やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩のご両親に招かれて先輩の実家を訪問することになり、私は朝から挙動不審になっている。意味もなく先輩の部屋と自分の部屋を行ったり来たりしてみたり、先輩のベッドにもぐりこんでどうにかできないかとあがいてみたりと、自分でもどうにかしてると思う行動ばかりとっているのだ。そんな私を見て先輩は思いっきり呆れている。
「いろは、少しは落ち着いたらどうだ?」
「落ち着けるわけないじゃないですか! 今回は先輩のご両親がしっかりと時間を作って対面するわけですから、この間のようにあっさりと終わるわけじゃないですし、先輩の時間を割いてもらってるわけですから、下手を打つことも出来ないんですから」
「そんな大げさなことじゃないと思うんだがな……お袋殿も親父殿も時間を作ったと言っても大して確保できてないだろうから、顔を合わせたらまたすぐ解散とかだと思うが」
先輩はご両親がそれほど長い時間私を拘束するつもりはないだろうと思っているようだが、私はそう思えない。わざわざ小町さんを使って私だけでも呼び出そうとしていたのだ。そんな短い時間で済ませるようならわざわざそんなことはしないだろうし、そもそも先輩曰く興味の薄い息子の彼女の為にわざわざそんなことをするだろうか。
「ていうか、私結構ラフな格好してるんですけど大丈夫ですか? もっとしっかりとした服装の方が――」
「だから大げさすぎるんだよ。ただたんに顔合わせってだけなんだし、そもそも向こうが呼びつけてのことだ。服装云々なんて気にしないだろ。てか、気にしてたら俺が引く」
「そんなものですか?」
「格式ばったものじゃないんだし、そもそも向こうが興味本位でいろはを呼びつけただけだろうしな。息子はそのおまけだろうし」
「どうして先輩がおまけ扱いなんですかね……普通、私がおまけなんじゃ」
息子の彼女が見たいという気持ちは分からなくはないけども、その場合普通は息子ありきで呼ぶものではないのだろうか。それなのに今回、先輩はあくまでもおまけ扱いで私一人でも問題ないなんておかしいではないか。そんな疑問が何回も私の中に浮かんでは消えて行っている。
「あくまでも小町の先輩が俺の彼女って考えなんじゃないのか? だから小町経由でいろはを家に招こうとしてるのかもしれないし」
「先輩のご両親って、どれだけ先輩に興味ないんですか……」
「屁理屈ばっかこねくり回してどうにかこうにか興味を惹かれないようにしてたからな。その結果だ」
「なんとなく理解できました」
高校時代の先輩は屁理屈と人の嫌がるような箇所を突いて問題を解消していたから、ご両親相手にも似たようなことをして興味を惹かれないようにしていたのだろう。実際先輩の活躍のお陰で問題の大半は解消されていたし、被害を受けたと言えるのは先輩一人だっただろう。まぁ、その先輩が傷つくのを見て嫌な思いをした人も数人いたので、ある意味その人も被害者と言えるのかもだが。
そんな風に自己犠牲を厭わない――と言えば聞こえはいいが、実際は解決できないのなら解消してしまえばいいという後ろめいた考え方をする人だからこそできたことだ。それがご両親相手にも使えていたとは驚きである。
「そもそも親父殿は小町に期待しまくってるからな。俺なんか期待するだけ無駄だとか思ってるのかもしれないし」
「それで小町さんが先輩に文句を言っているんですね」
「そもそもあることないこと吹聴していたのは小町だからな。ある意味自業自得の結果なのだが」
小町さんが先輩の行動を報告していたようで、先輩の言動はご両親の耳にも入っているらしい。しかしあの小町さんが一から十まで正確に伝えるかと問われれば、多少の脚色や嘘が混じっていると言われた方が納得できる。その結果ご両親が先輩に向けていたはずの期待の全てが小町さんに向いたとしたら、本当に自業自得だ。先輩に文句を言うのは間違っているだろう。
