やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩の誕生日当日。私は朝から先輩の部屋に入り浸りたかったのだが、先輩の方に用事があったため今は自分の部屋にいる。
「まさかお兄ちゃんが出かけてるとは思いませんでしたよ」
「当たり前のように私の部屋に入ってくるの、やめてくれませんかね?」
一人でのんびりするつもりだったのだが、小町さんが朝から私の部屋にいるのだ。正確には先輩の部屋に行こうとして不在だったので私の部屋で時間を潰してるだけなのだが。
「だってお兄ちゃんの部屋でのんびりしようと思っても鍵がありませんし。お母さんに聞いても必要ないだろの一言ですし、もう一つの合鍵はお義姉ちゃんが持ってるわけですし」
「その呼び方ってもう確定なんですか?」
なんともこっぱずかしい呼び方なので、人がいる時はやめてほしいとお願いしているから外ではあまり呼ばれないけど、二人きりの時とか先輩の前とかではこの呼び方で呼ばれることが多い。昔からお義姉ちゃん候補とか言っていた人だからどこまで本気なのか疑わしいが、少なくとも私が一番小町さんの義姉に近いのは間違いないだろう。
「私としてはいろはお義姉ちゃんには敬語ではなく普通に話してほしいですし、もっと義姉妹のスキンシップもしていきたいところなんですけどね」
「私にとって小町さんは高校の後輩であり先輩の妹って感じですからね。最初の印象が強すぎてできることなら距離を取りたい相手だったので」
「酷くないですかね? まぁ、あの時の小町は結構ずばずばと物事を言っていた自覚はありましたから苦手意識を持たれても仕方なかったかもしれませんけど」
「ある意味先輩以上にヤバい人だと思いましたよ」
初対面の私相手に屑だと言ってみたり、先輩のことを蔑んでみたりと、あの時小町さんの為人をよく知らなかったことも相まって、交流を持たないようにしようと思ったのだ。だから未だに他人行儀っぽい話し方をしてしまっているのだが、小町さんの言う通り彼氏の妹なのだからもう少し砕けた喋り方をしても良いのかもしれない。
「結衣さんみたいな喋り方をしてくれたら嬉しいんですけどね」
「結衣先輩のような喋り方を私がしたらどう思います?」
「具合が悪いんじゃないかって疑いますね。もしくは何か企んでいるとか」
「ある意味結衣先輩に失礼な言い草をしてますよね」
「そうですかね? 結衣さんの場合は天然でやってるから何も疑いませんけど、いろは先輩はほら、腹黒ですから」
「小町さんだけには言われたくないです」
私だって自分のお腹が真っ黒だって自覚はしているし、先輩にも散々言われているのでここ最近は自重している。それに小町さんだって人のことを言えないくらい腹黒だと思っているので、今の言葉は本心から出たものである。
「小町はそんなに黒くないですよ? まぁ、使えるものは親だろうが兄だろうが容赦なく使いますけど」
「そういうことは思っててもなかなかはっきり言わないものだと思いますけど?」
「そうですかね? 小町は両親にもお兄ちゃんにも言ったことありますけど」
「……どんな反応をされました?」
「特にこれと言って不思議なリアクションはされませんでしたよ? 『実に小町らしい』って言われたくらいですね」
「あぁ……」
先輩もご両親も小町さんの性格を知っているからその程度の反応で済んだのだろう。普通なら聞き返すかドン引きするかのどちらかだと思うのだが。まぁ、それだけ小町さんという存在を理解しているということにしておこう。
「あっ、そういえば結衣さんを呼んでたんでした。そろそろ来ると思いますよ」
「勝手に人の部屋に他人を招かないでくださいよ」
「まぁまぁ、本当ならお兄ちゃんの部屋に招いたんですからセーフですよ」
「結局自分の部屋じゃないからアウトじゃないですかね?」
「お兄ちゃんの部屋は小町の部屋だと言っても過言ではないですからセーフ判定です」
