やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩に会うことを我慢しなくても良いと分かってから、私はある程度自重しながらも先輩の部屋を訪ねている。もちろん、先輩の都合が悪かった場合は素直に自分の部屋に戻っているし、以前のように合鍵を使って勝手に入り込むようなことはしていない。
「いろは先輩、ちょっと後で時間いいですか?」
「小町さん? 別に構わないですけど……」
講義もあと一コマというところで先輩の妹の小町さんから声をかけられ、私は若干不審がりながらも誘いを受ける。ここで邪険にして先輩に報告されると後々面倒だし、今日は先輩の都合が悪いので直帰するしかないと思っていたのでちょうどいい暇つぶしになると考えたのもある。もちろん、そんなことは小町さんには言わないし、覚らせるつもりもないので、いつも通りの表情でその後のやり取りを済ませた。
「ねぇいろは、あの後輩って確かあんたの彼氏の妹よね? どうして敬語なの?」
「どうしてだろうね」
特に気にしたこともなかったし、変えようとしてこなかったので私自身は問題にしていなかったのだが、やはり外から見るとおかしいのだろう。高校の後輩でもあり彼氏の妹に対して敬語を使っているというのは。
私だって何回かは変えようとしたこともあるのだが、どうしても小町さんを目の前にすると変に意識して敬語になってしまうのだ。初対面の時には結構軽くいけてたと思うのだが、今ではあんなふうに話すことはできない。
「結衣さんは結構気さくに話してる感じはしたんだけど、あの子ってそんなに怖いわけじゃないんでしょ?」
「ある意味最強かもしれないけど、だれかれ構わずその強さを発揮するわけじゃないからね」
「どういう意味よ」
友人には分からないだろうが、小町さんを怒らせると先輩に報告が行く。そうなると私の立場が危うくなりなりかねない。今でこそ小町さん至上主義ではない先輩ではあるが、あの人はシスコンなのだ。その点は変わっていないので、小町さんに私の行動を改悪されて報告されても信じかねないのだ。そうなると私と先輩との関係にヒビが入るかもしれないのだ。
雪乃先輩や結衣先輩の影におびえながらも先輩のことを想い、その気持ちが漸く届いたというのに小町さんに壊されるなんて御免被りたいので、小町さんへや態度を改めることは先延ばしにしているのだ。
「まぁ、あんたたちが疑問に思ってないのなら、外部の私がとやかく言うことじゃないのかもしれないけどさ。聞いてて疑問に思っただけだから」
「普通はおかしいと思うだろうけども、私と小町さんに限って言えばこれで問題ないから」
「分かった。いろはに思うところがあるんだろうし、これ以上は聞かないでおくわ」
「ありがとう」
若干聞き出したそうな顔をしながらも、友人はそれ以上追及してこなかった。それほど深い仲ではないと思っていたけども、こういうところはありがたいなと素直に思う。今度誰か紹介してあげたいと思ったけども、私はこの子以上に出会いがなかったので気持ちだけ送っておこう。
講義を済ませて小町さんとの待ち合わせ場所に行くと、そこには結衣先輩の姿もあった。
「いろはちゃん、やっはろ~」
「こんにちはです、結衣先輩」
今日は全くの別行動だったので、結衣先輩とはこれが今日最初の挨拶。高校時代から使っている挨拶だから気にしなかったけども、改めて思うと『やっはろ~』って何なんだろうか?
