。そのせいで私や結衣先輩に嫌がらせがあったくらいだし。
「確かに落ち着いた感じの人って雰囲気だったけど、美少女二人から好かれるような感じでは――」
「二人どころじゃなかったんだけどね」
「どういうこと?」
「私が知っている限り、後二人は先輩のことが好きだった人がいるのよ。それも、一人は結衣先輩以上に人気が高い女子で、もう一人はかなり家庭的な女子だった」
「競争率ヤバかったのね」
私が簡単に彼氏を作れたわけではないと改めて理解してくれたのか、友人はしみじみとそんなことをつぶやいたのだった。
八幡は人気だからなぁ