やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
先輩が帰ってくるまでの間は私の部屋で女子三人でお喋りをして時間を潰していたのだが、先輩と戸塚先輩の声が聞こえてきたので結衣さんが真っ先に外へ出た。
「ヒッキー、おかえりなさい」
「あぁただいま……って、なんで由比ヶ浜がいろはの部屋にいるんだ?」
「私もいるよ、お兄ちゃん」
「小町か」
小町さんの姿を見て全て納得したのか、先輩はそれ以上結衣先輩に質問することはなかった。相変わらず察しが良い人と言うことか。
「彩ちゃんも久しぶり」
「そうだね。最近はみんな忙しくて集まって遊ぶってこともなくなってきたし」
「そもそも玉縄が折本狙いで俺たちを巻き込んでただけだろ。俺としてはいちいち休日に集まって出かけるなんて面倒だ」
「そういうところは変わってないんだね……」
面倒くさがりなところは変わっていないと嘆く小町さんだが、これでも先輩は付き合いが良くなった方だ。私が頼めばだいたいのことには付き合ってくれるし、面倒だと文句を言いながらも私の為にいろいろとしてくれたりもする。これは私が彼女だからなのだろうけど、高校時代の先輩ならもう少し文句を言っていただろうから十分な進歩だろう。
「そういえば最近カオリンも忙しそうにしてるしね」
「大学三年のこの時期になればいろいろと忙しくて当然だろ。むしろ玉縄や材木座のように何も考えてないヤツの方が少ないと思うが」
「僕もインターンとかいろいろとあったからね」
「お前らも来年には同じ思いをすることになるんだから、今のうちに遊んでた方が良いんじゃないか?」
「小町はまだ猶予があるから大丈夫だよ」
先輩の言葉に小町さんだけが余裕そうに答えたが、私と結衣先輩は何も言えなかった。私たちも来年には大学三年生になりいろいろと考えなくてはいけない時期に入る。そもそも本来なら結衣先輩は先輩たち側だったはずなので余計に思うところがあるのだろう。
「でもいろは先輩は焦る必要ないんじゃないですか?」
「なんでです?」
「だって、最悪兄に永久就職してしまえばいいわけですし」
「んなぁ!?」
とんでもない爆弾発言に私は思わず絶句する。永久就職というのはいわゆるそういう訳であって、つまり私と先輩が……
「突拍子もないことを言い出すなよな。いろはが固まっちまっただろ」
「そんなに突拍子もないことかな? だってお兄ちゃんのことだからそういう可能性だって考えてるんじゃないの? 今から新しい相手を探すなんて面倒だとか思ってそうだし」
「いろはちゃんがダメなら私でもいいよ?」
私が何も言えなくなってるのをいいことに小町さんと結衣先輩が言いたい放題言っているが私は何もツッコめない。
「いろは、そろそろ現実に戻ってこい」
「お兄ちゃんとの甘々な生活を夢想してるところ悪いですけど、兄との新婚生活がそんな甘いものになるとは思えないんですけど」
「そ、そんなこと考えてません!」
兄妹に呆れられたので私は慌てて否定する。お陰でさっきの結衣先輩の発言にようやく気付けた。
「てか結衣先輩! どさくさに紛れて先輩にアピールしないでくださいよ」
「私言ってるよね? いろはちゃんの邪魔はしないけども諦めてもないって。だから隙があればどんどんアピールするから」
「お兄ちゃんが美少女にモテモテで小町嬉しい」
「僕さっきから空気みたいだ」
戸塚先輩が引きつった笑みを浮かべると、先輩がなんとも言えない表情で戸塚先輩を見つめている。この二人は油断するとすぐにこういう感じになるから、海老名先輩と同じような趣味の人達にとってはありがたいのだろうが、私からすれば油断ならない。同性だと分かっているのに何故か安心できないのだ。
「とりあえずお兄ちゃんの部屋に入ろうよ。何時までもここで突っ立ってるのも変だし」
「そうだね。八幡、鍵開けてくれる?」
「はいよ」
