やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
小町さんから急に千葉の実家に遊びに来いと言われた日の夜、私は先輩の部屋を訪れていた。文句を言うためではなく、どうすればいいのか相談するためだ。
「――ということなんですけど、どうすればいいですかね?」
「小町の奴、俺が断るって分かってていろはに言ったな……お袋殿も俺じゃ抱き込めないと見込んで小町を使ってるだろうし……」
先輩と実家との関係は疎遠とまでは言わなくてもだいぶ関係が薄い。これは別に先輩が実家を出ているからではなく、高校時代からの事らしいのでその辺の心配はしなくても大丈夫なのだが、それでも息子の彼女をしっかりと見ておきたいという気持ちはあるようだ。
「だいたいそんな時間取れないってのに……」
「そろそろ夏休みですし、そこで帰ってこいってことなんじゃないですかね?」
「その時期は両親がますます社畜っぷりを発揮する時期だから、それよりも前ってことだろうな」
「あぁ……先輩のご両親ってかなりの社畜っぽいですからね」
自分たちで日にちを指定しておいて、結局仕事を持ち帰ってきて私と対面した時間は五分にも満たない。そんな初対面だったので先輩の両親に対する印象は、かなりの社畜なんだということで固まってしまったのだ。
そんな相手がもう一度私に会いたいとを思ってくれていることはありがたいことなのかもしれないが、また仕事が忙しくてろくに会えないんじゃないかと思うと先輩の気持ちも分からなくはない。今は一分一秒でも多く勉強しておきたいと思っている先輩としては、こんな相談に乗ってる時間ももったいないのだろうな。
「とりあえず俺の方からどうするのか聞いておくから、いろははとりあえずこの件は忘れていいぞ」
「忘れたくても忘れられないと思いますよ……」
仮にも彼氏の両親が私に会いたいと言っているのだ。そんな大事なことを忘れてのうのうと生きていけるほど私の神経は図太くない。いや、か細いとは思っていないけども、そこまで太くもないということだ。
「とりあえず先輩がどうにかしてくれるなら安心ですけど……私だけだと小町さんに押し切られてそのまま日程まで決められそうですし」
「そっちで勝手に決めたって俺が行けるかどうかわからないだろうに……まさか、いろはだけを連れて行くわけじゃないだろうし」
「そんな怖いこと言わないでくださいよ!? さすがに一人で彼氏の実家なんて行けませんからね」
それ以前に一人で千葉までたどり着けるかすら怪しいのだ。たとえ千葉まで行けたとしても、そんなメンタルで先輩の両親と対面したら言わなくても良いことも言ってしまいそうだし。
「とりあえず今、小町にどういう事情なのか聞いてるから」
「ありがとうございます」
どういう事情なのかはなんとなく分かるけども、どうして今更ということなのだろう。先輩としてはあの対面で充分だと思っているのだろうけども、ご両親としてはあれはいただけなかったのだろう。だからやり直したいという思いから誘ってくれているのだとは思う。問題は先輩の状況があの時と今とではだいぶ違うということと、私もできることなら暫くは会わなくても良いかなと思ってしまっているということだ。
あの時だってかなり緊張していて、何を話せばいいのか分からない状況だった。でもご両親が忙しくてまともに会えなかったことで話さなくても済んで良かったと安堵したのだ。そこにもう一度会いたいと言われて、分かりましたと言える人がどれだけいるというのだ。
普通に友人とか知り合いとかならやり直しも良いとは思うが、相手が相手なので快諾するのは難しいと相手も分かっているとは思う。だがこちらから断るのはやはり失礼に当たるだろうから、どうしても先輩を頼らざるを得ないのだ。
「小町から連絡があった」
「なんて言ってます?」
「えっと『最悪お兄ちゃんはこれ無くても良いからいろは先輩だけ実家に案内します』だそうだ」
