やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
千葉へ向かう電車の中では、私も先輩も無理に会話をしようとはしなかった。別に話そうとすれば話すことも出来ただろうがお互い変に緊張しているのか相手の顔をチラっと見ては視線を逸らすことを繰り返していた。傍から見れば気まずい関係なのかと邪推されそうな行動だが、今の私に周りからどう思われているかなんて考える余裕はない。それは恐らく先輩もだろう。
普段は先輩に頼りっきりの私だが、今日は少しくらいは私が先輩に余裕を持たせてあげなくてはならないだろう。なぜならこれから行く場所は私の実家で、会う相手が私の両親なのだから。どう考えても先輩より私の方が余裕を持てる場所だ。それなのに私は先輩と同等かそれ以上に緊張してしまっている。それは今回の訪問がただの挨拶では終わらないと分かっているからだろう。
母からの話ではお父さんは割と本気で先輩のことを殴ろうと考えていたようだが、出会い頭にそんなことをすればあっという間に警察のお世話になると説得してくれたお陰でとりあえずいきなり血を見ることはないだろう。だが先輩が下手を打てば父の鉄拳が飛んでくることには変わりはないのだ。出来ることなら先輩が殴られるとこなど見たくない。
今のご時世両親に紹介することなく結婚――と言うか付き合うことなんて普通だろう。私だってわざわざ両親に紹介する必要などないと思っているし、もし自分に子供が出来て恋人が出来たとなっても紹介しろとは言わないと思っている。
「(でもこればっかりは親にならないと分からないことなんだろうな……)」
もしかしたら父も母も自分の時は面倒だとか必要ないだろとか思っていたのかもしれない。だが立場が変われば考え方も変わる。子を持つ親としては自分の子供が変な相手に騙されているんじゃないかと疑ってしまうのかもしれない。そう考えれば今回の呼び出し――と言う名の訪問も自然なのかもしれない。
「(実際私も先輩のご両親に挨拶してるわけだし)」
私の場合は母が口を滑らせて父に恋人がいることが知られてしまったが、先輩の場合は小町さんが一から十まで全て報告してたからご両親が私の存在を知るのも早かった。だがあちらの場合は先輩に恋人がいることが信じられないような雰囲気だったし、私に対する関心もそれほど強くはなかった。だからではないが割かし短い時間で解放されたし、威圧感もそれほどではなかった。
だが私の父が先輩に対してどう思っているかはさっき考えた通りだ。大事な娘――自分で言うのも恥ずかしいのだが――の彼氏がどんな男なのかと強い関心を抱いている。下手すればいきなり殴りかかるくらいに憎悪の念を抱いていると言い換えてもいいだろう。
「(実家で生活してた時から男子と出かけるくらいはあったのにな……)」
同級生や後輩と出かけるのと恋人が出来るのとは違うのだろうが、そこまでの違いがあるのか私には分からない。実際恋人らしいことなどさほどしていないのだからそこまで先輩に対して敵意を向ける必要もないのではないのかとすら思っている。
そんなことを考えながら先輩の横顔を覗き見ると、ちょうど先輩も私の顔を見るために視線をこちらに向けており、ばっちりと目が合ってしまった。
「なんだ?」
「いえ、先輩は緊張とかしてるのかなーって」
「してないように見えるか?」
「表面上はいつも通りにしようとは見えますけど、私にははっきり先輩が緊張してるように見えますね」
恐らく小町さんも分かるというだろうが、結衣先輩くらいなら誤魔化せるくらいには先輩は平静を装っている。それくらいの余裕はあるのか、はたまた強がっていないとこれから先どうにも出来なくなってしまうのかまでは私には分からない。先輩は肩を竦めるだけでそれ以上は何も言ってくれなかったし、私も変に追及することはしなかったから。
