やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
私の風邪も完全に治り、大学に復帰して一週間くらいが経った頃、結衣先輩と二人でファミレスにやってきていた。
「でもいろはちゃんが戻ってきて安心したよ。もしあれ以上休むようなら看病に行こうかとも思ってたんだけどさ」
「ご心配おかけしました」
結衣先輩の看病じゃ、下手をすればトドメになるかもしれない……まぁ、そんなことは口が裂けても言えないけども。
「彩ちゃんも心配してたし」
「戸塚先輩からもメッセージ着てましたから知ってます。治ってから返事をしましたが、凄く心配してくれていたんだって分かりました」
「ヒッキーは? いろはちゃんだってヒッキーの連絡先は知ってるよね?」
「先輩はあんまり心配してる感じじゃなかったですけど」
まさか看病してもらったとはいえないので、先輩ならあり得そうな雰囲気で答える。そろそろ隠し通すのも難しいと感じているけど、せめて夏休みくらいまでは隠しておきたい。
「ところで、今日は何か話があるんじゃないんですか?」
わざわざ予定まで聞いてきたのだ。単純にお茶をしたいだけなら講義後に聞けばいいのに、朝一で聞いてきたのだから、何かあるに違いない。
「もう少し待って。そろそろ来るはずだから」
「来る?」
結衣先輩が入り口に視線を向けたタイミングで、見覚えのある二人組が入ってきた。そして一人が結衣先輩に気付いて、笑顔で手を振ってこちらにやってくる。
「彩ちゃん、やっはろー」
「うん、やっはろー」
「ヒッキーも、やっはろー」
「おう」
「先輩? 戸塚先輩も……」
「ほら、何処か遊びに行こうって話をしたじゃない? いろはちゃんも回復したし、そろそろ具体的な話をしたいなーって思って。彩ちゃんに連絡したら、今日はサークルもないし、ヒッキーもバイト休みだって言ってたから」
相変わらずそう言うことへの行動力だけはある結衣先輩は、既に何処に遊びに行こうか候補を考えてきているようだった。それにしても、戸塚先輩は兎も角よく先輩もOKしたな……
「せっかく東京に住んでるんだし、東京らしいところに遊びに行きたいよね」
「結衣先輩、何だかアホみたいなこと言ってません?」
「そうかなー? でも東京タワーとかスカイツリーとか見に行きたいし」
「いや、地元からでも十分見に来られたでしょうが」
何となく地方出身っぽい会話になっていますが、私たちは千葉出身なので、東京だって遊びに来られない距離ではない。なのに結衣先輩はかなりテンションが上がっているようだ。まぁ、東京で遊ぶことにではなく、このメンバーで遊ぶことを楽しみにしている様子ではあるが。
「遊びに行くのは良いんだけど、いつ行くの? 今度の休みはちょっと難しいんだけど」
「そうなの?」
「うん。ちょっとサークル同士の交流会があって」
「じゃあその次は?」
「大丈夫だよ。八幡は?」
「夜にバイトがあるくらいだ。昼間は部屋でゆっくりするのに忙しい」
「じゃあ来週だね! 何処に行こうか」
「いや、由比ヶ浜さん? 俺、忙しいって言いましたよね?」
「先輩のそれは暇を持て余してるってことですよ」
「何を言う。俺はゆっくりすることに忙しんだよ」
相変わらずの出不精。何もしないことに全力だったとか言っていたけど、その辺りは変わっていないようだ。
「いいじゃん八幡。偶には何時もの四人じゃないメンバーで出かけるのも」
「えっ、ヒッキーって彩ちゃん以外と出かけたりするの?」
「玉縄君と材木座君だよ」
「あぁ、厨二さんか」
「いい加減名前を呼んであげたらどうなんですかね?」
結衣先輩は材木座先輩のことは『厨二さん』としか呼ばない。まぁ、大学生にもなって厨二病を引きずっているのだから、そう呼ばれても仕方ないんだろうし、本人は相変わらず女子と話すのが苦手のようだが。
「じゃあ来週、ここに集合ってことで。時間は追って連絡するね~」
「うん、楽しみだね」
「はぁ……」
結局結衣先輩と戸塚先輩に押し切られて、先輩も出かけることに同意したのだが、やはりどこか嫌そうな雰囲気。だが私は先輩とお出かけできるといことに少し浮かれ気分だ。
「それじゃあ今日は解散かな」
