やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
私と小町さんがバチバチしている間にも先輩が私の実家を訪れる日は近づいてきてしまう。そんな中でも先輩は特に動揺する様子も見られずに日々を過ごしているのを見て、なんで私と小町さんがバチバチしているのかが分からなくなってきた。
「先輩は緊張とかしないんですね」
「緊張はしているが、過度な緊張は冷静な判断が出来なくなるから出来るだけ気を付けるようにしてるだけだ。本音を言えば逃げ出したいくらいには怯えてるのかもしれない」
「先輩でも動揺するんだって分かってちょっと安心しました」
高校時代には動揺してる様子が見られることもあった先輩だが、付き合いだしてからあまり動揺しているシーンを見た記憶がなかったので、てっきり私と会わなかった一年の間にかなり大人になってしまったのではないかと思っていただけに、今のは嘘偽りない本音だ。
「いきなりなんだよ……俺だって人間なんだから動揺だってするし間違いだって犯す。ただその後のリスクを考えて行動してるから他人より動揺してないように見えるだけだろ」
「先輩って昔からリスクを考えて行動してましたよね。高校時代はそういうところがイラっとした事もありますけど、今は頼もしいです」
「なんでイラっとするんだよ……」
高校時代の私はやりたいことが先行してそのためのプラン立てだとか失敗した時のリスクだとかを考えることをしなかった。その結果壁にぶち当たった時にどうすればいいのかが分からずに立ち往生してしまうこともあった。だが先輩にそういう面をフォローしてもらえるようになってからはかなりスムーズに物事を進めることが出来たのは事実だ。だがだからと言ってそういう考え方が出来て羨ましいだとか、私もそういう考え方をしたいとは思わなかったのは、なんとなくいけ好かないと思っていたからだ。
そう思っていたのは私だけではないから、高校時代の先輩の周りにはあまり人がいなかったのだろう。そういう考え方を受け入れられる人だけが先輩の側にいた、そんな感じ。
「ぶっちゃけ先輩の人生観って高校生が持つようなものじゃなかったじゃないですか。先輩と似た感性を持った人しか理解できないって言うか何と言うか」
「確かに戸塚とか川崎とかは分かってくれていたが、後の人間はあまり理解できないみたいな顔をしてたな」
「妙に達観してる人にしか分からない感じでしたからね」
雪乃先輩とはまた別の部類の達観だったからこそ、先輩と雪乃先輩は度々衝突したりもしたのだろう。あの人は何が何でも成功させる、過程よりも結果を重視した考え方に近いものであり、先輩は例え失敗したとしてもそれが自分に出来るすべての力を振り絞った結果なら受け入れられるというスタンスに近かった。もちろんこの人がそんなポジティブな考えをしていたわけがないということは分かっているけども。
だからではないが、先輩と雪乃先輩は物事に取り込む前はよく言い争っていたイメージがある――というか、雪乃先輩が一方的に先輩をボロカスに言っていただけのような気もするが。
「とりあえず先輩が私の両親に会うことに緊張してるってことは分かりましたけども、変に動揺してる先輩を見たかった私の気持ちをどうしてくれるんですか」
「そんなの知るわけないだろ」
実際先輩が動揺していたら私も動揺してたかもしれないので、今のは完全なる照れ隠しであり八つ当たり。私と小町さんがバチバチしてるのに当本人が普段通り過ごしていることへの。だって私も出来ることなら小町さんとは良好な関係を築いていたいと思っているのに。
「そういえば由比ヶ浜から聞いたんだが、なんでお前と小町がギスギスしてるんだ?」
「どうして先輩が結衣先輩と連絡を取ってるんですか!」
「いや、別にいいだろ友達なんだし」
「それはそうですけど……」
