やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩の実家から駅までの道中、私は小町さんにいろいろなことを聞かれていた。先輩とはどこまで行ったとか、将来的には本当に義姉になるつもりがあるのかとか、私としては答えにくいことばかり聞かれていたので先輩に助けを求めたかったのだが、先輩は我関せずを貫き通しておりこちらには一切視線を向けてこない。なんとも薄情な彼氏だと思うが、逆の立場だったら私だって藪蛇を突くなんて御免だ。つまりは先輩と同じような反応をしていただろう。
「それにしてもまさかウチの両親がいろは先輩を脅して付き合っていると思っていたとは小町も驚きですよ」
「先輩ってどれだけご両親に信じられていないんですか」
「さっきも言っただろ。そもそも殆ど顔を合わせてなかったんだ。入学式の事故以降俺は無鉄砲で自分のことは後回しで自堕落で怠惰な人間だと思われ続けてたからな」
「それなのに呼び出しがなかったのが小町的には驚きだけどね」
「自分一人で解決できる範囲でしか迷惑はかけてこなかったからな。間違っても両親を巻き込むような問題は起こさないようにしていたから」
その辺りの分別はしっかりとしていたようで、先輩は少し自慢げに語っているが、小町さんの視線は冷ややかだ。
「自慢するようなことじゃないでしょ。ていうか、小町的にはお兄ちゃんが泥を被ってまで守らなければいけないようなことじゃないと思うんだけどな。葉山先輩のグループの問題とか、文化祭の成功とか。お兄ちゃん一人の犠牲でどうにかしなきゃいけないことじゃなかったでしょ? てか、お兄ちゃん一人の犠牲でどうにかなってるのがおかしいんだって」
「確かにそうですね。葉山先輩の問題は先輩には一切関係なかったことですし、文化祭の問題だって他にも運営委員はいたわけですし、どうして先輩が問題解消に奔走しなければいけなかったんですか?」
葉山先輩の問題はおおよその見当はつくが、文化祭の方は皆目見当もつかない。噂に聞いた程度だが、ハルさん先輩が焚き付けて雪乃先輩が抱え込みダウン。挙句の果てには委員長の相模先輩がサボりにサボって委員会は空中分解寸前だったとか。そこでどうして先輩が委員会を一つにまとめるために敵役を買って出たのかが分からない。当時なら雪乃先輩に恋心でもあったんじゃないかと邪推したところだが、今となってはその理由では説明がつかないことを知っている。
「どうしてだったかな。昔のことは覚えてないな」
「そうやって誤魔化す。あの時だってお兄ちゃん一人が恨まれるなんておかしいって誰も思わなかったの?」
「いや、戸塚とか戸塚とか戸塚とか」
「あーはいはい。戸塚さんはお兄ちゃんの事情を知ってたんだね」
小町さんに軽くあしらわれたが、戸塚先輩以外の人は誰も疑問に思わなかったのだろうか? 文化祭が失敗しなかったのは先輩の犠牲のお陰で、恨まれるのは筋違いだということに。
「そもそも教師の仕事だと思うんだよね、そういうのは。自主性を重んじるって言えば聞こえが良いのかもしれないけど、要するに無責任だってことでしょ? 委員会にだって担当顧問とかいただろうし、そもそも当時の生徒会長だって何もしなかったんだよね?」
「城廻先輩は結構頑張ってた方だと思うがな。まぁ、相模に注意できなかったという点では誰も何もしなかったわけだが」
「その後お兄ちゃんを責めていたわけでしょ? 自分の無能を棚に上げて酷い話だよね。今更ながら腹立たしくなってきたよ」
「誰だって自分が一番かわいいに決まってるだろ。責められると分かっていて自分も悪いなんて言い出せるわけないだろ。ましてや自分から敵役を買って出た阿呆がいるのに」
「それが分かっていて避難してる連中はお兄ちゃん以下だってことを言いたいの、小町は! 雪乃さんだって結衣さんだって事情を知っていてお兄ちゃんを非難してたわけだし、今更ながら小町は我慢の限界を迎えそうだよ」