「いろは先輩、お時間ありがとうございます」
「気にしないでください。今日は元々予定もなかったですし」
これは偽りなく本心なので小町さんもこれ以上恐縮しなくて済むだろう。私は具体的な理由は知らないけど、小町さんなら先輩が今日忙しい理由も知っているだろうし、もしかしたら私が手持無沙汰なのを知って誘ってきたのかもしれない。
「それはよかったです。お兄ちゃんはいろいろと忙しくて時間が取れないと言っていたので、いろは先輩の方にアポを取ってしまおうと思っていたので」
「? どういう意味ですか」
なんとなく含みのある表現に訝しみの視線を小町さんに向ける。まるで先輩と私、両方に用事があったけども外堀を埋めてから先輩を巻き込もうとしているような、そんな風に聞こえた。
「簡単に言うと、ウチの両親がもう一度ちゃんと挨拶したいから二人を連れてこいと言っております」
「はぁ……はい!?」
「まぁそんな反応になりますよね」
「あれ? いろはちゃんってヒッキーのご両親に挨拶したんじゃなかったっけ?」
「あの時はウチの両親が社畜っぷりを発揮しまして、一言だけで終わりましたからね。あれは小町も酷いとは思っていたけども、まさかもう一回を求めてくるとは思ってもみませんでしたよ」
言葉だけ取れば小町さんも驚いている感じがするけども、彼女の表情は非常に楽しそうだ。大好きな兄が実家に帰ってくるのと同時に私が困っているのを見て楽しんでいるのだろう。こういうところが見え隠れするから、私は小町さんのことを全面的に信じられないのだろうな。
「もう一回会ってるわけですから、今更緊張することもないでしょうし構いませんよね?」
「いろいろとツッコミたいですけども、そういうのって私に言うんじゃなくて先輩に言うものですよね? どうして先に私に話を持ってきたんですか?」
「だって、兄に言っても邪険にされるでしょうから、まずはいろは先輩を抱き込んでお兄ちゃんの逃げ道を塞ごうとした――なんてことはありませんからね」
「そうなんですね」
裏事情を隠そうともしない小町さんとは対照的に、私はがっくりと肩を落とす。どうやら私が考えていた通りのことを小町さんが考えていたとは。
「いいな~。私もヒッキーのご両親に会ってみたいな」
「結衣さんなら何時でも遊びに来て構いませんよ。あくまでも私の大学の先輩ってことならですけどね。ここでお兄ちゃんの知り合いなんて言ったら、変な勘繰りをされるかもしれませんし」
「高校の同級生なんだし、別にヒッキーとの関係を聞かれても大丈夫だと思うけど」
「高校時代の兄は両親から興味を持たれていなかったですから。その時悪いことをしてたと思われたら大変ですし」
「どうして私とヒッキーが知り合いだと、悪いことをしてたことになるの?」
小町さんの心配は私にもなんとなくわかる。高校時代の先輩の態度を見ていたら、結衣先輩のような美少女が仲良くしてるようには見えないしな。
「あれ? でも結衣先輩って交通事故の件で先輩の両親と会ってるんじゃ」
「あの時はタイミングが悪かったし、ちゃんとお話しするようなふいんきじゃなかったしね」
「結衣先輩、雰囲気です」
「し、知ってるし! 場の空気を和ませようとしてわざとだから」
結衣先輩のことだから素で間違えたんだろうけども、彼女の名誉の為にこれ以上はツッコまないでおこう。本当はサラッと流してあげた方が良かったんだろうけども、本気で間違えてる可能性もあったので一応ツッコミを入れたのだ。
「じゃあ結衣さんは今度の休みにでも遊びに来ますか?」
「いいの? 久しぶりに千葉にも帰ろうかなって思ってたし」
「ゴールデンウィーク以来ですか?」
「だね。まぁ、頻繁に帰る用事もないし」
「結衣さんのお父さんなら、毎週末は帰ってこいとか言いそうですけど」
「ママがなんとかしてくれてるから」
つまりお父さんは結衣先輩に毎週末は帰ってこいと言いたいようだが、お母さんがどうにかしてくれているお陰である程度の自由が確保されているということか……
「どこの家も、娘に対する父親って過保護なんですね」
「いろは先輩のところもいろいろとありそうですね」
「いろはちゃんの今の言葉、かなり実感が籠ってるね」
「まぁ、結衣先輩の家ほどじゃないですけどね」
ウチもかなり過保護だと思っていたけども、やはり上には上がいるのだ。由比ヶ浜家の事情を聞いて、私は少し安心したのだったが、すっかり小町さんの要件を忘れていたことを想いだして再び緊張しだしたのだった。
いろは、再び比企谷家へ