「さて、そろそろ千葉に向かわないと面倒になりそうだ。できることなら行きたくないが」
「先輩がそれを言わないでくださいよ……私だってできることなら行きたくないんですから」
「いっそのこと行かないってことで良いか?」
「良いわけないでしょうが……」
先輩はそれで良いかもしれないけど、私はそんなこと出来ない。もしここで行かないという選択をしたら、先輩のご両親の中の私は約束も守れない女ということになるだろう。そんな女に息子を渡せないという感情が芽生えたら大変なのだ。
「仕方ない、面倒だけど行くか」
「しっかりとエスコートお願いします」
「大げさな」
「それくらいの気持ちじゃないとダメですからね?」
「はいはい」
軽くあしらわれたけど、駅までの道中先輩はしっかりと私を守ってくれていた。周りには分からない程度なのだが、私にはしっかりと先輩に守られているという安心感があり、さっきまでの鬱屈とした気持ちが少し晴れたのだった。
千葉に到着し、先輩の実家の最寄り駅で降りると、小町さんが満面の笑みでこちらに向かってくる。あの姿だけ見ると本当に可愛らしいのだが、中身を知っていると素直に可愛いと形容したくなくなるのだ。
「お義姉ちゃん、お待ちしておりました。お兄ちゃんもやっほー」
「よ。それで、親父殿とお袋殿は家なのか?」
「今回はちゃんと家にいるから安心して。小町はお兄ちゃんたちが逃げ出さないように迎えに出されたくらいには本気でいろは先輩との対面を望んでるんだから」
「ここまで来て逃げ出さねぇっての……」
先輩の予想は外れたようで、ご両親はしっかりとこの日の為に時間を確保しているようだ。それが嘘ではないことは小町さんの表情を見れば理解できる。私の顔を見てニヤニヤするような同情するような、そんな表情をしているから。
「それにしてもいろは先輩に興味を持つなんて、そんなにお兄ちゃんの彼女って意外なのかな?」
「二人の中では俺は高校時代で止まってるからじゃねぇの? あのいい加減で屁理屈ばかりで後ろ向きな俺の彼女がどんななのかって」
「それを自覚しててアレだったんだから、ほんと高校時代のお兄ちゃんはゴミいちゃんだったよね」
「俺ほど不真面目に真面目に取り組んでた生徒はいなかったと思うがな」
「そういうところだよ」
兄妹の会話を他所に、私は既に落ち着きを失いつつある。明らかに挙動不審とまではいかなくとも、視線があちこちに飛んでいたり、頓珍漢なことを言い出しそうなところを寸でのところで踏みとどまったりと。
「いろは先輩、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫」
「明らかに大丈夫じゃなさそうな顔色ですけど、別に取って食べられるわけじゃないので」
「そんな心配をしなきゃいけない相手ってどんなのだよ」
「うーん……雪乃さんのお母さんとか?」
「そりゃ覚悟が必要な相手だな」
雪乃先輩のお母さんと対峙したことがある先輩だからこそ重みのある言葉だが、小町さんはあの人に会ったことがあるのだろうか?
「お兄ちゃんがなんとかしたってのは結衣さんから聞いてるけど、本当に強そうな相手なんでしょ? よく勝てたよね」
「普通の高校生なら勝てなかっただろうが、俺が『比企谷八幡』だったからどうにかできたんだ」
「? あー、そういうことね」
「別に今更あの事故のことをどうこう言うつもりはなかったし、言ったところで既に示談で済んでいる問題だ。向こうとしてもそれほど気にすることはなかったのかもしれない。だが体裁を気にする家柄の人間だったからこそ、俺相手に強気に出れなかったってことだ」
「ほんと、そういうところを突くのが上手いよね」
「微妙に褒めてない褒め言葉どうも」
そんな会話をしながらも実家への道を迷いなく進んでいく比企谷兄妹。その後ろを少し遅れながらも付いていく私の顔色は、恐らく悪いんだろうな。
八幡はいろいろと褒めにくいからな