先輩が淡々と答えた所為で私は何も言い返せなくなってしまう。実際先輩と結衣先輩の関係は友人だし、連絡を取っていても不思議ではない。だが今だけは連絡しててほしくなかったと思ってしまったのである。
「それで、どうして小町と言い争ってるんだ?」
「別に争ってるわけではないんですけども……ただ先輩が私の実家を訪れることになったということを小町さんに言いたくないだけです」
「なんだそれは……別に小町が知ったからと言って何かできるわけでもないんだから話しても良いんじゃないのか?」
「そんなこと言ったらますます義姉扱いされるじゃないですか」
ただでさえ冗談なのか本気なのか分からないトーンで義姉呼びしてくるのだ。しかも周りに事情を知らない人が居ようがお構いなくに。そのせいで私が一人でいる時に変な目で見てくる人が少なからずいるのだ。それが嫌で小町さんには出来るだけ止めるように頼んでいるというのに、先輩が私の実家を訪れるなんてことを小町さんが知れば、止めるどころか義姉呼びに拍車をかけることになりかねない。そう思っての対応なのだ。
「まぁ、その辺はいろはが上手いことやるんだな。俺が介入するとますます拗れかねない」
「少しは手伝ってくださいよ~」
最終的に先輩を頼ってしまうのは、これは私の高校時代に出来た悪癖と言えるかもしれない。初対面の時は頼り甲斐がなさそうと思った相手だというのに、まさかここまで頼ってしまうようになるとは……私の人を見る目はあてにならないんだとつくづく思い知らされてしまうな、この人といると。
先輩が私の実家を訪れる当日、私は緊張のあまりまともに寝られなかった。こんなことは先輩に告白すると決めたあの日以来かもしれない。
「――で、なんで朝からいろはが俺の部屋にいるんだよ」
「あっ先輩、おはようございます」
私が緊張のあまり寝られなかったというのに先輩はいつも通り寝ているのがむかついて、私は先輩の部屋に侵入して先輩の寝顔を眺めていた。そして目を覚ました先輩が一通り驚いた後にコーヒーを淹れてもらって事情を話してるのだ。
「――と言うわけです」
「お前にとってはただの帰省だろうが。どうしてお前が緊張してるんだよ」
「だって初彼氏ですよ!? しかもよくよく考えたら高校時代から想っていた相手が自分の両親に会うって言うんですから緊張しないわけないじゃないですか」
「お、おぅ…そうか……」
私に気圧されたのか先輩が言葉に詰まる。……ん? 今私もしかしてとてつもなく恥ずかしいことを言わなかっただろうか。
「い、今のは無しです! 忘れてください!」
「そう言われてもな……まぁ忘れるように努力はする」
「頼みましたよ」
別に忘れなくてもいいのだが、私が高校時代から先輩を意識していたと明言したのはこれが初めてではなかっただろうか。それっぽいニュアンスで伝えたことはあったとは思うけども、本人に言ったことはなかったような気もする。まさかこんな場面で伝えることになるとは……
「とりあえずいろはは少し落ち着いた方がいいだろうな。そんなに動揺してる娘の姿を見た両親が何を思うかわかったもんじゃないし」
「ですね……お父さんなんて勘違いして先輩を手にかけるかもしれませんし」
「何それ怖い……」
実際お父さんが先輩の存在を――と言うより私に彼氏がいると知った時の反応はそんな感じだったとお母さんから聞かされている。年頃の娘なんだから彼氏くらいいてもおかしくはないと思わないのだろうか。思わないんだろうな。
「とりあえず先輩が殺されるのは避けたいので、少し冷静になれるよう努力します」
「そうしてくれ。俺だってまだ死にたくないし」
実際に手を下さすことはしないだろうけども、それくらいの勢いで先輩に詰め寄ることくらいはするだろう。だから私は先輩の部屋でいつも通り過ごせるこの時間で出来るだけ冷静な心を取り戻せるように努める。そうしないと先輩が本当にお父さんにやられかねないから……
どこかで言ってた気もするけど面と向かってはっきりとは初めてのはず