やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
戸塚先輩に付き合ってもらえたお陰で私は他の男性客に怯えることなく買い物を済ませることが出来た。途中戸塚先輩に恐怖心を抱きかけたが、この人が本気で先輩のことを心配してくれているからこその憤怒だったので本格的に怯えることはなかった。
「戸塚先輩、今日は付き合ってくれてありがとうございました」
「気にしないで。僕の方こそ今日は少し怯えさせちゃったかもしれないし」
「あれは戸塚先輩が先輩のことを本気で心配してたからだって、ちゃんと分かってますから」
上辺だけの付き合いだったならばあそこまで他人を心配することはしないだろう。だが戸塚先輩は先輩のことを上辺だけではなく本気で思っている人だからだと指摘すると、戸塚先輩は恥ずかしそうに頬を掻く。
「僕が八幡のことを本気で思っているのは、八幡が本気で僕のことを考えてくれたからだよ」
「テニス部の件ですか? でもあれだって根本的な解決には――」
「そうじゃないよ。僕はこんな見た目だから、どれだけ本気で怒ってても本気だと受け取ってもらえなかった。僕みたいな人が本気になっても仕方ないってあきらめかけてた時に八幡が相談に乗ってくれて、それで葉山君たちにも勝てるって証明してくれたお陰で、僕は残りの時間を本気でテニスと向き合えたし、こうして大学でもテニスを続けようって思えたから」
確か戸塚先輩の特訓に奉仕部が付き合うことになり、それを遊びだと勘違いした葉山先輩グループが乱入しようとしたところを先輩と雪乃先輩ペアが――厳密には先輩があの時間に吹く風を利用してだが――なんとかしたんだっけ。
「どうしても遊んでるようにしか思われなかった僕が、あの日を境に本気でテニスに向き合ってるって思ってもらえるようになった。それは僕だけの力じゃ絶対に無理だったことだから」
「でも先輩は絶対に戸塚先輩の力だって言うでしょうね」
あの人は自分の功績を認めようとはしない。自分はあくまでも魚の釣り方を教えただけで、釣り上げたのは本人だと言い張るだろう。奉仕部の理念としては先輩の考え方で合っているのだろうが、少しくらいは自分の功績を誇ってもいいのではないかと時々思ってしまう。ただでさえ功罪の方が目立っているのだから。
「だから僕は何があっても八幡の味方であろうって決めてるんだ。奉仕部が空中分解した時だって、八幡は自分がいなくなればなんて言ってたから『それは違う』って言えたんだよ」
「先輩が考えそうなことですね」
自分が悪者になってその場は解決、それが先輩の解消方法だったから。それが現実のものにならなかったのは戸塚先輩の存在があったからなのだろう。
「戸塚先輩」
「なにかな?」
「これからも先輩の――八幡さんのよき理解者でいてあげてください。私一人じゃあの人の支えにはなれないでしょうけども、戸塚先輩がいてくれたらなんとかなるでしょうから」
「言われなくてもだよ。それに、一色さんが八幡を傷つけるようなら、容赦なく排除するかもしれないし」
「……その笑顔は怖いです」
ただでさえ中性的で魅力的な笑みを浮かべる戸塚先輩が蠱惑的な笑みを浮かべたので、私の顔は思いっきり引きつっている。見方によっては蠱惑的でも、裏があるような笑みなんて私以外使う人を見たことがなかったから。
「まぁ、八幡が選んだ相手だから大丈夫だとは思ってるし、一色さんも高校時代から八幡を知ってるから、八幡がああいう人だってことも知ってるだろうしね」
「もちろんです。ああいう人だからこそ、私は好きになったわけですから」
「御馳走様」
惚気られたと思ったのか、今度は戸塚先輩が頬を引きつらせている。私としては惚気たつもりなど全くないのだが、聞きようによっては惚気だと思われても仕方がない言い方だったかもしれない。
「それじゃあ一色さん、僕はここで」
「はい、ありがとうございました」