「そうだね。それじゃあヒッキー、彩ちゃん、いろはちゃん、またね」
「またです、結衣先輩」
この中で結衣先輩だけ逆方向なので、私たちはファミレス前で別れることに。
「あれ? 戸塚先輩もあっちじゃなかったでしたっけ?」
「僕はこの後八幡の部屋に行くから」
「あぁ、前のメンバーですか?」
「そうだね。一色さんも来る?」
「えー、でもお邪魔じゃないですか?」
戸塚先輩や玉縄さんは気にしないだろうが、材木座先輩は私がいると大人しくなる。そして家主である先輩は露骨に嫌そうな顔をしているのを、私は横目でしっかりと確認した。
「別に邪魔だなんて思わないよ。ねっ、八幡?」
「あ、あぁ……一色が来たいならくればいいんじゃないか?」
「じゃあ少しだけお邪魔します」
結衣先輩も参加したいんじゃないかとも思ったが、既に結衣先輩とは別れており、そもそも結衣先輩は先輩の部屋を知らないから来られない。
「それじゃあ、少し買い物をしてから八幡の部屋に行こう。八幡は先に帰ってて良いよ?」
「いや、戸塚に荷物持ちをさせるわけにはいかないからな」
「もう八幡ったら。僕だってそれなりに鍛えてるんだよ?」
確かに戸塚先輩はテニスをやっているだけあって、それ程非力ではない。だが見た目からはそう思えない雰囲気があるのだ。
「それに、何時も八幡に料理を作ってもらってるんだし、僕にできる手伝いくらいはさせてよ」
「……結婚しよう」
「は、八幡!? 僕男の子だってば!」
戸塚先輩の笑顔に完全にやられてしまった先輩が、思わず戸塚先輩にプロポーズ。戸塚先輩も言葉では焦ってる風だけど、表情は満更でもなさそうな感じ……
「(海老名先輩がいたら鼻血を出すんじゃないかってシチュエーションなのかな……)」
私からすれば、戸塚先輩に先輩を盗られたと思うシチュエーションだが、そういった関係に興奮する人からすれば歓喜物なのかもしれない。まぁ、戸塚先輩の見た目から、そういった感じはしないのだが。
「わ、悪い……」
「ううん、八幡が悪いわけじゃないし……」
「はいはい。それじゃあ三人で買い物に行けばいいんじゃないですか? そうすれば先輩も戸塚先輩の心配をしなくてすみますし、戸塚先輩も先輩に頼りっきりだって感じは薄まるでしょうし」
「そ、そうだな……三人?」
「はい。私だってお邪魔するんですから、少しくらいお手伝いしますよ」
ここで先輩と戸塚先輩を二人きりにするのは私の精神衛生上よろしくない。ここは多少強引でも私も買い物に同行しなければいけないのだ。
「というわけで、早速お買い物にゴーです!」
「おー!」
「……お前らのノリが分からん」
戸塚先輩はノリノリで付き合ってくれましたが、先輩は呆れているのを隠そうともしない表情でため息を吐き、それでもしっかりついて来てくれました。
飲み物や食材を買いこんで先輩の部屋に向かうと、既に材木座先輩と玉縄さんが部屋の前に来ていた。
「遅いぞ八幡。いったい何を――」
「こんにちはー」
「ぬおっ!? こ、こんにちは……」
「やぁいろはちゃん」
「玉縄さんも、お久しぶりです」
私の鉄壁のスマイルで材木座先輩は押し黙り、玉縄さんも私に挨拶をしてくれた。このメンバーの中では私はあくまでもおまけで、この二人は先輩とお喋りに来ただけなのでそれ以上のことはない。
「いろはちゃんも今帰りだったのかい?」
「はい。途中で先輩に誘ってもらいました」
「いや、誘ってなんか――」
「誘ってくれましたよね?」
私が笑顔で詰め寄ると、先輩の表情は固まった。何度かこの表情は見たことあるけど、私でも先輩は照れたりしてくれるんだなぁ……
「それじゃあいろはちゃんも一緒に部屋に入ろう。さぁ、鍵を開けてくれ」
「毎回何でお前が仕切ってるんだよ……というか玉縄、この前のレポート再提出喰らったんじゃなかったのか?」
「あれならちゃんと終わらせたよ。だから比企谷が気にする必要は無い。ノープロブレムだよ」
「いや、心配してねぇんだが」
先輩が少し嫌そうな顔をしたが、玉縄さんの角度からは見えなかったようだ。それにしても、高校時代を知っている人間がこの光景を見れば、先輩は随分とお友達が増えたと思われるだろう。だがまぁ実際は、高校時代から付き合いがあるメンバーなので、何も変わっていないのだが……
笑顔の圧力は健在