やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
大学から部屋に帰る途中で、この間結衣先輩と話したことを思いだしていた。雪乃先輩が葉山先輩と結婚するという話と同時に、その話を結衣先輩にした人物のことを。
ハルさん先輩のことは雪乃先輩の姉という認識だったのだが、あの人はあの人で先輩のことをかなり気に入っている様子だったし、先輩のことをある意味誰よりも理解しているような雰囲気があった。それでいて先輩と真逆の位置にいるような雰囲気もあったので文化祭以降なるべく関わらないようにしていたのだ。その人が再び私の近くに現れたということが妙に気になったのもあるけど、結衣先輩はどうして警戒心を抱くことなくハルさん先輩のことを受け入れられるのだろうか。
「雪乃先輩の姉だから、と言うだけでは説明がつかないような気がする」
そもそも私は雪乃先輩のことも無条件で信用しているわけではない。先輩が昔言っていたように体力がない癖にぶっ倒れるまで誰かに助けを求めることをしないという事実を目の当たりにしているだけに手伝ってくれたことはありがたかったがどうしても全幅の信頼を置くことが出来なかった。その点先輩はなんだかんだ言っても私が望む形に近い形に着地させてくれるという信頼があったのである意味全幅の信頼を寄せていたのだが。
なんとなく思考が脇に逸れたような気がするが、ハルさん先輩のことがどうしても気になって仕方がない。あの人のことだから未だに雪乃先輩と先輩をくっつけようだとか、雪ノ下家のことをどうにかしようだとか考えているかもしれない。そんなくだらないことに先輩を巻き込もうとしているかもと思うと何とかしなければと思う反面、私にはその手立てがないという事実に落胆する。
「結局のところハルさん先輩がどう動くかも分からないし、動いてからしかこちらも対策しようがないですし」
あの人なら相手がどう動くかを考えて対策出来るのかもしれないですけど、私はあくまでも凡人。ハルさん先輩の思考を読んで行動することなんて不可能なのだ。
「こんなこと先輩に相談するわけには――」
いかないと言いかけて言葉を飲み込んだ。家路の最後である曲がり角を曲がったタイミングで先輩がとある女性と一緒にいるのが見えたから。その女性と言うのは今の今まで私の思考を占領していた人物であり、今の私が最も警戒していた人物である雪ノ下陽乃だったから。私は二人に気づかれないように移動しつつ、二人の会話が聞こえるギリギリまで距離を詰めることにした。
「――それで、今更何の用ですか? 雪ノ下のことはきっぱりとフッたんですから今更あいつが何を言って来ても俺があいつと付き合うことはあり得ませんよ」
「そんなことは分かってるよ。雪乃ちゃんが君に縋っている姿は滑稽だけども、だからと言って私が君に雪乃ちゃんを助けてとお願いすると思っているの?」
「ありえませんね。貴女は雪ノ下のことを心配しているようで突き放し、突き放しているようで心配している人ですが、あいつのことを助けようとしたことなんて一度もないでしょう? 今回は別件で俺に会いに来た、違いますか?」
「さーすが比企谷君。アタシの考えをある程度トレース出来てるみたいだね。その通りだよ」
どうやら雪乃先輩は未だに先輩に助けを求めているようだが、ハルさん先輩がその手助けをするために先輩に会いに来たわけではないようだ。じゃあいったい何の用で……
「君が雪乃ちゃんの告白を断ったのはアタシの言葉が気になったからとかじゃなく、純粋に雪乃ちゃんのことが女性として好きではないからだよね」
「そうですね。人間としては好意を持てる相手だとは思っていますが、異性としてどうかと聞かれれば雪ノ下さんの言う通りです」
「それで、本物を欲した君が選んだ相手があの一色ちゃんなんでしょ? 高校時代は隼人にくっついていた子が果たして君が求めていた本物なのかな?」
「っ!」