「今更過ぎるだろ」
小町さんを軽く小突いて先輩はこの話題を終わらせた――というより、駅に着いたのでこれ以上の問答は出来なくなったと言うべきか。
「兎に角お兄ちゃん」
「なんだ?」
「くれぐれもいろはお義姉ちゃんを悲しませるようなことはしないようにね」
「肝に銘じておく」
「お義姉ちゃんも、何か不審な動きを感じ取ったら小町に相談してくださいね。すぐにゴミいちゃんを詰問しますから」
「分かりました」
小町さんのことだから詰問どころか訊問になりそうな勢いだが、小町さん相手なら先輩も隠し事はしにくいだろう。まぁ、先輩が隠し事をしようとしてもすぐに分かるでしょうけども。何せ明らかに挙動不審になるから。
「それじゃあいろはお義姉ちゃん、また大学で」
「はい、またです」
「ついでにお兄ちゃんも」
「はいはい、小町も両親に迷惑かけるなよ」
「お兄ちゃんに言われたくはないよ」
小町さんの返答に軽く肩を竦めてから、先輩は私の手を取って改札へ向かう。あまりにも自然な動きに一瞬反応できなかったが、私も小町さんに一礼しながら先輩の後に続いたのだった。
先輩のご両親に認めてもらってからというもの、私は以前より堂々と先輩の部屋に入り浸ることが出来ている。もちろん、先輩の勉強の邪魔にならない程度ではあるが、それでも一時期よりかは頻繁に部屋を訪れているだろう。
「せーんぱい」
「なんだ?」
「先輩の誕生日って何時でしたっけ?」
「八月八日」
「夏休み真っ只中ですね。ひょっとして先輩って友達に誕生日を祝われたことないんじゃないですか?」
「そもそも俺には友達がいないからな。戸塚からお祝いメッセージがくるくらいだ」
「寂しい人生を送ってきたんですね」
最初から知っていたし、先輩が友達に祝われたいとか思っていないことも知っている。だがあえて確認したのは、私が先輩の誕生日を忘れていないというアピールと、その日は時間を作ってほしいという遠回しなお願いだ。
「そもそも誰かに祝われたいと思ったこともないからな。自分にとっては大切な日かもしれないけど、他の人間には365分の1日でしかないわけだし。そもそも生まれた日が大切な日かどうかなんてその人によるだろ」
「相変わらず捻くれてますね。今年は可愛い彼女が盛大にお祝いしてあげますから」
「期待しないで待ってる」
「そこは期待してくださいよ!」
相変わらずの捻デレ回答に思わずツッコミを入れてしまう。先輩ならこう返答するだろうって分かっていてもなおツッコミたかったのだ。
「期待ってお前、何をするつもりなんだよ」
「それを言っちゃ意味がないじゃないですか。当日のお楽しみってやつですよ」
「サプライズを予告されて、どうやって驚けって言うんだよ」
「内容は言いませんから、精々当日まで悶々としていてください。間違っても私自身がプレゼントなんて寒い展開にはならないので変な期待はしないでくださいね?」
少しくらいは期待してほしいと思う反面、そんなことをすれば先輩に冷めた目で見られることは分かっているので早めに否定しておく。先輩もそんなことは期待していなかったようだし、軽く肩を竦めるだけでそれ以上は何も言ってこない。
「てか、俺の誕生日の前に試験があるだろうが。いろはは問題ないのか?」
「ヤバいものはないですし、精々レポートの提出が面倒かなーってくらいですよ。結衣先輩みたいに慌てることもないですし」
「まぁ普通はそうだよな」
「先輩は問題ないんでしょうね」
「最低限は講義中に理解してるからな。後は応用問題とかに引っかからなければ問題ないだろ」
「常に人を疑って生きている先輩が引っ掛け問題程度に騙されるとは思いませんけどね」
「違いない」
とても恋人同士の会話には聞こえないだろうけども、私と先輩にとってはこれで良いのだ。下手に意識すると会話どころではないので、これくらいで妥協しておかないとまたおかしなことになるから。
祝われても困るだけだとおもうけどな