やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
高校時代から私のことは特別扱いしていたということを改めて認識して、私は先輩の部屋を訪れることに対して二の足を踏んでしまう。確かに他の女子と比べれば私の言うことは比較的聞いてくれていたし、なんだかんだ言っても最後には私の味方でいてくれていたことは分かっている。だがそれは妹扱いだと思っていたからなんとも思わなかっただけで、それが違うとなったら今更ながらに意識してしまったからだ。
何せここ最近私は先輩に対するブレーキが壊れかけているのだ。先輩からお墨付きをもらったと自分に言い訳をして先輩の部屋でお風呂に入ってそのまま先輩のベッドで寝たり、先輩が油断しているところにキスをしてみたりとやりたい放題なのだ。そこに高校時代から特別扱いされていたという事実が加わったら、最後まで我慢できなくなってしまうのではないかという恐怖が芽生えた。もし求めたら先輩に拒絶されるのではないかという恐怖が。
「人の部屋の前で何を突っ立ってるんだ、お前は」
「っ!? せ、先輩……出かけてたんですね」
背後から私の思考を占拠している人の声が聞こえて思わず跳ねそうになったがなんとか踏ん張った。先輩には気づかれていないだろうか。
「ちょっと食料の買い足しをな。誰かさんが毎日人の部屋で飯を食うからいつも以上に減りが早いんだよ」
「それは迷惑な人がいたものですねー」
「全く反省してないだろ、その言い草」
セリフだけ聞けば私のことを責めているものだが、先輩の表情は明るい。つまり私が最初から反省するわけないと分かっていて形だけの文句を言っているだけなのだ。
「それで、今日もこっちで食べるんだろ?」
「先輩がどうしてもって言うなら我慢しますけど」
「別にそこまでじゃねぇよ。前にも言ったけど、いろはの相手をできないほど切羽詰まってるわけでもないし、俺だっていろはとの時間は大事にしたいとは思ってるんだからな」
「そんなこと言って、私の最後のブレーキを外したいんですか?」
「ブレーキ? いったい何のことだ?」
先輩はピンとこなかったようだが、今の私に優しい言葉をかけるなんてかなり危険な行為なのだ。寸でのところで踏みとどまっている私の背中を押すようなことなのだから、このまま先輩に襲い掛かっても不思議ではないのだから。もちろん、そんな理性を忘れた行為をするようなことはないが。
「とりあえず入れよ。何時までもそこに突っ立っていられたら邪魔だしな」
「彼女に対して邪魔とは何ですか、邪魔とは! まぁ、先輩がどうしてもと言うならお邪魔しますよ」
本当は私がどうしてもお邪魔したいのだが、あくまでも先輩に招かれたから仕方なくの態を取らせてもらう。そうじゃないと本当に我慢が出来なくなってしまいそうだから。
「はいはい、どうせ俺が招かなくても合鍵で勝手に入ってくるくせに」
先輩に招かれて部屋に入り、いつもの場所に腰を下ろす。先輩も慣れた手つきで私の前にコーヒーを置き、買ってきた食材を冷蔵庫にしまっている。男女逆なような気もするけど、今のご時世なら不思議ではないだろう。
「それで、さっきにブレーキって何なんだ?」
「それを聞きますか?」
「いや、話したくないならいいけど」
そこまで興味があるわけでないようだが、私が話したくないというオーラを出したからかは分からないが先輩はあっさりと疑問を引っ込める。こういう気遣いが自然に出来るあたりも私が先輩に惹かれた要素なのかもしれない。
「そういえば先輩、この間の話なんですけど」
「この間ってどれだよ?」
「小町さんの彼氏かもしれないって話です」
「あぁ、やっぱり戸塚だったのか?」
「そうみたいでした。構外で戸塚先輩に会った小町さんのことを偶々小町さんの友人が見て、それを小町さんの彼氏だって勘違いして吹聴したらしくて」
「せめて本人に確認してから拡散しろって話だよな。まぁ、小町と戸塚なら俺も文句ないが」
「戸塚先輩に『お義兄さん』って呼ばれるんですよ? ちょっと嫌じゃないですか?」