なんというジャイアニズムだろうか。まぁ小町さんに甘々な先輩のことだから、勝手に結衣さんを招いたとしても軽く叱るだけで終わっていただろうけど。
「ところでお義姉ちゃん」
「何です?」
「兄の用事って何なんですかね?」
「はぁ? 小町さんは何も聞いてないんですか?」
「知るわけないじゃないですか。お兄ちゃんの用事なんて、小町にはこれっぽっちも興味がないことですから」
「うわぁ……」
まるで高校時代の自分を見ているような小町さんの反応に、私は思わず引いてしまった。そりゃ興味がないかもしれないが、訪ねる相手が在宅しているかどうかの確認くらいはするものではないだろうか。それとも、先輩なら常に在宅しているだろうと思い込んでいたのだろうか。
「先輩はゼミの集まりで午前中は大学に顔を出して、そこから家庭教師のバイトに行くから帰ってくるのは夕方以降だって言ってました」
「それで戸塚さんを誘ってもあとで合流するって返事だったんですね。戸塚さんなら兄の予定を知っていても不思議じゃないですし」
「じゃあなんで戸塚先輩に聞かなかったんですか」
「戸塚さんが用事があるんだと思ったので」
相変わらず先輩に対する対応が雑な小町さんを見て、私は思わず肩を落とす。さっきの話ではないが、こういう態度を堂々と見せてくるからなるべく距離を取りたいと思ってしまうのだろう。私が小町さん相手に砕けた話し方をするのは、まだまだ先の話になるだろう。
結衣先輩も私の部屋にやってきて、仕方がないので私が三人分の昼食を用意することに。結衣先輩は兎も角として、小町さんは料理上手だったはずなのに手伝ってくれる様子もない。
「いろはちゃん、何か手伝おうか?」
「大丈夫です。結衣先輩はゆっくりしててください」
「そう? 急に遊びに来ちゃったからそれくらいは私がやりたいんだけど」
「まぁまぁ結衣さん。いろは先輩がこう言ってるわけですし私たちはゆっくりしてましょうよ」
小町さんには言っていないのだが、ここで余計なことを言えば結衣先輩を大人しくさせることが難しくなってしまうだろう。高校時代から多少なりとも進歩しているとはいえ、結衣先輩の家事スキルは他人に披露できるほどではないはずだ。何せ一人暮らしを始めたのにご両親からできることならキッチンに立つなと言われているらしいので。
「小町ちゃんは結局一人暮らしは出来ないの?」
「小町としてはしたいんですけどお父さんが断固反対らしくて……年頃の娘が一人暮らしなんかしたら何をするか分からないとかなんとか言ってるってお母さんが」
「どこの家もパパが反対するんだね」
「そういえば結衣さんの家もお父さんが反対してたんですよね? よく一人暮らし出来てますね」
「ママが援護射撃してくれたからだよ。前にも言ったかもだけど」
「聞いた気もします。それでも相当説得に苦労したんじゃないですか?」
「今でも長期休暇の時は実家に帰ってこいって五月蠅いからね。私が帰ってきてもパパが仕事だったりして家にいないのに」
「休日出勤とかですか?」
「接待ゴルフとかいろいろだって」
どこの家でも父親の扱いなど大差ないようで、私は自分の父親に対して少し申し訳ない気持ちを抱く。それでも父親の言う通りにしていたら先輩と再会できていたか怪しいので、本当に少しだけだが。
「できましたよ。先輩みたいにお店で出せるレベルではないので、過度な期待などしないでくださいね」
「ヒッキーって昔はあんまり料理上手ってイメージなかったのに、やっぱり一人暮らしを始めて上達したのかな」
「実家にいた時もできないわけじゃなかったんですけどね。ただ小町がやった方が早かったのでなかなかお兄ちゃんの出番がなかっただけで」
「確かにその考え方は分かります。私も実家にいた時だってできなかったわけじゃないけど、お母さんがやった方が早いと思ってやらなかったですからね」
実家にいた時のことを思いだして、先輩の考え方に思わず同意してしまった。本当に一人暮らしを始めて良かったと思う反面、母親のありがたみを改めて思い知ったのだった。
結衣はやらない方がいい