先輩がポケットから鍵を出して扉を開けると、まず小町さんが無遠慮に部屋に入りその後に結衣先輩が続く。何故家主である先輩が最初じゃないのかと思ったが、このメンツならそれもありなのだろうと自分を納得させて私も先輩より先に部屋に入ったのだった。
去年もそうだったが、先輩の誕生日を祝いに来たのに料理の準備をするのは先輩なのだ。私や小町さんならある程度のことはできるのだが、私たちが準備をすると結衣先輩も参加したがって宥めるのが大変だから先輩が最初からやった方がいいと、小町さんが先輩に裏で言っているのだとか。
「久しぶりに八幡の料理を食べたけど、やっぱり美味しいよね」
「戸塚の為なら何時だって作るって言ってるだろ」
「嬉しいけど、恋人の一色さんを差し置いてまで頼むわけにはいかないよ。ましてや今は八幡にとっても大切な時期なんだから」
「まぁそうだな」
同じ大学で同じ学年、そして同性だから醸し出せる空気感なのだろうが思わず羨ましく思ってしまう。この二人は昔から私にはできない感じで話したりしてるから。
「そういえばお兄ちゃん」
「なんだ?」
「具体的にどんな感じなの?」
「何がだ?」
「司法試験に向けての自信だよ。小町はさっぱり分からないけど、なんとなくどうなのか分かるんじゃないの?」
「順調にいけば合格できるんじゃないかって聞いたよ」
「なんで戸塚が答えるんだよ……」
先輩が何かを言う前に戸塚先輩が答えたので思わず先輩がツッコミを入れる。だが戸塚先輩は先輩に視線を一瞬向けただけですぐに小町さんに向き直る。
「小町さんは知ってるだろうし、ここのメンバーならみんな知ってるだろうけど、八幡は努力しないだけで元々優秀だからね。そこに努力が加われば大抵なことはできるよ」
「確かにお兄ちゃんは努力しなかったからゴミいちゃんだっただけでやればできる子ですからね昔から。でも屁理屈をこねくり回して『努力しないことを努力している』とか言ってましたけど」
「八幡が言いそうなことだよね」
「お前らな……」
居心地が悪くなったのか、先輩はキッチンへ逃げ出した。小町さんと戸塚先輩はそれを見て笑っていたが、私は先輩の側に駆け寄る。
「なんだ?」
「先輩が努力してるのは知ってましたけど、結構余裕がある感じなんですね」
「余裕なんてねぇよ。油断したらあっという間に周りから置いて行かれる。そういう世界だからな」
「じゃあやっぱりもう少し我慢した方がいいですかね?」
「別にいろはに構う時間が惜しいほど切羽詰まってるわけじゃないけどな」
私としてはもう少し我慢してもなんとか耐えられるので、もし先輩の重荷になっていたら自重するつもりだったのだが、先輩は私の気持ちを分かっていてこういうことを言ってくれる。本当にこの人はどれだけ私を夢中にさせるつもりなのだろうか。
本音を言えばこれ以上先輩との時間を削れと言われたら苦しくなっただろう。今でも結構ギリギリなところで耐えているのに、ここからさらに先輩との時間を削らなければいけないことになっていたら、もしかしたら私は先輩ロスで寝込んでしまうかもしれない。それくらい私にとっては耐え難いことだった。
「俺がもう少し時間の遣い方が上手かったら、いろはに我慢させることもなかったのかもしれないけどな」
ましてやこんな言葉をかけてくれる。これでは我慢しようとしていた私がバカみたいではないか。
「それじゃあ我慢しません。これまで通りいきなり部屋に入ったり、思いっきり甘えたりしますから」
「できれば少しは自重してほしいところだがな」
私の悪い笑みを見て揶揄うつもりだということに気づいた先輩が苦笑いを浮かべながら肩を竦める。もし本当に私が甘えまくったとしても、この人は嫌味を言いながらも付き合ってくれるだろう。そういう人だから私はこの人を好きになったんだろうし、この人となら本当の私をさらけ出しても大丈夫だと思ったんだろう。今更ながらに私はこの人が――比企谷八幡さんが本当に好きなんだなと自覚したのだった。
これでも我慢してた方だからな