「それだけは絶対に嫌なので、どうにかしてそちらで日程のすり合わせをお願いします。私はなんとかして合わせますから」
「はぁ……」
先輩としては自分が行かなくても良いということに安心したのだろうが、さっき想像しただけでも震えそうだったことが現実になりそうになり私は慌てて先輩に懇願した。それが効果あったのかは分からないが、先輩は今度はお母さん相手に連絡を取り、どうにか両方が時間を作れる日に会うこととで話がまとまったのだった。
先輩の実家訪問日が近づいてくるにつれて、私の情緒は再びおかしくなってきている。自分で自覚するくらいだから、当然周りの友人にも気づかれている。
「いろは、また何か問題?」
「まぁね……」
「今度はどうしたのよ? まさか、高校の後輩に今更告白され彼氏と板挟み状態とか言わないわよね」
「言わないって……先輩のご両親からもう一度会いたいって誘われてるの」
「あれ? 確か一回顔合わせはしたんじゃなかったっけ? その時もかなり緊張してたっぽいけど、今の方が顔色悪いし」
「あの時はまだどんな人かは知らなかったし、結局仕事が忙しくて数分しか会えなかったからね。だけど今度はしっかりと時間を作ってくれるらしいから前回のようなことにはならないだろうって先輩が」
先輩も先輩で無理矢理時間を作ってくれたのだ。私が失敗して両方の苦労を無駄にしてしまうなんてことになったら、先輩の彼女に相応しくないという烙印を押されてしまうかもしれない。そうなってくると今後に影響してくるかもしれないし、先輩に落胆されるかもしれないなどと考えてしまってここ数日まともに寝れていないのだ。
「でもわざわざ忙しい合間を縫って息子の彼女を見たいって、その先輩って随分と両親に大事にされてるんだ」
「どうだろうね。最初は先輩はいなくても良いからって話だったぽいから」
「何それ。つまりいろは一人で家に来いってこと?」
「小町さんに連れてこさせようとしてたみたい」
小町さんのことは知っているので、それならあり得るかもと一瞬納得した友人だったが、やっぱり違和感があったのか慌てて首を振った。
「いやいや、彼氏の妹に連れていかれて彼氏の実家とか、それってだいぶ辛いことだよね?」
「だから私も慌てて先輩に相談して、どうにかこうにか時間を作ってもらったんだよ」
「彼氏相手にどうにかこうにかって、そんなに忙しい人だったっけ?」
「今は大事な時だからね」
友人には先輩が司法試験を受けることは話していない。だから何が忙しいのかは分かっていないだろうけども、一学年上で色々とあるんだということは分かっているので追及はしてこなかった。
「そういえばこの間、結衣さんがあんたの彼氏の妹と二人で出かけてるとこはみたけど」
「あぁ、あの二人は仲いいからね。この間も結衣先輩が家に遊びに行きたいって言ってたくらいだから」
「兄の同級生を家に招くって、それってどんな感じなんだろうね」
「さぁ。私には分からない感覚だし、たとえ兄がいたとしてもその同級生を家に招くなんてしたくないかな」
「私だって嫌だよ」
とりあえず小町さんの話題でどうにか先輩の事情のことは忘れてもらえたが、今度はその二人の関係に興味を持たれてしまった。
「確か結衣さんもあんたの彼氏のことが好きだったんだよね?」
「歴で言えば私なんかよりも長いと思うよ。あの人は高校入学時から意識してたらしいし」
「まぁ、いくら歴が長くても最終的には選ばれるか選ばれないかでしかないもんね。その点はいろはは気にしなくていいだろうけども、よくそんな相手と付き合い続けられるよね」
「どっちが勝っても恨みっこなしって結衣先輩から言ってきたから」
そもそも私としては、勝てる見込みがないと思っていたから負けたとしても結衣先輩を恨むつもりはなかった。だがこうして先輩と付き合えているのは結衣先輩のお陰でもあるので、私は今後もこの付き合いを断ち切るつもりはないのだ。
忘れられるわけないだろ