思わず声が出そうになったのをなんとか抑え込む。ハルさん先輩はまるで私がこの場にいることに気づいているかのような目でこちらに視線を向けた――ように感じたから。
「その件でしたら一定の終わりは迎えたんですよ。奉仕部という空間が欲していた本物だった。だがそれは雪ノ下が中途半端に壊し、由比ヶ浜が不器用ながらも繋ぎとめようとして、俺がとどめを刺したことによって終わったんです。だからそれ以降俺はその時欲した本物を欲したことはない。人間生きていれば手に入れたいものが変わったりもするでしょう。現に貴女だってそんな答えが欲しくて俺に会いに来たわけではないのでしょう? 雪ノ下の家の力を使わず、自分が持っている力だけで俺のことを探し出して」
「ほんと君は鋭いね。そこが魅力でもありむかつく点でもあるんだけど」
ハルさん先輩は降参とでも言いたげに両手を挙げてその場でくるんと回って見せた。
「それで、一色ちゃんは何時まで隠れてるつもりなのかな? 別に君の彼氏を取って食おうとしてたわけじゃないんだから」
「っ!?」
「雪ノ下さん……そこは最後まで気づかないフリで終わらせられなかったんですか?」
「うん無理。だって私の話には一色ちゃんも関わってると言えば関わっているから」
どうやらハルさん先輩だけでなく先輩にも気づかれていたようで、私はなんともバツが悪い感じで二人の前に姿を現さなければいけなくなってしまった。
「それで、俺といろはに何の用事なんです? まさか雪ノ下に現実を突きつけるために手を貸せ、なんて言わないですよね?」
「アタシは別に雪乃ちゃんと隼人が結婚しようがしまいが関係ないもの。いつの間にか雪乃ちゃんが跡取りとして決まっていた時点で、アタシは雪ノ下家に興味はないもの」
「それで?」
「だからアタシはアタシでやっていこうって思って会社を興した。今のところ順調だし今後も邪魔をさせるつもりなんてない。だけどアタシ一人ではどうしても限界がある。雪乃ちゃんのバックには雪ノ下家があるし、葉山家もある。隼人が弁護士になれるかどうかは分からないけど、遠くない未来雪乃ちゃんの隣に立つにふさわしい地位は確立するでしょうね。そうなってくるとちょっと厄介なのよ。だから将来有望な比企谷君に私の味方になってほしくてね。司法試験に合格したらアタシの会社の顧問弁護士の事務所で働かない? そこで経験を積んでいずれは会社の顧問弁護士として契約したい」
ハルさん先輩の話は私には少し難しくて理解が追い付かない。簡単に言えばハルさん先輩が私たちの味方になるということなのだろう。
「その話の何処にいろはが関係していると?」
「だって比企谷君が弁護士になれば――まぁならなくても結婚はするでしょうから、一色ちゃんにも関係ない話ではないはずよ? 雪乃ちゃんにとって貴女は比企谷君を奪った相手かもしれないのだから、私の陣営にいればおいそれと手は出せないでしょうし」
「……雪ノ下がいろはのことを狙っていると?」
「杞憂かもしれないけどね。でも雪乃ちゃんは家の都合で隼人と結婚させられて、一色ちゃんは大好きな先輩と結婚なんてことになれば、雪乃ちゃんが何をするか分からないでしょう? あの子は自分が正しいと思い込んだら止まらない子なんだから」
「……そうですね」
思い当たる節があるようで、先輩はハルさん先輩の言葉を素直に受け止めている。
「返事はすぐにはいらないから、少し考えて――」
「いえ、この場で返事をさせてもらいます」
「おっ? 即断即決とは君らしくないけど、いったいどんな答えが貰えるのかな?」
先輩がどんな答えを出したのか私も気になる。先輩にとってハルさん先輩は天敵に等しい相手だ。その相手の提案を素直に受けいるのか、それとも突っぱねるのか。先輩一人だったら後者だろうけども、どうやら私と言う人質を取られているらしいので、その部分がどういう答えを導き出したのか。
「俺の答えは――」
先輩のこの答えが、私たちの未来を大きく変えたなんて、この時は思ってもみなかった。
たぶん次回最終回になるかと