実家の最寄り駅に着き、私の案内で私の実家へ向かう。先輩の歩幅は普段よりも狭いがそれでも私よりは広いので先輩が遅れることはないが、普段通り歩いているのに先輩が隣にいるのは少し違和感がある。普段先輩が意識してくれてるお陰で私は先輩の歩幅から遅れることなく隣を歩けるのであって、普通に歩いていたら先輩からどんどん離されるはずなのだ。今の先輩に私の歩幅に合わせる余裕なんてないだろうから、やはりここにきて緊張感が高まってきたということなのだろうな。
「ここです」
「あぁ」
実家に到着し、私は先輩にそう声をかけた。先輩も短く応えるだけでそれ以上何も言わない。私はインターホンを鳴らし実家に入る。生まれてこの方実家のインターホンなど鳴らしたことなかったので不思議な気分ではあるが、今の私はここで生活していないのでいきなり入るのもおかしいと思ったのだ。
「いろは、いらっしゃい」
「ただいま、お母さん」
私を出迎えたのは母一人。恐らく父はリビングで待っているのだろう。母は私への挨拶をそこそこで済ませて先輩に視線を向ける。
「貴方がいろはの彼氏さん?」
「始めまして、比企谷八幡です」
「始めまして、いろはの母です」
先輩は変に噛むなどの失敗をすることなく母と挨拶を交わし、用意していた手土産を母に渡した。
「わざわざありがとうね。本当なら呼び出すことなんてしなくてもいいと私は思うんだけどお父さんがね」
「まぁ男親の気持ちは分からなくはないですから」
同性だからなのか、それとも先輩がシスコンで小町さんに彼氏が出来た場合を想定していたからなのかは分からないが、先輩はそう答える。
「とりあえず上がってちょうだい。ほらいろはも」
「うん」
「お邪魔します」
私は高校時代のように当たり前に、先輩は一礼してから靴を脱ぎリビングへ向かう。この扉の先にお父さんがどんな顔をして待っているのか、母の雰囲気からは察することはできない。
「(ねぇお母さん)」
さっきからにこにこしてるだけの母を捕まえて、私は小声で話しかけた。
「何よ?」
「大丈夫なの?」
何が、とは言わないし、母も何が、とは聞かない。言わなくても分かる間柄ということもあるが、この状況で何を聞いてくるのか向こうも分かっているのだろうと私が決めつけているのかもしれない。
「大丈夫よ。いろはだって分かってるでしょ。お父さんがそんな度胸無いって」
「まぁ……」
自分の親なのでこんなことを言いたくはないが、私の父は気が小さい方だ。相手がいない時は強気な態度を取っているが、面と向かってその態度が取れるかと問われれば否だろう。そもそも父は私に似て――と言うよりも私が父に似たというのが正しいだろう――小柄な人だ。容姿は母に似ているが体格は父に似ているので、先輩の方が体格がいいまであるので襲い掛かったとしても先輩ならどうにかできてしまう。だが彼女の父親相手に先輩がそのような対処をできるかどうかが分からないので心配なのだ。
「それにしても随分とイケメンな彼氏を捕まえたじゃないの。高校時代に狙ってた人とは違うんでしょ?」
「なっ!」
先輩の後ろでこそこそ喋っていた私だったが、母の言葉に思わず大声が出てしまう。それを不審に思った先輩が振り返って視線で問うてきたが、私は慌てて何でもないとジェスチャーを送って母の手を掴んで距離を取る。
「前にも聞いたけど、今回は心から相手のことが好きで付き合ってるんでしょ? だったら私は良いと思ってるから」
「私だっていい加減自慢できるとかそんな理由で付き合いたいとか思わないわよ」
「でもまぁ、比企谷君だっけ? 彼なら付き合ってるって言えば自慢できそうだけどね。容姿だけじゃなくてエリートなんでしょ?」
「まぁ、法学部だし」
その中でもかなり優秀な部類らしいし、ステータスだけしか見ない相手なら――つまり高校時代の私なら間違いなく食いつくであろう相手だ。だが今の私は先輩のステータスが好きなのではなく、比企谷八幡という男性が好きで付き合っているのだ。たとえ先輩が私と同じ大学に通う普通の大学生だったとしても付き合っていただろう。そう言い切る自信がある。
「それじゃあ、お父さんとの話し合いは大丈夫そうね」
「それって――」
「失礼します」
どういう意味と問おうとしたタイミングで先輩が扉の向こうに声をかけたため私は母に質問することが出来なかった。
次回父親と対面