やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩の手厚い看病のお陰で、ようやくまともに動けるようになった私は、今日一日様子を見て明日から復帰することにしようと考え、今日は先輩にお礼の意味を込めてお昼ご飯を用意すると申し出た。
「いや、そんなことして欲しくて看病したわけじゃないんだが……」
「先輩が下心で私に優しくしてくれたわけではないって理解していますけど、何もお礼をしないのは私が納得できませんので」
私が強く申し出ると、先輩もさすがに拒否し続けるのは難しいと思ったのだろう。素直に部屋に上げてくれた。
「お邪魔します」
「こっちで作るのか?」
「先輩の部屋の方が調理器具揃ってますし」
引っ越してきてすぐ風邪をひいたということを差し引いても、私の部屋より先輩の部屋の方が調理に向いている。器具の数もそうだが、それ以外にもいろいろと……
「(この調味料、見たことないな……)」
「まぁ、あるものは自由に使って良いから」
「あれ? 先輩はどこかにお出かけですか?」
「ちょっと買い足しておきたいものがあったから出かけようと思ってたんだが、そこにお前が来たというわけだ」
「それじゃあ私も一緒に行きますよ」
「え……」
「なんですかその、嫌そうな顔と声は」
あからさまな態度に、私は頬を膨らませて先輩に詰め寄る。また「あざとい」と言われそうな行為だが、今の反応はさすがの私でも傷つく。
「だってお前、荷物持ちにもならないだろうし、目利きができるとも思えないし」
「……精神的潤いで同行しちゃダメですか?」
「まだ万全じゃないんだから、家で大人しくしてろ」
上目遣いも何のその、先輩は私の攻撃をあっさりと撃退して買い物に出かけてしまう。ただここは先輩の部屋で、私一人を残していくのは少しおかしいような気がしてきた。
「……あれ? これって先輩の普段の生活をしるチャンスなのでは?」
私の視線が先輩の部屋のクローゼットやお風呂場に向き、私は慌てて身体ごとキッチンへと向き直す。これではまるで、私が変態なようではないか。
「まったく先輩は……可愛い後輩を一人自分の部屋に残すなんて……まるで恋人みたいじゃないですか」
私と先輩の関係が恋人なら、このシチュエーションは無くはないかもしれないが、あくまでも私たちは同じ高校の先輩後輩でしかない。ただの後輩を自分の部屋に一人残すだなんて、先輩は何を考えているのだろうか。
「まぁ、さっき先輩が自分で言っていたように、私の体調を気遣ってくれているだけなんだろうけども」
まるでお母さんに注意されたかと錯覚するような指摘で、思わず言い返せなかったし、確かに私は今日一日出かけるつもりはなかった。先輩が出かけると言い出さなければ、私も出かけたいとは思わなかっただろう。
「とりあえず先輩が帰ってくる前に調理を終わらせちゃおう。病み上がりだから、あまり胃に重たいものは避けてっと」
先輩は男性だからあまりこういう料理は嬉しくないかもしれないけど、私は胃に優しくヘルシーなメニューをチョイスし、先輩の冷蔵庫を開けて中を物色する。
「うわっ、先輩の冷蔵庫凄い……」
ストックが私の部屋とは比べ物にならないくらいで、私は思わずそう呟く。イメージ的には先輩の冷蔵庫はスカスカで、毎日必要な分しか買ってこない感じだったのだが、やはり高校時代とは違うのか……
「とりあえずお魚を焼いて、その間にご飯を用意してっと」
アジの干物があったのでそれを焼いて解し、ご飯の上に乗せてお茶を掛ける。後は先輩は野菜を摂るように心掛けているようだったので、簡単なサラダを作ってっと……
「これ、主菜がないような気も……」
お茶漬けなのでおかずは必要ないかもしれないが、何となくこれを乙女の手料理と言って良いのかという疑問が頭を過る。
「作れないことはないんだけど、病み上がりで食べたいって感じでもないし……そもそももうお茶漬けの準備はできちゃったし……」
無計画で調理を進めていた自分に絶望しながら、私は仕方ないと思い主菜は諦めて先輩が帰ってくるのを待つ。帰ってくるまで自分の部屋で待機しようかとも思ったけども、無駄に心配させるのも悪いと思い素直に先輩の部屋で先輩を待つ事にしたのだが、急な睡魔に襲われて私はダイニングで横になるのだった。
人の気配を感じて目を開くと、先輩が私にタオルケットを掛けてくれたところだったようだ。私が起きたことに気づいたのか、先輩は少しバツの悪そうな表情をしている。