戸塚先輩の住まいはこことは違う駅が最寄なので、戸塚先輩とはここまで。わざわざ自分の最寄り駅を通過して私のことを駅まで送ってくれる辺り、やはり戸塚先輩は紳士なのだろう。見た目の所為で紳士とは思われにくいのがあの人の欠点なのかもしれないが。
「さて、ここから一人で家まで――」
「遅かったな」
「先輩っ!?」
改札を出て独り言ちていたところに声をかけられたので、私の声はここ最近で一番ひっくり返っていた。まさか先輩が現れるとは思っていなかったから。
「戸塚から連絡を貰ってたから迎えに来ただけだ」
「さすが戸塚先輩……抜かりがないですね」
さすがに部屋まで送るわけにはいかないが、私の体質を考えたら一人にするのは避けた方がいい。その解決策として先輩を召喚するとは。
「でも先輩、勉強の方は良いんですか?」
「三十分かからない時間も惜しいようじゃ、今後が思い遣られるだろ。それに、少し脳を休ませるのは効率を上げるのにいいからな」
「素直じゃないですね」
素直に私が心配だからと言ってくれないのが先輩らしいと、私は私らしく返して笑う。先輩も自覚しているのか引きつった笑みを浮かべつつ、私の手を取って家路を進みだす。あまりにも自然だったので反応が遅れたが、私もしっかりと先輩の手を握り返して先輩の後に続いたのだった。
先輩の誕生日前日、私は結衣さんに呼び出されて大学近くのカフェに来ている。
「ねぇいろはちゃん。私もヒッキーの誕生日を祝っても良いかな?」
「別にいいんじゃないですか? てか、どうしてそんなことを私に聞くんですか?」
友人の誕生日を祝うのに許可など必要ないだろうと思っていたのだが、どうやら結衣先輩は別のことを気にしてたようだ。
「だってほら、私は一応ヒッキーのことがまだ好きだからさ。他の女が彼氏の誕生日を祝おうとしてるのって、彼女的にどうなのかなって思って」
「結衣先輩が私から先輩を奪おうと考えているならお断りですけど、結衣先輩はそんなことしませんよね?」
「うん。ヒッキーといろはちゃんは本当にお互いが好きだって知ってるから」
はっきりと言われるとこっぱずかしいのだが、結衣先輩の良いところは裏表なく物事を言えることだろう。
「私が割って入る余地なんてないくらい、ヒッキーといろはちゃんは恋人として過ごしてるから、私がお祝いしても良いのかなって心配してただけだよ」
「そもそも先輩の友人関係に口を挿むつもりはないですから。友人としてお祝いする分には私に何かを言う権利はありませんよ」
ただでさえ友人が少ない先輩だ。そこに私が睨みを利かせたらますます友人が減ってしまう。もちろん、結衣先輩が泥棒猫のようなことをしようとしてたなら別だが。
「それじゃあ明日、彩ちゃんと二人でヒッキーの部屋に行くから」
「戸塚先輩も?」
この間会った時はそんな話してなかったのだが、よくよく考えれば戸塚先輩も先輩の誕生日プレゼントを選んでいたんだから当然か。私は自分の考えの至らなさに辟易しながら結衣先輩に続きを促す。
「小町ちゃんも来るそうだけど、いろはちゃんもヒッキーの部屋にいるでしょ? 久しぶりにいっぱいお喋りしようよ」
「先輩がどう思うかは兎も角として、面白そうですね」
本音を言えば小町さんがいるのはちょっと居心地が悪いが、久しぶりにゆっくりお話しできるのは私としてもありがたい。先輩から無理しなくていいとは言われているが、出来る限り邪魔をしないようにしているので先輩との時間が減っているのも事実。誕生日という免罪符を盾に先輩との時間を確保できるのなら周りを巻き込んででも確保したい。
「それじゃあまた明日」
「はい、また明日です」
結衣先輩と別れて、私は少しウキウキしながら家に帰る。本当なら先輩の部屋に行きたいところだが、この間先輩の時間を奪ってしまった手前、これ以上邪魔をしないよう最小限しか先輩と一緒にいないようにしているのだ。明日先輩の時間を奪うと決めた以上、今日は我慢しよう。
いろはも我慢出来て偉い