やはり私が先輩に本物を求めるのは間違っていない 作:猫林13世
ヒロインのピンチにヒーローが現れる。そんな少女漫画のような展開、リアルでは絶対にあり得ないと思っていたが、まさか自分がそれを体験することになるとは……
私は今、偶然現れた先輩の背中に庇われ、ガラの悪い男たちの視線から逃れている。と言っても、男たちは先輩を睨みつけながら私を見ている気がするのだが。
「おいおい兄ちゃん、この子は俺たちが先に見付けたんだぜ? 横取りはいけねぇよな?」
「横取り? 貴方たちは何を言ってるんです? いろはは俺の彼女です。横取りしようとしているのは貴方たちの方でしょう? というか、いろはは貴方たちについて行くと言ったんですか? もしそうでないのならば、貴方たちは拉致未遂ということになりますが」
「なんだとっ!」
「殴りますか? それなら暴行傷害になりますね。現行犯なら警察でなくても逮捕できるんですよ?」
「こいつ……」
「俺としては、いろはを無事に連れて帰れるのならそれで構いません。その様子ですと、貴方たちには余罪がありそうですから、ここで捕まれば暫くは塀の向こうで生活することになるでしょう。それは、貴方たちも避けたいのではありませんかね?」
見るからに阿呆そうな相手に、先輩は法学部ならではの知識――ではなく、少し勉強してれば知っている知識を使って追い込める。
「(というか、何時私が先輩の彼女になったって言うんですか! もしかして男たちに囲まれてる私を救い出したことで、私が簡単に堕ちるとか思ってるんですか? やり方があざといのでもっとロマンティックな展開で告白し直してください、ゴメンなさい!)」
絶賛混乱中なので、私はそんなことを心の中で呟く。そもそもそんなことを考えている場合ではないのだが、冷静さを取り戻そうにも先輩に「彼女」と言われたことが嬉し過ぎて他のことが考えられないのだ。
「……分かった、見逃してやる。さっさと消えな」
「ではそう言うことで。いろは、行くぞ」
「あっ、はい……」
男たちの視線が逸れたことを確認し、先輩はくるりと振り返り私の手を取り歩き出す。私はただただ手を引かれ、知らない路地裏からの脱出に成功したのだ。
知っている通りに出てから、先輩は私の手を離し真っ直ぐにこちらを見詰めてきた。
「(ま、まさか本当に告白されちゃうの?)」
完全に乙女モードになっている私の勘違いを正すように、先輩は厳しい視線を向け問いかけてくる。
「な、何ですか?」
「何を考えていたのかは知らないが、考え事をするなら部屋の中とか、電車の中にしておくんだな。偶々俺が通りかかったからよかったが、下手をすれば傷物にされてたんだぞ」
「ゴメンなさい……ところで、先輩はあんなところで何を?」
「バイト先からの帰り道、あそこを通るのが近道なんだよ」
「そうなんですか」
男性の先輩なら、今日のような出来事に巻き込まれる心配も少ないからこその近道なのだろうが、あの通りの恐怖は身をもって体験したので、今後は近づかないようにしよう。
「それじゃあ、俺は先に帰るから」
「待ってください!」
「なんだ」
「その……一人だとまだ怖いので、一緒に来てください」
「何処に?」
「買い物に来たって言ったじゃないですか」
「はぁ……荷物持ちはしないからな」
「蚊取り線香で十分ですよ」
「酷い言われようだ……」
男連れなら無粋な輩でもない限り声をかけてこないだろう。今はまだ、男の人に声を掛けられるだけでも警戒してしまうだろうし、先輩がいてくれれば何とか大丈夫だと思う。私は先輩と腕を組み――たかったのだが、さすがにそれはできずに、半歩後ろをついて目的地へと向かった。
先日の出来事からようやく回復し、私は普通にキャンパスライフを満喫している。とはいえ、大勢の異性を見ると委縮してしまうのは、まだ完全にダメージが抜けきっていないからだろう。
「ねぇねぇいろはちゃん」