「……しっくりこないな」
先輩が戸塚先輩のことを名前で呼ぶのは何回か聞いたことあるし、戸塚先輩も嬉しそうだからそこは問題ない。だが普段から先輩のことを名前で呼んでいる戸塚先輩が小町さんと付き合い、そのまま結婚したとなったらそうはいかなくなるだろう。私が言った冗談が本当になったら先輩はどうするのだろうと少し興味がわいた。
「いろはは小町に『お義姉ちゃん』と呼ばれてどうなんだ?」
「最初は止めてほしかったですけど、最近は慣れてきたからか何も思わなくなりました」
「慣れるもんなんだな」
「いい加減慣れますって。先輩と付き合いだして半年くらいは経ってるんですから。その時から呼ばれてれば嫌でも慣れてきますって」
「そんなものか」
先輩も自分が呼ばれたら慣れるのだろうかと考えだしたので、私は先輩から視線を逸らす為にコーヒーを口に運ぶ。私がブラックで飲めないのを分かっているので、私の分は砂糖とミルクをたっぷり入れてくれているので安心して飲むことが出来る。
「やっぱり俺には分からない感覚だな」
「呼ばれてみなければ分からないですって」
実際私だって小町さんに呼ばれるまでそんな呼び名に慣れるなんて思ってもみなかったのだから。
大学も後期が始まり、先輩がますます忙しくなったということもあってここ数日は先輩と顔を合わせていない。メッセージのやり取りはあるのだが実際に会って話すのと比べればやはり寂しさは感じてしまう。
「ん?」
メッセージの通知音が鳴り、私は先輩からかと思いメッセージアプリを開くと、そこには――
「お母さんから?」
――母からのメッセージが入っていた。
「えっと何々……はぁ!?」
メッセージの内容を確認して、私は思わず声を上げてしまった。それくらい衝撃的な内容であり、私としてはまだ早いと思っていたからだ。
「これは先輩に相談しなければいけない案件が出来てしまった……」
私は取り急ぎ先輩の予定を聞いて直接話をすべく時間を取ってもらった。
「それで、緊急事態ってなんだよ?」
忙しい合間を縫って会ってくれただけあって、先輩は少し余裕がなさそうな雰囲気だが、私の方がよっぽど余裕がない。
「先ほど母からメッセージがありまして」
「それで?」
「冬休みでもいいから一度彼氏を家に連れてこいとのことです」
「………」
先輩も衝撃を受けたのか何も言葉を発さずに目を瞑り何かを考え込んでいる。いったい何を考えているのかは分からないけど、真剣な雰囲気の先輩もカッコいい――じゃなくて!
「先輩?」
「いや、いろはのご両親もいろはが付き合っている相手がいるって言うのは知ってたんだな」
「お母さんには話してましたけど、どうやらお父さんにも知られてしまったようです」
「お母さんがうっかり話したとか?」
「話の流れでうっかりって書いてありました。そうしたらお父さんが今すぐ連れてこいって憤慨したらしいですけど、お母さんがなんとか宥めて冬休みまで待ってもらえることになったそうです」
「そうか……平手一発くらいは覚悟しておいた方がいいのか?」
「傷物にしてたらそれくらいはあったかもしれませんが、残念ながら私はまだ清い身体ですから」
「残念とか言うなよな」
私としてはあれだけ一緒に寝たりしてるのだから一回くらい手を出してもらいたかったんだけども、先輩の鋼の意志の方が私の誘惑よりも上だったので私の純潔は守られている。
「遅かれ早かれ挨拶はしなければいけないとは思っていたからな。冬休みに時間を作っていろはのご両親に挨拶にいくか」
「私から先にお母さんに話はしておきますので、とりあえず出会いがしらに一発はないと思って大丈夫ですからね。もちろん、そんなことをするようなら私は二度と実家の敷居を跨がないつもりですから」
「大げさだな」
「それくらい、私は先輩のことが大事なんです」
「あ、ありがとう」
私に気圧されたのか、先輩が若干引き気味にお礼を言う。改めて思うと今の私は結構恥ずかしいことを言ったのではないだろうか。勢いって大事なんだなと思いつつ、私は恥ずかしさから視線を先輩から逸らすのだった。
緊張する八幡はなんかレア