「起こしちまったか?」
「いえ、ずっと寝顔を見られるよりかはマシですから」
「悪かったな」
心からそう思っている感じではない謝罪だが、私はそこに抗議することはしない。寝顔など、看病されている時に見られているのだし、今更文句を言うことでもないと感じたからだ。
「それより、私どのくらい寝てました?」
「さぁ? 俺も今帰ってきて、お前が寝てたからタオルケットを掛けただけだし」
先輩にそう言われ、私は時計を見て安堵する。どうやら十分くらいしか寝ていないらしいと分かったからである。
「それで、一色が作ってくれたのってこのアジ茶漬けか?」
「本当はもっとちゃんとした料理も作れるんですけど、胃に優しい方が良いかなって思いまして」
「まぁ、病み上がりだしな」
先輩は文句を言うこと無く私が用意したお茶漬けを食べてくれた。当たり前のことだが、男性の先輩の方が女である私よりも食べるスピードが速く、一緒に食事といっても半分くらいは私が食べているところを先輩に見られているような気がして、何となく居心地が悪い。
「先輩ってなにか運動をしているわけじゃないのに、どうしてそんなに細いんですか?」
「なんだいきなり……」
「だって、女子にはずっとその悩みが付き纏うんですよ? 太ったらどうしようとか、太いって思われてるんじゃないかって」
「何となく聞いたことがあるが、そんなに気にすることか? 一色くらいなら特に問題なさそうだが。むしろそれ以上細かったら心配するかもしれない」
「そうなんですか? もう少し痩せたいって思ってたんですけど」
「女子ってそんなに細い方が良いって思ってるのか? 別に男の全員が細い人が好きってわけじゃないんだが」
それは私も知っているし、他の部分でもそれが当てはまるのも分かっているが、女子は細くて大きい方が良いと思ってしまうのだ。具体的な例を挙げるなら、雪ノ下先輩が結衣先輩の胸部を羨んでいるような感じだ。
「まぁそんなことは置いておくとしても、先輩の細さの秘密は気になります。高校時代から何もしてない感じだったのに」
「何もしてないとは失礼だな。俺は何もしないことに全力だったぞ」
「何ですかその理屈は。とにかく、教えてください」
「これと言ったことはしてないんだが……戸塚の練習相手をやってるくらいだぞ」
「あぁ、言ってましたね」
先輩はテニスサークルに入っているわけではないが、戸塚先輩の練習に付き合ったりしているらしい。それだけ先輩が上手で、戸塚先輩の相手が務まるくらいのレベルを有しているのだということなのだろう。
「後は材木座や玉縄のわけわからない話を聞かされて、精神的に参ってるくらいだぞ」
「それは痩せそうですね……」
精神的苦痛ダイエットなんて、斬新すぎて私には真似できない……というか、真似したくないです。だが先輩の体型維持の秘訣は何となく分かったので、私はそれ以上その話題を引っ張ることは避けようと思い、別の話題をふった。
「そういえばこの間先輩と一緒にいた中学生、先輩が高校時代ボッチだったこと知ってるんですか?」
「教える必要ないだろ」
「でもボッチが家庭教師じゃ、何となく気まずくないですか? 変な妄想されるんじゃないかって」
「どんな偏見だ。仕事として教えてるんだから、変な妄想なんてするわけ無いだろ」
「……変なところで真面目ですよね、先輩って」
「なんなんだよ……」
前に年下好きだって聞いたことがあるので、もしかしたらあの子も恋愛対象なのではないかと探ってみただけなのだが、先輩の真面目さを改めて知らしめられるだけで終わってしまった。
「ご馳走様でした。片付けも私がしますね」
「あぁ、頼む」
「はーい」
「なんだそのテンションは……」
「可愛い彼女を演じてみたのに、反応鈍いですね」
「いや、いきなりそんなことされてもこんな反応くらいしかできないと思うぞ? というか、お前のそれはあざといから」
「なんですとー!」
恥ずかしくなって何時も通りの反応を見せてしまったが、先輩は特に気にした様子も無く「あざとい、あざとい」と繰り返してパソコンの電源を入れて作業を始めてしまった。邪魔したら悪いので私は片づけを終えたら黙ってお茶を淹れて先輩の作業を眺めていたのだった――帰らなかったのは、何となく先輩の作業を見たかったからで、下心からではない。きっと、多分、恐らく……
あざと可愛いなコイツ