「なんですか結衣先輩?」
「今度友達たちとお出かけするんだけど、いろはちゃんも一緒に行かない?」
「結衣先輩のお友達って、男性の方も結構いますよね?」
「うん。男女混ざって遊びに行こうって話になって、どうせならいろはちゃんも誘おうかなってさ」
「うーん……」
正直言って、先輩以外の異性と長時間一緒にいると、何時身体が震えだすか分からない。それくらいの出来事だったのだと今更ながらに、あの時先輩が現れてくれて本当に助かったと思う。
「あっ、いたいた」
「へ?」
背後から声を掛けられ、私は間抜けな声を出してしまった。それくらいその声の持ち主は予想外だったのだ。
「あっ、折本さん」
「かおりん、やっはろ~」
「由比ヶ浜さんも一緒だった。ちょうど良かった」
「何ですか~?」
この人ならさほど警戒する必要もないので、私は極めて冷静な態度で折本さんに問いかける。そんなことを考えてる時点で冷静ではないのかもしれないが、もう暫くはこういうことが続きそうだ。
「今度の休みさー、玉縄たちから誘われて遊びに行くことになったんだけど、人数が集まらなくてさ~。良かったら一緒に来ない?」
「玉縄君たちって、ヒッキーも一緒なのかな?」
「あぁ、面子は玉縄と比企谷、戸塚と……何だっけ?」
「材木座先輩ですか?」
「そう、それだ!」
どうやら玉縄さんが無理に誘ったような面子だ。あの人、先輩たち以外に交流ないんでしょうか……
「有名大の男子だって言ったら喰いつきは良かったんだけど、写真を見せたらさー……まぁ、玉縄の写真じゃ釣れないよね」
「彩ちゃんなら凄い勢いで集まりそうだけどね」
「何気に結衣先輩も酷いこと言ってますね」
「?」
どうやら自覚していないようだ。結衣先輩は戸塚先輩を持ち上げるふりをして、玉縄さんを貶したのと同義なことを言ったのだが、本人は気付いていないらしい。まぁ私も、玉縄さんの写真を見せられたところでついて行かなかっただろうから、似たようなものなのかもしれないが。
「こっちは三人になっちゃうけど、知り合いだし問題ないよね? さすがに私一人で玉縄たちと出かけるのはさー」
「私は別にいいですよ。結衣先輩は、お友達たちとお出かけの予定があるんですよね?」
「別に次の休みじゃなくてもそっちは問題ないから、私もかおりんたちと一緒に行くよ」
「オッケー、それじゃあそう返事しておく。詳しいことはまた分かったら連絡するから」
「あれ? でも折本さん、私のも結衣先輩のも、連絡先知りませんよね?」
「そうだった。それじゃあ、教えてくれる?」
折本さんと連絡先を交換して、とりあえずその場は解散となった。私は折本さんが見えなくなってから結衣先輩に声をかける。
「結衣先輩、明らかに先輩がいるからこっちを選びましたね?」
「そ、そんなことないし! 彩ちゃんとか厨二さんにも会いたかったし」
「玉縄さんは良いんですか?」
「それは……」
フッと視線を逸らす結衣先輩。それが何よりも物語っているのだが、それを指摘するのは避けておくべきだろう。
「い、いろはちゃんだってヒッキーがいるからかおりんの誘いに乗ったんじゃないの?」
「そもそも私は、結衣先輩の男友達とは交流がないので。そっちに誘われても気まずいだけでしたから」
「皆良い人なんだけどな~」
「それは何となく分かりますけど」
結衣先輩はおバカそうに見えて、人を見る目だけはしっかりしているし、それ程酷い相手とは付き合わないと私も思っている。だが今の精神状態で、あまり交流のない異性と一緒に出掛けることはできない。そんなときに折本さんからのお誘いがあったので、私はこれ幸いとそっちに乗っかったのだ。
「楽しみだね~、ヒッキーたちとのお出かけ」
「やっぱり先輩が目当てなんじゃないですか」
結衣先輩にツッコミを入れながら、実は私も先輩以外あまり興味がないなと心の中で苦笑するのだった。
他の面子で気になるのは戸塚くらいだろう